月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #37 お人好し

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 ヒューガは助けたエルフとの話を終えて、人族が捕らえられている部屋に向かう。その表情には疲労の色が浮かんでいる。彼女が受けた仕打ちを考えれば、正気でいられるだけで大変なこと。正気でいるほうが辛いのかもしれない。同情の気持ちが湧くが、胸に残っている暗い感情は消えない。

「ふう」

 気持ちを入れ替えようと軽く息を吐く。

「大丈夫?」

 ルナが姿を現して、心配そうに声を掛けてきた。

「まあ何とか……もしかして聞いてたの?」

 ルナには聞かせたくない話だった。聞いているだけで自分の心が黒く染まっていく気がした。

「うん」

「大丈夫? 変な気に当てられてないか?」

「気? 別に」

「そっか。じゃあ良いけど」

 ヒューガは彼女の言葉に毒のようなものを感じていた。気という表現が適切かは分からないが、精霊であるルナは自分よりも影響を受けるのではないかと心配したのだ。
 どう扱えば良いか分からない。自殺だけはさせないように無理やり契約をさせた。死なせてやる。今になってその言葉がヒューガの心に重くのしかかる。

「大丈夫?」

「うーん。正直言うと、ちょっと困ってる。でも今は人族のことを考える時だ。どうなってる?」

 エルフのことばかりを考えてはいられない。捕らえた人族をどうするかも決めなければならないのだ。

「目が覚めてる」

「そうか」

 人族たちの実力はたいしたものではなかった。戦闘そのものは楽勝。大変な思いをしたのはルナとゲノムスで、十人を運ぶのに結構な時間がかかってしまった。
 なんとかそれを終えて、先に運んでいたエルフの所に向かった結果が、先ほどの状況。どうすればあんな状態から立ち直ることが出来るのか。またヒューガの頭の中をエルフの問題が占めていく。
 気が付けば男たちを拘束している部屋の前。また頭をふって、エルフのこと頭から追い出すようにしてから部屋に入った。

「あれ?」

 部屋の中には先客。予定にはない先生がいた。

「遅かったですね。待ちくたびれましたよ」

「なんで先生が?」

「尋問ですよね? 尋問といえば私の得意分野です。任せてください。どんな奴からでも全て吐かせて見せますよ」

 実に嬉しそうにこれを言う先生。エルフのそれとは異なる毒のある言葉。ただこれで心を震わせるのはヒューガではない。

「もう十分みたいだけど……」

 拘束された男たちは先生が立っているだけで怯えている。ヒューガが訪れる前から恐怖に震えていたようで、何人かはヒューガが現れたことで、ほっとしているくらいだ。ヒューガは人族に見えるだけマシということだ。

「なんとも責め甲斐のなさそうな人たちですね。これでは私の出番がなさそうです。うーん。とりあえず口の軽そうな奴を先に始末して」

「いや、それ逆だから」

「しかしそれでは私の見せ場が……」

「先生の見せ場は鍛錬の場だけで十分」

「そうですか……残念ですね。せっかく魔族の拷問とはどういうものかを見せる良い機会だったのに」

「「「魔族!?」」」

 一目見るだけで人族でもエルフでもないと分かるはず。それでもはっきりと魔族だと聞かされたことに男たちは反応している。

「先生、それわざとやってるでしょ?」

「ヒューガくん、それを言ってしまったら意味がありませんよ。尋問の前に相手を怯えさせておく。これ基本です」

「それは分かるけど……なんか必要なさそうだ」

 男たちの中で何人かは、すでに口を開きたそうにしている。どちらかと言えば先生がその間を与えないように邪魔している感じだ。

「ふむ。まあいいでしょう。ここからはヒューガくんに任せますよ」

「分かった。さて、お前たちの中で一番偉いのは?」

「……俺だ」

 答えたのは、一番前に座っている金髪を短く刈った男。精悍な顔つきはリーダーらしいといえばらしい。

「じゃあ、お前に聞く。まずは何故、大森林に来た?」

「逃げるためだ」

「逃げる? 何からだ?」

「俺たちを追っている者たち」

 男たちは逃亡者。追っ手から逃れる為に、危険な大森林にあえて踏み込んだのだ。

「そんなの聞かなくても分かる。僕が聞いているのは誰が追っているんだってこと」

「それは……」

「おや、私の出番が来ましたか?」

「先生、早い。回りくどい言い方は止めて。暇は暇だけど無駄な時間を過ごすつもりはないからな」

「……貴族だ」

「それだけじゃあ、どこの貴族かも分からない。聞き方を変えるか? どこから逃げてきた?」

「東方連盟の国から」

「東方連盟……それ幾つかの国の集まりだ。お前まさかそんなことも僕が知らないと思ってるのか?」

 男は答えを誤魔化そうとしている。そう考えたヒューガは視線を先生に向けた。

「違う! 俺達は追っているのは東方連盟のほぼ全ての国だ」

 慌てて男は説明を補足した。誤魔化しているわけではないのだ。
 
「全て?」

「東方連盟のうちどの国が追っているかは分かっていない。ただ複数の国が協力しているのは確かだ」

「ふーん。それで逃げるってどうやって?」

「……事情は聞かないのか?」

「お前たちが何故逃げてるのかなんて僕には関係ない。少なくとも今は」

 逃亡の理由などヒューガにとってはどうでも良いことだ。もっと重要なことを確かめることが優先。

「……大森林を抜けて帝国に行こうと思った」

「はあ? それって大胆すぎないか? どれだけの距離があると思ってるんだ?」

 レンベルク帝国に向かうとなれば大森林を横断することになる。ヒューガ自身もそれがどれだけの距離なのかは分かっていないが、無謀であることは間違いない。

「それは分かっている。いや分かっているのは長い距離を移動しなければいけないということだけだが」

「……パルスに逃げるって選択肢は?」

 それであれば大森林に入る必要もない。当然、考える選択肢だとヒューガは思っている。

「それもあった。しかし相手はそれを予想している。警戒は厳重なはずだ」

「それで裏を……もうひとつ抜ける国があるはずだけど?」

 大森林を抜けなくても、マーセナリー王国からレンベルク帝国に向かう方法もある。東方連盟から逃げてきたのであれば戻る形になるが、それでも大森林を横断するよりはマシだとヒューガは思う。

「傭兵国は……俺たちの敵だ」

「つまり傭兵国と東方連盟のいくつかの国に追われてるのか?」

「そうだ」

「……この話はもう良い」

「良いのか?」

「聞きたいのはこれじゃないからな」

「ぶっぶー」

 突然、聞こえてきた奇声は先生の口から発せられたもの。

「……何?」

「駄目ですよ。尋問の時はこちらが本当に知りたい物事を相手に気取らせてはいけません。重要ではないと思わせておいて聞きだす。それが尋問をする上で気を付けなければいけないことですよ」

「あっ、そうか」

 こちらが何を重要視しているかバレてしまっては相手はそれを隠そうとするかもしれない。交渉材料としてくる可能性もある。先生の言うとおり、隠すべきだ。

「まあ、初めてですから仕方ありませんね。次は気を付けてください」

「わかった……それで、聞きたいのは何故エルフを連れてきた?」

「結界の場所を知るためだ。結界の中であれば人族であっても安全に移動できると聞いた」

 これは聞く前から分かっていたことだ。問題はこの情報がどこまで広がっているかという点。それを菊だそうとしたところで、ヒューガがあることに気が付いた。

「先生……」

「なんですか?」

「もしかして、これを知りたくて同席した?」

「ばれましたか。でも気付かないヒューガくんが悪いのですよ。尋問をする時は同席する人にも気を付けなければなりません。同席した人に知られて良い情報なのか、尋問をする前に考えておくべきです」

 油断も隙もない。その油断をし、隙を見せたのはヒューガなのだ。

「次は気を付ける。続きだ。それは誰に聞いた?」

「助けたエルフにだ」

「あのエルフか?」

「違う。あのエルフはその事実を知って、案内をさせる為に助けた……相手は助けられたとは思っていないな。実際、利用する為に連れ出したのだ」

 男の説明はヒューガが想像していたものと少し違っていた。少なくとも男はエルフの気持ちを考えることが出来る人物だ。

「じゃあ、どのエルフが?」

「その前に出会ったミ……エルフだ。貴族の奴隷になっていた。俺たちはその貴族に用があって世話になっていたのだが、結果として裏切られて。その貴族から逃げるなかで偶然助けた形になった。いや、やはり助けてはいないな」

「エルフが自ら話したのか?」

「自ら……そう言って良いのか……」

 首輪の呪縛によって強制的にということかとヒューガは考えた。だが、これには疑問が残る。

「契約者はその貴族のはず。貴族が聞いたのか?」

「いや……俺だ」

「お前が? お前がその奴隷にされたエルフの契約者ってこと?」

「望んだことじゃない! その貴族が配下になるならその褒美にと……」

 男は大声で自分が求めたことではないと否定した。

「エルフを差し出した……それはお前が望んだのと一緒だろ?」

「違うんだ! 俺がそれを認めたのはその貴族にやって欲しいことがあって……その為に信用を得る必要があった。本当だ! 信じてくれ!」

「別に嘘だとは言ってない。知った時のことをもう少し詳しく教えろ」

「……貴族に裏切られたことが分かって、俺たちは逃げ出そうとした。でも逃げ場がなくて……せっぱつまってエルフに聞いた。俺たちよりも土地の事情に詳しいと思ったからだ。そのエルフの答えが……」

「大森林に逃げ込むことだったって? それで?」

 ヒューガの中でさらに疑問が大きくなった。だがそれについての確認は後回しにして、話の続きを聞く。

「大森林に逃げても死ぬだけ。そう思ったんだ。ただ何度か質問して、偶然問いかけたその中の答えが……」

「どんな質問だ?」

「大森林を安全に移動できる方法を知っているなら教えてくれ」

「そのまんまか……それにエルフは答えたんだな?」

「そうだ」

「そのエルフは?」

「死んだ。俺たちが殺したのではない。自由にしてやったのに自ら命を絶ったんだ。俺には何が何だか分からなくて……」

 これを語る男の表情には悲しみの色が浮かんでいる。エルフが亡くなったことの悲しみ以外には考えられない。

「何か言っていた?」

「……死ぬ前に、エルフの掟を破った私に生きる資格はない、と」

「なるほど。それでこの情報を知っているのは?」

「俺たちと一緒にきたエルフ……だけだと思う」

 男は真実を語っている。ヒューガはそう感じている。だが本当に聞かれただけでエルフが答えるものか。こんな簡単な質問を行うだけで話してしまうのであれば、とっくの昔に広まっていてもおかしくない。

「先生はどう思う?」

「そうですね。ヒューガくんと同じ疑問を持っています。同じ質問をした人間がいなかったなんてちょっと信じられませんね」

「大森林がエルフの故郷であることは?」

「誰でも知ってることです。幼い子供を除けば、ですけどね」

 そうであれば、当然大森林の情報を得ようとした人がいたはず。それが欲にまみれた貴族であれば、非情な手段も使っただろう。実際には他にも知っている人族はいる。こう考えるのが普通だ。
 だがそうであれば、多くの人族が大森林に侵入してきているのではないか。これを聞く相手は男たちではない。

「それで? お前たちはこれからどうしたい?」

「助けてくれるのか?」

「助けることになるかは分からない。一応聞いてみるだけだ」

「……帝国へ行くことは?」

「それは勝手に。その行動を選ぶのであれば、僕がどんな決定をしても結果は同じだ」

 今の彼等では生きて辿り着けるはずがない。この場で殺さなくても、彼等に待っている結果は同じになる。

「……そうか」

「帝国に行きたいのであれば、もっと強くならなければならない」

「強く……」

 そう言われても何をどうすれば良いのか男には分からない。それが分かったのは男たちではなく先生だ。
 
「ヒューガくん……いくらなんでも生徒を増やし過ぎじゃないですか?」

「そうだけど……じゃあ、彼らが勝手に鍛えるのは良いだろ?」

「それは私がどうこう言う話ではありませんね」

 それは彼等の勝手。あくまでも彼等が自分たちだけで鍛錬を行うのであれば。

「そういうことだ。帝国に行きたいのなら行けるだけの実力を身につけろ。ここに滞在すること許してやる」

「……ここは一体?」

 滞在が許されるのはありがたい。だがそもそもここがどこか男たちは分かっていない。

「僕の拠点。この中にいる限りは魔獣に襲われることはない。結界を一歩出れば保証出来ないけど。保証どころじゃないか。間違いなく魔獣に襲われる」

「……その魔獣は強いのか?」

「今の僕では勝てない。その僕に一撃でやられたお前たちでは瞬殺だ」

「そうか……」

「だから鍛えろって言ってる」

「……食事は? 提供してもらえるのか?」

 頑張って鍛えても一日二日で強くなれるはずがない。その間の生活をどうすれば良いかと男は考えた。

「お前、結構厚かましいな。自分たちで狩れよ。調理場は自由に使っていい」

「狩れないだろ? 君の話が事実だとすれば」

「事実だ。じゃあ、もう一つだけ手助けをしてやる。僕たちは鍛錬と狩りの為に毎日外縁に近い場所に行く。その時に……ちょっと待った。僕が約束して良い話じゃなかった」

 彼等まで外縁に運ぶとなれば、それはルナたちに負担をかけることになる。ヒューガは独断してはいけないと考え得た。

(ということでルナ、彼らなんだけど……)

(ヒューガはお人好し)

(……そんな言葉どこで覚えた? やっぱり無理か?)

(今は無理。三日後なら平気)

(それって何か意味あるのか?)

 何故、三日後であれば大丈夫なのか。その理由はヒューガには分からない。

(新しい道を用意してる。扉とは違う道)

(いつの間にそんなものを?)

(毎日の移動の為、準備してた。毎日のことだからそのほうが楽)

(そうか。じゃあ、それを彼らにも使わせてやってくれ。今の言い方だと使うためにルナたちが力を使うことはないんだろ?)

(使うよ)

(えっ? そうなの? じゃあ、やっぱり無理か?)

 ルナたちの負担になるのであれば無理は言えない。そう考えたヒューガだったが。

(ほんのちょっとだけ……ふふ)

 ルナの小さな意地悪だった。
 
(……ルナ)

(だってヒューガは他人のことばっかり)

(ルナが言うほどじゃない。ちょっと手助けしてやってるだけだ。手助けとも言えない手助けを)

(ヒューガがそう思ってるだけ)

「あの……」

 ずっと沈黙している、男たちにはそうとしか見えないのだ、ヒューガが心配になって声を掛けてきた。

「あっ? 待てって言ったけど?」

「……すまない」

「三日後だ。それ以降であれば外縁付近まで運んでやる。それで良いなz」

「ああ、それで十分だ」

「十分。それはどうですかね?」

 話がまとまりそうになったところで、先生が口を挟んできた。

「何が?」

「ヒューガくんはやっぱり甘いですよ。私であれば彼らにこう言いますね。お前たちの選択肢は二つ。私に仕えるか、死ぬかだ」

「……無理やり仕える部下なんて僕はいらない」

「それはそうですけど……私が思うにそう言ってあげるほうが彼らには救いになると思いますよ?」

「それはどういう意味なんだ?」

 先生の言葉に男が食いついた。そんな言い方をされれば気になるのは当然だ。

「貴方たちでは無理ですよ。ここで生きるなんて。いずれそれを思い知るのであれば今からヒューガくんに庇護されたほうが話が早いって事です」

「我等は……」

「何ですか? 貴方たちが何者であろうとヒューガくんに一撃でやられのは確かでしょう」

「……それは」

「貴方たちの実力なんてそんなものです。私に言わせれば、貴方たちが学んできた事は児戯に等しいものです。それが、いっぱしの……とにかく、はっきり言っておきましょう。貴方たちのような者にとって、忠義を向ける対象がいないというのはそれだけで不幸です。これについては既に貴方たちにも十分に分かっているのではないですか?」

「先生?」

 先生の口ぶりは彼等が何者か分かっている人のそれだ。それだけではヒューガには彼等の素性は分からないが、主という存在がいることだけは分かった。ヒューガにとっては意外な事実だ。恰好からてっきり盗賊か何かかだと思っていたのだ。

「……話過ぎましたね。つい彼らのような……まあ、今はいいでしょう。いずれ分かる事です。私はこれで失礼します。ちょっと気持ちが波打っているので」

 そういうとすぐに先生は姿を消した。

「彼は……何者なんだ?」

「僕の先生だ。僕がこの場所で生きて行けるように鍛錬してもらってる」

「鍛錬って……魔族に教えてもらっているのか?」

 見た目は人族であるヒューガ。そのヒューガが魔族に教えてもらっていることは、彼等には驚くべきことだ。

「先生は僕よりもはるかに強い。強くなりたいのであれば、強い人に教えを乞うのは当たり前だろ?」

「しかし、魔族だろ?」

「たとえ何者であろうともだ。先生は僕にとって尊敬できる人だ。それは僕たちを見ていれば、お前らにもいずれ分かる。偏見のない目で見ることが出来るのであればっていう条件付だけどな」

「そうか……」

 すぐには納得出来ない。だがヒューガが先生と呼ぶ魔族を拒絶することも彼等には出来ない。それを行えば、待っているのは死であることくらいは分かる。

「この部屋は自由に使っていい。念の為に言っておくけど、僕たちに変な気は起こさないように。ここの結界は僕に与えられたものだ。その僕に何かあれば結界は恐らくなくなる。これ脅しじゃないからな」

「……わかった」

「さて、僕も行くかな」

「あの?」

「まだ何か?」

「言いづらいんだが……食事は?」

「……お前、本当に厚かましいな。まさか何の準備もせずに大森林に来たわけじゃないだろ?」

「持ってきてはいたんだ。だが気が付いた時にはなかった。森に置きっぱなしになっているのではないか?」

 ヒューガの言う通り、何の準備もせずに大森林に来たはずがない。だが、運んでいた荷物は彼等の手元にないのだ。ではその荷物はどうなってしまったのか。ヒューガには心当たりがあった。

(……ルナ)

(……だって味方になるとは限らないから)

(いいから返して)

(……分かった)

「「「おお!」」」

 宙から突然、荷物が降ってきた。それでも大森林を渡ろうとしているにしては少ないとヒューガは思う。ただこれは仕方がない。大森林を囲む高い崖のせいで、馬車などを持ち込むことは出来ない。手持ちで運べるこれが精一杯なのだ。
 ヒューガに捕らえられた彼等は幸運だ。確実な死から、一時かもしれないとはいえ、遠ざかることが出来たのだから。

 

◆◆◆

 捕らえた男たちと話を終えたヒューガがまたエルフの女性の部屋に向かう。今日中に話をしておいた方が良いかと思っての行動だが、いざ扉の前に来ると開けるのが躊躇われた。
 それでも覚悟を決めて、扉を開ける。今、対面を避けても後回しにしただけ。何かが解決するわけではないのだ。

「あら? お早いお帰りね?」

 さきほど話した時より、一段と悪意を感じる言い方。後悔の思いが浮かんでくるが今更だ。

「話しておくことができた」

「何?」

「お前と一緒にいた人族のことだ」

「彼らがどうしたの?」

 エルフの眉が顰められる。嫌悪の感情ではなく疑問だ。

「しばらくここにいる事になった。いつまでかは分からない」

「助けたのね……?」

「助けたと言うのか? とりあえずここにいるのを許しただけだ」

「それを助けたと言うのよ。思った通りね。やっぱり貴方はお人好しの偽善者」

「ひどい言われ方だ」

 偽善者呼ばわりに、今度はヒューガが眉を顰めることになった。これは疑問ではなく嫌悪。

「あら? 好きに言えと貴方が許したのよ?」

「まあ……」

「それで? それが私に関係あるの?」

 関係がないと思っているのであれば、偽善者呼ばわりする理由もない、という思いは口に出すのは止めておいた。さらに面倒なことになるのが分かっている。

「彼らと一緒に生活するのが嫌なら、別の場所で生活するって手がある」

「別の場所?」

「ああ。ここからは少し離れているはずだけどエルフの都がある。そこにはどれくらいだろ? 二百人、もしかしたらもう少しいるのかな? とにかく大勢のエルフが住んでるから、そこに移動したらどうかと思って」

「嫌よ!」

 ヒューガの提案を彼女は強い口調で拒否した。この反応はヒューガには意外なものだ。

「何で? 仲間がいるほうが色々と便利だろ? 女性のエルフも当然いるし……」

「私をさらし者にするつもりなのね!」

「さらし者?」

「人族の奴隷になったエルフがさらし者じゃなくて何なのよ!?」

 エルフは誇り高い。そのプライドが、奴隷になっていたという事実を同族に知られることを屈辱と感じさせてしまう。

「……そうか。じゃあ、当面はここでいいんだな?」

「当面? 当面ってどういう意味よ!? まさか私を見捨てるつもりなの?」

「見捨てるって……元気になれば大森林を出て暮らすことも出来るだろ? そういう意味だよ」

 何故、修羅場を演じているかのような台詞を投げつけられなければならないのか。ヒューガには訳が分からない。

「私はここにいたいの。もちろん貴方が許してくれればだけどね」

「許してる。だからお前はここにいるんだ」

「そうね。そうだったわ。貴方は私の命の恩人。その貴方の為に何かしてあげたいのだけど何か望みはあるかしら? なんでも良いのよ? 貴方の言う事なら何でも聞いてあげる」

「……別にない」

 一転して媚びを売るような態度を見せてくる。この態度はヒューガを苛つかせるだけだ。

「何でもいいのよ。這いつくばって足を舐めろと言うなら……」

「くだらないことを言うな」

「あら怒ったの? そういう趣味はない? それとも経験自体がないのかしら? そうね、貴方はまだ子供といっても良い年だものね。知りたくない? 女がどういうものか」

 これを言う彼女の顔は憎しみに満ちていて、それでいて辛そうで。とにかく複雑な表情を見せている。それを見たヒューガの心からは嫌悪が消え、代わりに悲しみが湧いてきた。

「……自分を傷つけて楽しいか?」

「……楽しいわよ。私はそう躾けれらたの。薄汚い人族にね。貴方と同じ人族に」

「そうは思えない。お前の心は言葉とは……まあ今は何を言っても傷つけるだけか。あと言っておくけど僕は厳密には人族じゃない」

「どういう意味よ? 人族じゃないって」

「……それを今、教えるつもりはない」

 異世界人だからといって、それで彼女が納得するとは思えない。そうであれば余計な情報は伝えるべきではないとヒューガは考えた。

「そう」

 途端に寂しそうな顔をするエルフの女性。情緒不安定。そういうことなのだとヒューガは理解した。

「とりあえず話すことは以上だ」

「もう行くの?」

「ああ、これでもやる事が色々とあるから」

「今度はいつ来てくれるの?」

「……明日かな?」

「じゃあ待ってる」

 こう言ってニッコリ微笑む彼女の顔はとても幼くみえた。自分がどうこう出来る範疇ではないかもしれない。そう思ったが、今は他に出来ることは何もない。

(ルナ、どう思う?)

 ルナに聞いても解決しないとは分かっていても聞かずにはいられなかった。

(彼女は子供)

(そうだな。そうなのかもしれない)

(どう育つかは周り次第)

(うまく育てることは出来るかな?)

(分からない。それは彼女次第)

 どう育つかは周り次第でもあるし、彼女次第でもある。気長に付き合うしかないのかとヒューガは思った。だがこの先も恐らく彼女は。

(ヒューガのスケベ)

(……だからどこでそんな言葉を?)

(知らない)

 ルナの不機嫌さが伝わってくる。女性のことでルナが機嫌を損ねる今の状況は、もしかして修羅場というものなのだろうか、とヒューガは思った。