月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #9 合同演習会

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 グレンの小隊が参加する合同演習の日がやってきた。
 演習に参加するのは第二軍、第三軍から選ばれた部隊。歩兵部隊三千、弓兵部隊千、騎馬部隊千、そして本陣の五百の五千五百を一軍として敵味方に分かれて争うことになる。
 合同演習の視察に現れた高官はそうそうたる顔ぶれだ。
 トルーマン元帥を筆頭に、任務に出ていない全将軍が揃っている。それに軍政側の高級官僚も勢ぞろい。これだけのウェヌス国軍の最高幹部が一同に会する場など、滅多にない。
 しかも、今回はこれだけではない。
 何といっても目を引くのは、メアリー王女の臨席。騎士団ならまだしも国軍の演習に王族が臨席するなどは極めて異例の事だ。
 その理由はいくつかあるが、最も大きな理由は、そのすぐ隣に座っている黒髪の男女の存在だった。公式の場に出てくるのはこれが初めて。召喚された勇者だ。

「エリックは勝てるかな?」

 男の方がメアリー王女に話し掛けた。背が高く、彫りの深い顔立ちで、二枚目というに十分な外見をしている。年の頃は十七、八。この世界では成人だが、年齢よりも若く見える。
 童顔であるとかではない。馴れ馴れしい態度といい、どこか軽薄さを感じさせるのだ。

「エリックが率いるのは三軍の方ですから、少し厳しいみたいですわ」

「やはり三軍の方が弱いのかい?」

「ええ。軍は番号が若い方が強いそうですわ」

 男の言葉遣いはとても王族に対するそれではないのだが、メアリー王女は咎める事をしない。もう慣れっこなのだ。

「そうか。でもエリックだからな。それでも勝ってくれると信じたい」

「そうね。ケンタロの剣の師匠ですからね」

「メアリー様。僕の名前は健太郎。綾瀬(アヤセ)健太郎(ケンタロウ)」

「発音が難しいの。やっぱり、ケンで良いでしょう?」

「……分かった。じゃあ、ケンで」

「もう、どうして拘っているの。元々、ケンと呼ばれていたじゃない」

 口を挟んできたのが、健太郎と一緒に召喚されてきた和泉(イズミ)結衣(ユイ)だ。結衣の方は健太郎以上に美形だ。艶やかな黒髪、茶色の瞳。時折見せる、長い睫毛を伏せる仕草は、独特な色気を感じさせ、健太郎とは逆に、実年齢よりも大人に見せている。
 結衣は、健太郎とは学校の同級生。一緒に下校している時に巻き込まれて召喚された。それでも異世界人であるからか、魔導の素質を持っており、勇者である健太郎と同様に賓客として迎えられている。

「健太郎だからケンじゃない。飼っていた犬から付いたあだ名なんだ」

「犬でケン?」

「忘れた。なんだか色々な理由が混ざって気が付いた時にはケンだった」

「そう。ケンね」

「今、犬の意味でケンと言ったな?」

「そんな事ないわよ。被害妄想が強すぎね」

 こう言う結衣の顔には笑みが浮かんでいる。健太郎をからかって楽しんでいるのだ。

「いや、絶対そうだ!」

「だから、違うって」

 子供の様にじゃれ合っている二人。この世界の十七、八とは精神年齢が大分違っている。

「メアリー王女殿下。そろそろ始まりますな」

 メアリー王女の隣に座っていたトルーマン元帥が声を掛けてくる。間接的に健太郎たちに静かにしろと言っているのだ。
 せっかくの合同演習だというのにメアリー王女の面倒を任されて、ただでさえ苛ついていた元帥。相手が勇者でなければ、直接、怒鳴りつけていただろう。

「そう。いよいよね」

 周囲に荒々しく鳴り響く太鼓の音。演習開始の合図だ。
 それが止むと今度は、演習を行うそれぞれの本陣から規則正しい太鼓の音が聞こえてくる。

「元帥、あれは?」

「前進の合図ですな。あの太鼓の音に合わせて、歩兵は前に進みます」

「そうね。動き出したわ……歩いているわよ?」

「始めはそうです。太鼓の間隔が少しずつ短くなります。それに合わせて、並足、駈足という風に足を速めて行くのです」

 内心の不満を押し隠してトルーマン元帥は、メアリー王女に分かるように丁寧に説明している。

「そうなのね」

「列を揃えて行軍する。そういった行動が軍には必要なのです」

 トルーマン元帥の言う通り、太鼓の音の間隔が短くなった。それに合わせて、前に進む歩兵部隊の足も早まる。
 さらにもう一段。両軍の歩兵の距離が急速に縮まっていく。

「おい! あの部隊は何をしている!」

 後ろに並んでいる将軍の一人が大きな声を上げた。

「何かしら?」

「手前の部隊が足並みを乱しましたな。他より遅れております」

「……ああ、そうね。あれは駄目なのね?」

「はい」

「もう、エリックの足を引っ張らないで欲しいな」

 トルーマン元帥の説明を聞いた健太郎が文句を言っている。それに反応するつもりはトルーマン元帥にはない。

「もうすぐ双方の弓兵部隊から矢が放たれます……止まりおった」

「おい! あの部隊はどこの部隊だ!」

 後ろの将軍たちも又、騒ぎ出している。命令もなしに前進を止めたのだ。それは騒ぐだろう。そうしている内に両軍から大量の矢が放たれる。
 まだ前進していた歩兵部隊も足を止めて、一斉に盾を上にかざす姿勢を取った。
千の矢が一気に歩兵に降りかかっていく。

「なるほど避けたか。となると次はどう出る?」

 足を止めた部隊にはほとんど敵の矢が届いていない。それを見て、トルーマン元帥はその意図が掴めて納得した。だが、後ろの将軍たちはそうはいかない。

「おい! 今度は前に出たぞ! どこの部隊かまだ分からんのか!?」

「いえ、分かっております! 三一○一○中隊です!」

「最下位ナンバー中隊か。それにしても酷い!」

「最下位ナンバーって何かしら?」

 後ろの将軍の話を聞いて、メアリー王女がトルーマン元帥に尋ねた。

「先ほど少し話に出たように国軍は強い順に並べております。一軍が一番強くて、二軍がその下といった形ですな。大隊、中隊、小隊も同じ。三一○一○とは第三軍第十大隊第十中隊の事で、一番番号が大きい中隊です」

「一番弱い中隊という事ね?」

「そうなりますな」

「そんなのがエリックの軍にいるのか。何だか不公平だな」

 又、健太郎が文句を言っている。

「健太郎、仕方ないじゃない。そう決まっているのだから」

 今度は結衣がそれに答えた。

「でもさ」

「歩兵がぶつかりますな」

 二人の会話を無視して、トルーマン元帥は説明の続きを始めた。
 弓矢の応酬が終わって、また歩兵が前進を始めている。両軍の距離はもう接触寸前だ。

「……ふむ」

「どうかしたのかしら?」

「いえ。何でもありません」

「ねえ、戦わない兵が出て来たわよ? まだ演習は続いているのに」

 歩兵の戦いが始まった中。陣形から離れていく兵が見える。メアリー王女はそれについて聞いていた。

「ああ、あれは戦闘不能の判定を受けた者たちです。演習ですからな。まさか本当に殺したり、傷を負わせる訳にはいきません。もっとも打撲、骨折くらいはありますがな」

「そういうことね。この先はどうなるのかしら?」

「しばらくは歩兵の押し合いになるはずです」

「どちらが押しているのかしら?」

「まだ始まったばかりですから何とも言えません。敢えて言えば、あの部隊次第ですな」

「あの?」

「三一○一○中隊」

「ああ、失敗ばかりしている部隊ね。駄目な部隊ね」

 メアリー王女の中でも、三一○一○中隊は足を引っ張っている落ちこぼれ部隊として定着した。トルーマン元帥はそうは言っていないのに。

「もう、どうにかしてくれないかな。その部隊」

「今更そんな事を言っても仕方がないでしょ?」

 そして、又、健太郎と結衣が騒ぎ出す。

「だって、その部隊のせいでエリックが負ける様な事になったら」

「少し静かにしてもらえんか!」

 トルーマン元帥は、今度は無視では済ませなかった。演習に集中したくなったのだ。

「…………」

 健太郎たちを黙らせるとトルーマン元帥は後ろを振り返った。

「おい。三一○一○中隊の中隊長は何という?」

「はっ……ドーン中隊長です」

 手元の資料を慌てて調べて、聞かれた将軍は答えた。

「名を聞いても分からんな。戦歴は?」

「少々お待ちを……ほう、他国との戦いも経験しているようです」

「古いのか?」

「はい。かなり長く中隊長を務めております」

「かなり長くだと?」

 トルーマン元帥は曖昧な表現が大っ嫌いだ。

「失礼しました! 軍歴は二十年、中隊長経験は七年になります!」

「そうか。分かった」

 また前を向いて、演習の様子を眺めるトルーマン元帥。さきほどまでよりも、その姿勢は、かなり前のめりになっている。

「元帥、どうしたのですか?」

 トルーマン元帥に、真剣さが増したことに気が付いたメアリー王女が理由を尋ねてきた。

「……三軍が優勢ですな」

「そうなの?」

「前に飛び出して孤立していた部隊ですが、今は周りに味方が集まってきております。結果として、三軍は右翼だけですが、前に押し込んだ形になりましたな」

「……そうね。斜めになっているわ。じゃあ、反対側も押せば良いのね?」

「いや」

「違うのかしら?」

「三軍を率いるエリック・ハーリー千人将がどう判断するかですが、儂ならこのまま右翼を中心に旋回します」

「旋回?」

「あの前に出た部隊は、周辺より高い場所に陣取っています。そのおかげで周りの部隊が追いつくまで耐えられたのですな。そして、こうなるとあの場所から押し込まれることは中々ないでしょう」

「良く分からないけど、そうなのね?」

「そこで、そこを軸に部隊を更に右に広げます。後衛を前に進めて、二軍の側面を突く。当然、二軍もそれを防ごうとするでしょうが、やはり確たる軸を持った部隊の方が強い」

「……じゃあ三軍の勝ちなのね」

「いや、そう簡単には。右翼が押されているとみれば、騎馬部隊を出すでしょう。当然、三軍もそれに対抗して。その結果次第ですな。今は、あの中隊は戦況を一気に流動させている。そういう状況です」

「そう」

「ふむ。エリックも同じ事を考えましたな。後ろに控えていた部隊が回り込むように移動しております」

「あっ、そうね」

「アシュリーも反応したか。これは想像以上に決着が早く付くな」

「反応って……ああ、騎馬」

 三軍の右翼、二軍側では左翼を前線に向かって騎馬が駆けているのが、メアリー王女にも見えた。

「ほう、弓兵部隊が既に動いておる。やるな」

「え、ああ」

「避けられるかな……避けきれんか。これは大きい。そこに駄目押しの様に三軍の騎馬部隊。なるほど、エリックの奴め、中々やるな」

「えっ、あっ、えっ?」

 トルーマン元帥の口から次々でてくる戦況にメアリー王女は反応しきれなくなった。
 先に前にでた二軍の左翼騎馬部隊は、歩兵の後ろについて前進していた三軍の弓兵部隊の斉射によって、かなりの数を削られた。そこに更に、三軍の右翼騎馬部隊が襲いかかる。
 数に押されそうな二軍の騎馬部隊は一旦引いて行った。
 それを追おうとした三軍の騎馬部隊には、二軍の弓兵隊の矢が襲いかかるが、あらかじめ読んでいたのか、大して犠牲も出さすに、三軍の騎馬部隊も後ろに下がった。
 そうなると又、歩兵同士の争いになる。
 三軍は反時計周りで、二軍の歩兵部隊を押し込もうとしている。それに対抗するように、二軍も左翼から兵を割いて、押し返そうとしている。

「向きが変わってきているわ」

「ある程度はそうなります。さて、問題は三軍が押し切れるかですな」

「どういう事かしら?」

「今三軍は、正面、右翼の二面から攻めております。状況としては有利ですが、三軍の方が、厚みとしては薄い。長引けば、三軍の兵は疲れてしまいます」

「どうすれば良いのかしら?」

「貯金を使うべきですな」

「貯金?」

「先ほど二軍の騎馬部隊は数を減らしました。その数の差を利用して三軍は攻めるべきですな。問題はどこに使うか……馬鹿が、早いわ」

 歩兵の激戦が続く反対側。三軍の左翼をまっすぐに騎馬部隊が進んでいる。
 左翼に気を取られているうちに、反対側を一気にという意図なのだろうが、トルーマン元帥から見れば、早計なようだ。

「駄目なのかしら?」

「まだ二軍の弓兵隊は無傷。それも隊列を整えたまま、控えております。そんな所へ突っ込むなど、せっかくの貯金を無駄遣いするだけですな」

 トルーマン元帥の言う通り、二軍の後方では慌ただしく兵が右翼に動き出した。
 それと同時に騎馬部隊も準備を始めている様子が見える。

「どうやら振り出しに戻るか」

 トルーマン元帥はそう言って、椅子に座り直した。決着は先に伸びた。そう考えてしばらく騎馬部隊の動きを見つめていたのだが。

「ああ、手前まで押されてきているよ」

「エリック頑張って!」

 健太郎と結衣の言葉を聞いて、トルーマン元帥は慌てて視線を三軍の右翼に戻した。

「……どういう事だ!」

「はっ! 三軍右翼側面の力が徐々に弱まりました! 攻め疲れではないかと!」

「早い! この程度で疲れてどうする。一気に逆転か」

 振り出しどころか第二軍が逆転をした。こう考えたトルーマン元帥の予想は裏切られることになる。

「三軍左翼、騎馬部隊激突します!」

「何だと!? 弓兵は!?」

「三軍左翼の歩兵部隊! 前に出た弓兵部隊に攻め込みました!」

「いつの間に……強引だが、中々良い判断だ。大隊の指揮は?」

「左翼は三○一○一大隊ですから、ミッキー・バートン百人将です」

「ほう。百人将であの判断か。どうやら若手も捨てたものではないな」

 この演習は若手騎士を鍛えることが一つの目的だ。両軍の将もそうだが、本来よりも一つ上の部隊を率いている者が何人か居る。バートン百人将もその一人だ。

「三軍騎馬隊! 二軍騎馬隊を突破! 二軍本陣に向かっております!」

「決まったな」

 騎馬隊に突破を許せば、まず止めることは出来ない。決着はついた。

「三軍歩兵部隊の一部! 二軍歩兵部隊の後方に出現! 後を追っております!」

「出し抜くには一歩遅かったか。しかし、バートン百人将も称えられるべきだな」

「では、複数名ということに致しますか?」

「正式には講評で決めることだが、それも良いだろう」

 間もなくして、二軍本陣に立っていた旗が倒された。これで三軍の勝ちが決定だ。

「やった。エリックが勝った」

「凄いわね。弱い方の軍を率いて勝ったわ」

 喜ぶ勇者たちの言葉を背にトルーマン元帥と将軍たちは講評の準備をする為に、打ち合わせに入っていった。

 

◆◆◆

 講評の席には演習に参加した大隊長以上が集められている。第三軍の者たちは誇らしげに、第二軍の者たちは、落ち込んだ様子を隠せずに整列している。
 軍監代表の戦況説明が終わると、いよいよトルーマン元帥の講評となる。軍全体の頂点に立つ元帥の講評となって、その場に居る全員に緊張が走る。

「久しぶりの合同演習ということもあり、正直どうなるものかと心配しておった。文句がない訳ではないが、概ね、儂を満足させるものであったとまずは伝えておく」

 トルーマン元帥のこの言葉に高まっていた緊張がわずかに緩む。気難しい元帥が褒めるとは誰も想像していなかったのだ。

「何だ、儂が褒めるのは意外か?」

 その空気を読んで、トルーマン元帥がそう言うが誰も答えを発することは出来ない。
 本気か冗談かの区別も付かないのだ。

「……まあ良い。細かい問題点は取り纏めた上で各部隊に回される。そこには褒め言葉などないから、今は褒めておくのだ。さて、エリック・ハーリー千人将!」

「はっ!」

 名前を呼ばれてハーリー千人将が一歩前に出る。

「質に劣る第三軍を率いて勝利を収めたこと、見事である。また途中での判断も中々に光るものが見られた。今回の合同演習での戦功第一等はお前だ」

「はっ! ありがとうございます!」

 勝利を得たことで、薄々は自分だと分かっていただろうが、それでもハーリー千人将は嬉しそうだ。

「だが、最後の騎馬部隊の突入は少し早計だったと思う。歩兵の支援がなければ、本陣まで辿り着けないどころか、戦況を一気に逆転された可能性があった」

「……はい」

「何が悪かったのか。じっくりと考えてみるが良い。軍監の評価報告は、自分の結論が出てから見ろ。それが今後の為になる。良いな」

「はっ、分かりました!」

「下がれ」

「はっ」

 ハーリー千人将が一歩下がって、元の位置に戻った所で、又、トルーマン元帥が口を開く。

「常であれば戦功第一等は一名なのだが、今回は特別にもう一名いる。ミッキー・バートン百人将!」

「はっ、はい」

「前に出ろ。バートン百人将」

「はっ」

「さて、エリックに指摘したことだが、最後の騎馬部隊への支援は見事であった。あれがなければ第三軍の勝ちは無かったであろう。味方を勝利に導いたことで戦功第一等と認める。見事な判断であった」

「ありがとうございます」

「今回のことは素直に誇って良い。これからも精進を続けて、軍を率いるようになれ。それ位に見事な判断だ」

「……はっ」

「下がれ。さて、これで」

「お聞きしたい事があります!」

 講評を終わらせようとしたトルーマン元帥を遮る声が第二軍から上がった。

「何だ?」

「はっ。バートン百人将は何の功で評価されたのでありますか?」

「お前は?」

「第二軍第三大隊長を務めておりますユング・クラウド百人将であります」

「第三大隊。では弓兵隊ではないか。それで何故、バートン百人将の戦功が分からん?」

 第二軍の第三大隊は弓兵部隊。第三軍の騎馬部隊を防げなかった部隊だ。

「分からないのでお聞きしました」

「馬鹿もんが!!」

「…………」

「そのバートン百人将にお前の部隊は蹴散らされた。それ故に第三軍の騎馬部隊の突破を許したのだ。その責任を反省する事もなく、人の戦功に異議を唱えるとは。貴様、平騎士からやり直せ!!」

「も、申し訳ございません。し、しかし……」

 トルーマン元帥の叱責にクラウド百人将は顔を青ざめさせている。それでも、まだ何か言おうとした。

「まだ文句があるのか!?」

「じ、自分の部隊は、バートン百人将の部隊には……」

「……何?」

「自分の部隊を最初に攻めたのは、三○一○一大隊ではありません」

 クラウド百人将はまさかの事実を述べてきた。

「……バートン百人将、事実か?」

「…………」

 今度はバートン百人将が真っ青になる番だった。

「事実かと聞いておるのだ!?」

「じ、事実です!」

「戦功は取り消す」

「……はい」

「ではどこの部隊だ。遠慮なく名乗り出ろ」

「「「…………」」」

「名乗り出ろ。こういう場で遠慮は無用だ。戦功を正しく評価されてこそ軍。功を上げた時はそれに相応しい恩賞を得るものだ」

「「「…………」」」

 それでも第三軍からは、誰も前に出る者は出なかった。

「……ユング・クラウド百人将」

「はっ」

「先ほどはすまなかった」

「いえ」

「どこの大隊か分からないか?」

「……中隊規模の部隊でした。それはそれでお恥ずかしい限りなのですが」

 中隊に突破を許した。それはそれで問題なのだが、クラウド百人将は正直に白状した。

「部隊は?」

「分かりません。知った顔が居なかったものですから?」

「率いていた者はどんな奴だ?」

「将らしき者は見分けられておりません。ただ先頭を進んでいた兵は、はっきりと覚えております。特徴的でしたので」

「どんな特徴だ?」

「銀髪で、小柄で、まるで子供かと思う様な。それでいて剣は相当に使います。その兵が隊列に隙間を強引にこじ開けて、そこを後続の兵が崩す。こんなやられ方でありました。あれだけの兵士が第三軍にいるとは正直驚きです」

「……それほどなのか?」

 トルーマン元帥の頭の中には、一人の兵士が浮かんでいる。ただ、その兵士が戦う様子どころか、鍛錬しているところも見たことがないトルーマン元帥には、クラウド百人将の説明は驚きだった。

「はい」

「……状況を詳しく話せ」

「はっ。第三軍の左翼騎馬部隊の突入を防ぐために部隊を自陣最右翼に出しました。前に出過ぎたと今は思っております。三○一○一大隊の動きは警戒していたのですが、その更に横から小隊規模の部隊が現れ、不意を突かれました」

「うむ、それで?」

「一中隊を迎撃に向かわせたのですが、それも失敗でした」

「何故だ?」

「少し遅れて、敵が中隊規模に拡大したからです。慌てて、もう一中隊を迎撃に向かわせたのですが、その時は既に先行させた中隊は突破されており、次に送った中隊も勢いに押されて突破されました」

「……ふむ」

「三○一○一大隊が動いたのは、そこからです。結果として、こちらの迎撃は戦力の逐次投入という最悪な手段を取ったことになり、敵に接近を許し、混乱の中で弓を放つ余裕も失ってしまいました」

「それで騎馬部隊の突破を許したと」

「はい。それどころか、最初に現れた中隊にも突破されました」

「追わなかったのか?」

「突破されたのは百に満たない数です。本陣の旗までは届かないだろうと。それに騎馬部隊の突破を許した時点で」

「負けか。まあ確かにそうだな」

「申し訳ありません」

「敗戦の原因を作ったことは責められるべきだ。だが、それだけ失敗の原因を分かっていることは褒めてやろう。これは演習だ。本番で同じ失敗を繰り返さなければ良い」

「はっ! 決して同じ失敗は繰り返しません!」

「ああ……三一○大隊の大隊長は?」

「えっ? あっ、はっ!」

 いきなり指名された三一○大隊長のバレル千人将は、慌てた様子で一歩前に出た。

「事前に視察の兵を送ったか?」

「視察の兵……」

 バレル千人将には全く心当たりがない。どう答えれば良いか分からなくて、固まってしまった。この態度でトルーマン元帥には分かってしまった。

「もう良い。では三一○一○中隊の中隊長を呼べ」

「はっ?」

 又、バレル千人将は戸惑いをみせている。ここで最下位ナンバーズの中隊長を呼ぶ意図が分からないのだ。

「その先頭を進んでいた兵に心当たりがある。三一○一○中隊の小隊長の一人だ」

「……中隊長は参加しておりません」

「何だと?」

「退役が決まっておりまして、今回は不参加になっております。その小隊長を呼びましょうか?」

「いや、良い。まさか小隊長を表彰する訳にはいかんだろう?」

「……はい」

「解散だ。ご苦労だった」

 結果として気まずい雰囲気で講評は終わる事になった。
 そして、グレンにとっても不味い内容だ。報奨金は手に入らず、それでいて目立ってしまうという最悪の結果で合同演習を終えることとなった。