月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第11話 YOMI

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 天宮の登場は絶望的な状況であった第五分隊にとっては救いの神。そして敵にとっては。
 倒れた仲間を一瞥しただけで、それ以上の興味は全くないという様子で、残りの鬼が天宮に近づいてくる。別におかしなことではない。鬼には人としての感情などない。ただ殺戮衝動だけで行動しているだけ。それが天宮の教わった鬼というものだ。

「……天宮杏奈、だな?」

 だが、その鬼は笑みを浮かべて問いを投げてきた。

「えっ?」

「お前だろ? 天宮っていうのは」

「……話せるのか?」

 これまで出会った鬼は獣のようなうなり声をあげるだけ。言葉を話す鬼など天宮は初めてだった。

「おいおい。お前、俺を馬鹿にしているのか?」

「……お前。鬼じゃないのか?」

 相手にとって話せることは当たり前のこと。そうであるなら鬼ではない可能性を天宮は考えた。

「……鬼か鬼じゃないかと聞かれれば鬼だな。俺たち『YOMI』のメンバーは全員が鬼だ」

「ヨミ?」

「ワイ・オー・エム・イーの『YOMI』。俺たちの組織の名前だ」

「……最後はアイじゃなくて?」

「……うるせえ! 英語は苦手なんだよ!」

 言葉は話せるが英語、ではなくローマ字は苦手なようだ。

「鬼の組織なんてあるのか?」

「ああ、ある」

「……目的は何?」

 鬼の組織の目的などロクなものではない。それがどのようなものであっても、潰さなければならないと天宮は考えている。

「それは仲間になってから教えてやる」

「……何だって?」

「天宮杏奈。うちの組織に来い。お前ならきっと俺たちの役に立つ」

「……ふざけるな! 僕は鬼になんてならない!」

 自分が鬼になるなど想像もしたくない。そんなことになるくらいなら死を選ぶと、天宮は覚悟を決めているのだ。

「僕……悪くはねえが。俺は女の子らしいほうが好みだな」

「お前の好みなど知るか」

「その気の強さはいいねえ。俺は気の強い女を屈服させるのが大好きなんだよ」

 男の顔にいやらしい笑みが浮かぶ。天宮がこれ以上ないほどの嫌悪感を覚える笑みだ。

「……誰がお前なんかに」

「はっ! すぐに分かる!」

 いきなり男が動いた。一気に膨れ上がった鬼力。一瞬で天宮の眼前にくると右拳を振り上げてくる。それを天宮は大きく後ろに跳んで躱すと、精霊力で作った光の剣を男に振り下ろす。だがその剣は男があげた手で塞がれた。

「……やるな。それでこそスカウトしにきた甲斐があったってもんだ」

「そうであれば無駄足だったな。僕は君たちの仲間になんて決してならない!」

 内心では天宮も男の実力に驚いている。渾身の力を込めて振ったつもりの剣が、まさか片手で防がれるとは思っていなかった。

「嫌だってんなら力づくで言うことを聞かせるまでだ!」

「やれるものならやってみろ!」

 右手の剣を横になぎ払う。男はそれを後ろに跳んで躱したと思うと、構えをとって手の平を突き出してくる。

「なっ?」

 その手の平から飛び出してきたいくつもの石の礫。それをとっさに天宮は左腕の盾を構えて防いだ。

「……なるほど。これは骨が折れそうだ。といってもあまり時間はねえからな」

 男は右手を上にあげると、それを軽く振り下ろす。それに何の意味があるのかと警戒していた天宮だったが。

「天宮! 気をつけろ! 後ろにもう一体いる!」

 背中から聞こえてきた剣人の声。それとほぼ同時に天宮の目に炎の矢が映った。その矢を、体を捻って躱した天宮だが、そこにもう一人の男の礫が襲い掛かる。

「くっ……」

 足下を狙った礫を完全には防ぎきれず、天宮はうめき声をあげた。そこにさらに炎の矢が、それも複数の矢が降り注いでくる。

「はあああああっ!」

 気合いの声が周囲に響く。それとともに天宮の体から噴き上がる青白い炎。それは降り注ぐ炎の矢を打ち消し、さらに大きく広がった盾が石の礫を全て地に落とす。

「……嘘だろ。まだ上があったのか」

 ようやく男の顔から余裕の色が消えた。だが、それは決して天宮の戦いを有利にするものではなかった。また男は手を、今度は高々とあげて力強く振り下ろす。
 また何かの攻撃が来る。そう思って身構えた天宮だったが。

「ぐあっ」

 声はその天宮の後ろから聞こえてきた。

「なっ……ひ、卑怯な」

 炎の矢は後ろで倒れている剣人を貫いていた。

「卑怯だろうとなんだろうと勝てばいいんだ。さて、これ以上抵抗すれば味方を殺す。それが嫌なら大人しく降伏しろ」

「…………」

 仲間を人質に取られては身動きが出来ない。この状況を何とかする方法がないか天宮は懸命に頭の中で考えているが、良い方策などすぐには思い付かない。

「安心しろ。こちらの目的はお前を連れて帰ることだ。殺しはしない。まあ、殺さない程度に楽しませてもらうけどな」

「……最低」

「そんな口を効いていいのか? 人質は四人もいる。一人二人殺したっていいんだぞ?」

「…………」

「分かったか。分かったら跪け。まずは跪いて仲間の命乞いをしてみせろ」

 言うとおりにしてもこの状況は変わらない。相手にとっても無駄な時間を使うだけだ。そうであるのに、それを要求するのはたんに男の自己満足の為。それが分かる天宮は屈辱に顔を赤く染めている。 

「いいねえ。その顔。気の強い女のそういう顔が俺は好きなんだ。ほら、さっさと……」

 喜悦の声をあげる男。だがその喜びは長くは続かなかった。天宮と男の横をすり抜ける一陣の風。

「……なっ!?」

 そのすぐ後に背後から爆発音が響いた。後方のビルから地面に落ちていく人影。その人影はなんとか空中で体勢を整えて地面に降り立つ。だがそこにさらに幾筋もの光が襲い掛かっていく。

「……こんな使い手がいるなんて聞いてねえぞ! どこだ!? どこから攻撃してる!?」

 男はかなり焦った様子で周囲に目を向けている。さきほどの人影は男の仲間、炎の矢を放っていた敵だ。ではそれを攻撃した人は味方ということになるのだが、天宮もこれほどの距離を攻撃出来る味方に心当たりがない。

『五秒後に地面に伏せてください』

「えっ?」

 聞こえてきた無線の声。その声で攻撃の主が誰か天宮には分かった。

『五、四、三……』

 天宮の返事を聞くことなくカウントダウンが始まる。そのカウントダウンに合わせて、天宮は地面に身を伏せた。頭の上を通り過ぎていく幾筋もの風。

「なっ!?」

 それは次々と男の体に吸い込まれている。最後に軽い爆発音が響いて辺りは静寂に包まれた。
 天宮が顔を上げた時には地面に倒れている男とそれを見下ろしている尊の背中があった。

「……なっ……ふ……ふざけん、な」

 男はまだ生きている。とどめを刺そうと立ち上がった天宮だが、その足が前に出ることはなかった。尊の背中から立ち上る不穏な気配。それが何かは分からないが天宮の心は恐怖で震え、近づく気にはなれなかった。
 その間に尊は弾倉を交換すると至近距離から容赦なく地面に倒れている男に向かって、スピリット弾を撃ち込んでいく。全てを打ち終わるとまた弾倉を替えて全弾を撃ち込む。

「……あっ……んっ」

「頑丈だなあ。それとも属性の問題かな?」

「きっ、貴様……」

「さて、どうしようかな……これでもいいか」

 スピリット弾をすべて使ってしまったようで、尊は背負っていた別の通常弾の小銃を男に向けた。

「……ば、ばかが……そんなのが……俺に効くか!」

 通常弾は鬼には通用しない。男は尊が持ち出したのが普通の小銃と知って反撃に出ようと動き出した。だが。

「……えっ……おっ、おい……どういうことだ、これ……お、お前、まさか!?」

 男が、この先を言葉にすることは出来なかった。響き渡る小銃の音。飛び散る血しぶき、そして肉片。全ての弾を撃ち尽くすまでそれは続いた。
 ――静寂が戻った時、男は地面に倒れたまま、ピクリとも動くことはなくなっていた。

「……き、君」

「見ない方がいいと思います。どれくらいで死ぬか分からなかったので、ちょっとやり過ぎました」

 近づこうとする天宮を制すると、尊は自分の方から近づいてくる。暗がりであることは天宮には幸いだ。返り血、だけではないものを、全身に浴びた尊の姿は十分に気分を悪くさせるものだ。

「……あっ、もう一人が!」

「もう逃げたと思います。戦闘は終わりですね?」

「そう……助けてくれてありがとう」

「僕の仕事は貴女を守ること。お礼は必要ありません」

「それでも」

「お礼よりも、もう少しちゃんとしてもらえますか?」

「ちゃんと?」

 尊の言葉の意味が天宮には分からない。人質を取られたせいであっても、敗北さえ覚悟した戦い。ふざけていられるはずがない。

「人質を取られたくらいで諦めないでください。あれだけの距離からの攻撃であれば急所に当たらなければ即死にはなりません。躊躇しないで目の前のやつを倒せば良かったのです」

「……急所に当たるかもしれない。それに味方が傷つくのを放っておけと言うの?」

「はい。初めに言いました。僕の仕事は貴女を守ることです。他の人の生死なんて関係ありませんから」

「君は……」

 非情な言葉。それを告げる尊に感情の色が見えないことで天宮は文句を言えなくなった。

 

◇◇◇

 取り逃がしたもう一人の鬼。それは意外と近い場所にいた。尊たちを見下ろせる位置にあるビルの屋上。そこで一人の男が身じろぎもせずにじっと尊を見つめている。

「ああ、ひどい目にあった。何だよ、あんな使い手がいるなんて情報になかったぞ。一体何者なんだ?」

 そこに現れたのはボロボロの服を身に纏った男。この男が炎の矢で攻撃をしていた鬼だ。

「……ミコトだ」

「えっ?」

 文句を言っているだけのつもりだった男は、返ってきた答えに戸惑いを見せている。

「ゴーグルとマスクで顔は隠れているが、あれはミコトだ。間違いない」

 彼は尊を知っている。顔を見なくてもその雰囲気だけで見極められるくらいに。彼にとっては尊(たける)ではなくミコトという名だが。

「……嘘だろ? 生きてたのか?」

 もう一人の男はその話を聞いて驚いている。彼らの中で尊は死んだことになっているのだ。

「目の前にいるってことはそういうことだろ?」

「どうしてミコトが裏切る?」

 彼の言葉は尊が彼らの仲間であってことを示している。

「さあな。だが事実としてミコトは敵方にいて奴を殺した。まあ、殺されても当然の男だったけどな」

「……どうする?」

「報告するしかないだろ? そうしないと俺らまで裏切っていると疑われるかもしれない」

「そうだよな。しかし……」

 報告してそれで終わるのか。それを考えると気が重くなる。

「話は後だ。まずはここを離れよう。そろそろ敵が集まってくるころだ」

「ああ、そうだな」

 闇に紛れて消える二人。
 この日を境に第七七四特務部隊の戦いは、その様相を変えることになる。ここから先の戦いこそが本当の戦い。それを彼らは思い知ることになる。