月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #20 ご都合主義ってこういうことか

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「やっとだ。やっと、この日が……きたぁーっ!!」

「どこの芸人だ、お前は?」

 貧民区に着いたところで冬樹が雄叫びをあげている。冬樹がはりきっているのは、今日がいよいよジャンたちに剣術を教える日だからだ。
 盗賊討伐任務で王都を離れて、それから戻ってからも練習用の剣の調達に手間取り、約束してから随分と日にちが経ってしまっている。

「ヒューガ兄ちゃん! 久しぶりだな」

 ジャンがヒューガたちを見つけて近づいて来た。どこで見ているのか、ここに来た時はいつもそうだ。

「ああ、ちょっと色々あってな。王都を離れてたんだ」

「そっか。もう来てくれないかと思って心配しちゃったぜ」

「しばらくは毎日来れると思う。日が空いた分はそれで許してくれ」

「それはあいつらも喜ぶな」

 これを言うジャンの顔にも満面の笑みが広がっている。彼も嬉しいのだ。

「今日はもっと喜ぶことがある」

「何だ、それ?」

「冬樹が剣術を教えてくれる。やっと準備が出来たんだ」

「ほんとか? やったー! じゃあ急いで皆を集めなきゃ」

 待ちに待った剣術を教われる日が来たと聞いて、仲間を呼びに駆け出そうとするジャン。

「いや、その必要はなさそうだ」

 そのジャンをヒューガは止めた。あっちこっちから子供たちがこちらに向かって駆け寄ってきているのが見えたのだ。

「ヒューガ兄ちゃん!」「ヒューガ兄、久しぶり!」「やっときた!」「さみしかったよー」「私も」「あっ、ナツ姉だ」「ナツ姉久しぶり」「ヒューガ兄! ナツ姉!」「待ってた」「…………」「聖女最近こない」

 いつものように一斉に思い思いの言葉をかけてくる子供たち。

「おーい! 俺もいるぞ!」

「「「「フー、おせえよっ!!」」」

「……なんで俺だけ、こんな待遇なんだ? いや、今日こそは汚名返上の日。お前ら、今日は俺が剣術を教えてやるぞ!」

「「「「「おぉぉー!?」」」」

 剣を教えてもらえると聞いて、歓声をあげる子供たち。約束が果たされる日を子供たちは、過度の期待を持たないようにと思いながらも、楽しみにしていたのだ。

「よーし、皆並べ。鍛錬用の剣を配るからな」

「「「「おっ、おぉー! 剣だー!」」」」

 さらに冬樹が持ってきた剣を見て大喜びの子供たち。その歓声を聞いた冬樹も満足そうだ。ようやく子供たちに認めてもらえるそう思ったのだが。

「ちゃんと皆に一本ずつあるからな。どうだ? 皆、受け取ったか?」

「これは……木だよな」「ああ、木だ」「木だね」「えー木なの?」「甲斐性なし」「だからフーは」「フーだからな」「剣て鉄だよな」「俺は木でも強い」「…………」「聖女、鉄の剣くれないかな」

 剣が木製であることに不満そうな声をあげる子供たち。

「仕方ねえだろ。真剣は高いんだよ。それに鍛錬なんだから木剣で十分だろ」

「「「「「ええー! でもー!」」」」

「いい加減にしろ! その木剣は冬樹が一生懸命、金を貯めて、やっとお前らの為に揃えたものだ! それに対してお前らの態度はなんだ! 人からタダで物ものを貰っておいて、何で文句が言えるんだ!?」

「「「「ごめんなさい!」」」」

 ヒューガに我が儘を叱られて、一斉に謝罪の言葉を叫ぶ子供たち。生意気な子供たちだが、こういうところは素直だ。ヒューガに嫌われたくないという思いもあっての態度なのだ。

「僕に謝ってどうする? 僕よりも冬樹に言うことがあるだろ?」

「「「「フー、ありがとー!」」」」

「そうだ。それで良い」

「いや、まあ。もっと稼げるようになったら、真剣も用意してやるよ」

 御礼を告げられた冬樹は、さらに子供たちの期待に応えようと新たな約束を口にした。

「冬樹、それは甘やかし過ぎだ。真剣が欲しければ自分で手に入れれば良い。冬樹はその為の手伝いを少しするだけで良い」

 だがヒューガが子供たちを甘やかすことを許さない。ただ与えられるだけでは子供たちの為にならないと考えているのだ。

「……お前、ほんと厳しいな。まあ、それも子供たちのことを考えてか……分かったよ。じゃあ、早速のその手伝いをするか。よっし、じゃあ始めるぞ!」

「「「「はーい」」」」

 

 冬樹は子供たちに剣を教え始めた。ます剣の握り方からだ。
 始まってしまえば子供たちも冬樹を茶化すような真似はしない。真剣に冬樹の話を聞いて、その真似をしている。
 ヒューガの出番はない、出るべきではないと考えて、少し離れた場所で見守ることにした。

「なんじゃ。お主はやらんのか?」

「……バーバさんか」

 面倒な人がやってきた。表情には出さないように気をつけているが、内心ではこう思っている。

「また会ったの。儂の預言通りじゃ」

「……そんなの僕でも当てられる。ここに来ることは分かってるんだから」

「それでも絶対ではないだろ? 突然お主が死んでしまう可能性もある」

「……まあ」

 たしかに可能性はゼロではない。だがそれを言ったら誰もが預言者だ。やはり変わった人だとヒューガは思った。
 そのバーバは、今日は一人ではない。寄り添うように後ろに立つ男。結構な年齢だろうとヒューガは思ったが、いまひとつ実年齢は分からない。
 引き締まった体、そして何より、その男の発する何かが只者でないことを感じさせている。

「その後ろの人は?」

「儂のお伴のようなものじゃ。目が見えないと色々と不便じゃからな。世話を見てもらっておる」

「そうか……僕はヒューガ、こっちは夏だ」

「ああ」

 ヒューガが自己紹介しても男は自分の名を告げてこない。名がないのか、他に理由があるのか。今の段階ではヒューガには判断出来ない。

「おお、始まったの」

「もう? ちょっと早すぎないか」

 冬樹は早速、立ち合い稽古を始めていた。まずは基本の素振りから行うべきだと考えているヒューガは、それに不満そうな声をあげた。

「自分の力を見せつけたいんでしょ? まったく子供相手に大人気ない」

「しょうがないな。結局、あとでまた基本を教えることになるのに」

「いいんじゃない? 子供なんだから。地味な素振りなんて、あの子たちが大人しく続けるとは思えないわ」

「そうだけど」

 ヒューガは子供たちに遊びで教えるつもりはない。きちんと力をつけて、傭兵ギルドでお金を稼げるようにさせたいのだ。
 そんなヒューガの思いも知らずに立ち合いを始めてしまった冬樹は一人一人、順番に子供たちの相手をしている。子供から打ち込む。それを冬樹が払う。さすがに冬樹から撃つことはしない。
 そうかと思えば、次は二人ずつ。それでも冬樹が負けることはない。当然だ。
 それを三順ほど繰り返したところで、冬樹は素振りを教え始めた。それを見たヒューガは自分の早とちりであったと気が付いた。いきなり立ち合いを始めたのは、子供たちが真面目に基本に取り組むように、実力のなさを分からせる為だったのだと。

「あの剣は誰に習ったのだ?」

 バーバの伴の男がいきなりヒューガに尋ねてきた。

「国軍のグレゴリー大隊長。その人が僕たちの剣術の師匠だ」

「グレゴリー大隊長……知らんな」

「……軍にいたことが?」

「いや、ない」

 それであれば知っているはずがない。変な反応だとヒューガは思ったが、それと同時に男が剣を知っていることが分かった。先ほどからずっと、男が冬樹の動きから目を離さないことで感づいていたことだ。

「……違う」

「えっ?」

「……なんでもない」

 いきなり独り言を呟いた男。かなり変わっている人だと思ったヒューガは、知り合いであるバーバに視線を向ける。そのバーバは何故か楽しそうだった。

「そうじゃない」

「えっ?」

「独り言だ」

「独り言って……」

 独り言であることは分かっている。その独り言にどのような意味があるのかをヒューガは知りたいのだ。

「そんなに気になるのなら、少し教えてきたらどうじゃ?」

 男に向かってバーバが自分で剣を教えるように言ってきた。 

「お嬢、それは……」

 それに戸惑う男。

「別にかまわんじゃろ? 儂なら大丈夫じゃ。この二人もいてくれるしの。それに久しぶりにお主の勇姿を見てみたい」

「えっ? 見えるのか?」

 バーバは目が悪いはず。そうであるのに男の勇姿を見たいと言ったことにヒューガは軽く驚いた。

「目では見えん。じゃが、分かるのじゃ。音で、気配で、そして何より、儂の記憶の中に刻み込まれておる。それを思い出すだけじゃ」

「はあ……」

 ヒューガには理解出来ない。だが否定も出来ない以上は、そういうものなのだと納得するしかない。

「見せてくれるな?」

「いや、しかし……」

「いいから! これは儂のわがままじゃ。昔は良く儂のわがままを聞いてくれたじゃろ?」

「……分かりました。では、行ってまいります」

 ようやくその気になった男。
 冬樹たちの所に向かっていった男は、子供から剣を借りると冬樹に何か話しかけた。少し離れた位置で向かい合う二人。それを見て、男もいきなり立ち合いから始めるのだと分かった。
 冬樹は剣を上段に構えている。一方、男方は剣をだらりと下したままだ。しかし。

「……何だ、あれ?」

「どうしたの?」

「夏は感じないのか? あの男から溢れる、あれは何だ? 魔力じゃない。強いて言えば闘気ってやつかな?」

 上手く説明出来ないが、男の体から溢れる何かをヒューガは感じている。

「えっ、何それ? それってすごく強いってこと?」

「多分……いや間違いない。あんなの大隊長との立ち合いで経験したことがない。勇者の立ち合いでも感じてない」

 ヒューガにとって初めての感覚。いきなり自分の感覚が鋭敏になるはずがない。男が異常なのだとヒューガは考えている。

「しかし……あれ、打ち込めるのか?」

 冬樹は剣を構えたまま一歩も動けないでいる。それはそうだろうとヒューガは思う。この場所にいても圧力を感じるのだ。正対している冬樹にはどれほどの圧力がかかっているのか。

「そんな凄い人がこの場所に? もしかして新しい剣の師匠、探さなくて良かったりして」

「新しい剣の師匠?」

「冬樹に頼まれてるの。なんでも大隊長に聞いたんだって。なんか凄い人らしいけど行方がわからないらしくて。居場所を知ってそうな主人も探しているのだけど、全く手がかりなしでお手上げ状態。大体、無理なのよ。公に聞いちゃいけないヤバい話だって言うのよ?」

 夏が冬樹に頼まれたのはグレゴリー大隊長から聞いた真の剣聖と呼ばれる人物だ。あまり関わってはいけない相手だとグレゴリー大隊長から聞いているが、冬樹は諦めていなかった。

「なるほどね、それ無理だよな。それで? なんて人なんだ? その人」

「えっとね、探しているのはギゼン・レットーって人。主人のほうはバーバラ・フィン・スチュアート。月の預言者と呼ばれていた人よ。あれ?」

「月の預言者? なんか凄い称号だね。預言者ね……そういえばバーバラさんは予言者繋がりで知らないか?」

「知っておるぞ」

「そうだよね。知ら……はっ? 知ってる? バーバさん、本当に予言者だったの?」

 冗談のつもりで聞いたはずが、バーバからはまさかの答えが返ってきた。それに驚くヒューガだが。

「お主が認めようとせんだけじゃろ? というか、いい加減に気付け。ナツのほうはとっくに気付いておるぞ」

 その夏は、呆けた顔でバーバを見ている。それを見てヒューガも遅ればせながら気が付いた。

「……そっか。バーバさんがバーバラさんか。こんな単純なことに気付かないとは……何やってんだ、俺? だいたいこの世界の人は発想が単純すぎる。もう少しひねった名前を考えられないのか?」

「それはこちらの勝手じゃ」

「ということはギゼン・レットーさんというのは?」

 バーバがその主人であるのであれば、目当ての凄い人は一人しか考えられない。

「ああ、目の前で剣を持って立っている男。あれがお主らの探しているギゼン・レットーじゃ」

「なんてこった! ご都合主義もいいところだ。それで? ギゼンさんってやっぱ凄い人なのか?」

「さあな、何がどう凄いのかは知らん。それはナツが聞いておるのだろ?」

「あたしが聞いているのは、近衛第一大隊長アレックスの前に剣聖と呼ばれた人だってことと、グレゴリー大隊長がその人こそが真の剣聖だって言ったことくらいよ」

「真の剣聖?」

「うおぉぉぉぉー!」

 冬樹の雄叫びがあたりに響く。剣を上段に構え、真っ向からギゼンに向かっていく冬樹。

「ほう、大したもんじゃ。あのギゼンに打ち込むことができるのか?」

 ヒューガも圧力に負けずに向かって行けた冬樹に感心している。
 だが冬樹が出来たのは向かっていくことだけ。何の構えもない体勢から軽く振るわれた剣は一瞬でその姿を消し、次に見えた時には剣を失った状態で立つ冬樹の首元に突き付けられていた。
 少し遅れて空から降ってきた木剣。冬樹が持っていたはずの剣だ。

「「「「うわぁぁぁー!」」」」

 子供たちから歓声があがる。

「……凄い。この位置でほとんど見えなかった」

 勇者の動きさえ、ある程度見えるようになっていたはずが、今のギゼンの動きをヒューガは追えていなかった。

「あれが剣聖の実力じゃ」

「真の剣聖ってのは?」

「さあの。そのグレゴリー大隊長とやらが何のつもりでそんな言い方をしたのか儂には分からん。じゃが剣聖という称号はな、何もパルスだけのものではないのだ。この大陸全土で認められて初めて名乗れる称号。そういうものだったはずじゃ。どうやら今はあちこちに剣聖がいるように聞いておる。剣聖の名も安くなったものじゃ」

 大陸全土にその実力と名を轟かせてこそ剣聖と呼ばれる資格がある。今、各国に存在する剣聖とは格が違う。それをグレゴリー大隊長は「真の」と表現したのだ。

「これまでに剣聖と呼ばれたのは?」

「儂も全てを知っておるわけではない。有名どころではパルス建国の王であり、パルス正流の開祖パルス建国王、ユーロン双国軍の正統剣術グレン剣法の開祖。名は知らん、傭兵ギルド初のSランク取得者であるチバ殿、東方同盟をまとめ上げたリヨン殿、まあそんなもんかの」

「なんかそうそうたるメンバーって感じだな」

 実際それらの人々がどのような人物なのかヒューガは知らない。だが肩書を聞くだけでその人たちが並の人物でないことは分かる。アレックスとは格が違うと。

「まだやるみたいよ」

 再び向かい会うギゼンと冬樹。今度はためらうことなく、すぐに冬樹はギゼンに剣を振り下ろしていったが、結果は同じ。
 それでもさらに冬樹は立ち合いを望んだ。回を重ねるにつれてギゼンの動きは激しさを増してくる。実際に冬樹の体を打つようになってきた。
 もうジャンたちに剣術を教えることなど冬樹の頭にはない。何度打たれても、ギゼンに向かっていく。かつての勇者との立ち合いの時のように。
 子供たちからも文句は出ない。食い入るように二人の立ち合いを見つめている。

「……なあ、剣聖と呼ばれるような人が何でこんな場所に?」

「儂のせいじゃ。ちょっと国に都合の悪い予言をしての。そのおかげで罪に落とされた。目をつぶされ、名を奪われ、家も財産も全てを奪われた。儂だけではない。儂の世話をしていた周りの者全員がなんらかの形で罰せられた。その中でギゼンは許されることが出来たのじゃ。なんといっても剣聖じゃからな。でも奴は自分だけが罪を受けないことを許さなかった。自ら名を捨て、儂に付いてきたのじゃ」

「……もしかして、ここにいる人全員がバーバさんの関係者か」

 バーバの話を聞いて、ヒューガはこの可能性を思い付いた。バーバに付いてきたのがギゼンだけとは限らないと考えたのだ。

「全員ではない。後から来た者もおるし、あの子等のように此処で生まれた者もいる」

「でも、最初に住み着いたのがバーバさんであることに間違いはない」

「本当は国を出たかったのじゃがな。それも許されんかった。目の届くところで監視しておきたかったのじゃな」

 住みたくて住んだのではない。人が寄りつくことのないこの場所以外に、バーバとその関係者が住むことを許された場所がなかっただけだ。

「今もその監視が?」

「形だけな。王の代替わりの時に臣下の者もかなり代わった。年月も大分経ったし、今はもう何のために監視しているかも忘れてしまっておるのじゃろ。そういう意味では安心じゃ」

「そうか……」

 バーバはそれなりの地位にいた、恐らくは貴族だった人物。王都の底辺にいる人たちが元は貴族の関係者という事実が、ヒューガには不思議だった。子供たちの親もその貴族家に仕える使用人だったということなのだ。

「冬樹……」

 隣で呟く夏の声。また冬樹がやられてしまったのかと思ってヒューガが視線を向けたが、そうではなかった。地に伏せている冬樹。

「お願いします! どうか俺に剣を教えてください!」

 冬樹は額を地面にこすり付けるようにして、ギゼンに剣を教えてくれるように頼んでいる。ゴミが散乱した、長年の蓄積で悪臭を放つ土に額をつけて。

「俺は強くなりたい! 強くならなければいけないんだ!」

 冬樹の叫びにギゼンは何かを答えているが、それはヒューガには聞こえない。

「お願いします!」

 ギゼンは首を振っている。冬樹の頼みを拒否しているのがそれで分かる。それに対して、冬樹がさらに何かを訴えているが、今度は彼の声も小さくてヒューガには聞こえない。
 ギゼンが視線を向けるのが見えた。だが直ぐにまた冬樹を見て首を振っている。それを見て動いたのは子供たちだった。

「お願いします!」「お願い!」「俺もお願いします!」「私も!」「フーに教えてあげて!」「お願いだから!」「こんなに頼んでるのに」「教えてあげて!」「俺も頼む」「……お願い」「フーをお願い」

 冬樹の後ろに並んで、子供たちまで一斉に土下座を始めた。

「あいつ等……」

 こうなってはヒューガも傍観していられない。あわてて冬樹たちのところに向おうとしたのだが。

「待て! 儂も行く」

「はっ?」

「お主が行ってどうなるものではない。儂に任せるのじゃ」

 バーバが同行を申し出てきた。ギゼンに近づくヒューガとバーバ。幼い子供にまで土下座をされて、困惑しているギゼンの表情が見える。
 そのギゼンにバーバが声を掛けた。

「ギゼン」

「お嬢、その名は……」

 捨て去った名を呼ばれ、ますます戸惑いの色を濃くするギゼン。

「もう良い。そろそろお主も自分の人生を取り戻したらどうなのじゃ? といっても、そう長く時間が残されているわけではないがな」

「いえ、私は……」

「儂もな。このままでは申し訳ないのじゃ。先代の厚意でお主を預けてもらったが、儂のしたことはお主を活かすことでなく、お主を埋もれさせただけじゃった。お主はどうじゃ? このまま磨いてきた剣技を埋もれさせてしまって良いのか?」

「私の剣はとうの昔に錆びついております。惜しくなどありません」

 主人であるバーバの説得にもギゼンはすぐには首を縦に振ろうとしない。

「では磨き直せば良い。そしてお主の残りの人生でそれが間に合わないのであれば、そこにいるフユキにあとを任せれば良い」

「……彼にあとを?」

「入門を認めてやれと言っておるのじゃ。中途半端はない。剣を教えるのなら、お主の後継者として立派に育ててみせろ」

「私に弟子を取れと仰っているのですか?」

 バーバの言葉に驚きの表情を見せているギゼン。

「そうじゃ。いっそのこと、こやつら全員を弟子にしても良いぞ? そのほうが賑やかで良いじゃろ」

 さらにバーバは冬樹だけでなく、子供たちまで弟子にしろとギゼンに告げる。その言葉を聞いて子供たちは顔をあげ、期待のこもった視線をギゼンに向けている。

「……私の剣は」

「人殺しに特化した剣じゃな。それがなんだと言うのじゃ? 剣術など所詮は人殺しの技じゃ。流派などと気取った形を取ると途端にやれ正統性が、礼儀の型がどうだと訳の分からんことを言いだす。終いには活人剣じゃと? 剣で人を活かせるか! 人を活かしたければ剣をとらなくて済むようにするのが正しいあり方じゃ! お主は剣術を本来の形に戻しただけ! 何も恥じることなどない!」

「お嬢……」

 ギゼンに向かって強く訴えかけるバーバ。ギゼンが剣を教えることを躊躇う理由をバーバは知っているのだ。年齢でも腕が鈍ったからでもない。人殺しの技を人に伝えることに抵抗を感じていたのだ。

「それでも諾と言わんのであれば、これは命令じゃ。まだ儂を主と思っていてくれるのであれば……従ってくれるな?」

「……わかりました。彼らを私の弟子にすることに致します」

 ようやくギゼンは折れた。主であるバーバにここまで言わせて、拒否は出来なかった。

「「「「いやったー!」」」」

 ギゼンの了承の言葉を聞いて喜ぶ子供たち。さらに子供たちは土下座している冬樹を引き起こすと、その周りで飛び上がって騒ぎ始めた。

「ただし!」

「「「「はいっ!」」」」

「教えると決めたからには私は中途半端な教え方はしない。鍛錬は死んだほうがマシだと思うくらい苦しいものになる。その覚悟がないものは今の内に止めておけ」

「…………」

 ギゼンの言葉を聞いて、途端に黙り込む子供たち。さすがにここまで脅されると躊躇いもする。

「ちょっと厳しく言い過ぎたか。だがな、別に止めたからといって恥じることではない。人には得手不得手というものがある。剣が駄目でも他のことで頑張れば良いのだ。そして剣以外でも、その道を究めようと思えば、それは同じ様に死ぬほど辛い鍛錬が必要になる。恥じるのは何もしないことであって、選ばないことではない」

「でも剣以外になにがあるの?」

 ギゼンの言葉に、ジュンが問いで返した。女の子ということもあってジュンは、それほど剣にこだわりを持っていない。皆と一緒にいれば楽しいと思っているだけだった。

「うむ……」

 剣以外に何があるといきなり聞かれてもギゼンは答えられない。ジュンが何に興味を持ち、何が得意かなど、何も知らないのだ。

「じゃあ、魔法覚える?」

 そのギゼンの代わりに夏が、魔法を覚えることをジュンに勧めてきた。

「夏!?」

 それに驚きの声をあげるヒューガ。

「いいじゃない。あたしも剣術は諦めた口だからね。でも、あたしには魔法がある。子供たちにもその選択肢を与えてあげてもいいんじゃない?」

「それはそうだけど……大丈夫か? 僕たちの魔法は普通じゃない」

 ヒューガたちがディアから教わっていた魔法は魔族の魔法。魔族の魔法は属性も特別であるので、正しくはディアが魔族から教わった魔法の鍛錬方法だ。
 魔族と戦ったことがある人以外はまず気づくことはないとディアには言われたが、それでも、まったく可能性がないわけではない。
 子供たちに教えることにヒューガは不安を感じている。

「ヒューガは心配症ね。大丈夫よ。元から考えてたことじゃない」

「何のこと?」

「ギルドに登録するんでしょ? ギルドの依頼で外に出られれば、隠れて練習する場所はいくらでもあるわ。あたしもそうしているし。それに最初は活性化と循環よ。どこでも出来るじゃない?」

 自分が考えていたことを先に進めるだけ。確かに夏の言うとおりだとヒューガも思った。気が付かないうちに子供たちに対して、過保護になっていたのかとも思って、少し反省した。

「分かった。いいんじゃない」

「よし、じゃあ、魔法を覚えたい人ー?」

「「「「はーい!」」」」「「「俺も俺も俺も!」」」

「……全員だね」

 それはそうだ。ここであえて拒否する子供などいるはずがない。

「まあ、そうよね。さて困ったわね?」

「別に困んねえだろ。俺たちだって最初はそうだったじゃねえか。まずは両方の基礎を学んで、適正が分かってきたところでどっちに進むか選ぶ。そういうことだろ?」

「そうね。冬樹にしては珍しく良いこと言うわね。じゃあ、そうしよう。となると、これからは言葉の勉強と剣術の鍛錬、それに魔法の練習。おまけにギルドの依頼までこなすのだから忙しくなるわよ。皆、覚悟してねー!」

「「「「おぉー!」」」」