月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う #5 思惑

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 第七七四特務部隊の定例会議の日。後方支援要員を入れても二百人にも満たない小さな組織の会議だが、その参加者はそうそうたるメンバーだ。
 国防軍のトップである国防省長官、情報機関からは国防軍情報部長および公安調査局長。政府からも国家安全保障担当大統領補佐官が参加している。これで大統領と国務長官が参加すれば日本国全体の安全保障における最高意思決定機関である国家安全保障会議と同じメンバーになってしまうくらいの豪華さだ。
 このメンバーに第七七四特務部隊長である葛城陸将補および久家(くが)久永(ひさなが)書記官が加わって全員だ。

「では本日はまず直近の鬼の出現状況を報告致します。先月の出動件数は三件。過去の月別推移をご覧になって頂けば分かる通り、わずか三件と言える状況ではございません」

 正面のスクリーンに映し出されているのは直近一年間における月毎の鬼の出現件数を表にしたもの。これまでは一件あるかないか。それが先月は三件だ。明らかな異常値といえる。

「原因は分かっているのか?」

 問いを発したのは国防省長官だ。

「現場では分かりません。これについてはエネルギー庁への調査依頼をお願いしたいと思っております」

「……エネルギー庁の責任だと言うのか?」

「いえ、そうは言っておりません。あくまでも調査をお願いしたいだけです」

「調査を頼むにしても理由が必要だ。相手が納得する理由が」

 ただ調査を依頼するだけではエネルギー庁は受け入れない。そう国防省長官は考えている。

「少々お待ち下さい」

 葛城陸将補は国防省長官の問いにすぐに答えることなく端末を操作して、別の資料をスクリーンに映した。資料といっても動画だ。

「のちほどご報告する予定だったのですが、これは先日出動した時の戦闘映像です」

「……何と戦っているのだ?」

 映像に映っているのは黒い影と戦う隊員の姿。鬼は人型という思い込みがある国防省長官には戦っている相手が何か分からない。これは他の参加者も同じだ。

「黒い蜘蛛のような姿をしたものは鬼力です」

「何だと?」

「鬼の本体はこの位置から百メートル先におります。それだけの距離がありながら鬼力をこれだけ自由に操れる鬼は私が知る限りは初めてです」

「……百メートル先」

 精霊力を離れた場所から操るにはそれだけ高い適合力が必要になる。だが鬼はもともと適合率が百パーセントだ。

「センサーでの反応はAランクでした。しかし、これまでもAランクは確認しておりますが、今回の様な戦い方をしたという記録はありません」

「つまり、Aランクのさらに上だと言いたいのか?」

「その可能性があると申し上げております」

 もともと百パーセントである鬼の適合率があがることはない。それでいてこれまでのAランクよりも鬼力の扱いに優れているということは、ランクそのものの判定が間違っている可能性を示している。

「……分かった。その情報は相手の興味を引くものだ。理由としては充分だな」

「ありがとうございます。ただ調べて頂きたいのは『穢れ』についてです。『穢れ』が増す何らかの理由がないか」

「たとえあったとして奴らが事実を伝えてくると思うか?」

「来ないと思いますが、牽制にはなるかもしれません」

 これは責任はエネルギー庁にあると言っているようなものだ。ただ葛城陸将補だけがそう思っているのではない。この場にいる全員が分かっている。

「ちょっと待って下さい」

 ここで安全保障担当大統領補佐官が声を上げた。それを聞いて葛城陸将補の顔がわずかに歪む。何を言うかもう分かっているのだ。

「新エネルギーの実用化は国家の最優先課題です。その研究を遅らせるような干渉はどうなのでしょう?」

「それによって国民の危険を増大させているとしてもですか?」

 大統領補佐官は国防の担当。国民の安全を最優先で考えるべき役割だ。だが、そうでないことは以前から分かっている。

「鬼の出現は旧都のごく一部の地区だけの話。それに比べて、エネルギーの枯渇は国家存亡の危機に至るかもしれない重大事。優先度は明らかだと思いますが?」

 そもそも精霊力とは何なのか。それは異世界もしくは他次元世界、はたまた並行世界。とにかく別世界のエネルギーだ。現世と異世界を目に見えない形で繋ぎ、そこから溢れる力をこの世界のエネルギーに変換する。一昔前であれば科学というよりオカルトの類いだったその研究が、なんと成功してしまったのだ。
 この事実は極々限られた一握りの人間しか知らない。信じられないくらいの予算を投入して、オカルト研究をしているなど国民に知らせるわけにはいかない。少なくとも実用化の目処が立つまでは。そしてそれはもう少しで実現するはずなのだ。

「研究は我が国だけで行われているわけではないのです。他国に先んじられるようなことになれば、これまでの苦労が水の泡になる可能性もあるのですよ?」

 異世界のエネルギーはあまりに未知だ。どれだけのエネルギーがあるか分からない。どこかの国が画期的な方法を確立することで、それを独占出来る可能性もある。そうなれば、それを為した国が世界の覇権を握ることになる。これもあくまでも可能性の話だ。

「では現実に起きている目の前の問題はどうするのですか?」

「それを何とかするのが七七四(ななし)の役目ではないですか? 調査依頼も良いですが、すぐ出来る対応策は考えるべきです」

「対応は進めております」

「具体的には?」

 大統領補佐官はもうエネルギー庁の話に戻すつもりはない。そうさせない為に特務部隊の対応を追求する姿勢を見せている。

「すでにご報告は届いていると思いますが、人員を追加しました」

 尊の第七七四特務部隊への入隊。これが対応策の一つだ。

「……彼か。本当に大丈夫なのですか?」

「これまでのところ反抗的な態度は一切見せておりません。これは保護してからずっとですが」

「猫をかぶっている可能性は?」

「……何をどのようにですか? 彼の適合率はゼロパーセント。危険は全くありません」

 検査の結果、尊の精霊力に対する適合率はゼロパーセントだった。葛城陸将補はこの結果をかなり疑っている。誰でも全く適合性がないということはない。適合率ゼロというのも異常値なのだ。だが、それをこの場で話すつもりはない。

「適合率ゼロの人間を入隊させて何の意味があるのですか?」

 大統領補佐官は葛城陸将補を追求することだけを考えていて、尊についてあまり深く考えていない。

「戦闘力はなくても彼には鬼に関する知識があります。彼を天宮陸士の補佐官にすることは間違いなく彼女を成長させることでしょう」

「彼女ですか……そうですね。彼女がいました」

「新たな分隊を作る予定です。彼女は現状の分隊に置いておくよりも、最初から単独行動をさせたほうが成果を出します。新たな分隊は彼女を補佐する為だけのメンバーを集めた分隊にする予定です」

 天宮が周囲から浮いているのは上層部も知っている。その解決策として葛城陸将補が選んだのは、トコトン浮き上がらせること。周囲と上手くいかないのであれば別々にすればいい。上手くいく人間だけを集めればいい。それだけ天宮の能力は抜きん出ている。

「……個人的には彼女の活躍を公にするだけで国民の支持が得られるのではと思いますけど」

 英雄。それを作り出すことで国民の目を恐怖から逸らすという手段だ。有効かもしれない。だがどれだけ多くの人たちの支持を得たとしても、全員ではない。どんなことに対してもそれを否定、反対する人たちはいる。そしてそういう人たちこそ声が大きかったりするのだ。

「お言葉ですが、状況はそれほど甘いものではないと考えております。彼女だけでは足りない。第二第三の天宮陸士を作り上げなければなりません」

 ここでずっと黙っていた久家書記官が口を開いた。真っ当なことを言っているようだが。

「出来るのですか?」

「正直申し上げると、もう少し予算が必要です。人材の発掘には労力がかかりますが、まずは直営孤児院の数を増やして間口を広げることが必要かと」

 精霊力への適合性が高い子供は孤児から選び出している。そうでなければ未成年のうちに軍で働かせることなど出来ないからだ。親から情報が漏洩することを恐れているという理由もある。

「……そうですね。それは検討すべき課題です。大統領に伝えておきましょう」

 この言葉を大統領補佐官から引き出した時点で追加予算を手に入れたも同じだ。第七七四特務部隊の予算は表には出ないもの。大統領が良しといえば、それで確定。そして大統領補佐官の言うことを、今の大統領は滅多に否と言うことはない。
 定例会議は葛城陸将補にとっては不満な、久家書記官にとっては満足な結果で終わった。こんな会議が毎月行われているのだ。

 

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