窓から見える空が、橙色から青紫色に変わって行く。晴れの日に時折見られる、夕闇迫る、このひと時の空の色の移り変わりを見るのがグレンは好きだった。一日の終わりを感じて、何となく気持ちが落ち着くのだ。
ぼんやりとそれを眺めているグレン、だったのだが。
「痛い!」
グレンは急に脇腹に痛みを感じて跳び起きることになった。
「蜂かしら?」
白々しいローズの声。ローズは横になったまま、拗ねた表情でグレンを見上げている。
「……今、つねったよね?」
「そんな事してない。虫でしょ?」
ローズはあくまでも惚けるつもりだ。
「絶対した。何? 俺、何かしたかな?」
ただのイタズラであれば、ローズがこんなに不機嫌そうにしているはずがない。怒らせるようなことをしたのだろうが、それが何かグレンには分からない。
「鈍感」
「……もしかして王女の話が気に入らなかったのか?」
その日あった出来事を帰ってきてからローズに話すのがグレンの日課になっている。今日話したのは調練場でのメアリー王女とのやりとり。これくらいしかグレンには心当たりがなかった。
「別にヤキモチなんて焼いてない」
「あっ、やきもちなんだ。でも何で?」
ローズが怒っている理由は分かったが、何故、ヤキモチを焼かれるのかが分からない。
「違うって言っているでしょ? 私はヤキモチ焼ける立場じゃないし」
「また、そういうこと言う」
グレンとこういう関係になってから、逆にローズは自分のことを卑下するようになった。このローズの気持ちもグレンは理解出来ない。
「だって……」
「そんな拗ねたような声出さないで機嫌直して」
こう言ってローズに覆い被さっていくグレン。その手はすでにローズが纏うシーツを剥そうと動いている。
「も、もう、ずるい。そうやって誤魔化すのは駄目よ」
「別に誤魔化していない」
誤魔化している。言葉ではうまくローズの気持ちをほぐせないので、こういう卑怯な手に出たのだ。男の狡さをいつの間にかグレンは身につけてしまっている。
「いつから君はこんな男になったかな?」
「どんな男だよ?」
「女ったらし」
「……そんな事はない」
はっきりと指摘されると、心当たりがないこともないグレンだった。
「あっ、今、間が合った。さては心当たりがあるのね?」
グレンの動揺を見事に見抜くあたりは、ローズもさすがだ。女性のことに関しては、グレンが単純過ぎるという点はあるにしても。
「ないから」
「別の女抱いた?」
「普通、そういうこと聞くか?」
「否定しない……」
あっという間に隠していたことがバレてしまう。
「……言い訳をさせてもらうと誘ってきたのは向こうで、それを受け入れたのは上手くすれば利用出来るかなと思ったからだ」
慌てて言い訳に走るグレン。どんどん最低男と化していることに気付いていない。
「酷い男」
「分かっている。でも、少しでも現状を何とか出来ないかと思って。情報収集は大切だ」
「そうじゃない。酷いと言ったのは、それを平気で私に言うことよ」
「あっ……ごめん。でも、ローズには隠し事はしないと決めたから。それがせめてもの誠意かなって」
「…………」
誠意かもしれない。だが、やっぱり最低だ。こういう、ちょっとした優しさがローズを縛り付けていることに気付いていない。
「ただの自己満足だな」
「ううん。嬉しい。でも、やっぱり君は女ったらし。そうやって私の気持ちを振り回す」
「振り回すって?」
「落ちこませたり、喜ばせたりってこと。君の言葉の一つ一つに私の心は反応してしまう。もう、私は君に夢中よ」
「……その言葉は狡い」
君に夢中。これはもう二人きりでいる時のローズの口癖のようになっていた。この言葉がローズの口から出る度に、グレンの胸はとくりと鳴る。その胸の高鳴りが少しずつ大きくなっているのをグレンは感じていた。
「何が狡いの?」
「何となく」
「それじゃあ分からない」
「分からなくて良いから」
グレン自身も良く分かっていないのだ。うまく説明出来そうになかった。
「君は私の体に夢中?」
「また、そういうことを言う……でも、不思議だな」
「何が?」
「その相手に誘われた時、正直凄く嫌だった。はっきりと言葉にしないくせに、挑発しているのが明らかで、すごく不愉快だった」
「そう……」
他の女性と関係を持った話をされても、ローズは困ってしまう。
「でもローズだと違う。挑発されても不愉快に思わない。それどころか楽しいと思える。どうしてだろう?」
「それは君が……違うか。それは私が君に夢中だから!」
一気に体勢を入れ替えて、グレンの上に馬乗りになるローズ。その両手はグレンの手を頭の上に押し付けている。少し力を入れれば解けるその手をグレンは解くことはしない。
大人しく手を押さえられたまま、楽しそうにローズを見上げている。
「誤魔化すのは駄目だって言わなかったか?」
「そうだったかしら? もう忘れたわ。さあ、少年。私を愛して」
「ああ」
絡みあう二人の手と手。肌と肌が触れ合い、足と足が絡み合う。二人だけの時間は、まだまだ続いて行く。
これも、一日の中でグレンが楽しめる数少ない時間の一つだ。
◆◆◆
行為が終わると、直ぐにローズは服を着るか、シーツを体に巻きつける。こういう恥じらいもグレンがローズを好ましく思う理由の一つだ。
何度、体を重ねてもローズはグレンに対する恥じらいを失わない。少し乱れることが増えて来ても、それを又、恥らう様子がグレンはたまらなく好きだった。
一番ではない。だが、ローズはグレンにとって少しずつ特別な女性になっていた。
「ねえ、少し真面目な話をしようか?」
「いつもしているけど?」
「そうだけど、今日はちょっと重い話」
「……何?」
ローズがこんな言い方をするのは初めてだ。余程のことだと考えて、グレンの表情が引き締まる。
「国外での住む場所は何とか確保出来るかもしれない」
「おっ、いつの間に」
静かに暮らせる場所。ローズに探してくれるように頼んでいたそれが見つかった。
「少ない伝手を何とか辿った結果よ」
「そうか。でも、これが重い話? 俺には朗報に聞こえるけど」
ずっと望んでいた暮らしへの第一歩を踏み出せる。グレンの気持ちはこんな感じだ。
「どうやってそこまで行く?」
「どうやって?」
「国境を超えるのは簡単ではないわ。もちろん手はある。お金を出せば、抜け道を案内してくれる者も見つけることは出来るわ。でも、その道は道とはいえない道よ」
「……フローラには無理かな?」
ローズが何を懸念しているのか、ようやくグレンにも分かった。国外に向けての旅となれば、グレンも経験したことがない。ほとんど出歩くことのないフローラが、その旅に耐えられるかは確かに不安だ。
「かなり険しい道だから。そうかといって、楽に歩ける道だと監視の目が厳しいし」
「最悪は俺が背負っていく」
「そう言うと思った。でもね、難題は他にもあるの。君が逃げ出して追っ手が掛からない?」
「……追っ手が掛かる可能性は高いと思う。何といっても、俺の今の立場は国王の勅命によって決められている。それに背くのは国に背くのと同じだ」
勅命に背くという行為を国が許すとは思えない。見せしめにする為にも、意地でも捕まえようとするはずだ。
「やっぱりそうか。そうなるとかなり難しいわね」
「でも、そう簡単に見つかるかな? 広い王国の中でたった三人を見つけるって簡単とは思えないけど」
「甘いな。国にはそれなりの備えがあるわよ。まず街という街に手配書が回るわ。早馬を出されれば、直ぐに先回りされるわね。それで街に入れなくなる」
「入らなければ良い」
「でも、国境まで街に入らないで済むだけの食料を最初から運べる? 結構な量よ」
街に入らなければ、途中で物を仕入れることは、まず出来なくなる。街に入らなければ良いでは済まないのだ。
「……さすがに無理か。でも馬車を使えば」
「目立つわ。馬車だと街道しか進めないもの。街だけでなく、街道のあちこちにある関所も突破しなくてはいけないのよ?」
「……駄目か」
犯罪者を捕まえる為の備えは、当然、それなりに整えられている。国内を逃げるということは簡単ではないのだ。
「やっぱり、途中で仕入れる必要が出てくるわ。でも、街には入れない。残る手は」
「あるのか?」
「盗賊や山賊から仕入れることね」
「あっ、なるほど」
同じように国から逃げている犯罪者。しかも盗賊や山賊はアジトを持ち、食料などを蓄えている。何度も盗賊討伐をしているグレンはよく知っている。
「でも、これも問題があるわ」
「どんな?」
「間違いなく法外な値段を請求されるわね。国境に辿り着く頃には一文無しかも」
「……それは厳しいな」
国外に出て終わりではない。住む場所を見つけ、仕事を見つけ、生活を作っていかなければならない。一文無しになっては、これは難しい。
「それと」
「まだあるのか?」
もう既に手詰まりを感じているグレンに、更にローズは問題の存在を伝えてくる。
「そんな奴等信用出来ないわよ。もし、君に賞金でも掛けられたら、逆に役人に突き出されるかも」
「……そうだな」
「そうじゃなくても」
「まだ?」
更に問題があると知ってグレンはうんざりした顔になっている。
「フローラちゃんを見逃すかな?」
「…………」
グレンの顔が歪んだ。フローラを、攫われた女性たちと同じ目に合わせることなど、頭に少し浮かんだだけで怒りが湧いてくる。
「こんなこと言ってごめん。彼女が邪魔と言っているわけじゃないの」
「分かっている。フローラの為に逃げるのに、そのフローラを危険に晒すのでは意味がないか」
「そうなのよ。もちろん、私の知り合いで大丈夫と言える盗賊たちはいるわ。でも、それが目指す方向にいるとは限らない。仮にいても一つ二つじゃ駄目。目的地までを信用出来る盗賊団で繋ぐなんて、すぐには出来ることじゃないの」
盗賊の世界には縄張りがある。ローズの言う信頼出来る盗賊に助けてもらうにしても、その盗賊の縄張りの範囲内だけだ。
「すぐに……時間を掛ければ出来るのか?」
「……出来なくはないわ」
少し躊躇いながらも、ローズは出来ると口にした。
「……ローズって、もしかしてその方面では結構な大物なのか?」
まさか、本当に出来るとは思っていなかったグレンは、かなり驚いている。
「どうかしら?」
このグレンの問いには、ローズは答えなかった。
「あれ? そっちは隠し事か?」
「君の前では私はただの私で居たいの」
これは、ただの女ではないと認めているようなものだ。
「……もしかして」
「何よ?」
「俺たちの為に、ただの女ではないローズに戻ろうと考えているのか?」
話を聞く限り、国外逃亡の段取りを整えるのは、かなり大変なことだ。それが出来るローズが、自分たちと一緒に国外に逃げて良い立場とは思えない。
「こういうことには敏感なのね?」
グレンの推測通りだった。
「……そうか。一緒にはいられなくなるのか」
「……ごめん」
「どうしてローズが謝る?」
「だって、私は自分の我儘で逃げるのを邪魔しているわ」
逃走経路の確保。これに動いた瞬間に、ローズは元の場所に戻らなければならなくなる。その覚悟が出来ていないローズは、すぐに動けないでいた。
「違う。ローズに甘えている俺たちが我儘なんだ。ローズは少しも悪くない」
涙を浮かべているローズの髪をグレンは優しく撫でる。
「……グレン」
「何?」
「さすがに一日三回はどうかな? 私も疲れちゃうわ」
「……そうだね」
ローズの下半身に向かって伸びていたもう片方の手を、グレンは渋々引き戻した。
◆◆◆
すっかり夜も更けて、宿の食堂からは客の姿が消えている。ただ一人。空になったグラスを前に頬杖をついているローズを除いては。
「親父さん! おっ酒! お代わり頂戴!」
客のいない静かな食堂にローズの声が響く。
「静かにしろ。もう宿の客は寝ている時間だ」
「ごめぇん」
すっかり酔っ払っているローズは、ろれつが回っていない。
「……お前もさっさと寝たらどうだ? いつまでも居座られたら俺の仕事が終わらん」
「ひどい、客に向かって、なんだ!」
いきなり立ち上がって親父さんに指を突きつけるローズ。
「酔っ払い。いい加減にしろ」
「じゃあ、もう一杯だけ、それで終わりにするからさぁ」
かと思えば、崩れるように椅子に座ってテーブルに突っ伏してしまう。完全に悪酔いしている。
「何を荒れている? 坊主との仲は上手く行っているようじゃないか」
酔うことはあっても、こんな乱れることは初めてだ。親父さんも少し心配になって、理由を尋ねた。
「いっているわよぉ。自分でもびっくりするくらいにねぇ」
「だったら何故?」
「せいぜいさ、性のはけ口くらいに思っていたのよぉ。体だけが目当てだってさぁ」
グレンの本当の想い人がフローラであることは、関係を持つ前から知っている。自分は身代わりにすぎないとローズは分かっていた。
「お前な。女が口に出すような台詞じゃないぞ」
「どうせ、私はあばずれよぉ。盗賊の一味だものぉ」
「それも口にする事じゃない」
「……でもね」
「何だ?」
「グレンは優しいの。優しいのよぉ。私が辛くなるくらいにさ」
グレンの優しさがローズは辛かった。もしかしたらと期待してしまう自分の愚かさが悲しかった。
「お前……」
「何よ?」
「自分の立場を分かっているのか? そもそも坊主に体を許す事でさえ、あってはならないはずなのに。本来、お前は自由に恋愛なんて」
「うるさいっ!」
「うるさいのはお前だ」
「私はただの盗賊団の頭領の娘よ。出来もしない夢を追っている、くっだらない盗賊団のねぇ。ねえ、教えてよ。どうして私まで、くだらない夢に縛られなくちゃならないの?」
「…………」
ローズには背負っているものがある。自ら望んでいないのに、背負わされているものが。それを知っている親父さんは、何も言葉に出来なかった。
「私の人生は私の為に使っちゃいけないの? 人を好きになって、何故いけないのよぉ」
「本気で惚れていたのか?」
「本気も本気。もう私は彼に夢中なの。もうグレンしか見えないの」
「……馬鹿が」
好きになっても後々、辛いを思いをするだけ。これも親父さんには分かっている。
「どうせ、私は恋に狂った馬鹿な女よ」
「……別にお前が自分の人生を自分の為に使おうが俺は構わない。お前が誰かを好きになろうが知ったことではない。相手が坊主でなければな」
「……どうしてグレンは駄目なのよ?」
「あれは普通の人間ではない。それは分かっているものだと思っていた」
親父さんはローズのことだけでなく、グレンの秘密も知っている。
「やっぱ、関係者なんだ?」
そして、ローズは親父さんの秘密を知っている。
「……そうだ」
「じゃあ、どうして助けてあげないのよぉ? 貴方たちなら、それくらい出来るでしょ?」
「出来たとしても、やるわけにはいかん」
「あれぇ? 仲間を大切にするのが、貴方たちだと思っていたのに。グレンは違うのぉ」
「坊主は仲間ではない」
「言っていることが矛盾しているぅ」
親父さんはグレンが関係者だと認めた。だが、仲間ではないと言う。この違いがローズには分からない。
「関係者と仲間は違う」
「……屁理屈」
「屁理屈ではない」
「じゃあ、何よぉ」
「約束だ」
「ん?」
「……団長との約束なのだ」
これを言う親父さんの表情には悲しみの色が浮かんでいる。
「……団長って、あの団長?」
ローズは親父さんがいう団長を知っている。
「他に我らに団長は居ない」
「その約束って? それにどうしてグレンが関係してくるのよ?」
親父さんの話を聞いて、ローズは一気に酔いが冷めてしまった。どうやら、とんでもないことを親父さんは白状しようとしていると分かったのだ。
「……協力は団長一代限り。団長に万一があっても、決して家族を巻き込まない。こういう約束だ」
「ちょっと、それって?」
「坊主は団長の一人息子だ」
「……嘘」
ローズの瞳が大きく見開かれた。グレンが只者ではないと思っていたが、予想以上の内容だった。
「嘘ではない。だからここに住めるのだ」
「……そう。でもやっぱり嘘ついたわね? 仲間にしようとしたでしょ?」
この宿屋に住まわせたのは、グレンを抱え込む為、こうローズは考えた。
「その気持ちが全くなかったとは言わない」
「どうして何もしなかったの?」
「ここに来て直ぐに、坊主が力を欲しているのが分かった」
「フローラちゃんを守る為にね」
「そうだ。その為であれば、何でも利用する。子供なのにそんな強かさが見えた」
親父さんの言う通り。フローラの為であれば、グレンは何でも利用し、何でも切り捨てる。これは今も同じだ。
「……目的が違うから?」
「私欲の為に団を利用させるわけにはいかない。それは団長の息子であっても、家族を守る為であってもだ」
「面倒くさい。やっぱり、貴方たちもくだらない意地に縛られている」
「そうかもしれない……だがな、もう引けんのだ。不可能と思っていたことに可能性が見えた。そうなった今となってはな」
銀鷹傭兵団には目的がある。目的があってウェヌス王国に抗ってきたのだ。
「それだって団長のおかげでしょ? そして団長はもういない。無理じゃない?」
「代わりになれるかもしれない者はいる」
これが誰か、考えるまでもなくローズには分かる。その瞳に怒りの光が浮いた。
「……最低。一度引っ込めた手を伸ばすつもり?」
「それほどの力はないと思っていた。だが、近頃の坊主を見ていると、見誤ったのではないかと思っている。いや、成長したのかもしれん」
「はっ、それらしいことを言っていても、結局そういうことね? 凡人だから仲間にしない。そうじゃないと分かったから、手の平を返して仲間にしたいなんて、やっぱり最低よ」
厳しい目つきで親父さんを睨みつけるローズ。
「……我等には核となる人物が必要だ」
これを言う親父さんにも、ローズが怒る気持ちはよく分かっている。ずっと側でグレンを見てきたのだ。親父さんの心の中には私情も生まれている。
「くっだらない。貴方たち程度の核にされたらグレンが可哀そうよ」
「侮辱する気か?」
「グレンが特別な人間? そんなのとっくに知っているわよ。グレンのこと教えてくれたから、私もお返ししてあげる。グレンはね、勇者付の騎士よ」
「そんなことは知っている。酷い話だ。だから王国なんてものは」
「それでもトルーマン元帥にグレンは目を掛けられている」
「……何?」
グレンの日常までは親父さんは知らない。グレンは基本、仕事の話は宿屋ではしない。ローズと二人きりで語り合うようになってからは尚更だ。
「元帥って偉いのよね? 軍の一番上。その頂点にグレンは認められているみたいよ」
「それは……」
「ああ、今日は何だか王女様にまで話し掛けられたみたい。グレンは気が付いていないけど、王女様は案外、グレンに参っちゃったかも。私みたいに」
「…………」
ローズの話を聞いた親父さんの顔が青ざめている。ローズの話の意味が分かったのだ。
グレンが王国に取り込まれるようになれば、王国に敵対する銀鷹傭兵団にとっては敵になる。元団長の息子で、次期団長に迎えようと考えたグレンが。
「危険だと思った? そうよね。グレンは貴方たちの最大の敵になるかもしれないもの」
「ああ」
「そこが貴方の限界。グレンは元帥や王女の好意を迷惑にしか思っていないわ。国に認められることなんて、何とも思っていないの」
「信じられん。上手くすれば王国でかなりの立場になれるではないか」
軍の頂点のお気に入りだ。将軍なんて当たり前。下手をすれば後継者なんてことになるかもしれない、と親父さんは考えた。
「あり得るの。そんなグレンがたかだか貴方たちの団長程度で収まると思っているの?」
「いい加減にしろ。我等を侮辱出来るお前か? お前こそ、そんな坊主だから近づいたのだろ?」
ローズにはローズで背負わされている目的がある。親父さんはローズがグレンに近づいたのは、その目的を果たすためにグレンを利用しようとしているのだと思っていた。
「見くびらないで。私はグレンが静かに暮らしたいというなら、全力でそれを助けるわ。貴方たちの邪魔をしてもね」
「何?」
「私が言いたいのは、グレンを舞台に引き上げるなら、それなりの覚悟をしてからにしなさいってことよ。引き上げた結果、消え去るのは案外、貴方たちかもしれないわよ? 過ぎた力は身を滅ぼすって言葉知ってる?」
「…………」
「それが怖ければ、グレンには構わないで。貴方たちにグレンを担ぐ力はないわ」
「…………」
ローズの厳しい視線を受けて、親父さんは何も言えなくなってしまった。普段とは違うローズの雰囲気に、ローズの本来の立場というものを感じてしまったのだ。
「あっ、何だかすっきりした。そうよね、結局は私の覚悟だったのよ。全てをグレンの為に。この覚悟が出来れば他のことなんてどうも良いのね。うん、気持ち良く眠れそうだわ」
呆然としたままの親父さんとすっきりした様子のローズ。そして、そんな対照的な二人の姿を見詰めている影。
「閉ざしている心を強引にこじ開けてくる相手には、どう向かい合えば良いのかな?」
こんな呟きを漏らして、グレンは自分の部屋に戻って行った。