月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #6 目指す場所は遙か遠く

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 窓から差し込む朝の光で目を覚ました。日向にとってはいつもの目覚めだ。ただ目覚めてからの行動はこれまでとは違っている。
 ベッドから降りて用意しておいたトレーニングウエアに着替える。水で洗ったそれはまだ少し湿っていたが、他に運動に適した服はないので我慢して袖を通す。トレーニングウエアは持っていたカバンの中に入っていたものだ。
 召喚された日に体育の授業があったのは良かった。こんなことを考えながら、日向は扉を開けて廊下に出る。廊下の先、階段に向かう側に歩哨の兵が立っていた。

「何処へ行くのだ?」

 かまわずに日向がそちらの方に歩いて行くと、兵士が行き先を聞いてきた。

「ちょっと体を動かしに」

「そうか」

 日向の簡単な説明だけで兵士は納得した様子だ。

「あとの二人を見なかった?」

「先に向かったぞ」

 この兵士の答えで詳しいことを聞かれない理由が分かった。冬樹と夏の二人が先に説明していたのだ。
 階段を下りてすぐのところにある水場でかるく顔を洗ってから、日向は鍛錬場に向かった。

「遅いぞ!」

 日向の姿を見てすぐに冬樹が声を掛けてきた。もう一人、先に来ているはずの夏は……どう見ても寝ている。

「早いね」

「ああ、うれしくて眠れなかった」

「……子供? それも遠足とかに行くわけじゃないのに」

「まあ、そうだけどな」

 それでも冬樹はワクワクしている。強くなる目標が、以前よりも具体的に持てた。あとはそれに向かって突き進むだけ。そんな思いだ。

「じゃあ始めようか。夏、起きなよ」

「ふぁ~い」

 大きく背伸びをしながら起き出す夏。夏のやる気は冬樹のそれと比べて、かなり薄い。
 まずは軽く準備運動。体育の授業で行っていた準備運動だ。同じ中学の三人であるので、集まって準備運動となると自然とそうなった。
 それを終えると今度は柔軟体操。二人一組で行うとなると一人余ることになるのだが、その心配は無用だったようだ。
 夏はいきなり足を広げたまま地面にぺったりと体をつけている。

「へえ、柔らかいね」

「まあねぇ。これでも小さい頃、バレエを習ってたからね」

「バレエ? 夏が?」

 夏とバレエが日向の頭の中で結びつかない。これは日向の勝手な思い込みのせいだ。

「何よ。悪い?」

「いや悪くないけど意外だなと思って」

「親に通わされたのよ。小さい頃はそれなりに素直だったから」

「他にも何かやってたの?」

「あとはバイオリンでしょ。スケートも少しやった。それと日舞と……」

 今の夏からは想像出来ない習い事が次から次へとあげられる。これもまた日向の思い込みに過ぎない。

「……もしかして夏の家ってお金持ちなのか?」

「まあ、それなりに。でも桜花に通っている生徒なんて、皆そうじゃん」

 桜花学園の学費はかなり高い。学費だけでなく、他にも様々なことでかなりの出費が必要になる。桜花に通える生徒は、差はあるにしても、一定の水準を超えた裕福な家庭の子供なのだ。

「じゃあ冬樹もバレエ……ぷっ」

「途中でふきだすな。うちは成りあがりだからな。習い事なんてさせてもらってない。お前こそどうなんだよ?」

「うちは金持ちじゃないから」

「金持ちじゃなきゃ。桜花になんて通えないだろ?」

「……母親の実家は大きな家だから、それなりなのかもしれないけどよく知らない。家の人とはあまり話すことはないからね」

「そっか……」

 日向の祖父は孫である彼を可愛がっていない。自分の娘の子だから仕方なく引き取ったが、彼の父親のことを金目当てで母に近づいた詐欺師だと考えているのだ。
 祖父にとって日向は娘の子というより、娘を騙した男の子。そんな祖父と日向がうまくやれるはずがないのだ。

「そんなやり方じゃ駄目。あたしが押してあげる」

 急に夏がこう言って立ち上がると、日向の後ろに回って力一杯背中を押し始めた。

「痛い! 力入れすぎ!」

「これくらいで丁度なの! 我慢しなさい!」

 日向の文句を無視して、夏はぐいぐいと背中を押し続ける。しまいには両手で日向の膝を押さえて、体全体を背中にのせてくる。

「痛っ。痛いって夏! ちょっと待った!」

「がまん、がまん」

「がまんじゃなくて! 痛いのもそうだけど……」

「何よ?」

「背中に、その……」

 今の体勢は日向の後頭部に夏の胸のふくらみが押し付けられている形。日向はそれを言いたいのが、恥ずかしくて言葉に出来なかった。

「へぇー。日向もこういうの気になるんだ」

 それでも夏には通じている。通じていることに日向は疑いを持った。

「もしかしてわざと?」

「まさか。あたしそんな女じゃないもん」

「おい? 何の話をしてるんだ?」

 唯一会話の意味が通じていない人がいた。冬樹だ。

「夏の胸が僕の後頭部にあたってるんだよ」

「何だとー!? おい、日向! お前なんて羨ましい……いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ、今度は冬樹の番だな」

 日向にとっては今の状況は羨ましがられるようなものではない。代わりを強く望んでいるであろう冬樹に譲ることにした。

「俺? そっか。そうだな。順番だからな。次は俺だ。夏頼む」

「嫌よ」

「何でだ?」

「だって冬樹、下心ありありじゃない」

「なんで日向は問題なくて、俺は駄目なんだ? おかしいだろ?」

 夏の言うとおり、冬樹に下心があるのは明白。だがそれを指摘されても、その通りだとは本人は言えない。

「夏は僕を男として見ていないってこと」

 そんな冬樹に日向がフォローの言葉を告げる。フォローというべきかは微妙だが。

「おっ、なるほど! そう言うことか」

 それでも冬樹の気持ちを明るくするのには役だった。

「……単純」

「ん? 夏、今何か言ったか?」

「別に」

「そろそろ真面目に戻ろう。夏。あとはどんな柔軟体操があるんだ?」

「そうね。あたしがやっていたのは……」

 そこからは夏に教わって、いくつかのやり方で柔軟体操を続けていった。それが終わると次はインターバルトレーニング。

「それで? どうやってやる?」

「そうだね。分かりやすく一周を全力で走って、その次は半周をジョギング。これの繰り返しでいこうか」

「よし分かった。行くぞ、夏!」

「はぁ、あたし走るのは苦手なんだけどなぁ」

「文句はいいから行くぞ」

 三人は一斉にスタートを切った。やはり少し夏が遅れている。日向も冬樹に付いていくのに苦労している。速力は冬樹が一番あるということだ。
 走り出した後は、ただただダッシュとジョギングを繰り返すだけ。想像以上に地味なトレーニングだった。
 砂時計の砂が四分の三ほど落ちた頃、ダッシュのスピードが鈍り始めたのを感じた。夏はもちろん冬樹も。日向も落ちているのだが、冬樹のほうが差が大きいようで、二人の差が徐々に詰まってきた。
 それが分かった日向はなんとか冬樹に追いつこうと頑張ってみたが、結局、冬樹の逃げ切りで終わる。

「はっ、はっ、はっ」

「ふぅー、すぅー、ふぅー」

 二人とも息が苦しくて話が出来ない。膝に手を付いて一生懸命に息を整えている。そうしているうちに夏も戻ってきた。

「ちょっと……どこが……インターバル……なのよ。最後……ずっと……全力……じゃない。はぁー、きつい!」

「ごめん。冬樹に追いつけるかなと思って」

「俺も。日向に追いつかれたくなくて」

 二人とも意地になってジョギングのパートを無視していたのだ。

「まったく……これを毎日やるの?」

「そう。なんか鍛えられる気がしない?」

 実際に行ってみて、かなりきつい内容だと分かった。逆に考えれば、これくらいの負荷を与えなければ苦しくならないということだ。

「とにかく一旦休憩ね。ご飯食べましょうよ、ご飯。あたしお腹すいたわ」

「「ええっ……」」

 なぜ、この状態で食欲がわくのだろう。実はこの中で一番体力があるのは夏なんじゃないか。日向と冬樹は彼女の言葉を聞いてそう思った。

◇◇◇

 朝食を終えて少し休憩をいれた後、三人は鍛錬場に戻った。時刻は五の鐘の刻。予定表より一時間の遅れだ。
 鍛錬場に着いた時には、勇者の二人と近衛第一大隊長はすでに剣術の稽古を始めていた。
三人の姿を見て近衛第一大隊長が声を掛けてきたが、しばらくは基礎訓練を勝手にやると日向が告げると、特に文句も言わずに離れて行った。余計な手間が省けたくらいに思っているのだろうと日向は思った。
 再開後の最初のメニューは腕立て。百回くらい行ったところであまり鍛錬になっていないように思え、日向と冬樹は背中に夏を乗せて、夏は片手で行う方法に変えた。
 それもまだ物足りないような気がしているが他に良い方法が思いつかないので、それで進める。
 それが終わると腹筋、背筋。これは明らかに負荷不足だった。筋力トレーニングはつらくなるまでにかなり時間を必要とする。改善が必要だと日向は判断した。
 夏だけは途中でかなりバテてきたので、残りの時間は夏を順番に背負ってスクワットをひたすらやり続けた。冬樹が夏を降ろそうとしないという問題がこの方法にもあったが。

「はぁ。さすが勇者って感じだな」

「ああ。あれだったら今すぐ実戦出来るんじゃないかな?」

 スクワットをしながら勇者たちの立ち合いの様子を眺めている。勇者の二人は順番に近衛第一大隊長との立ち合いを行っているが、日向と冬樹から見て、とにかく動きが凄い。離れた場所で見ていても、動きの速さが良くわかる。
 特に優斗は動きだけであれば近衛第一大隊長に負けていると思えない。

「かなり手加減されてたってことか?」

「そうだね。冬樹との時はあんな動きはしてなかった」

「目指す場所は遠いな」

「簡単に届いたらやりがいがない」

「まあな」

 優斗と同じ動きが出来る様にならなければいけない。今は自分たちのその姿がまったく想像つかなかった。

「あのアレックスって奴は、この国で一番なんだろ?」

「そういう話だったね。そうだよね、夏?」

「そうね。この国一番の剣士。剣聖っていう異名を持っているそうよ」

「大層な呼び名だねぇ。勇者はそれと対等に戦えてるってことかよ」

 優斗が凄いなのだろうと分かっているが、それでも冬樹には剣聖という呼び名がなんだか安っぽく感じてしまう。

「あれが相手の本気ならね。どっちにしても魔王はそれだけ強いってことじゃない?」

「うーん。どうかしら?」

 日向の考えを夏が否定してきた。夏には日向が知らない情報があるのだ。

「なんで? あの大隊長で勝てるなら、勇者を召喚する必要なんてないはずだ」

「でも剣聖って、かなり上位の魔族と一対一で戦ったことでついた名前らしいのよ」

 夏が持っていた情報はこれ。強い魔族と一対一で戦える力が、剣聖と呼ばれるアレックスにはある。魔族の力はその程度なのだと夏は考えている。

「上位の魔族?」

「魔将って呼ばれているらしいよ。アレックスはその魔将の序列第三位と戦って引き分けたそうよ」

「詳しいね」

「美男子の話は侍女の得意領域でしょ。色々と教えてくれたの」

「まだ、侍女の真似ごとしてるの?」

 夏が情報収集を、それも侍女のフリをした情報収集を続けていたことに日向は驚いた。真面目なのか不真面目なのか。日向はまだ夏を理解出来ていない。

「だって暇なんだもん」

「終わったみたいだぞ」

 冬樹が勇者たちの鍛錬が終わったことを告げてきた。二人が並んで近衛第一大隊長に礼をしている。

「じゃあ、僕たちも引き上げようか」

「お昼ね。今日のお昼は何かなぁ? この世界の料理はおいしいからね。楽しみ、楽しみ」

「夏……太るよ」

「……言わないで」

 

◇◇◇

 体内の魔力を引き起こす起点をへその少し下あたりに定めた。丹田と言われている場所だ。気功、チャクラとにかく、それ系統を練るのは丹田と決まっている、というのは日向が勝手に決めたこと。間違ってはいない。
 体内で膨らんだ魔力から少し搾り取るようなイメージで魔力を分離させ、それを手に集める。やり方はこれで正しいのか分からないが、循環時の制御の出来上がり。
 あとは搾り取る魔力の量を変えて、何度も繰り返す。
 それが出来るようになると今度はゼロから。活性化、制御、循環。それを行いながら頭の中で数を数える。

「五秒くらいか。まだまだ遅いな」

 時間の短縮。日向が自分で定めた課題の一つだ。

「一晩でそこまで出来る様になったんだね?」

 日向に声を掛けてきたのはディア。いつものように白いローブを着ている。そして、その手には桶。

「えっと……何それ?」

「ヒューガのことだから制御はきっと出来るようになってるだろうなと思って。今日は放出と変換の訓練だからね。その為の準備」

 こう言うとディアは、いつもの様に日向の前に座って、持ってきた桶を机の上に置いた。

「まずはヒューガがさっきやっていたことの続きから始めようか? 分かっていると思うけど、魔力は最小限でいいからね」

「わかった」

 魔力を活性化させて、その中からほんのわずかの魔力を抽出して手に集める。

「それを体外に出す。両手の平の間に魔力の玉を浮かべるイメージがいいかな?」

 ディアに言われた通り。日向は手の平の間に集めた魔力を放出する。昨日も出来たことなので、特に苦労することなく魔力の玉を宙に浮かべることが出来た。

「うん、出来ているね。放出もマスターだね。後はこれを属性変換させれば魔法は完成」

「その属性変換ってのは?」

「まずは私がやって見せるね」

 自分の魔力をブレークさせて、日向はディアの手本を見ることに意識を集中させる。日向と同じように魔力の玉を宙に浮かべるディア。

「ウォーター」

 その掛け声とともに、魔力の玉が水の玉に変わった。

「ロスト」

 水の玉がはじけて桶の中に落ちる。桶を持ってきた理由がこれで分かった。

「今のが詠唱?」

「詠唱というよりイメージを固めるきっかけみたいなものかな? 魔法はどれだけイメージを具体的に固めるかが大事だから」

「またイメージか……じゃあ、もしかしてこの本に書いてある詠唱って意味ないの?」

 日向は念のためにと魔法書を本棚から持ってきていた。本に書いてあったのは長ったらしい詠唱。だがイメージだけで魔法を発動出来るのであれば、それは不要となる。

「意味がないわけじゃないよ。詠唱はイメージを固めるものだから。例えば……これがいいかな? 『我に宿りし、魔の力よ』、これが活性化。『その力を顕現し』、これが循環と放出だね。『風の刃となりて』、ここで属性変換とその形を決める。『敵を切り裂け』、で目標を定めて『ウィンドカッター』で発動。厳密には言葉と全く同じタイミングで魔法の手順が働くわけじゃないけど、だいたいこんな感じ」

「ちゃんと理屈はあるのか」

 詠唱にも意味はある。それは日向にも理解出来た。だがやはり無詠唱魔法が使えるようになりたいという思いは消えない。

「それはそうだよ」

「でもイメージを完璧に頭の中で作れれば無詠唱でいけるよね?」

「そうだけど。あまりこだわるのはどうかな? 色々な魔法の形を頭の中だけで固めるって結構むずかしいよ。無詠唱に拘って、かえって発動に時間がかかったら意味がないでしょ?」

「……確かに」

 無詠唱で発動することが目的ではなく、発動時間の短縮が目的。それが実現出来ないのであればディアの言うとおり、意味はない。

「どうしてもって思うなら、どれか一つに決めるのがいいかな? 得意な魔法を一つ作る感じ。それでもきっかけは必要だと思うけどね?」

「そうか。考えてみる」

 条件反射とは少し違うが、それと同じくらいに動作とイメージを完全に連動させる。それが出来れば効果的だと日向は思ったが、一方でかなり難しそうだとも感じた。

「じゃあ、今度はヒューガがやってみて」

「分かった」

 魔力を放出させてそれを水の玉に。だがその水の玉が日向にはイメージ出来ない。頭に浮かぶのは流れる水ばかり。それでも強引に水の球を浮かべてみる。だが変換は行われなかった。

「……そうか、きっかけ。Water」

 きっかけが必要なのだと思い出して、頭の中のイメージはまだ漠然としているにも関わらず、水の言葉を唱える。
 見事に魔力の玉は変換して……シャボン玉になった。

「あれ?」

 宙に浮かぶシャボン玉は何処からか入ってきている風に乗ってゆっくりと流れていく。
窓から入る光に照らされて、キラキラ光るシャボン玉。

「わぁ、綺麗!」

「……ごめん、失敗だ」

「ふふ。そうだね。でも綺麗だね、これは何をイメージしたの?」

「元の世界での子供の遊び。シャボン玉っていうんだ」

「シャボン玉……へぇ、そんな遊びがあるんだ」

「気に入った? これならもっと作れるよ。待ってって」

 目的の魔法は失敗だったが、ディアが喜んでいるのを見て、日向はさらに魔法でいくつものシャボン玉を作った。
 小さいもの、大きいもの、いくつものシャボン玉がくっつき連なっているもの、大きなシャボン玉の中に小さなシャボン玉をいれたものまで出来た。
 日向は子供の頃に見た大道芸のシャボン玉をイメージして、次から次へと宙に浮かべていく。

「すごーい! きらきら光って綺麗だね?」

「……そうだね」

 日向にとっては宙に浮かんで光るシャボン玉より、それを見て嬉しそうに笑うディアの笑顔のほうが眩しかった。
 そんな気持ちが自分の心に浮かぶことが驚きだった。

「……いいな。ヒューガの世界には、こんな綺麗いなものがあるんだ」

「この世界にはこういう娯楽はないの?」

「うーん。聞いたことない」

「じゃあ、花火は?」

 空に浮かぶ美しいもの。シャボン玉とはかなり違うが、日向は自分の頭に浮かんだ花火はこの世界にないのか尋ねた。

「花火? それはどんなの?」

 ディアは花火も知らなかった。

「空高く上がって色とりどりの火花が広がるんだ。色々な種類があってね。シャボン玉とはまた違って、とにかく凄いんだ」

「へぇー、花火か。見てみたいな」

「……じゃあ、見せてあげる。イメージは頭の中にあるからきっと出来るはずだ。今はまだ無理だと思うけど」

 シャボン玉と花火では規模が違う。そもそもシャボン玉も偶然の産物だ。それでも日向はディアを喜ばせたくて、見せると約束をした。

「じゃあ、楽しみにしてる。その為にももっと魔法の練習を頑張らなきゃだね」

「そうだね。火属性の派手なのだから少し時間かかるかもしれないけど……」

「いいよ。私待つのは慣れているから。それにヒューガならきっとすぐに出来るようになると思う」

「ああ、ディアの為に頑張るから」

「私の為……」

「……僕の為でもある。ディアの笑顔を見ると……僕が楽しくなるから」

「ヒューガ……」

 日向らしくもない恥ずかしい台詞がすらっと口から出た。それを聞いて頬を赤く染めてうつむくディアに負けないくらいに、日向の顔も真っ赤だ。

「へぇ。そういうことだったの」

 突然、別の人間の声が聞こえた。日向には聞き覚えのある声。図書室の入り口に立っているのは、メイド姿をした夏だ。

「あっ!」

 ディアの驚きの声に反応したかのように、シャボン玉が一斉にはじけた。夏の姿を見て、なぜか顔色を変えているディア。
 日向に何も言わずに席を立って、出口の方に向おうとしている。

「ディア?」

「あの……失礼いたしました。偶然お会いしたのに随分と話し込んでしまいましたね。楽しい時を過ごさせていただきました。では、ごきげんよう」

「えっ?」

 感情を消し去ったような顔。口調も日向の知るディアとはまったく違っている。突然のディアの豹変に訳が分からなくなって日向が戸惑っていると、彼女は悲しそうな目を彼に向けた。
 それも一瞬のこと。ディアはすぐに無表情に戻って軽く一礼すると、夏に何かを話して図書室を出て行った。

「…………」

 何が起きたのか分からずに呆然としている日向。

「……ごめん。あたしなんか悪いことしちゃったかな?」

 近くにきた夏が謝ってきた。夏も何が何だか分からないという顔をしている。

「知り合いじゃないの?」

「初対面だと思う。あんな可愛い子のことは一度見たら忘れないよ」

「でも何か言われてた」

「ヒューガ殿のお世話を頼みます。あと、この件は他言無用です、だって」

「どういうこと?」

 なぜディアが夏に向かって、そんなことを言ったのか。日向にはまったく理由が思い付かない。

「分かんないよ。もしかしたら誰かと間違えたのかな? でも、それはないよね? 日本人顔の人をこの世界で見たことないし」

 日向たちがこれまで出会ったこの世界の人は、全員が白人系の顔をしている。夏に似た女性がいるとは思えない。そうであるのにディアは何故あんな態度を取ったのか。

「……もしかして、その服のせい?」

「メイド服? つまりあたしを侍女だと思った。それなら最後の台詞も分かるね。でも、だとしたらあの子何者なの?」

「第一王女の侍女」

「そう……でもあたしへの言葉は命令口調だったよ。あの年で侍女の中でも上の地位だってこと?」

「侍女の地位なんて分からない」

 侍女の地位がどうやって決まるかなんて、日向たちは知らない。ただディアの外見は自分と同い年くらい。それで上の立場とは思えない。

「あっ、実家の地位が高いのかも。花嫁修行で貴族の令嬢が侍女をやる。そんな設定あるよね。それとも……側室候補とか?」

「…………」

「……ごめん。冗談にならなかったみたいね」

 二人がいくら考えても理由についての結論は出ない。考えても意味はない。理由は明日、ディア本人に聞いてみれば良いのだ。そう考えて日向は部屋に戻ろうとしたのだが。

「あっ……桶……」
 
 ディアが忘れていった桶も明日返さなければならない。

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