月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #12 ギルド長に会った

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 ヒューガたちは無事にグレゴリー大隊長から傭兵ギルドの依頼を受けることを許可してもらえた。
 最初はアインも同行。といっても別に危険な依頼ではない。そもそも、Fランクの彼等が受けられる依頼は雑用かせいぜい薬草採取くらいのものだからだ。
 その程度の依頼にアインが同行したのは、王都外で依頼を受ける場合に注意しなければならないこと、特に強い魔獣が出没する可能性がある場所を教える為だ。依頼は危険なものでなくても、赴く場所が危険な場合がある。それは土地勘のないヒューガたちには分からないことだ。
 それと心得。決して自分の力を過信しないこと。ギルドの依頼を受けるときは臆病なくらいが丁度良いということだ。
 なによりも命を大切にしなければならない。傭兵は勇者とは違う。英雄である必要などないのだ。敵わないと思えば、とにかく逃げろ。それをヒューガたちに伝える時のアインは、いつもの飄々とした雰囲気ではなく、グレゴリー大隊長のような厳しさに満ちた顔を見せていた。
 ヒューガたちはその教えを守って、危険が少なそうな依頼を選んで、コツコツとこなしていった。鍛錬などに取られる時間があるので、難しい依頼は受けれないという事情もあったが。
 とにかく、今日も半日で終わる薬草採取の依頼を終えて、報酬を受け取りにギルドへ戻った。

「ギルドに聞きたいことがあるから待っててもらえる? なんだったら先に帰ってもいいけど」

 ギルドに用事があると二人に告げるヒューガ。

「じゃあ、俺達も武具屋に寄ってから帰ることにするかな」

「またぁ? まだお金溜まってないじゃない」

「何か新しくて安いのが出てるかもしれないだろ」

「絶対ない」

「いいから、行こうぜ」

 一度、武具屋に行ってから冬樹は武器に夢中だ。冬樹が気に入った武器など、今の彼には買えるものではないのだが、見ているだけで楽しいのだ。
 嬉しそうに外に出ていく冬樹と、嫌々それに付いていく夏を見送って、ヒューガは自分の用件を済ます為に、受付に向かった。初日に登録申請を行った窓口だ。

「いらっしゃいませ。ご登録……」

「登録じゃない。ちょっと聞きたいことがあって」

 受付の言葉を遮るヒューガ。時間を無駄にするつもりはないのだ。

「えっと、何でしょうか?」

 受付の女性は戸惑った声をあげている。それを見たヒューガは、初めて人間らしい部分を感じた気がした。

「ギルドの登録は犯罪者以外であれば誰でも出来る。これに間違いはない?」

「はい。その通りです」

「犯罪者の定義は?」

「定義……ですか?」

 ヒューガの問いに戸惑う受付の女性。彼女はこのようなことを聞かれたのは初めてだった。

「どういう人がギルドでは犯罪者として認識されるのかを知りたい」

「……少々お待ちください」

 こう言って受付の女性は奥に引っ込んでいった。ヒューガがしばらく待っていると、その扉からなんとも厳つい感じの男性が出てきた。

「私が応対しよう。聞きたいことがあるそうだな」

「犯罪者の定義を教えてほしい。ギルドではどういう人間が犯罪者として認識されるか」

 ヒューガは同じ質問を現れた男性に告げた。

「なぜそれを知りたい?」

「理由を教えなければ駄目?」

「抜け道に利用される可能性があるからな」

 ギルドが登録申請を受け入れる基準。これは誰にでも教えて良い内容ではない。原則は機密情報とされる内容なのだ。

「確かにそうだ。理由は貧民区の人間はギルドに登録できるか知りたいから。あそこの人たちのほとんどは生きる為に、罪の軽重の差はあるけど、何らかの犯罪行為を行っている。ギルドではどこまでが許されるのか、それともまったく許されないのかを知りたい」

「……ふむ」

 ヒューガの説明を聞いた男は考え込む仕草を見せた。

「この理由じゃあ答えられない?」

「登録できるとしたら、どうするつもりなのだ?」

「知り合いに一つの道として示したい。もちろん登録するかしないかは、そいつらが選択することだけどね」

 ヒューガたちは無一文の状態からギルドで金を稼ごうとしている。同じく金のない貧民区の子供たちもギルドで働けば良いとヒューガは考えたのだ。

「その知り合いが貧民区の人間ということか……うーむ」

 また男は考え込む仕草を見せる。すぐに否定されなかったことで可能性はあるのだとヒューガは判断した。

「あそこで生きていく限りは死ぬか、本当の意味での犯罪者になるしかない。ギルドの仕事が厳しいのは分かっているけど、わずかでも真面目な道に進む可能性になるのであれば、選択肢として教えてやってもいいはずだ」

「しかし、それを許せばギルドは貧民だらけになるぞ」

「ギルドの使命に救済ってのはないの? あの旗はてっきり赤十字の精神を受け継いでいるのだと思っていた」

「お前……何故それを?」

 ヒューガが『赤十字』の言葉を出した途端に男の顔色が変わった。どうやらヒューガの仮説があたったようだ。そうでなければ、この世界の人間が赤十字なんて言葉に反応するはずがない。

「やっぱりあれは赤十字の印からきていたのか。不自然だと思ってたんだよな、あの形」
 
 図柄として剣を使っているが、なぜその剣が赤いのか。こんなことを考える以前に、始めて旗を見た時にヒューガの頭に浮かんでいたのだ。

「お前、何者だ? 赤十字なんて言葉はギルドの中でも知っている者はほとんどいない。すでに忘れ去られた言葉だ。それを知っている、いや、気付くとは……」

「そうなの? じゃあ、それを知っているそっちこそ何者? 結構偉い人ってことだ」

「私はギルド長だ」

「それって……傭兵ギルド全体の長ってこと?」

「そうだ」

 まさかの大物。自分の質問で、まさか組織のトップであるギルド長が出てくるとは思っていなかった。

「新人傭兵の応対にいきなりトップが出てくる?」

「ここは本部だが支店機能も持っている。私はギルド長であると同時に支店長でもあるからな。それにお前の質問は明らかに怪しいものだろう。自ら確かめるのが当然だ」

「さすがだね。さて僕のことだね。知っているかもしれないけど異世界から召喚された人間だ」

「勇者……ではないのだな? たしか巻き込まれて召喚された者がいると聞いた。お前がそれか?」

「そのうちの一人」

 ギルド長はヒューガが思っていた以上の情報を持っていた。さすがと考えるべきだろうとヒューガは思う。

「そうか……赤十字の件は異世界の知識によるものか。しかし異世界の知識でギルドの精神を? ふむ。なかなか考えさせられる事実だな。いいだろう。なかなか面白い事実を教わったようだ。代わりと言ってはなんだが犯罪者の定義について教えてやろう」

「あっ、ありがとう」

 ヒューガにとって幸運なことだ。赤十字という言葉がここまでギルド長の気を引くとは思っていなかったのだ。それはつまりギルド長が赤十字について全てを知っているわけではないことを示している。それはそれでヒューガの興味を引くが、今は後回しだ。

「犯罪者の定義はあいまいだ。過去に何度か試したことがあるが、きちんと分類出来ておらんな」

「試した?」

「記録では実際にギルドカードの登録をしてみたとのことだ。犯罪者かどうかはギルドカード登録時に自動的に判断される。犯罪者だと判断されたら登録がされないのだ。かなりあいまいだぞ。一度罪を犯していても、その者が改心していれば登録は認められる。指名手配になっていなくても、実際には悪質な犯罪者であって認められない場合もあったようだ」

「傭兵ってのは善人の集まりなの?」

「いや、そうではない。傭兵になってから罪を犯すものは事実としているからな。だからといってギルドカードが自動的に抹消されるわけではない」

 明らかな犯罪者であってもギルドカードはそれを識別するわけではない。では登録出来る出来ないの基準は何で、どのようにして判断されているのか。この時点ではよく分からない。

「なるほど。確かにあいまいだ。となると実際に試すしかないのか。試すことの弊害は?」

「ないな」

「はっ? ちょっと待って。じゃあ何故、登録しようとしないの?」

 失敗しても害にならないのであれば、試そうと思う人がいるはずだ。ギルドで金を稼ごうと考える人は当たり前にいるはずなのだから。

「犯罪者はギルドに登録出来ない。これは広く世間に常識として知られているからな。根拠のない言い伝えと共に。それともう一つ。貧民区の多くの人間がギルドに登録する為に必要なものを持っていない」

「……名前?」

 ジャンたちは名前を持っていなかった。ジャンたちだけが名前を持っていないわけではない。他にも大勢いるはずだ。

「そうだ。本名を偽ってギルドに登録することは出来ない。犯罪者と一緒だ。なぜか登録がはじかれる。そして本名を持たない者も登録することは出来ない」

「……本名の定義は?」

 ヒューガの頭の中にわずかな疑問が浮かんできた。何かがおかしい。今はこの程度の疑問だ。

「それも分かっていない。本名については細かく試した記録もないからな。ただ経験則として生まれた時に戸籍に登録された者はその名で登録できる。戸籍をはく奪されたものは、どうやら出来ない」

「それは分かっていると言わないの?」

「例外があるのだ。戸籍なんてものはそんなに厳密なものではない。税を逃れるために、子供を届け出ないなんて、よくあることだからな。だが、そういう境遇の人間が実際に傭兵として働いている」

 戸籍と連動しているわけではない。ギルドカードはギルドカードのみの仕組みで判断を行っていることがこれで分かる。しかも判断されるのは登録の時だけ。
 ヒューガは少し理屈が分かってきた気がした。

「……認識の問題かもしれない」

「認識?」

「本人が、それを本名として認識しているか。戸籍を剥奪された人は、自分は名を失くしたって思っているのでは?」

「まさにその通りだ。戸籍剥奪ってのは罰だ。その意味はそのまま、その者の名を奪うこと。人として認めない。そういう意味がある」

 戸籍剥奪は位置づけとしてはかなり重い罰なのだ。ただ一方ですべての人が戸籍に登録されているわけでもない。名を重んじる貴族限定の罪と言える。

「ふーん……登録出来る可能性が出てきたな」

「犯罪のほうは分からんぞ」

「いや、それもきっと大丈夫」

「……理由を聞こう」

 聞かないではいられない。知らないままでいて不正登録に悪用されては困るのだ。

「犯罪も認識次第ってこと。自分は罪を犯しているかどうか。また罪を犯す気持ちがあるかどうか。そういった部分で後ろめたい気持ちがなければ多分登録できる」

「……何故そう思う?」

「ギルドカード登録の時の質問。あれも不自然だったからね?」

「質問……あれの何がおかしい」

 ギルドに登録際に必ず答えさせる質問のことだ。だがギルド長は、それは極めて形式的なもの、何の意味もないと考えていた。

「『貴方は過去に罪を犯しましたか?』『それについて後悔していますか?』『今後も同じように罪を犯す可能性がありますか?』、変だと思わない?」

「分からん。何が変だ?」

 誰の答えも決まっている。わざわざ登録に不利になる答えを返す人はまずいない。

「どうして登録の時にあんなことを聞くのかと思ってた。でもきっとあれは質問の答えではなく、答える時の反応を測っているんだ。嘘発見器みたいに」

「……危険だな」

「はっ? ああ、こんなことが知られたら、それこそ誤魔化す人が出てくるから」

 心を揺らすことなく嘘をつく。これが出来る人はいる。訓練である程度のところまで抑制出来る。悪用は可能なのだ。だがギルド長の意図はこういうことではない。  

「危険なのはお前本人だ。よくもまあ、これだけの話でそこまでの考えに至るものだな? お前にこれ以上情報を渡したら、ギルドが丸裸にされそうだ」

「これ、あくまでも仮説だから」

「それでもだ」

「……喋り過ぎたな」

 ギルド長に危険視されてしまった、調子にのって話し過ぎたことをヒューガは後悔している。

「まあ、安心しろ。このことでお前を罪に問うことは出来ん。退会させることもな」

「……これを他に話さなければだね。守秘義務にひっかかりそうだ」

「ああ、そういうことだ。正式に伝えよう。お前の仮説はギルドにおける重要機密に該当することをギルド長として通達する。これで、今までの話は機密扱いだ」

 これで今の話をヒューガが他言すれば機密漏洩の罪で罰せられることになる。罪に対する罰がどのようなものになるかはギルド次第。本当に危険と判断されれば、消されることだってあり得るのだ。

「機密と宣言する必要があったのか……まあ、いつかは聞くことか。でもこれで登録話はなし……」

「別に相手に話をしなければいいだろ? 登録に来る者を拒むことをギルドはしない。ギルドは来る者を拒まず。この原則はギルド長といえども、いや、ギルド長であるからこそ守らねばならん」

「……そうか、良かった」

 ギルド長は登録の道を残してくれた。顔は厳ついが優しい人なのだとヒューガは判断した。言葉にはしないが。

「ただし、登録する時は事前に私に伝えてくれ。お前が話さなくても、それを見て真似する者が出てくるかもしれんからな」

「ああ、わかった」

「私はハロウズ。サイモン・ハロウズだ。お前の名は?」

「ヒューガ。ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒだ」

「わかったヒューガ。その名は係の者に伝えておく。その名を告げて私の名を呼べば、取り次ぐようにしておこう」

「分かった」

▽▽▽

 ヒューガが王城の自分の部屋に戻ると冬樹と夏が、クラリスにいれてもらったお茶を飲みながらのんびりと寛いでいた。
 何故かヒューガの部屋が溜まり場になっている。といっても理由が分からないのはヒューガだけだ。他の二人の部屋をたまり場にしても、用事がない限り、ヒューガがそこに現れないことを二人は分かっている。だからヒューガの部屋に来ることにしているのだ。
 ヒューガは勝手に人の部屋で談笑している三人を放っておいて、机に向かう。机の上にはクラリスに用意してもらった紙。その紙を一枚取って、ペンを持つ。

「ちょっと? あたしたちの存在を無視して何を始めてるの?」

 自分たちを無視して机に向かったヒューガに、夏が文句を言ってきた。

「お金の計算」

「お金? なんで? それ、この前やったばっかりじゃん」

 お金の計算は先日行っている。パルス王国を出るまでにどれだけのお金が必要か、三人で、実質二人だが、かなりの時間をかけて計算していた。

「条件が変わったからね」

「条件? 何が変わったのよ?」

「必要な武具の数。当初の予定よりもかなり増えそうだから」

「増えたってどれくらい?」

「そうだな……自分の分も合わせると最大で十三かな。あとは普段の服もあったほうが良いかな? あっ、靴もか」

「……ちょっと? 何、その数?」

 最大でも三人であるはずが、なぜそんな数で計算することになったのか。事情を知らない夏にはまったく分からない。

「知り合いが出来て、そいつらにもギルドで働いてもらおうと思って。全く金持ってない奴らだからね。服はボロボロ。靴なんて、あれは靴って呼べないな」

「……どういう人たちなのよ? その知り合いって」

 無一文の知り合い。ヒューガに限ってあり得ないと思うが、質の悪い奴等に騙されているのではないかと心配になる。

「貧民区のガキども」

「えっ! ヒューガ様はそんな所に行っていたのですか? しかも知り合いだなんて……」

 貧民区という言葉に反応したのはクラリス。クラリスは貧民区を知っている。当然、その反応は良いものではない。

「ねえ、クラリスさん。そこってどういう所なの?」

「貧民区は王都でも最下層に位置する場所です。私も正確な場所は知りませんけど、王都の外れ、裏通りのかなり奥まった所にあるそうです。そこに住む人たちは、ほとんどが犯罪者。一般の人が近づくような場所ではありません」

「ちょっと、ヒューガ!? 貴方そんな所の人間と付き合ってるの!?」

 まるでヒューガの母親であるかのような言葉を吐く夏。それを突っ込もうと思ったヒューガだが、夏に表情があまりに真剣なので止めておいた。

「そんな悪人ってほどでもない。油断も隙もない人たちであるのは確かだけどね。それに知り合いってのは、僕よりも年下の子供たちだ」

「だからって……」

「勇者も来てた。なんか大勢の人間を連れて炊き出しをしてたな」

「炊き出し? ああ、この間言ってた話ね。まさに奉仕活動ってわけね。まさかと思うけど、ヒューガもその影響を受けて子供たちに施しをしようと思っているの?」

 美理愛が言っていると聞いて、少し夏は安心した。あの美理愛が本当に危険な場所に行くはずがない。勝手にそう考えているのだ。

「まさか。金は用意してやるけど、ちゃんと返してもらうつもりだ」

「……相手は子供なのよね?」

 施しではなく金貸し。貧しい子供たちに対して、さすがにそれはどうかと夏は思う。

「子供だって、借りた金は返してもらわないと。これ常識」

「はぁ、優しいんだか冷たいんだか……それで? もしかしてこれもその子供たちの為?」

 夏が言っているのは机の横に積まれた紙の束。子供たちに文字を教える為のものだ。それほど勉強に割く時間はないので、効率的に教えられように簡単なテキストと復習用のテストをヒューガは都度用意していた。

「まあね」

「何なの、これ? まるっきり国語のテストじゃない」

 書かれている内容を見て、夏は驚いている。まだ幼かった頃に見た国語のテスト問題そのままだったからだ。

「文字を知らないんだよ。名前を付けてやったら文字に興味を持ったみたいで。教えろってうるさくせがむから、そうすることになった」

「それであんなに大量の紙を必要とされたのですね?」

 紙を用意したのはクラリスだ。ヒューガが使うだけにしても多過ぎと思っていたのが、これで理由が分かった。

「クラリスさんは紙を用意しただけなの? ……あのさ、もしかして。これヒューガが一人で作ったの?」

「当たり前だ。国語のテストなんて、この世界にない。いや、あるか? でも入手出来ない」

 夏にとって見覚えのある内容であるはず。この世界のものではなく、ヒューガが作ったものなのだから。

「よくそんな暇があったわね?」

「その分、早起きしてるからね。自主練は早朝と深夜にすることにしてる」

「えっと、一日のスケジュールを教えてもらえるかなぁー」

 ヒューガの話を聞いて夏はかなり呆れた様子だ。

「何で?」

「いいから!」

 今度は怒っている。

「なんだよ? まずは二の鐘の刻に起きて、筋トレと魔法の自主練。日が昇ったら部屋に戻って子供たちの勉強の準備。朝食を食べて、その後は冬樹も一緒だろ? 大隊長の所で剣の鍛錬だ。午後はギルドの依頼が終わってから帰り道に貧民区に寄って少し勉強を教えて、前日の宿題とテストを回収して、夜食後に採点。それから……」

「もういい。いつも寄り道してると思ったら……ヒューガはいつ寝てるのよ?」

 最後まで聞くことを夏は諦めた。とにかくびっしりと詰まっていることは分かった。

「うーん。意識してないな。全部終わってから」

 寝るのは、その日にやるべきことを終わらせてから。何時に寝るという予定はヒューガにはない。

「何故そこまでされるのですか? そんな生活を続けていたら、ヒューガ様が体を壊してしまいます」

 クラリスに心配そうな顔をしている。ヒューガにはやるべきことが山ほどあるはず。その上、貧民区の子供たちの面倒まで見ようとするヒューガの気持ちが気になる。

「何故と聞かれても。教育を受けるのは子供の権利。受けさせるのは大人の義務ってやつ? ……これじゃあプリンセスが言ってたのと一緒か。なんだろ? 理由は思い浮かばない」

 理由を聞かれてもヒューガは答えられない。自分でも何故、そうしているか分からないのだ。

「子供の権利ですか……」

 クラリスはヒューガが口にした「子供の権利」という言葉について考えている。そんなことを考えたことはクラリスにはなかったのだ。

「ヒューガだって子供でしょ?」

「それでも僕が一番年上だから」

「何、それ? 幼い弟妹の面倒でもみているつもり?」

「……近いかな? あいつらに名前を付けてやったんだけど、その時に僕のラストネームを使った。あいつらの姓は全員、ケーニッヒだ」

「……それ家族だね?」

 まさか自分の言ったことが事実だと、夏は思っていなかった。

「名前だけね」

「名前だけで十分だよ! 何その変わりよう? ヒューガは人間嫌いじゃなかったの? それが何でいきなり無関係の子供の面倒を見ようとしてるの?」

 どうしても夏には納得出来ない。孤児の面倒を見ることは悪いことではないとは思う。ただそれをヒューガが行う理由が分からないのだ。

「……だから、なんとなく」

 それを聞かれてもヒューガ本人も分からない。

「はぁ……それで? その子たちになんて名づけたの?」

「ジャンとフェブ、マーチにエイプリル、メイだろ。ジュン、ジュラ………」

「……とりあえず人数だけ教えてくれるかな?」

 複数であることはヒューガの言葉で分かっていたが、想像以上の数の多さ。ここまでくると呆れる、の言葉では表現出来ない感情になる。

「さっき言わなかった? 十二人だ」

「……あのさ、一人で何でもしようとしないでよ。そんな人数の面倒をみてるなんて……いい、今度はあたしたちも連れて行くこと。それと勉強の準備も分担ね」

「けっこう大変だけど」

「大変だから手伝うんでしょ! 冬樹もいいわよね!?」

「あっ、ああ」

 この状況で嫌だといえる人はまずいない。

「私も! 私もお手伝いします。外出は出来ませんが、準備のほうのお手伝いでしたら私もお役に立てると思います」

「そうね。クラリスさんにも手伝ってもらう」

「ちょっと!? 勝手に決めるなよ!」

「「ヒューガ(様)は黙ってて(下さい)!」」

「あ、はい……」

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