イベントのメインであるダンスパーティー。ミス・ミスターである自分たちはその時間を一緒に過ごさなければならないのだと分かって、檀上で呆然と立ち尽くすジグルスとユリアーナの二人。最初に立ち直ったのはジグルスだった。
「はい、提案があります」
「提案って何ですか?」
「俺は棄権するからダンスはエカード様とどうぞ。その方が良いですよね?」
「ま、まあ」
ジグルスのこの提案にはユリアーナも文句はない。
「じゃあ、決まり。ということで司会者、先に進めて下さい」
「えっ、でも」
「皆待っていますよ。こんな人気投票よりも、皆の楽しみはダンスですから」
「それを言われると元も子もないよ。でも、まあそうだね」
実際に檀上のやり取りに会場の生徒たちは飽きてきている。それよりも、申し込もうと思っている相手の様子を探ることに気持ちが向いている。
「じゃあ、音楽、始めて下さい!」
司会の合図で、檀上の横に控えていた楽団が演奏を始める。ダンスパーティーの始まり。まずは檀上者から始めるのが段取りなのだが。
檀上にあがっているジグルスを除く全員が戸惑っている。そんな周りに構わずにとっとと檀上から降りていくジグルス。向かう先は当然、リーゼロッテのところ。
なのだが、もしかしたらと淡い期待を抱く女生徒もいる。自分の目の前をジグルスが通り過ぎる度に、何度も漏れるため息。やがて諦めた周りの生徒たちが、ジグルスの前に道を開ける。
割れた生徒たちの先にはリーゼロッテの姿。真っ直ぐにそこに向かったジグルスは、片膝をついてリーゼロッテに話しかける。
「リーゼロッテ様。俺とダンスを踊って頂けますか?」
「……誘ってくれてありがとう。でも、それは駄目よ」
意外なリーゼロッテの返事に、周りの生徒から小さく驚きの声があがる。
「どうしてですか?」
「気持ちは嬉しいの。でもね、それでは困ってしまう人がいるわ」
「困ってしまう人ですか?」
「貴方が檀上を離れてしまっては女子生徒が一人余ってしまう。その人に恥をかかせてはいけないわ」
その言葉にジグルスが檀上を振り向くと、確かに困って立ち尽くしている女子生徒がいた。主人公ではない。主人公はとっととエカードとダンスを始めている。マリアンネは何やらレオポルドと話をしている。余ってしまったのは一年生のクラーラだった。
「……そういうことですか。申し訳ありません。俺が短慮でした」
「彼女の相手をしてあげて」
「はい。あの?」
「何?」
「俺のファーストダンスは彼女ですが、リーゼロッテ様のファーストダンスは」
「貴方を待っているわ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
また檀上へと歩を進めるジグルス。
(もう。私ったら、無理して)
ジグルスが檀上から降りて、真っ直ぐに自分の元に来てくれる姿を見て、リーゼロッテは本当に嬉しかった。だが、リーゼロッテの視界にその先のクラーラが映った。誰にも相手をしてもらえず、俯いているクラーラの姿が。それを見て、リーゼロッテはジグルスと踊る気にはなれない。
離れていくジグルスの姿を見送って、会場のはしに場所を移した。檀上ではジグルスがクラーラに話しかけている。頭を下げているところを見ると、非礼を謝っているのだろう。
そのまま二言三言、会話を交わしている二人。
だがダンスを始めることなく、ジグルスはクラーラの手を取って檀上を降り始めた。そのまま二人で真っ直ぐにリーゼロッテの所に向かってくる。
「どうしたの?」
「いえ、彼女、ダンスをしたことがないそうで」
「あら、そうなの?」
「どうしようかと思ったのですけど、折角だからと思いまして」
「せっかく?」
「リーゼロッテ様にダンスを教えてもらおうと」
「「えっ?」」
リーゼロッテとクラーラ。二人の口から驚きの声が出る。
「えっ?」
その驚きに驚くジグルス。
「いえ、まさかリーゼロッテ様にダンスを教えて頂くなんて思ってなくて」
「ジーク?」
「いえ、最初はとりあえず檀上は恥ずかしいかと思って降りたのですけど。俺、教えられないですからね」
「ジークも踊れないの?」
「いや、ある程度は出来ます。でも女性のステップは」
貴族家の者の嗜みとしてジグルスもダンスは教わっている。ただそれは必要最低限の知識。出来ることなら一生、ダンスなどしたくないと思っていたジグルスなのだ。
「ああ、そうね。分かったわ。私が教えるわ」
「いや、大丈夫です。そんな、リーゼロッテ様に教えていただくなんて」
リーゼロッテに教わることにクラーラは恐縮している。公爵家のリーゼロッテは平民であるクラーラにとって雲の上の存在。話をする機会を得られればと思っていたが、ここまでのことをしてもらうつもりはなかった。
「そんなに気にしないで。でも、そうね。ダンスの経験は全くなくて?」
「はい。踊りと言えば、お祭りくらいで」
「そう。どうしましょう? 難しいステップは無理ね。簡単なのだと、でも半刻はかかるわね」
「そうですよね。私も自信がありません。大丈夫です。私は皆さんのダンスを見ています」
「でも、それでは……何かないかしら?」
頼られたからには何とかしてあげたいとリーゼロッテは思っている。そうなるとそれを実現するのはジグルスの役割だ。
「一つ提案が」
「何?」
「リーゼロッテ様はダンス得意ですよね?」
「まあ、それなりに出来る自信はあるわ」
と言うことはかなり出来るということだ。公爵家のご令嬢であるので、当然といえば当然なのだろうが。
「クラーラさん、お祭りの踊りってライルライブですか?」
「あっ、そうです。ジグルス様、よくご存知ですね?」
「領地の祭りに参加していましたから。やっぱりどこも同じか。それなら行けるかな?」
「行けるというのはどういうことかしら? 私には分からないわ」
リーゼロッテにはジグルスが何を思い付いたのか、さっぱり分からない。踊りの名前らしい単語も今、初めて聞いた。
「お祭りの踊りはどうかと? 簡単ですので、リーゼロッテ様ならすぐに覚えます。俺が飛び入りで踊れるくらいですからね」
「そう。お祭りの踊り」
「あっ、嫌ですか?」
リーゼロッテの反応が悪いとみて、ジグルスは少し焦った様子だ。
「いえ、そんなことはないわ。ただ、どういう踊りなのかと思って」
リーゼロッテは気に入らないわけではない。どういう踊りなのか見当が付かないだけだ。
「えっとですね……その前にもうひとつ問題を解決しないと」
「何かしら?」
「音楽。この音楽では踊れませんね」
社交ダンスの為の音楽ではお祭りのダンスは、まったく無理ではないだろうが踊りにくい。
「どうするの?」
「楽団の人なら一人くらいは知っていると思うのですけど」
「……ああ、分かったわ。無理やり、ここに連れてくれば良いのね? いいわよ、やりましょう」
ジグルスの意図が分かったリーゼロッテは迷うことなくそれを了承した。
「結構ゴリ押しですよ?」
「自分の為じゃないわ。クラーラさんの為だと思えば、少しくらいの悪評が増えても平気よ」
「リーゼロッテ様……」
そのリーゼロッテの言葉にクラーラは感激してしまう。やはりリーゼロッテは自分が思っていた通りの素敵な女性。彼女はそう思った。
「ちょっと待っててくださる? 今、連れてきますわ」
「あっ、じゃあ、私も友達を」
「えっ? 友達?」
「祭りの踊りは大勢で輪になって踊るのです。人数が多いほうが楽しいですよ?」
「輪になって……何だか楽しみだわ。そうとなれば、意地でも音楽を手に入れなくてはね」
「では、行きましょう」
リーゼロッテとジグルスは連れだって楽団のところに向かう――
結果、音楽を確保することには苦労しなかった。楽団員は全員が平民。平民であれば、誰でも知っていると言って良いくらいに、王国内どこでも踊られているものなのだ。
問題は引き抜くことだが、楽団員が公爵家に逆らえるはずもない。リーゼロッテがちょっと実家の名を出し、軽く威嚇することで解決した。
リーゼロッテがバイオリン担当を一人引き連れて元の場所に戻ってくると、すでにクラーラが友達を連れて待っていた。
待っていたのはクラーラを入れて男女二人ずつの四人。その中の一際大きな体格の男子生徒はリーゼロッテも顔を知っている、主人公の攻略対象の一人であることなど知るはずないが、ウッドストックだった。
攻略対象であることを知っているジグルスは、意外な再会に少し驚いたが、彼は攻略する役ではない。どうでも良いことだと、すぐにリーゼロッテに踊りの説明を始めた。
「まずは一度見て下さい」
こう言うと、ジグルスはクラーラと二人、手を繋いで踊り始めた。二人の踊りはリーゼロッテが知っているような優雅なダンスではない。この世界のフォークダンスだ。
手をつないだり、腕を組んだりしながらクルクルと回る。肩を組んで前後に簡単なステップを踏む。時には女性の側だけが、その場でクルッと回る。
「……へえ」
初めて見る踊りに少し目を丸くしたリーゼロッテだったが、とにかく二人が楽しそうに踊るので、自分もじっとしていられなくなった。
「……ねえ、貴方」
「は、はひ!? ぼ、僕ですか?」
急にリーゼロッテに話しかけられて、ウッドストックの声は裏返ってしまっている。
「貴方も踊れるのよね?」
「は、はい」
「ステップは大体覚えたわ。実際に踊ってみたいのでお相手してくださる?」
「えっ、でも、ぼ、僕は」
「私の相手は嫌かしら?」
「いえ、その、光栄です」
「じゃあ、お願い。えっと、最初は手をつなぐのよね」
「はい」
リーゼロッテの差し伸べられた手に恐る恐るといった感じで、ウッドストックも手を伸ばす。躊躇なく握られた手。それだけでウッドストックは恐縮してしまって、ただでさせ猫背な背を、さらに丸めてしまった。
「貴方」
「は、はい!?」
「これからダンスをしようというのに、その姿勢はないわ。もっと背筋を伸ばしなさい」
「す、すみません」
「謝らなくて良いわよ。ただ貴方がそんな姿勢では、パートナーの私まで少し格好が悪いわ」
「すみません!」
「だから、謝らなくて」
リーゼロッテには叱責している気持ちなど欠片もないのだが、恐縮しているウッドストックは言葉の一つ一つに反応してしまう。
「リーゼロッテ様! 申し訳ありません。ウッドくんはちょっと優しすぎるので」
その二人の様子に気が付いたクラーラが、慌ててウッドストックを庇うように言い訳をするのだが。
「優しい……それは良いことですけど、今の彼は優しいというよりは気が小さいと言ったほうが」
「リーゼロッテ様。彼は少し緊張しているのです。リーゼロッテ様のような方のダンスのお相手をするのです。そうなるのも仕方がないかと」
今度はジグルスがウッドストックをフォローしてきた。
「そう。そう言われると私のほうが恥ずかしくなるわ。あまり気にしないでね? これは、お祭りなのでしょう? 民のお祭りは無礼講だと聞いたことがありますわ。だから、今は。ねっ」
「……はい」
緊張をほぐそうと、にこやかに微笑みかけたリーゼロッテであったが、これは少し逆効果だったようだ。花が咲いたかのような鮮やかな笑みを向けられて、ウッドストックはますます恐縮してしまっている。
「じゃあ、ゆっくりと始めますわ。回るのよね?」
「は、はい」
手をつないだままスキップをして、その場で回る二人。四分の三周を回ると反転。手を繋ぎ変えて逆回りに半周回る。つないだ手を上にして、向い合って一礼。今度は両手を繋いで、肩を組むように横を向いて、前後にステップ。ほどいて反転。腕を組んでその場で回る。
「へえ。さすがだな。一度見ただけでもう覚えてる」
それを見て、感心したように呟くジグルス。
「そうですね。あっ、すごい」
女性だけで回るパートでは、リーゼロッテはその場で見事に三回転してみせた。そしてまた手を繋いで大きく二人で回って終わり。
「どうかしら? 私は間違っていなかった?」
「はい。その……素敵です」
「ありがとう。貴方もね。背が高いから、とても踊りやすかったわ」
「あ、はい」
「どうせ。俺は小さいですよ」
「あら、ジーク。彼、えっと、ウッドストックくんね、ウッドストックくんが羨ましいの?」
ウッドストックの名は覚えていた。魔物との戦いの場でジグルスが信用していると言い切った相手だ。リーゼロッテの記憶に残らないはずがない。
「それはそうですよ。それだけの背丈があれば良いなと思いますね」
「そうね。立っているだけでも目立つものね」
「で、でも」
「目立つのは、お嫌い?」
「はい」
ジグルスが羨ましがる背の高さは、ウッドストックにとってはコンプレックスなのだ。
「そう。でも、背が高いことは欠点とはいえないでしょう?」
「でも、ウドの大木と……」
「ウドの大木?」
「ああ、それは、大きいばかりで役に立たないという意味です」
横からジグルスが【ウドの大木】の意味をリーゼロッテに説明する。
「そうなの? それは失礼ね」
「僕は気が弱くて」
「でも、学院に入学出来たということは、実力を認められたということよね? それに合宿の時の貴方はそんな風には見えなかったわ」
「そうなのです。ウッドストックくんは力が強くて頑丈で。気の弱ささえなければ、もっともっと凄いと俺は思います」
ゲームのシナリオ通りの設定だ。だがウッドストックは主人公への想いから一念発起して、心の強さを身につけていく。そういう設定なのだが。
「そう。では、それを何とかしなくてはね。短所は克服すれば良いの。そうね、一つ言っておくわ」
「は、はい」
「クラーラさんは貴方を優しいと言ったわ。でもね、優しくあるためには強さが必要なの。腕力ではなく心の強さがね。私はそのことをある人に教わったわ。そして私も心を強くしようと思っているの。だから貴方も、一緒に頑張りましょう」
「心の強さ……」
ウッドストックにもリーゼロッテが誰のことを言っているのか、すぐに分かった。リーゼロッテを常に支えているジグルスの献身振りは一年生の間でも有名なのだ。
ウッドストックに視線を向けられたジグルスは照れくさそうに頬をかいている。
「……分かりました。僕もその人を見習って、その人のようになれるように頑張ります」
「そうね。頑張ってね」
「えっと、話はそれくらいで切り上げて、踊りませんか?」
なんとなく、リーゼロッテがウッドストックのフラグを立ててしまった気がしたジグルスだが、とりあえず今は周りで踊りを待ちわびているクラーラとその友達を優先することにした。
「そうね。そうしましょう」
「ちょっと、ちょっと」
だが、そこでまた邪魔が入る。
「あら、マリアンネ。どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。私を置いて何、楽しそうなことをしているのよ?」
「だって、貴女はレオポルドと」
「冗談じゃないわ。どうして私があんな浮気男のダンスの相手をしなければならないの? 私もこっちに入れてもらうわ」
マリアンネがレオポルドと話をしていたのは、ちょっとした嫌味とダンスの拒絶を伝えていただけ。仲直りなどしていなかった。
「でも今の人数で丁度、三組よ」
「そんなの私の魅力でどうとでもなるわ。えっと……あっ、貴方。そこで踊る相手もなく、ぼうっと突っ立っている甲斐性なしの貴方」
辺りを見渡して退屈そうに立っている男子生徒に声を掛ける。かなり失礼な誘い方だが。
「は、はい!? 俺のことですか?」
男子生徒は怒るよりも、いきなりの誘いに戸惑っている。
「そうよ。貴方、特別に私と踊らせてあげるわ」
「いや、それは」
「いいから来なさい!」
「は、はい!」
「ほら、揃った」
「マリアンネ様って……まあ、いいか、じゃあ、始めましょう。いや、この際だ。踊りを知っている人! いや、知らなくてもいいや! 踊りたい人はどうぞ、ご自由に!」
誰でも良いから踊りの輪に。そういう気持ちで誘ったジグルスだが。
「はあい! はい! はい!」
「……アルウィン」
それに真っ先に応えてきたのは、顔見知りだった。
「当然、俺も。だってさ、この踊りだとリーゼロッテ様とも踊れるよな?」
「まあ。次々と相手が変わる踊りだからな。そのうちに回ってくる」
「ん?」「えっ?」「はい?」「それって?」「ジークくんとも?」
アルウィンの話を聞いて、周りの女子生徒たちが一斉に反応した。
「じゃあ、もう始めようか。入りたい人は適当に。じゃあ、音楽始めてもらって良いですか?」
「はい。承知しました」
ジグルスの言葉で、楽団員がバイオリンで陽気な音楽を奏で出す。それに合わせて踊りを始めるジグルスたち。さすがに五組では、きれいに輪になってとは最初は行かなかったが。
「ちょっと、ぼうっと見ていないで輪に入りなさい! 私と踊れるのよ! 女子生徒はジグルスとね! こんな機会はこれを逃すと絶対にないから!」
マリアンネが周りで見ているパートナーのいない生徒たちに輪に入るように促す。クラーラやその友達も、入りづらそうにしている平民の生徒たちを、手を振って盛んに誘いかけることで、踊りの輪はどんどんと大きくなっていった。
「えっ、あっ、リーゼロッテ様?!」
「……その反応は少し失礼ですわ」
「すみません!」
「もう……今日は無礼講ですわ。嫌でなければ、私と踊ってくださる?」
「は、はい!」
「きゃあ、ジークくん!」
「えっと……どうも」
「私はミラというのよ。覚えてね」
「はい。ミラ様ですね」
「もう、他人行儀。ミラで良いわ。私もジークと呼んで良い?」
「いや、さすがにそれは。俺をジークと呼ぶのはリーゼ――」
「聞きたくなぁい。でも、そういう一途なところも素敵!」
「はあ……」
「あら、貴方なかなか良い男ね」
「どうも、ジグルスの友人のアルウィンといいます」
「そう。ジグルスの友人なの。ふふ、これも縁ね。ねえ、今度デートしない?」
「あの、俺、平民ですけど?」
「そんなことは関係ないわ。要は良い男かどうかよ。まあ私が求める良い男は顔じゃなくて、心だけどね」
「俺はどうですかね?」
「さあ? でも、ジグルスの友人なら期待が持てるわね?」
「そうですね。奴の友人になれたことは俺の誇りです」
「あっ、今の台詞気に入ったわ。まずは合格よ。これからもよろしくね」
「はい」
「ウッドくん、良かったね」
「えっ、な、何が?」
「あんな素敵な言葉をかけて頂けたわ」
「あっ、ああ。そうだね」
「私もあんな素敵な女性になりたいな。ねえ、ウッドくんはリーゼロッテ様みたいな女性が好きなの?」
「えっ、いや、僕なんて……」
「もう、駄目じゃない。自分を卑下しないで自信を持たないと。必要なのはそういうことだよね?」
「そうだね。僕は変わらないとだね。リーゼロッテ様の為にも」
「そうね……ちょっとヤケるな」
「えっ、何か言った?」
「なんでもない」
それぞれが、それぞれなりの楽しみ方をしている踊りの輪。それを外から見ている生徒たちの思いも様々だ。
「リーゼロッテ様もすっかり落ちぶれたな」
「そうだな。平民と一緒の踊りの輪に入るなど、貴族としての誇りも失ったか」
「あの方から誇りを除いたら、何も残らないではないか」
「ふん。それもあの男爵家の小僧のせいだな」
「ああ。あの小僧に感化されてすっかり威厳を失って、ほら、あのように平民相手に……」
「あれは、まるで子供のような無邪気……」
「ふむ、あれはあれで……」
「いや、どちらかと言うと。こちらのほうが……」
「……とにかく、いかん。リーゼロッテ様のあの笑顔が平民に向けられるなど許せんことだ」
「そうだ。あの笑顔は我等のような尊い貴族にこそ向けられるべきだ」
なんていう批判しているのか何なのか、僻みだろうが、会話をしている貴族の生徒がいれば。
「へえ、意外だな。貴族にもあんな人たちがいるんだ」
「そうだな。いつもすまし顔で、こちらを馬鹿にしているような者ばかりだと思ってた」
「ただの人気取りだろ?」
「ああ、その通りだ。あんなのは上辺だけだ」
「でもよ、上辺だけでも平民に気を使う貴族なんて他にいるか?」
「それは……」
「騙されるな。ああやっておいて後で必ず何か難題を押し付けてくるんだ」
「学院でか?」
「……とにかく、そう簡単に騙されてたまるか」
「まあ、見ていれば分かるさ。そのうちボロが出る」
「それか、あれが真実の姿か。もしそうなら。もう少し過ごしやすくなるけどな」
「そうだな」
こちらもまた否定しているのか期待しているのか分からない会話をしている平民の生徒たちもいる。
「リーゼロッテにも困ったものだ。自分勝手なところがいつまでたっても直らない」
「そうだね。マリアンネまで一緒になって……何を考えているのか」
「全くだ。せっかくのユリアーナの晴れの舞台なのに台無しではないか。なあ、ユリアーナ。ユリアーナ?」
「えっ、別に私は気にしていません」
「ユリアーナは優しすぎるよ。ここは文句を行って良いところだ。そうだ、僕が言ってこようか?」
「……そうね。いえ、でもレオポルドが口を出したら、また揉め事になってしまいます」
「じゃあ、生徒会に止めさせよう」
「そうですね。そのほうが良いと私も思います」
「ねえ、司会者の君! 君!」
自分たちの理屈、というか思い込みだけで物事を見ている者たちもいる。
「……凄い」
「えっ、何が?」
「貴族と平民が一つの輪になって踊っている」
「えっと、それが何か?」
「あれこそが、生徒会の目指す姿です! 我等、生徒会が目指してきた理想の姿が今、目の前にある! これは凄いことですよ!」
「そ、そうなのかい?」
「何を言っているのです! いいですか、この学院は王国の将来を担う人材の育成の場! しかし、学院の目的はそれだけではありません! 貴族と平民という垣根を取り除いて、王国の為に一つになる。それが、王立学院創立以来の使命なのです!」
「そういえば、そうだったような……」
「これは……良し! 是非、来年からはこの踊りを正式に取り入れることを進言しよう! これで学院は理想に近づくことになる! そうと決まれば早速、詳しい話を聞かないと!」
こう言って司会者は、檀上を降りて踊りの輪のほうに向かっていった。これではジグルスたちの踊りを止めさせるどころではない。
「……困ったな」
「仕方ない。僕たちは僕たちで勝手にやるさ。さて、ユリアーナ、今度は僕と踊ってくれるのだろう?」
「おい。ユリアーナの相手は俺だ」
「エカード、君も正式にはパートナーではないよね? 君は二位だ」
「お前はさらにその下の三位だろ!」
「二人とも、私の為に争わないで。そんなことをされては私が困ります」
そう言う主人公の顔はとても困った人のそれではない。二人が争うのを喜んでいるように見える。実際にそれが主人公の目的だ。一人の女性を求めて争う美男子。その中心にいることが主人公の望み。
「しかし……」
「そうね。今日のところはやはり順番にしましょう。それが公平です」
「ユリアーナがそう言うなら」
「じゃあ、ユリアーナ。ダンスの相手を」
「はい」
レオポルドが差し伸べる手に自分の手を預けながらも、主人公の視線は真っ直ぐに下の会場に向かっている。
ようやくリーゼロッテとの番が回ってきて、少し照れながらも楽しそうに踊っているジグルスに。