月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #30 心の傷

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 陽もすっかり落ち、いつもであれば静けさに覆われているはずの野営の地も、今日に限っては喧噪があたりに響いている。そこかしこに篝火がたかれ、その周りに集まった兵たちが祝宴を楽しんでいるのだ。
 自分の手柄を声高々に自慢している者、仲間と共に戦いを無事に終えたことを喜んでいる者、遠く離れた家族に思いをはせている者もいるであろう。
 魔族との初戦はなんとか勝利で終えることが出来た。それを喜ぶべきであろうが、儂の立場ではとてもそんな気持ちにはなれん。
 情報を集め、念入りに相手を選んだつもりであった。相手は魔将といっても下位も下位。率いるのも魔族ではなく魔獣を操る程度だ。
 それなのに予定以上に兵の被害が出ている。情報が誤りであったのか、それとも……後者であろうな。

「浮かない顔ですね?」

「それはそうだろ? こんなところで苦戦していては先が思いやられる。ここから先の計画を見直さなければならんかもしれん」

「それは覚悟の上ではないですか? 戦いを挑むのを急いだ。それがこの結果ですよ」

 アレックスからはまったく今回の苦戦に対する反省が感じられない。この態度は儂を苛つかせるものだ。

「それは分かっておる。じゃが、もう少し出来ると思っていた」

「戦いとはそういうものですよ。全てが思い通りに行くわけではないでしょう?」

「他人事のように言うな。今回はお主にも責任はあるだろう?」

「私にですか? それなりに活躍したつもりですけど……」

「お主自身はそうかもしれんが問題はお主の兵たちだ。近衛は王を守る兵のはず。それがまさかこんなにも弱いとは」

 今回の苦戦における最大の誤算は近衛騎士団の弱さ。王を守る最後の砦である近衛騎士がこんなことで良いのかと思ってしまう有様だった。
 
「グラン殿。もう少し声を落としてください。周りの兵に聞こえてしまいますよ」

「事実を口にして何が悪い。最初に躓いたのは、間違いなく近衛が弱かったせいだろ? 相手の魔将が調子にのって前に出てこなければ、あのまま魔獣に押し切られるところだったわ」

 向かってきた魔将配下の魔獣の群れ。それにぶつかった近衛の軍勢は魔獣の統率された動きに対応できず、陣形を大きく崩してしまった。その勢いは後方に控えていた我らにまで及ぶところであったのだ。

「本当にそうなりそうなら、その前に私が何とかしていましたよ。たかだか魔獣程度、少しくらい数が多くても敵ではありません」

「そのたかだか魔獣程度に押し込まれた事実を情けないと言っておるのだ」

 アレックスの口調はやはり他人事だ。自分の実力を誇ってもいる。それがどれだけ愚かなことか、アレックスは分かっていないのだ。

「……まあ、実戦経験が少ないのは事実ですからね」

 それも自業自得だろうに。近衛だ、などと偉ぶって軍務をすべて国軍に押し付けてきた結果だ。

「どうするのだ? この調子ではすぐに増援を頼むことになるぞ。そうなれば勇者が苦戦していると思われる。それだけではない。多くの近衛の実家は新貴族派じゃ」

「文句を言ってくるでしょうね?」

「そんなことよりも新貴族派の力を落とすことが問題なのだ。近衛の中核は新貴族派の二男、三男、中には嫡男を出している者もおるのだぞ? それらを戦いの中で失うことは、そのまま新貴族派の力を弱めることになってしまう」

「……なるほど、それは確かに問題ですね」

「儂が何を心配しているか、ようやく分かったか?」

 これは本来、近衛第一大隊長であるアレックスが考えること。何故それが分からんのかと怒鳴りつけたいところだ。

「……いっそのこと、国軍と入れ替えますか?」

「それで良いのか? 国軍が出ればお主の活躍の場はなくなるぞ」

 アレックスの口からこの提案が出るとは思っておらんかった。

「私個人としては残りたいところですが、それには王の許可が必要ですね。いずれにしろ、王都に戻る必要があります」

 アレックスが勇者に同行しているのはあくまでも同行する近衛を率いる立場として。その近衛軍が王都に戻れば、アレックスも一緒に戻らなければならない。勝手に残るような真似をしては軍令違反になってしまうからな。

「まあ、そうだな」

「でも、我ながら悪くない案だと思っていますよ。国軍のほうが実戦経験は豊富ですし、なによりも彼らのほとんどは平民出身です」

「……勇者と一緒に行動する事で彼らの信頼を掴むということか。確かに悪くない」

 アレックスにしては上出来な策。頼りない近衛よりも、平民であり戦力としても頼れる国軍を掌握する機会を作れるのであれば、是非そうすべきだ。

「どうですか? この案でいってみます? 国軍と入れ替わった後の近衛については私が徹底的に鍛え直します。魔族の領内に攻め込むまではまだ時間があります。要はそれまでに間に合わせれば良いのです。それであれば仲間たちも納得するでしょう」

 パルス国内の魔族を倒しても、与えられる恩賞は限られている。あくまでも前哨戦にすぎず、何より領土が増えるわけではないからな。
 貴族が功をあげるのは魔族の領土を攻め取る時。確かに悪くない。

「お主がそれで良いのであれば、儂に異論はない」

「そうですか。ではそうしましょう。そうなると当面、勇者には同行する兵がいなくなりますね。その間はどうします?」

「……仕掛けていたことがある。それを実行するのも悪くないの」

「悪徳貴族の糾弾ですか? たしかにそれであれば軍は必要ないですね……しかし、よくまあそんなものが仕込めましたね?」

「特別なことなどしておらん。実際に不正を行っている貴族を見つけ出し、その証拠を押さえただけだ。儂が仕込んだのは、それをどうやって不自然に思われないように勇者が見つけたことにするか。その為の役者を配置しただけだ」

 罪なき貴族を罪に落とすような真似をするつもりはない。儂が汚れ仕事をするのは、あくまでも国を良くするためなのだ。証拠を掴むだけで不正貴族を潰せるのであれば、こんな手間をかけることはしない。それが出来ないから勇者を利用するのだ。

「……わかりました。では早速そのように動きましょう。といっても明日からですけどね」

「分かっておる」

「さて、私はもう少し兵を見てきます。これでも大隊長ですし、今は率いてきた全部隊を統率する身でもありますからね。それなりに兵に気を使わないと」

「そうだな」

「さて……あっ! そうだ!」

 この場を去ろうとしていたアレックスが急に何かを思い出したようで、立ち止まってこちらを振り返った。

「どうした?」

「これからの計画をまとめたものってありますか?」

「……何故それを聞く?」

「もし、王都をすぐに離れられない事態になったら、その先どう動けばよいか分からなくなります。私は全ての計画を聞いているわけではありませんからね。ですから何かまとめたものがあれば写しをお借りしようと思いまして」

「……ふむ」

 確かにアレックスの言う通りだ。だが連絡を取る手段がないわけではない。

「お主、遠話は?」

「使えませんよ。私は大隊長であって伝令係ではありませんからね」

 大隊長だから使えなくて良いというものではないだろうが。

「それに遠話はどこにいても大丈夫ってわけではありませんよね? まさか中継の伝令係に私たちのやりとりを知られるつもりですか?」

 確かに遠話はどこでも通じるわけではない。距離の問題、相手との相性の問題、そういった問題を取り除く為に、パルス国内にはいくつか中継役となる伝令所があるが、それを使えば内容は筒抜けになってしまう。勅令であればどんな内容でも秘密は守るであろうが、我らのやり取りでは。それも中身が中身だからな。

「仕方ないな。いいだろう」

 懐から冊子を取り出して、アレックスに渡した。

「そんな場所に?」

「当り前であろう。人目に触れてよいものではないからな。お主も取扱いには注意するのだぞ」

「わかりました。では、早速写しを……」

「かまわん。そのまま持って行け。中身は全て頭の中に入っておる。それは儂に万が一の時があった場合、後事を託す者に渡すために用意しておいたものだ」

 それが誰かとなると、実は誰でもない。儂の代わりになれる者はいないのだ。

「そうですか。大切にお預かりします。計画に変更が生じた場合はどうしましょうか?」

「その場合は普通に伝令を送る」

「大丈夫ですか?」

「計画変更と告げるだけだ。何のことかなど伝令には分からん。細かい内容の詰めが必要になれば、儂自身が戻るだけだ」

「……それしかないですね。ではそういうことで。今度こそ、私は失礼しますね」

「ああ」

 さて、王都へどの様に報告すれば良いか? 予想以上の被害が出たので兵の交替をお願いする。こんな報告をしたくないが他に良い理由が思いつかんな。この場合は仕方がないだろう。下手なうそを報告して、事実を知られた時のほうが問題だ。
 あとは代わりとなる国軍。どの部隊が送られてくるのか。その辺の関与は難しいだろうな。そもそもその伝手がない。強い部隊であれば、どこでも良い。今は国内の魔族討伐を確実にこなすことだ。
 さて、あとは勇者と国軍の兵との間をどう取り持つか。それは儂の出る幕ではないな。二人に任せておけば、それなりにやるであろう。なんだかんだ言って、あの二人にカリスマ性があるのは確かのようだ、
 ふむ。少々計画は変わったが、特に問題はないようだな。

 

◆◆◆

 野営地は兵たちの宴のせいで喧噪に包まれている。その雰囲気が嫌で用意された天幕の中で一人、今日の戦いを考えている。いや考えたくて考えているんじゃない。自然と頭に浮かんできてしまうんだ。
 あれが魔族との戦い。思っていた戦いとはかなり違っていた。あれは戦争だ。相手は魔獣とはいえ軍と軍とのぶつかり合い。そんな感じだった。
 それはそうだよな。だからこそ軍隊を率いここまでやってきたんだから。こんな簡単なことにも戦いが始まるまで気付かなかった。ただ魔将を倒す。それだけのことだと思っていた。
 目の前で多くの兵が死んでいった。ある人は首を引き千切られ、ある人は四肢を食いちぎられ……大勢の人たちの叫び声が戦場に響いていた。
 それは戦いが終わってからも同じ。戦場のあちこちから死にきれないでいる味方のうめき声が聞こえてきていた。
 回復魔法を使っても、その中で助かるのは一握りの兵のみ。それ以外の助かる見込みのない重傷を負った兵の多くは、味方の手によってとどめをさされていった。
 どうせ死ぬのであれば、苦しまないようにという配慮であるのは理屈では分かる。でも、中には死を受け入れられない人もいた。その人たちの最後の叫び声が今も耳に残る。
 これが戦い。
 こんなことがずっと続いていくのか。
 はたして僕はこれに耐えられるのだろうか?
 人が死ぬのを見るのは辛い。それがもしかして明日の自分の姿だと思うと……怖い。
 でも、これを口にしてはいけない。何故なら僕は勇者なのだから。

「ユート……」

「ミリア。どうしたんだい?」

 ミリアに情けない姿は見せられない。そう思って、咄嗟に笑みを浮かべた。

「どうしたって……ユートこそ大丈夫なの? 何だか深刻な顔をしてるわ」

「そう? そんなことないよ。ちょっと考え事をしていただけさ」

 無理して強がってみせる。胸に溜まった思いを聞いてもらいたいという気持ちもある。でもそれをすれば彼女がどう思うか。優しく慰めてくれるのであれば良い。でもそうじゃなかったら。

「何を考えていたの?」

「……もっと上手く戦えなかったかなって。僕がもっと上手く戦えていたら、兵の犠牲はもっと少なかったんじゃないかって」

「それはユートが気にすることではないわ。私たちにとっても初めての本格的な戦いなのよ。始めから上手くなんていかないわよ」

「でも僕は勇者だから……みんなの期待に応えないと……」

 ミリアは慰めの言葉を口にしてくれた。でも、その言葉は僕の心を癒してくれない。同情は僕の心を傷つけるだけだと分かった。

「ユートが一人で頑張らなくても、みんなで協力すれば良いのよ」

「そうだけど……でも、やっぱりね」

「ユートは責任感が強いからね。そうやっていつもユートはみんなの期待に応えていく。だから、ユートはみんなに慕われるのね」

 そう。僕はみんなの期待に応えなくてはならない。それが皆に僕が慕われる理由。

「ユート?」

「何?」

「本当に大丈夫? 少し疲れているんじゃない?」

「大丈夫さ。ミリアや皆のおかげで魔将を倒すことが出来たからね。少し興奮しているのかもしれない」

「ならいいけど……」

「ミリアはどうだった? 今日の戦い」

 ミリアにこれ以上、心配を掛けてはいけない。僕の話題は終わらせて、ミリアの話を聞くことにしょう。

「私は……少し怖かったわ。でもユートが一緒だったから。ユートが必ず守ってくれるって信じていたから」

「ああ、任せてくれ。ミリアのことは僕が必ず守るよ」

 ミリアの信頼に応えなければならない。僕が頼りにならないなんて思わせてはいけない。

「ユート、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」

「ぼくは勇者だからね」

「ユート?」

 僕は勇者だから、皆を守らなくちゃならない。ミリアのことも兵士たちも、パルス王国に住む全ての人たちを。でも……勇者の僕は誰が守ってくれるんだろう。
 ……駄目だ。こんなことを考えてはいけない。僕は泣き言なんて口にしてはいけないんだ。なんといっても僕は勇者だから。
 勇者だから期待に応えないと……。
 期待に応えないと、僕は皆に慕ってもらえない。僕が勇者じゃなくなったら……。

「ああ、こんな所にいましたか」

「アレックス師匠!」

 そうだ。僕にはアレックス師匠がいる。グランさんも。なんといっても二人は僕の師匠だから。彼らが僕を守ってくれる。

「こんな所でどうしました? 兵と交わるのも勇者の大切な仕事ですよ」

「ユートが……」

「ユートがどうしました? 何かあったのですか?」

「何もないよ。ミリアが心配症なだけだ。僕だってたまには一人で物思いに耽りたい時があるのさ。ミリアはそれも許してくれないんだ」

 冗談で誤魔化してしまった。本当は弱音を吐きたかった。でもミリアの前ではそれが出来ない。

「それはまた……ミリア、あまり過保護なのもどうかと思いますよ?」

「そんな、過保護だなんて……」

「ユートも初めての本格的な戦いで普段の気持ちではいられないのでしょう。戦いの後はそんなものです。その辺は分かってあげないと」

 やっぱり師匠だ。僕の気持ちをよく分かっている。そうなんだ。戦いのあとだから少し気持ちが変になっているだけなんだ。だから怖いとか、勇者にあるまじき考えが頭に浮かんでしまうんだ。

「でも、私は……」

「男性と女性ではやはり戦いというものについての感じ方が違うのですよ。それにユートは勇者という立場ですからね。自然と背負うものも大きく感じてしまうのでしょう。でも大丈夫。何度か戦いを経験していけば慣れますよ」

「そうだよ。初めての戦いを終えて少し気持ちが高ぶっているだけさ」

「そうなの?」

「そうだよ」

 師匠がそう言っているんだ。これは一時的なもの。すぐに慣れる。

「だったらいいけど……」

「それで? 師匠は何か僕に用があったの?」

「ああ、そうでした。ユートたちに伝えておくことがありまして。私は一旦、王都に引き上げることになりました」

「……何で?」

 アレックス師匠がいなくなる。それを聞いた途端にまた暗いものが心に広がってきた。

「兵の入れ替えを行う為です」

「それは……僕のせい?」

 僕がちゃんと戦えなかったから多くの兵が死んだ。そのせいだろうか?

「そうではありません。ユートはよく戦ったと思いますよ。予定通り、魔将を倒したのですから」

「でも……」

「魔族との戦いは国を挙げての戦いです。近衛軍だけで戦うものではありませんよ。国軍の兵にも戦いに参加してもらわないと。今回の件はその為です」

「師匠は?」

 近衛だろうと国軍だろうとどうでも良い。肝心なのは師匠だ。師匠が側にいてくれれば、僕はそれで良い。

「戻ってくるつもりですが、こればっかりは王の許可が必要になります。いつ戻れるかの約束は出来ませんね」

「そんな……」

「大丈夫ですよ。私がいなくてもグラン殿がいます。それにユートに魔将を倒す力がある事は今回の戦いで証明できたではありませんか。ユートは勇者なのです。もっと自信を持ってください」

「……わかったよ」

 師匠がいなくなる。次の戦いは僕一人で行わなくてはならないんだ。
 大丈夫だろうか?
 僕一人で魔族と戦えるんだろうか?
 アレックス師匠がいなくなると思うと暗い気持ちがますます酷くなる。

「ユート……」

「……ミリア、そんな心配そうな顔をしないで。師匠の言った通り、僕はちゃんと魔将と戦えるよ」

 ミリアを不安にさせてはいけない。僕はミリアの、皆の期待に応えなくてはいけないんだ。不安な気持ちを皆に気取られてはいけない。

「そうですよ。グラン殿もいます。ミリアもユートに協力してあげてください。ユートなら大丈夫です。私がいなくても魔族との戦いは問題ありませんよ」

「……はい」

 アレックス師匠がいなくなっても大丈夫だ。
 僕は魔将とちゃんと戦える。今日の戦いでだって魔将との戦い自体は問題なかったじゃないか。
 大丈夫。僕は戦える。
 何といっても僕は勇者なのだから。