月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #8 協力者が現る

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 退役が決まったとはいえ、まだ先の話。三一○一○中隊を任されているドーンにはまだまだやることがある……はずなのだが。
 このところのドーン中隊長は調練の時間以外は暇を持て余していた。それなりにある事務仕事のほとんどを、グレンが行っているからだ。
 グレンが何をどうしようとしているかは、ドーン中隊長にも分からない。ただ言われるがままに書類に署名をしているだけだ。
 恐らく上手くいかないだろうと思っている。それでも、精力的に動き回っているグレンを見ると、わずかな期待が胸に浮かぶ。

「ドーン中隊長!」

 掛けられた声に振り向いてみれば、別の隊の中隊長が立っていた。

「珍しいな。何か用か?」

「何か用かではない。そちらの書類がうちの隊のに混ざっていたぞ」

「ん、そうか。どうしてそんなことに」

「知らん。だが演習の準備で、どの隊からも多くの書類が出ているのだろう。それに、どうせ大隊の千人将様は碌に書類も見ていないだろうからな。噂では自分で署名もしていないという話もある。そんな御仁のやることだ」

 大隊長の怠け癖は、接点のある中隊長であれば全員が知っている。千人将にまでなったのだ。無能ではない。ただ事務仕事が嫌いなだけだ。

「まあな。すまんな、わざわざ持ってきてくれたのか」

「書類もそうだが物品も、うちの中隊に届いている。それの引き取りに人を出して欲しくてな」

「そうか……分かった、すぐに人をやる」

 合同演習の準備で忙しいのは分かるが、あまりにもお粗末だ。今となっては、半分は他人事だが、ドーン中隊長は少し不安になった。

「それと」

「まだ何か?」

「退役するという噂を聞いた」

「ああ、そのことか」

「本当なのか?」

「本当だ。既に内示を受けている」

「自分からではないのか……珍しいな。首切りなんて」

 死の危険が間近にある兵士なんて職業を長くやっていたいなんて者はあまり居ない。経験のある古参の兵士は軍にとって、割と大切な人材なのだ。
 ドーン中隊長の退役は、不正の存在があってのこと。だが、それをわざわざ口にする必要はない。

「いい加減に邪魔なのだろう。お前も気を付けろ。戦争が近い。人心一新なんてことを上が考えてもおかしくない」

「逆なのだがな。戦争が近ければ慣れた者に任せておくべきだ」

 新任指揮官で戦争をするなど馬鹿げている。これは誰にでも分かることだ。ただ分かっていても、ウェヌス王国はその馬鹿をやりかねない。

「勝つことが前提なのだ。だから若い騎士様に戦功をあげさせて、箔を付けてやろうなんて思える」

 大陸最強の軍隊を持つ自国が負けるとは、ウェヌス王国は少しも思っていないのだ。

「若い騎士様にとって年長で経験豊富な部下など煩わしいだけか。しかし……勇者の話を聞いているか?」

「何の話だ?」

 いきなり勇者の話と言われても、ドーン中隊長には分からない。

「聞いていないか。俺の耳に入った噂では、あまり評判が良くない」

「……具体的には?」

「礼儀を知らないとか、生意気だとか、とにかくガキみたいな勇者の様だ」

「そんなものだろ? 前回の勇者だってそんな噂だった。戦場に出る前に死んでしまって、実際にどうかは見れなかったがな」

「おい、それは一応機密だ。罰せられるぞ」

 前回勇者が召喚されたのは、ドーン小隊長が知るくらいに近い昔だ。そして、それは機密扱いにされていた。

「気を付けよう。退役前に首になっては慰労金が貰えなくなる」

「その通りだ。それで退役した後はどうするのだ?」

「それがな、どうしたものかと。取り敢えずは……」

 この日から、ドーン中隊長の所には同じような用件で、何人もの中隊長が訪れることになる。このおかげで、ドーン中隊長の退屈な時間はかなり少なくなった。

 

◆◆◆

 その日、調練中のドーン中隊長の所に現れたのは、他の中隊長ではなく、軍政局の役人だった。わざわざ役人が鍛錬場にまで来るなど珍しいことだ。

「グレン! ちょっと来い!」

 その役人から話を聞いて、直ぐにドーン中隊長はグレンの名を呼んだ。それを聞いたグレンは駆け足でドーン中隊長の下に向かった。

「何か御用でしょうか?」

「いくつも書類に不備があるようだ」

「申し訳ありません。まだまだ慣れなくて」

「彼が書類を作成しているのか?」

 二人の会話を聞いて、意外そうな顔をして軍政局の役人が問いかけてきた。グレンがあまりに若いので驚いているのだ。

「ああ。自分はもうすぐ退役するので、引き継ぎを兼ねてと思って」

「まさか、彼が次の中隊長?」

 ドーン中隊長の説明で、更に役人は驚いている。

「いや、そういう訳ではない。他から来るかもしれないし、彼に限らず、他の小隊長が引き上げられる可能性もある」

「では何故、彼にこれを?」

「計算も文字を書くことも小隊長の中ではグレンが一番なのだ。それで前から手伝いをさせていた。まずはグレンに教え込むほうが早いと思ってな」

「ああ、彼が覚えて、それを新任の中隊長に伝える。なるほど効率的だ。理由としては納得できる」

「……それで間違いとは?」

 思わせぶりな最後の言葉が少し気になったドーン中隊長であったが、そのまま話を進めることにした。

「日付が書かれていない。初歩の初歩だ」

「おい」

 あまりに初歩的なミスに、ドーン中隊長は呆れ顔だ。

「申し訳ありません」

 グレンはただ謝罪の言葉を口にした。

「それもほとんど全部。返すから、ちゃんと記入しておけ」

 役人に突きつけられた書類の束を、申し訳なさそうにグレンは受け取って確認していく。一通り確認した後には、その顔にかすかな笑みが浮かんでいるのをドーン中隊長は見逃さなかった。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。お詫びとして、何かした方がよろしいですね?」

「何?」

「不要、と言いたいところだが、これだけ酷いとな。そうかと言って、君からではな」

 何を言い出すのかとドーン中隊長がグレンに注意しようとした、その前に役人がグレンの問いに答えてきた。

「自分では駄目ですか?」

「本来、部隊と軍政局の人間は親しくしてはならない。それは分かるな?」

 その理由もグレンは分かっている。

「はい……では、中隊長では? 中隊長は既に退役が決まっています。これまで軍政局には色々とお世話になっているわけですから、それのお礼も兼ねて」

「それは君が言うことではないだろう?」

「……申し訳ありません」

「まあ、ドーン中隊長にその気があるのであれば、私は歓迎する。書類のやり取りだけとはいえ長い付き合いだ。それくらいは許されるだろう」

「それは良いな。残り少ない軍役だ。最後に、色々な者と話をするのも良いだろう」

 ドーン中隊長は直ぐに了承した。最近はあまり話していなかった者との会話が増えている。案外、それが楽しかったりするのだ。

「ではそれで。日程は改めて調整しよう」

「分かった」

「それと君」

 ドーン中隊長との話が纏まったところで、役人はまたグレンに話し掛けてきた。

「はい」

「日付が入っていないから分からなかったのだが、過去の修正は入っていないだろうな? もし入っていて、数が減るなら返金の必要もある」

「それは……」

 グレンの頭の中に無かったことだ。

「それに修正だと、こちらの台帳も書き換えなければならない。それは大変な作業なのだぞ」

「台帳の書き換えですか……」

 軍政局にも同じ様な管理書類がある。これもグレンは知らなかった。

「そうでないと辻褄が合わないだろ?」

「そうですね。あっ、もし作業が大変でしたら自分が素案を作って、お渡し致しましょうか?」

「出来るのか?」

「数字を確認して、記入するだけであれば出来ると思います。計算はそれなりに出来る方ですので」

「ふむ、だが、そんなことを任せて良いものか。まあ、私も忙しいからな。それに保存する書類はどうせ私が書き写すことになる。間違いないかは、その時に確認すれば良いな。では後で台帳を取りに来い」

 長々と言い訳を述べて、結局、作業はグレンに任された。

「はい。分かりました」

「では、私はこれで」

「ありがとうございました」

 その場を去って行く役人の背中に向かって、グレンは深々と頭を下げる。

「どういうことだ?」

 ドーン中隊長には二人が何を話していたのか、良く分からない。ただ何となく怪しげなものを感じていた。

「少し、可能性が見えてきました」

「そうなのか?」

「取り敢えず、中隊長は、あの人への接待をきちんとお願いします。お金をケチることの無いように。手土産なんかも必要かもしれません」

「お前、それでは……」

 完全に賄賂だ。それをしろと、グレンはドーン中隊長に言っている。

「自分が気付くくらいですから、それ専門の軍政局が気付かないはずがない。そういうことです」

「……そういうことか」

 軍政局に不正はバレていた。飲み会はそれの口止めと隠蔽への協力のお願い。確かにケチって良いものではない。

「あっ、計算が纏まったら、返金の必要が出ます。まあ、それほどの金額にはならなくて済みそうですので、ご安心を」

「あ、ああ」

「すぐに書類を纏めたいので、調練を脱けてよろしいでしょうか?」

「……許す」

 ドーン中隊長の許しを得て、グレンはいそいそと兵舎の方に向かっていった。その背中を見るドーン中隊長の気持ちは複雑だ。

「とんでもない悪党を目覚めさせたかもしれんな」

 こう呟いて、ドーン中隊長は部隊の調練に戻った。

◆◆◆

 グレンの仕事はいずれくる監察への対応だけではない。
 合同演習の準備も任されていた。それに紛れて書類を操作しているので、そうせざるを得ないということなのだが、グレンの働きはそれだけに留まらなかった。
 グレンは忘れていない。報奨金という手当のことを。
 ドーン中隊長の許可を得て、調練を休んでやってきたのは合同演習予定地。王都の北に広がる草原がその場所だ。そこではすでに合同演習の準備が進められていた。
 演習地の周辺で最も高い丘の上に建てられているのは、視察に来る重臣たちの為の観覧席。きちんと屋根のある建物が立てられている。
 わざわざ、ここまでの観覧席を用意するということは、それだけ身分の高い人物が来るということなのだが、郊外で行われる調練が初めてのグレンは、大きな演習の時は、こうするものなのだろう、としか考えていない。

「広いな」

 演習場の真ん中辺りと思われる場所に立って、周囲を眺めていたグレンの口からこんな呟きが漏れた。
 何か所かに杭が立てられている。それが陣地の目印だろうと考えて、敵味方の配置を考えていたグレンだったが、それは盗賊討伐とは比べるのも愚かなくらいに広大な戦場となっていた。
 報奨金を目当てに、何とか出来ないかと考えていたグレンの気持ちが一気に萎える。端から端まで走るだけでも落伍者が出そうな広さ。こんな戦場で、歩兵が本陣まで辿り着けるとは思えなかった。

「もっと走り込みを増やすべきだったな。そんな問題じゃないか」

 全体を眺め終わったところで歩き始める。
 しばらく歩いて辿り着いたのは、歩兵である自分達が配置されるであろう場所だ。

「ここから本陣……」

 歩兵が配置される場所は前線にもっとも近い場所のはず。だが、その位置から敵の本陣となるであろう場所を見ると、遥か遠くに見えてしまう。

「もう少し見てから考えよう」

 諦めそうになる気持ちを何とか奮い立たせて、グレンは視察を続ける。

「小隊が五人で二列。十六縦列として、六百人以上が並ぶわけだから……」

 縦を確認したら次は横。基本的な歩兵陣形を考えて計算を始める。だが、そこでグレンは縦に比べて横幅が思いの外、狭いことに気が付いた。

「そうか。全部隊が参加する訳じゃなかった。どれくらいだろ?」

 一度に参加する部隊の数が気になって、グレンは予定地を横断し始める。調練であるからには教本通りの配置のはず。横の間隔は大体分かる。
 だが、それもすぐに終わる。地面に目立たない様に印がつけられていることに気が付いたのだ。正しく隊列が組まれているか、確認するものであることは直ぐに分かった。つまり、この印を追うと、歩兵部隊の配置が明らかになるということだ。
 後ろに下がると、思った通り、別の印があった。弓兵部隊や騎馬部隊の配置場所の印だ。
 これが分かったからと言って、何ということはないのだが、少しグレンは楽しくなってきた。
 自分の小隊の場所を予測し、そこに立つ。
 今度はそこから前進。しばらく歩いたところで敵側の印を見つけた。後ろを振り返って又、自分たちの位置を確かめる。

「見えない……」

 平原と言っても真っ平らな訳ではなかった。起伏が続いていて、立っている場所からは元の位置が見えなかった。
 仕方なく更に先に進み、弓兵部隊の配置を確認。そこから又、ゆっくりと何度か立ち止まりながら元の場所に戻った。
 そして、今度は不規則に歩いて行く。高い場所に立って、辺りを見渡しては、又、別の場所へ移動する。
 何度かそれを繰り返すと、今度は反対側から同じことを始めた。これは途中で気が付いたことだ。どちらが自分の部隊の陣地だか分かっていないということに。

「……正面突破はどう考えても無理。ではどうするか」

 歩兵のしかも百人の中隊で、正面から敵陣を突破して本陣にたどり着くなど、どう考えても無理な話だ。

「……本陣への道を空けなければならない。どうやって?」

 独り言を呟いては、考えに没頭する。グレンのちょっとした癖の様なものだ。

「囮……でもそんな味方は居ない。そうなると……」

 少しずつではあるが、グレンの思考は進んでいる。だが、決定的な何かは頭に浮かんでいない。

「おい! そこで何をしている!」

 思考を邪魔する誰何の声。その声で我に返って、グレンは声のした方を向いた。立っていたのは騎士だ。

「何をしていると聞いている!」

「あっ、大隊長に言われて視察を」

「大隊長の命で? どうして大隊長がそんな命令を?」

 大隊長は名の通り、大隊の指揮官だ。軍全体を率いる将軍ではない。作戦立案に関わる立場でない大隊長が演習場の視察というのは不自然だった。

「自分にも良く分かりませんが、珍しく張り切っておられるようです」

 騎士の反応で、過ちに気付いたグレンは、咄嗟に言い訳を口に出した。

「……どこの大隊だ?」

「三一○大隊であります」

「……第三軍か。なるほど、それは張り切る気持ちも分かるな」

 合同演習に第三軍が参加するのは異例のことだ。それで意気込んでいるのだと騎士は勝手に思い込んだ。

「三一○だとバレル千人将だな?」

「はい」

「……確かに珍しいな」

 騎士の顔に笑みが浮かんでいる。この反応を見せるということは、バレル千人将の怠け癖を知っているのだ。

「はい。滅多にないことかと」

 グレンも調子を合わせて、苦笑いで応える。

「……まあ、この時間であれば良いか。もう少しすると整備作業が始まる。それまでには引き上げるのだぞ?」

「はっ」

 何とか誤魔化すことが出来た。別にバレても大事にはならないので良いのだが、中隊が変な事を企んでいると知られるのは嫌だったのだ。

「あっ! 一つ宜しいですか?」

 去ろうとした騎士をグレンは敢えて引き止めた。こうなったら、聞けることを聞きたいと思ったからだ。

「……何だ?」

「お恥ずかしい話なのですが、どちらが第三軍の陣地でしょうか?」

「聞いてこなかったのか?」

「大隊長は何も」

 グレンは又、バレル大隊長のせいにしてしまう。一度嘘に巻き込めば後はもう同じだくらいに考えているのだ。

「そうか。大隊長ではまだ通知されていないか。西だ」

「ありがとうございます。それともう一つ」

「まだあるのか?」

 さすがに騎士も少しウンザリした顔をしてきた。

「申し訳ありません。あと一つだけ。騎馬は陣から敵本陣まで、どれくらいで駆けますか?」

「はっ?」

 グレンの問いは騎士の思いもよらないものだった。

「騎馬隊と共に行動したことがありません。どの程度のものか知っておこうかと」

「……第三軍だからな。しかし……どの位と聞かれても、答えるのは難しいな」

「では、例えば歩兵が全力で駆けるとして、どの位置からでしたら、歩兵は勝てますでしょうか?」

「うむ。それも難しいが……今の位置では無理なのは分かる」

「……では、あの小高い場所からでは?」

「感覚だが、もっと前でないと無理ではないかな?」

「もっと前ですか……敵弓兵の辺りですか?」

「ああ、そうだな。大体その辺りだと思う」

「分かりました。ありがとうござます」

 最低でもそこまで前進していなければならない。やはり、歩兵は前線を押し込むことが大事なのだ。だが、これを中隊だけで実現するのは不可能だ。

「これの何が参考になるのだ?」

「さあ? 私はただ情報を集めろと言われただけですので」

「そうか……もう良いな。ちゃんと整備作業が始まる前に引き上げろよ」

 相手をするのが面倒になったのだろう。グレンの返事を聞く前に、騎士は背中を向けて戻っていった。
 グレンの方も、騎士のことなど忘れたかの様に、考えに没頭し始めている。しばらくそうして居たグレンだが、やがて又、精力的に演習場のあちこちを歩き始めた。

「あれは?」

 観覧席に戻った騎士に問いかけてきたのは、ランス・トルーマン元帥だ。演習場の視察に来ていたのだ。

「三一○大隊の兵です。どうやら初めての合同演習ということで張り切っているようで」

「ふむ。それは悪いことではない。しかし……あれは何を調べているのだ?」

 トルーマン元帥の視線の先に居るグレンは、元帥はグレンだと認識していないが、演習場は駆け回り始めた。それもかなり全力で走っているように見える。

「……申し訳ありません。自分には分かりません。聞いてきましょうか?」

「……いや、良い。何を調べていたかは、演習の時の成果で示してもらう」

「……はっ」

 第三軍の大隊が頑張ったところで、どれほどの成果を上げられるのか。こんな内心の思いを騎士は口にしなかった。
 トルーマン元帥に怒鳴られるのが分かっているからだ。そして騎士は、これを口にしなかったことを改めて安堵することになる。合同演習の結果を見た時に。