月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #3 モブキャラの価値

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 アルウィンがその動きに気が付いたのは偶然だった。一人廊下に立ち、さりげなく教室にいる女子生徒たちの会話に耳を澄ます。盗み聞きを趣味にしているつもりはアルウィンにはない。女子生徒の会話から、彼女たちが今どのようなことに興味を持っているかを探ろうとしているのだ。
 商家の次男であるアルウィンにとって、これも修行の一環。本人が勝手にそう考えているだけで、将来役に立つかは怪しいところだ。
 事実、有用な情報が得られることは滅多にない。今日もそうだ。教室の女子生徒たちの話題はただの陰口。最近話題の二年生から編入してきた女子生徒の悪口を言い合っているだけ。
 この手の話題がアルウィンは苦手だ。そうであればこういう行為は止めれば良いのだが、一度始めたことはある程度の結果が出るまでは続けると決めているのだ。
 だが今日はもう終わり。その場を離れようとアルウィンが考えた時だった。

「……なるほどね。あんな感じか」

 耳に届いた男の声にアルウィンは驚いた。その声の主は教室から出てきたのだ。女子生徒しかいないはずの教室から。
 見覚えのない生徒。それもまた不思議だった。教室から出てきた男子生徒の髪は白と見間違いそうな薄い銀色、光りの加減によっては金色っぽくも見える
 いずれにしても目立つ髪だ。だがその髪を持つ男子生徒の記憶がアルウィンにはなかった。

(……彼も編入生なのか?)

 教室で話題になっている女子生徒と同じ編入生なのかとアルウィンは考えた。とにかく気になる存在だ。
 だがその日はそれで終わり。その男子生徒が何者か分からないまま、アルウィンは帰路についた――

 その日からだ。アルウィンがその男子生徒を頻繁に見かけるようになったのは。その彼はアルウィンが情報収集をしている場にいつもいた。それ以外の場でも見かけているので、女子生徒が集まって話をしている場というのが正しい。
 男子生徒は彼女たちが会話している場所の、驚くほど近くに立って話を聞いている。女子生徒たちがその生徒に気が付いていないのは、彼女たちの会話で分かった。最初に見た時と同じように陰口をたたいている彼女たち。男子生徒が聞いていると分かっていて、そんな話をするはずがないのだ。
 アルウィン自身もその男子生徒がいるのではないかと強く意識して見ないと、気が付かない時がある。それは異常なことだ。
 何日か悩んだが、アルウィンはその男子生徒に話しかけることにした。あまりに怪しげなので、近づいても良いものかと考える時間が必要だったのだ。

「……あのさ」

 男子生徒が女子生徒から離れるのを待って、その後をつけ、恐る恐る声を掛けてみる。

「はい。何か用ですか?」

 男子生徒は普通に返事を返してきた。表情が読めないので、どう思っているかアルウィンには分からない。

「いつも、その、何をしている?」

「えっ? 貴方と同じ。盗み聞きですけど?」

 男子生徒はアルウィンの存在に気が付いていた。それはそうだ。アルウィンには男子生徒のような真似は出来ない。

「俺は……盗み聞きをしているわけじゃない」

「そうですか……では何を?」

 これを言う男子生徒の顔は笑っている。アルウィンが初めて見た相手の感情だ。

「俺はどういう物が今売れるかを調べている」

「ああ、市場調査ですか。ということは商人?」

「ああ、実家はそう」

 男子生徒が口にした言葉。市場調査にアルウィンは驚いた。彼は商売を知っているのだと思ったのだ。

「……貴方は物は売っていない?」

「まだ学生だから」

「……それなのに今、市場調査を? それ意味ありますか?」

「それは……」

 痛いところを突かれて、アルウィンは答えを返せない。今の女子生徒の興味を聞いても来年、もっと短く数ヶ月後には変わっている可能性のほうが高いのだ。

「まあ、良いです。貴方に商売の知識があるのでしたら教えて欲しいことがあります」

「俺に? 分かることなら」

「トレンドってどうやって作れば良いですか?」

「はい?」

 分かることどころか、質問の意味がアルウィンには分からなかった。

「ああ、えっと……流行、そう流行です。流行ってどうやって作れば良いですか?」

「流行を作る?」

「ええ。それを応用してみたくて。教えて下さい」

「流行って自然に生まれるものだ。作ることなんて出来ない」

 質問の意味は分かったが、意図が分からない。流行り物を仕入れて売る。これは常識だ。だが流行り物を作るとはどういうことなのか。

「……作れると思いますけど」

「作れない」

「そうですか……じゃあ、良いです」

 男子生徒は途端に興味のなさそうな雰囲気を醸しだし、その場を離れようとした。

「ち、ちょっと待て! 俺の知識がないわけじゃない。正しい答えを返しただけだ」

 アルウィンは誤解されたまま、去られたくはない。将来、立派な商人になる為にそれなりに勉強してきたつもりなのだ。

「でも流行の作り方は知らない」

「だからそんなものはない」

「ではこうしましょう。何でも良いので女子生徒に売れる物を用意してもらえますか? 売れ残りの品でも、いえ、その方が良いです。何もしなくても売れるのでは実験になりませんから」

「……良いだろう。明日持ってくる」

 

◇◇◇

 そして翌日。アルウィンが用意したのは化粧品、ファンデーションだった。

「これが売れない理由は何ですか?」

「物が悪いわけじゃない。粗悪品を仕入れるような使用人はうちにはいないからな」

 これはアルウィンのプライド。アルウィン本人ではなく実家のことだが、男子生徒に商売ベタと思われたくないのだ。

「では何故?」

「同じ化粧品で人気品が出た。皆、そっちを欲しがってしまって、これは売れなかった」

「ああ、流行に押されてってことですか。売れているほうの理由は?」

「材料だ。有名な産地があって、そこで採取した材料を使っていることで人気がある」

「なるほど。実験には良いかもしれませんね」

 その実験というのがどういうものか聞く前に、男子生徒はアルウィンが用意した化粧品を持って、歩き出した。向かったのは、ある女子生徒のところ。

「……あの、ちょっと良いですか?」

「えっ、何? ていうか貴方、誰?」

 話しかけてきた男子生徒に、女子生徒は怪訝そうな顔を向けている。これまで何度か側にいたはずの男子生徒を、女子生徒は覚えていないのだ。

「俺はリーゼロッテ様に使えているジグルスといいます」

「えっ……?」

 リーゼロッテの名前が出たことで、女子生徒は動揺している。動揺しているのはアルウィンも同じ。リーゼロッテに仕えているということは男子生徒、ジグルスは貴族。彼の態度があまりに下からなので同じ平民、それも年下だと思っていたのだ。年下だと思ったのはジグルスの背の低さもあってのことだ。

「実は、この化粧品なのですが」

「……それが何?」

「間違って手配してしまいまして。間違いといっても材料は同じなのです。ただ産地が違うだけで」

「そう……それで?」

 ジグルスが何を言いたいのか女子生徒はまったく分からない。ここまでは振り。ここからが本題だ。

「値段が安くて材料は同じということで、リーゼロッテ様にも最初は気に入って頂けたのですけど、なんというか、元々使っていた物とのご縁というか、その、色々としがらみが」

「……ああ、そういうことあるわよね」

 貴族家が何を買うかは、出入りする商人の力関係によって決まることが多い。どれが良いとかではないのだ。もちろん、どれも満足出来る品質であるという前提あってのこと。粗悪品を売りつけるような商人はそもそも出入り出来ない。生きられないかもしれない。

「それでどなたか使って頂ける方はいないかと探しているところです」

「使って?」

「はい。俺は貧乏男爵の息子なので捨てるのは忍びなくて。リーゼロッテ様が使われていたのですから、確かな物ででしょうし」

「えっと……買い取れってこと?」

 いらなくなった化粧品を売りつけようとしているのだと女子生徒は受け取った。もちろん、そういうことではない。

「それは気に入って頂けたらの話。まずは使ってもらって評価頂けたらと思っています」

「……どうして私?」

 面倒なことを押しつけられた。どうして自分なのかと女子生徒は思ってしまう。

「貴女が良い品だと言ってくれたら、他の人たちも安心してもらえると思いまして。俺も欲しいと思って買ってもらいたいですから」

「……そう。私は評価をすれば良いのね?」

「はい。まずは二つほどお渡しします。もちろんお代はいりません。評価用ですから」

「あとからなんてことは?」

「ありません。それどころか足りなくなったら、またお渡しします。遠慮なく言ってきて下さい。ああ、あと出来れば俺がお願いしたことは内緒で」

「……分かったわ」

 これで女子生徒とのやり取りは終わり。ジグルスは評価用の化粧品を渡して、アルウィンのところに戻ってきた。

「……えっと、その、どうでした?」

「はい?」

「だから、結果はどうでした?」

「いきなり敬語?」

「いや、だって……申し訳ありません。貴族だと知らなくて」

 これまでの無礼を詫びるアルウィン。

「ああ……今まで通りで」

「いや、そういうわけには」

「俺がそれを望んでいるのです。ああ、じゃあ、こっちも敬語は止める。それで良いだろ?」

 敬語なんて使われても嬉しくない。自分も気を使わなければならなくなるので、かえって面倒なのだ。

「……じゃあ、分かった。それで? 結局何をしてきた?」

「彼女に宣伝を頼んできた」

「それだけで売れると?」

「いや、他にも頼む。それでどうなるか結果待ちだ」

「……そうか」

 この程度のことで売れるのか、とアルウィンはこの時は思ったが、結果、売れた。大ヒットというほどではない。それでも複数の女子生徒から注文が来たのだ。
 それにアルウィンは驚いた。驚いて、ジグルスに理由を尋ねた。

「……何故、俺が教える? 実家が商人なのはお前だろ?」

「良いだろ? 知っている人が知らない人に教えるのは当然だ」

「それはそうだけど……まあ、良いか。売れた理由はたまたまだ」

「はっ?」

 アルウィンは売れた理由を知りたいのだ。たまたまで終わらされては実験用に商品を提供した意味がない。もともとは意地で用意しただけであっても。

「たまたま上手く行っただけ。次も成功するとは限らない。その前提で説明する」

「ああ、それで良い」

 絶対に成功する方法なんてあるはずがない。それをアルウィンは理解している。

「まず宣伝を頼んだのは発言力のある女子生徒だ。周囲は彼女たちに一目を置いているので、その彼女たちの発言は影響力を持っている」

「ああ、それは分かる」

「その上でさらにリーゼロッテ様が気に入った商品という価値をつけた。公爵家のリーゼロッテ様が満足した製品だ。良い物に決まっている、と思ってくれる」

「おい? それ大丈夫か?」

 実際にはリーゼロッテは使っていない。つまりジグルスは嘘をついているのだ。

「大丈夫。リーゼロッテ様には実験への協力を頼んである。まずないだろうけど聞かれたら、知っている振りをしてくれる」

「……あのリーゼロッテ様が……それは今は良いや。そうだとしても嘘はマズいだろ?」

「物は良いと言ったのはアルウィンだ。俺は良い品にそれに見合った価値を付けただけ。それに俺は商売をする為にこの実験を行ったわけじゃない」

「じゃあ、何の為だ?」

「……リーゼロッテ様の評判を落とさない為。それが今回の方法で実現出来るか、出来るとして誰を押さえれば良いかを調べる為だ」

 ジグルスの目的は、当たり前だが、物を売ることではない。物を売るために使った手段、情報操作が実際に出来るかどうかを確かめたのだ。
 リーゼロッテを守る為であれば、偽情報を流すくらいのことは何とも思わない。それにジグルスが流そうとする情報はまったくの嘘ではない。誰も分かっていない真実を流すのだ。

「その為に情報収集をしていたわけか」

「そう。女子生徒がリーゼロッテ様を本音ではどう思っているか。あの女が現れてから、どう変化しているか」

「あの女?」

「……ああ、悪い。今のは忘れてくれ」

 主人公のこと、というよりこれから起こるであろう出来事についてアルウィンに話すわけにはいかない。ジグルスはそう考えた。

「水臭いな」

「関わらないほうが良い。関わっても良いことはない」

「それは俺が判断することだ」

「……忠告は聞いたほうが良い」

 ジグルスは受け入れようとしない。それだけ大きな問題が起きるのだとアルウィンは理解した。

「……じゃあ、詳しい話はいい。情報収集については俺にも協力させろ」

「どうして? アルウィンに利はない」

「俺は利だけで物事を考える商人にはなりたくない。時には損をしても義を貫く商人を目指したい」

「……いい言葉だな」

「そうだろ? だから協力しろ」

 自分が協力するではなく、自分に協力しろとアルウィンは言ってきた。こう言ったほうが受け入れやすいと考えたのだと、ジグルスには分かる。

「……分かった。協力する」

 この日からジグルスとアルウィンは距離を急速に縮めることになる。それはそうだ。ジグルスにとってリーゼロッテ以外では唯一の秘密を共有する相手。他に相談出来る人はいないのだ。

 

◇◇◇

 アルウィンのほうも――

「困った友人だな。まずは正統な商売のやり方を覚えるべきなのに」

 アルウィンに向かって愚痴を言っているのは彼の祖父。実家であるヨーステン商会の会長だ。

「正統でないことを理解した上であれば、良いのではないですか?」

「ふむ……楽な方に流れない強さを持っているのであれば、だ」

「心にとめておきます。ただ、楽だとは思いません。かなり難しいことをやろうとしているのです」

 最初は何も教えなかったジグルスも関係が深まるにつれて、少しずつリーゼロッテを取り巻く環境について語り始めている。かなり厳しい状況だとアルウィンは思う。
 その状況を改善しようというのだ。決して楽なことではない。

「……その友人は何者だ?」

「クロニクス男爵家の嫡子です」

「男爵家か……」

 アルウィンを学院に通わせているのはただ勉強する為ではない。有力貴族家と繋がりを持つことを期待してのことだ。男爵家では、実家の期待に応えたことにはならない。

「爵位の問題ではないと俺は思います」

「爵位が全てではない。だが力を示す重要な指標の一つであることは否定出来ない」

「……奇貨居くべし、という言葉はお爺さんから教わった言葉です」

「その友人が奇貨だと?」

「奇貨であるかはどうかは先になってみなければ分かりません。ただ俺は可能性は感じています」

「ふむ……」

 発する言葉には冷静さが見られる。だがその評価はどうか。私情が影響している可能性は多いにある。

「俺にとってはオマケですが、テーリング公爵家には繋がります。リーゼロッテ様の彼への信頼はかなり厚い。これは間違いありません」

 納得していない様子の祖父に対し、アルウィンはテーリング公爵家の話を持ち出した。文句なしの有力貴族家であるはずだ。

「……あまり評判の良い娘ではないな」

「噂が真実とは限りません。そして実際に違う。おそらく友人はそれを見抜いた最初の人物です」

「……良いだろう。お前はまだ修行中の身。成功も失敗も糧となる。自由にやってみろ」

「ありがとうございます」

 決して完全に納得したわけではない。失敗も糧になるという言葉がそれを示している。それでも良い。少なくとも学生である間は、ジグルスに協力出来る。どのような形であろうと、ヨーステン商会では絶対権力者である祖父の了解を取り付けたことに違いはないのだから。

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