ヒューガは深い森の中をセレの先導で歩いている。この場所に来て、すでにどれだけの日数が経っているのか。それを忘れてしまうほど、連れられてきたここはとんでもない場所だった。
最初に大森林を見た時はその光景に圧倒された。深い崖のすぐ下には緑の草原。そのさらに先には、どこまで続くか分からないような大森林が広がっている。
何かのテレビで見たアフリカの風景みたいだ。これがそれを見たヒューガの感想。
アフリカと異なるのは、そこにいるのがシマウマやキリンといった動物たちではなく、魔獣であったこと。
最初に出会った魔獣もパルス王都の近辺で、ヒューガが出会ったどの魔獣よりも強かった。それを倒せたのはセレのおかげだ。ヒューガがセレの戦う姿を見たのはそれが初めて。何故、盗賊に捕まったのか不思議に思うくらいの力だった。
だが奥地にいる魔獣に比べれば、遭遇したそれは雑魚といって良いレベル。この大森林はその魔獣の強さと数の多さから人が立ち入ることを許さない未開の地となっている。
この場所を訪れるのは命知らずの冒険者か罪人だけ。周りを高い崖に囲まれたこの場所は流刑地にはもってこいなのだ。流刑地といっても、ここに送られることは死刑と同じ。すぐに死ねるだけ、死刑のほうがマシかもしれない。
ヒューガたちが無事でいられるのは、その強さが理由ではなくエルフとしての力。この大森林にはかなり広い範囲で幾筋もの結界が張られた道があるのだ。
それを見つけられるのはエルフだけ。そのエルフも一歩そこを離れれば長く生きていられるような場所ではない。
結界によって守られた道をセレの案内でかなり先まで進んできた。時折見る魔獣はどれも巨大で獰猛そうなものばかり。結界に守られていると分かっていても、ヒューガが恐怖を覚えるものばかりだ。
「ねえ、どうやって結界の位置が分かるの? まさか全部覚えてるわけじゃないよね?」
「当たり前でしょ。こんな広い大森林の中を全て覚えられるはずないじゃない。風景だって変わるしね」
「じゃあ、どうやって?」
「精霊に聞いているのよ」
「精霊? もしかして時々聞こえてくるささやき声みたいのがそれ?」
セレの言う精霊の声にヒューガも覚えがあった。最初は空耳か耳鳴りでもしているのかと思っていたが、そういうものではないことに気付いたのだ。
「聞こえてたの? ふーん。貴方は精霊に興味を持たれたのね?」
「セレと名前を交換したからじゃないの?」
「大森林に入ってからじゃないってこと?」
誓約がきっかけだと考えているってことは、大森林に来る以前から聞こえていたということ。これはセレも驚きだ。
「そう。最初は夜中に騒ぎ出すから眠れなくて困って。それで試しに時間を指定して騒いでくれって言ってみたら、その通りになったから意思疎通出来る相手なのだなって。寝坊しなくて助かる」
「……精霊をそんな使い方しないでよ」
「他の使い方が分からない」
ただザワザワと騒ぐ存在をどう使えば良いのか。それに関する知識はヒューガにはない。
「……もっと、ちゃんと話を聞いてあげれば?」
「どうやって?」
「……説明出来ないわね。私たちは生まれた時からそれが当たり前に出来るから」
鍛えて出来るようになるものではない。エルフであれば誰もが持って生まれる能力なのだ。
「そうか……それが出来たとして何をしてもらえる?」
「そうね。辺りの様子を探るとか、逆にこちらの気配を消すとか、まあ色々よ」
「それが精霊魔法ってやつ?」
「そうよ」
精霊魔法は精霊の力を借りることで使えるようになる。精霊と意思疎通が出来るエルフだけが使える魔法だ。本来は。
「精霊って色々な種類がいるんだよね?」
「ええ、魔法の属性と一緒ね。火、水、風、土、陽、月」
「陽と月? 光と闇じゃなくて?」
ヒューガの知る属性とは少し違っている。それにセレはダークエルフのはず。そうなればダーク、闇属性の魔法があるのだとヒューガは考えたのだ。
「それは人族が勝手に決めたのよ。元々この世界の属性は私が言ったのが正しいの」
「じゃあセレはダークエルフじゃなくて月のエルフってこと?」
「……その呼び名で呼ばれるのは久しぶりね。そうよ。私たちは本来は月のエルフって言うの」
ダークエルフという存在はこの世界にはいない。月のエルフを人族が勝手にダークエルフと呼んでいるだけだ。セレもそうだが、ダークエルフという呼び方を否定しないこともあり、そう信じられているのだ。
「じゃあ、陽のエルフもいるのか」
「それはいないわ。エルフは月のエルフとそれ以外のエルフの二種族だけよ」
「どうして?」
「陽の光は空から降り注ぐもの。大地に存在するものではないわ」
「でも月も……月のエルフが特別な存在ってこと?」
セレの説明は矛盾している。だが矛盾したことが事実であるなら、それは例外。月のエルフは例外ということだとヒューガは考えた。
「聞かれたくないことに突っ込まないでよ。そういう話はエルフの中でも特別なの。エルフ以外に勝手に話して良い内容じゃないわ」
「……わかった。じゃあ、あと二つだけ。一人のエルフが使えるのは一つの属性の精霊魔法だけであってる?」
「そうよ。属性の違う精霊同士と干渉しあっちゃうからね。どれか一つの精霊と結んだら、他とは結べないわ。あと一つは?」
「この大森林にはセレと同じ月のエルフ以外もいるの?」
「いるわよ。一応」
「一応?」
前提条件付き。これはヒューガには少し意外だった。この大森林は多くのエルフが住む場所だと思っていたのだ。
「数は少ないわ。多くのエルフがここを出て行ったから」
「何で? 厳しい場所なのは分かるけど、人族の近くにいるよりは安全じゃないの?」
人族の住む場所はエルフにとって危険な場所。これはアインから聞いている。そうであるのに何故、人族が寄り付かないこの場所を離れるのか分からない。
「……ある出来事があってね。妖精の力が弱まったことがあったの。そのおかげでエルフにとっても生きていくのに厳しい場所になった。その為に一時的に他の場所に避難したはずだったのだけど……」
「戻ってこなかったの? 何で?」
「戻れないのよ。この大森林の結界の場所はこの地で生まれた精霊にしか分からない。他の地で生まれたエルフはその地のエルフと結んでしまっているから結界の場所が分からない。それじゃあ、とてもたどり着けないわ」
それだけ長い年月、この場所はエルフにとっても危険な場所になっていた。それほどの大事件があったということだ。
「……同じ属性の精霊ならどこの精霊でも力を貸してくれるわけじゃないのか。じゃあ、その地を離れたら大変じゃないか」
「ある程度の数の精霊は付いてきてくれるわよ。それがどれだけかは、そのエルフが精霊たちにどれだけ愛されているかね」
「そう……でもエルフって長命だよね? この地の精霊と結んだエルフは生きていないの?」
「自分だけが安全な場所に戻るわけにはいかないってことよ。エルフは他種族に対しては排他的だけどその分、仲間意識は他種族よりも遙かに強いわ。この地に戻っても別の地の精霊と結んだエルフは生きていけない。それをするには……この先は言えない」
「そう」
エルフには秘密が多い。どうやら面倒な種族のようだとヒューガが思ったが、これは誤解。ヒューガが話している内容が機密に振れているだけだ。
「ん?」
急にセレは立ち止まって耳を澄ましている。
精霊の声を聞いているのだろうと考えたヒューガ。実際、周囲からザワザワしたものを感じている。これが精霊の声だとすれば、どうすればもっと良く聞こえるようになるのか。ヒューガが考えた直後に。
(認めて)
「はぁっ?」
突然はっきりと声が聞こえてきたので、ヒューガは驚いてしまった。
「何よ?」
「いや、ちょっと……」
「少し静かにしてて。今大事なところだから」
ヒューガに静かにするように告げて、またセレは意識を集中し始める。
(認めてってどういう意味だろ?)
心の中でヒューガは考える。
(精霊のことを認めて……もう存在は認めてる。それ以外の何を認めるのだろ? セレは精霊と結ぶって表現していたな。結ぶ……紐を、なはずがない)
なんて下らないことも混ざりながら。
(人と人を結ぶ……絆。同じ意味か。友誼を結ぶ……友達になるってことか。精霊と友達になる。別に良いけど。毎朝起こしてもらってるしな。それだけじゃあ足りないかな? でも友達になるのに見返りってのも変だな。相手を友達だと思ったらそれで友達だ)
(友達?)
(あっ、ああ、友達だ)
また聞こえてきた声。ヒューガはセレに怒られないように声に出さずに問いに答えた。
(友達、ヒューガと私たちは友達)
喜びの感情がヒューガに伝わってくる。それとほぼ同時に、自分の周りに淡い光がいくつも集まってくるのが見えた。
(……これがお前たち?)
(そう。私たち見えるようになった?)
(見えていると思う)
自分に回りに漂う光。これが精霊なのか正直分からないのだが、それ以外には考えられない。
(やったー! ヒューガと私たちは結ばれた)
(……そっか、これで良かったんだ。それで? 名前はあるの?)
(名前ない。私たちは私たち。月の精霊)
(私たち……さすがに全員に名前を付けるのは大変だな。でもお前たちっていうのもな……)
貧民区の子供たちよりもさらに多い数。一人一人の名を考えるのは大変そうだ。それ以前に区別がつかない。
(大丈夫。私たちは皆で私たちだから)
(……ひとつの名前で良いってこと?)
(そう)
(そうか。じゃあ何にするかな。月の精霊だから……ルナでいいかな?)
少しひねりがなさ過ぎるかと思ったが、心に浮かんでしまったものは引っ込められない。
(ルナ。それが私たちの名前?)
(そう。お前たちはルナだ)
(ルナ! 私たちはルナ!)
ルナたちがそう叫んだ途端、更に輝きを強めた光がヒューガを包む。ヒューガは体の中からごっそりと何かが抜けていくのを感じた。
「……あ、あれ?」
ふらつく体。視界が徐々に黒く染まっていく。
「ちょっと貴方! 何やってるのよ?」
セレが怒鳴る事が聞こえてくるが、それに応える力がヒューガにはない。
ゆっくりと倒れていく体。何かに体全体をぶつけた記憶を最後に、ヒューガは意識を失った。
▽▽▽
目が覚めた時には何故かベットの上にいた。見慣れない天井。パルス王城よりも更に古めかしい感じのする部屋の造り。何故、自分がここにいるのかヒューガは分からない。
起き上がろうとしたが体全体が重い。それでも何とか上半身を起き上がらせると、部屋の隅に初めて見る男がいた。エルフの特徴である尖った耳。髪の色は黄色。金髪ではなく黄色だ。その奇抜さにヒューガは軽く驚いた。
「目覚めたか」
「ここは?」
声を掛けてきた男に、この場所がどこかを尋ねる。
「ここはエルフの都。イーリアスだ」
「エルフの都? 僕はどうやってここに?」
イーリアスという地名は初めて耳にした。これについては驚きはない。知らない地名など数え切れないほどあるはずだ。ヒューガが驚いたのは都があるという事実。
「セレネ様が連れてこられた。7つの日が昇る前のことだ」
「一週間ってことかな……えっ? 一週間? 僕そんなに寝てたの?」
さらなる驚き、さきほどとは比べものにならない驚きが湧き上がる。
「ああ。最初は死んでしまったのかと思った。だがかすかに呼吸はしていたのでな」
「セレは?」
「セレネ様は今、長老たちと話し合いをされている」
「そうか……」
男はセレに様をつけて呼んだ。そう呼ばれるだけ、この場所ではセレの地位は高いということだ。
「何か食べるか? ずっと食事をとっていないのだ。腹がすいているだろう?」
「いや、まだ気分が良くない。食欲はないな」
一週間も寝ていて、その間は何も口にいれていないはず。それにしては空腹感がまったくないのがヒューガは不思議だった。
「そうか……私はセレネ様にお前が目覚めたことを伝えてくる。少し外すが大丈夫か?」
「問題ない。ずっと見ててくれたのかな?」
「交替でだ」
「そう。ありがとう」
「礼には及ばない。セレネ様の命に従ったまでのことだからな。では私は行く」
「ああ」
何故、一週間も寝込むことになったのか。男の姿が完全に見えなくなったところで、ヒューガはルナに呼びかけてみる。
「ルナ、いるか?」
――反応はない。自分が倒れた原因はルナたちとのやり取りにあるとヒューガは考えている。何か悪いことをしてしまったのではないか。それが心配だった。
「……ヒューガは悪くない。悪いのはルナたち」
声が聞こえてきた方向を見ると、ベッドの足元のところで、ちょこんと顔を出している精霊がいた。
手の平程であろう小さな体。顔の後ろにパタパタと動いている羽が見える。白銀に輝く体、顔形はぼんやりとしか分からないが、ヒューガと同じ銀色の髪。ディアのような青い瞳。顔がディアに似ているように思えるのはヒューガの願望か。
「はっきりと見えるようになった。一人?」
「ルナはルナたち」
「えっと……みんなでその体ってこと?」
「そう」
どういう状態なのかはヒューガには分からない。だがルナがそう言うからにはそうなのだと納得することにした。
「何があったの? 僕なんかしちゃった?」
「ヒューガは悪くない。悪いのはルナたち。ルナたちがヒューガの力をもらい過ぎてるの」
「……ああ、あれか。体から何かが抜けて行ったのを覚えてる」
気を失う直前の記憶。何かが抜けていくのと共に、力が入らなくなっていったのをヒューガは覚えている。
「そう。ヒューガの魔力をもらった。うれしくて一度にもらいすぎたみたい」
「なんだ、つまりただの魔力切れか。でも……ちょっと試してみるか」
試しに体内の魔力を活性化させてみた。だが、ほとんどそれは感じられない。
「まだムリ。ルナたちはまだヒューガから魔力をもらってる。お腹一杯になるにはまだ時間がかかる」
「えっと……それは僕の魔力が回復するよりもルナたちが魔力を取る量のほうが多いってことかな?」
「難しいことはわからない」
「……僕の魔力は今もルナたちに届いてる?」
「うん」
魔力は回復していないわけではない。需要に供給が追い付いていないだけだ。それも徐々に追いついてきている。だからこそヒューガは目覚めたのだ。
「いつまでかかりそうかな? お腹一杯になるまで」
「ルナはもうお腹一杯。でも他のルナはまだみたい。いつまでかは分からない」
今、目の前で姿を見せているルナ以外にもルナはいる。別の場所で行動しているルナたちがいるのだ。
「そっか。しばらく動けないな」
「ごめんなさい」
「気にする必要はない。いつかはお腹一杯になるのだよね?」
「うん」
「じゃあ、大丈夫」
それまだ待つしかないのだ。特に何かしなければならないことがヒューガにあるわけでもない。
「怒ってない?」
「怒ってない。もしここにいないルナがいるなら、そのルナにも伝えておいて。僕は怒っていないって。それだけルナたちとの結びつきが強いと知って喜んでいるって」
「ルナたちもうれしい」
「それはよかった」
まるで子供が出来た気分。それもディア似の子供が。これにはなんだかヒューガも困ってしまう。
「困ってる?」
「えっ? あっ……あのさ、一人で考えたい時もあるんだ。そういう時は心を読まないでくれると助かるんだけど?」
考えたことがすべて伝わるのは困る、というより恥ずかしい。ディアのことで変な妄想をしてもルナたちに知られてしまうのだ。
「……そう。じゃあヒューガが話したい時はルナの名を呼んで。ルナが話したい時はヒューガの名を呼ぶ」
「それが良いね。そういう約束にしよう」
「わかった、約束。じゃあルナは行くね。この姿であまり長くいるとルナはまたお腹がすいてしまうから。それにヒューガのことを他の人にも伝えないと」
「そっか。分かった。僕はしばらくここだと思うから」
「どこにいてもヒューガが呼べばルナたちはすぐにヒューガの所に行く。ヒューガとルナたちはつながってるから」
「そっか」
「じゃあ、行くね」
ルナの体はいくつもの光に分かれて宙に浮いた。名残惜しそうにしているように感じたヒューガが軽く手を振ると、嬉しそうに瞬いて、そのまま列を作って窓の外に出て行った。
自分が倒れた原因は分かった。いずれ回復することも。そうなるとその先、何をするのかを決めなければならない。それを考えようとしたヒューガだったが。
「ヒューガ!」
部屋にいても聞こえる大きな足音をたてて、セレがやってきた。
「心配させたね?」
「当たり前でしょ? 急に倒れたと思ったら、いつまで経っても目を覚まさない。仕方ないから、私がここまで背負ってきたのよ」
「ごめん」
「それで何があったのよ? 倒れた時の様子から大体の予想は付いてるけどね」
「精霊と結んだ」
「何と? そんな馬鹿な事があるか。人族が精霊と結んだだと?」
驚きの声は男性のもの。来客はセレだけではなかった。
声をあげたエルフの髪の色はグレー。その後ろにいるもう一人はくすんだ緑。カラフルな様で、どこか渋さが感じられる。
「そっちの人たちは?」
「この都に住むエルフの長老よ」
「そんな人たちが何でここに? お見舞いって雰囲気でもなさそうだ」
現れた長老たちに自分を心配している様子はみられない。ヒューガはそう感じている。
「ちょうど話し合いの最中だったのよ。そこに貴方が目を覚ましたって報告が来たから見に来たのだけど……勝手についてきたみたい」
「セレナ様が話し合いの途中で席を立たれるからでしょう?」
長老までセレに様をつけている。
「……セレって、かなり偉い人なのか? みんなセレネ様って呼んでる」
「勝手にセレネ様の名を呼ぶな!」
「勝手には呼んでない。セレの本名を俺は前から知ってる」
「なんですとー! セレネ様!」
大袈裟とも思える驚きを示す長老。これだけで面倒くさい人物だとヒューガは分かった。
「ヒューガとは既に名前の交換をしているわ。正式にね」
「なんという真似を……エルフの国の女王になられるお方が人族ごときに名を預けるとは」
「女王になる? なんだ、セレも王女だったのか?」
長老の言葉でセレはどうやらエルフの国の王族であることが分かった。それもディアと同じ継承権第一位。
「違うわよ。この人が言っているエルフの国はとっくに滅びてるの。確かに私の母は女王だったけど、国が亡くなっては王女も何もないでしょ?」
「「セレネ様!」」
エルフの国は滅んでいる。そういった記述は、パルス王国の王城内の図書室の本になかったとヒューガは記憶している。そもそもセレが何をもって滅んだと言っているのかも分からない。
「都があるのだから、再興すれば?」
「小僧、良く言った!」
「……僕の名はヒューガ」
「セレネ様、このヒューガの言う通りです。やっとお戻りになられたのですから、今こそイーリアス王国再興の時です」
長老のほうは再興する気満々。王女であるセレが戻ってきたこの機会にそれを実現しようと考えている。
「それが出来ないのは貴方たちも分かってるでしょ?」
「それは……確かにかつての王国のような形での再興は無理でしょう。しかし、どんな形であれ、再び国を持つことは我らの悲願です」
再興は簡単ではない。何か条件があるのだとヒューガは分かったが、その内容にはまったく見当がつかない。今この場で初めて聞いた話だ。推測するにも情報が少なすぎる。
「だから国を持つのはかまわないって言ってるでしょ?」
「しかしエルフの国を建てるのに人族を王にするなど、そんな馬鹿な話がありますか?」
「別に元の王国になるわけじゃないのだから、だれが王でも良いじゃない?」
「エルフの国の王はエルフがなるべきです。そしてエルフの中から選ぶのであれば、正統性からいってセレネ様しかいません。それをなんで突然現れたこんな小僧を王にしなければならないのですか?」
セレが王にしようとしているのは自分。この長老の言葉でヒューガにもそれが分かった。
「僕の知らないところで勝手に話を進めないでもらえる?」
「あら、約束したじゃない。国をひとつあげるって」
「その国がここ? さすがにそれは無理がある。そのおっさんの言うとおりだ。エルフの国の王はエルフがなるべきだ」
そうでなくてもこれだけ強い反対を受けている中で、無理に王になっても上手く行くはずがない。セレの主張に無理があるのだ。
「おっさんだと?」
「僕を小僧と呼ぶからだ。おっさんと呼ばれたくなければ僕のことはヒューガと呼べ」
「口の減らない……まあ、良い。とにかくヒューガも言っている通り、エルフの国の王を人族に任せるわけにはいきません。それで国がうまくいくわけないでしょう?」
「……貴方は良いの? 彼女のことはどうするのよ?」
セレは長老の問いに答えることなく、ヒューガに問いを向けてきた。
「ディアは僕に王になれなんて言っていない。たとえ望んでいたとしてもこの形は望まないはずだ」
「どうして? もらい物だからかしら?」
「いや、エルフの国だからだよ」
「なんだと! 貴様、エルフを愚弄するのか!?」
意見に同調したかと思えば、怒鳴ってくる。ヒューガの予想通り、面倒くさい人物だ。
「うるさいな。ちょっと言い方を間違えただけだよ。僕が言いたいのは、それがエルフだけの国だからってこと」
「……どういう意味?」
「エルフの為だけに存在する国の王になってどうするの? 種族で国を分けるなんて考え自体が僕は気に入らない。国なんてものは種族なんて関係なく、同じ気持ちを持った人たちが自由に参加して造るべきだ。もし造るのならね」
「……そんな考えが出来るだけで、貴方は王になるに相応しいと私は思うけど。でも、いいわ。この話は一旦保留ね。今はまず体を回復させること」
「そうする」
エルフの国についての話は一旦、保留。というのはセレの思いだ。ヒューガはこの話には無理があると思う。もともと玉座を求めていたわけではない。そんなものに縛られるよりも、他にやるべきことがあるはず。それを見つけるほうがヒューガには大事だ。
いずれにしろヒューガは、かつてエルフの国があった土地、ドュンケルハイト大森林で過ごすことになる。