月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #7 救いの女神、現る

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 日向は次の日も、また次の日も図書室に行ったがディアと会うことは出来なかった。それでも諦めずに図書室に通い続け、彼女が現れるのを待ちながら書物を読みあさる。
 これが毎日のトレーニングと同じく、日向の日課となった。
 始めの数日こそトレーニングに身が入らない状態が続いたが、余計なことを考える余裕がなくなることに気付いて、なお一層体をいじめるようになっている。
 夏は日向とディアが会えなくなったことに対し、かなり引け目を感じているようで侍女の控室に行っては彼女の姿を探す毎日。
 冬樹については、夏から話は聞いているのだが、あえてその件について一言も触れようとしなかった。冬樹なりの気の使い方だ。
 ただただ三人で鍛錬に励む日々が続く。
 日向は二人にディアから教わった魔法の鍛錬の方法を教えた。夏は割と簡単にマスターしたが、冬樹のほうは少し苦労した。なかなか活性化のイメージがつかめなかったのだ。
 それをなんとかしようと日向と夏が冬樹のイメージに合いそうな言葉を片っ端からあげた結果、ようやく見つけたのがスー○ーサ○ヤ人。いつものように冬樹は呆れられることになった。ただ日向に関しては、そもそも「それ何?」という反応だった。それはそれで夏に呆れられることになる。
 今日も鍛錬場に出て三人でトレーニング。ランニング、筋トレで体を虐めたあとは、魔力を扱う練習だ。

「どうだ?」

「ああ、この距離だとかなり動きは見えるようになったな」

 鍛錬場の中央では、いつものように勇者たちが立ち合い稽古を行っている。始めは次元が違う動きに見えたそれも、今はかなりとらえられるようになってきた。
 この原理は分かっていない。目を鍛える鍛錬など行った覚えはないのだが、なぜか見えるようになっているのだ。

「少しは追いついてきたってことかな?」

「どうだろうな。立ち合いをしてみないとわからない」

 最近の彼等の悩みはこれだ。基礎体力は着実に上がってきているのが分かる。だが剣術については、いくら本を探しても良い鍛錬方法が見つからない。過去の剣聖と呼ばれた人間の本なんて読んでもまったく役に立たない。肝心のどうやって強くなったかが書かれていないのだ。
 そう言えばディアが探してくれるといっていた。ふとこれを思い出して、日向は少し胸が痛くなった。

「こちらにいらっしゃいましたか」

「ディア!?」

 聞き覚えのある声に慌てて日向が視線を向けると、そこに立っていたのはディアと同じ金髪の、彼女より明らかに年上の女性。美人ではあるがどこか無機質に感じる顔を日向に向けていた。

「……誰?」

「私は第一王女の侍女をしておりますクラリスと申します」

「ディアの同僚の人?」

 女性は第一王女の侍女だと名乗った。ディアが仕えている第一王女の侍女だと。それを聞いて、日向の胸が高鳴る。

「……そうなりますね」

「ディアは?」

「彼女は第一王女の命(めい)で城を離れております。しばらくは戻ってこられないでしょう」

「……そうなんだ」

 ディアは城にいなかった。それを聞いて日向はホッとした。嫌われたわけではないと分かったからだ。ただ会えないことには変わりはない。そう思うと、また気持ちが落ち込んでしまう。

「王女殿下のご指示により、しばらくは私が皆様のお世話をさせていただきます」

「えっ、今更? なんで急に?」

 この期に及んで何故、侍女が付けられるのか。その理由が日向には分からない。

「ディアにお願いをしていませんでしたか?」

「……もしかして剣術の鍛錬? クラリスさんが?」

 クラリスの仕事は身の回りの世話ではなく、ディアに頼んでいた剣術の先生。そう思ったが、侍女であるクラリスが剣を教えられるのか不安にもなる。

「私は魔法のほうです。剣術のほうは別の方にお願いしています。それと私のことは呼び捨てで結構です」

「でもクラリスさんは、僕より年上だ」

「……そうですが」

「じゃあ、呼び捨ては失礼だ」

「……ヒューガ様は言葉づかいにあまりこだわらない方だと思っていました」

 正しい言葉使いを知らない、を遠回しに言うとこうなる。

「言葉使いは。苦手なんだ、敬語が」

「……そうでしたか」

 礼儀を知らないのではなく、敬語が使えないだけ。どうしてそういうことになるのか分からないが、そういうことだと理解した。

「早速魔法の鍛錬を?」

「いえ、まずは剣術を教えていただく方をご紹介しようと思いまして」

「あっ、そうなんだ……それってどういう人か聞いても?」

 パルス王国にとって無用な存在である自分たちに剣を教えてくれる人。教えてくれるだけで感謝するべきだと分かっていても、やはりどのような人か気になってしまう。

「パルス国先軍第十三大隊長のグレゴリー殿です」

「パルス国軍?」

 パルス王国の軍制について日向は知らない。鍛錬に関わる知識の入手を最優先としているので、情報を仕入れていなかった。

「ご存じなかったですか。パルス国軍は中央軍と地方軍に分かれていて中央軍はさらに先軍、中軍、後軍の三軍で構成されています。各軍に十大隊。平時であれば一軍は大体一万というところですね」

「十大隊なのに十三大隊長? 数字おかしくない?」

「……第十三大隊は少し特殊なのです。元々は先の大戦時に各隊の生き残りを集めて出来た混成部隊でした。その為、イレギュラーズと呼ばれることもあります」

「元々ってことは今は?」

「……各隊の問題児を集めた部隊ですね」

 少し躊躇いを見せたが、クラリスは正直なことを話した。ここで隠してもすぐに分かることでもある。

「なるほどね。僕たちに教えてくれる人なんて、そんな感じか」

 予想通りではある。それに落ち込むのはクラリスに、手配してくれた第一王女に失礼だと思うが、完全には抑えられなかった。

「ただし、出動回数は国軍、いえ全軍の中で最大数。その中で兵の死亡は二百人に一人くらいの割合です」

「出動回数は分かるけど、死亡率ってすごいの? 普通はどれくらいなのかな?」

「数字だけであればすごく良い数字とは言えません。ただ担当した任務内容は厳しいものだと聞いております。それに第十三大隊は単独任務では医療魔法士が同行しない場合がほとんどです」

「えっと……医療魔法士というのは?」

「回復魔法を使える魔法士。戦場で怪我をした兵士の治療をする者です」

「そういう人がいない……」

 問題児を集めた部隊であるだけに待遇が悪いようだと日向は思った。ただ部隊の待遇がどうであるかは日向たちには関係ない。他の部隊よりも条件が悪い中で、生還率が高いのであれば、それはむしろ喜ぶべきことだ。

「任務の内容は?」

「盗賊、魔獣討伐、貴族の反乱鎮圧。なんでもありの便利屋ですね。戦争では常にもっとも激しいところを任されることが多いようです」

「……そこで生き残ってる人たちか。いいね、どうやら僕たちにぴったりのようだ」

 どうやら自分がリクエストした通りの人を選んでもらえた。それが分かって、日向の顔にようやく笑みが浮かんだ。

「気に入って頂けましたか?」

「もちろん。第一王女様に御礼を伝えてもらえる?」

「承知しました」

 クラリスの顔から、わずかではあるがホッとした様子が窺える。無表情に見えても感情はあるのだと日向は知った。

「冬樹、聞いたか? どうやら始まりそうだ」

「ああ、本格的な鍛錬の始まりだな」

 

◇◇◇

 王城の敷地内にある練兵場。ただこの場所は現在使われていない。かなり昔に建てられた場所で老朽化が進んだ為、パルス国軍は別の場所に新しく造られた練兵場に移っている。それでもこの場所が残されているのは、壊すにもかなりの手間とお金が必要になること。そして敵に攻め込まれて城に籠もる事態になった時を考えると、あってはならないことだが、物資の集積所、逃げ込んだ住民を収容する場所などなど、空地のような場所も必要だと考えられているからだ。
 その場所にパルス国軍先軍、第十三大隊長であるグレゴリーはいる。王族直々の命令で異世界人を預けられることになったのだ。問題児が集まる自分たちの部隊に異世界人を任せるのはどういうつもりなのか。そう思っているが命令とあれば従わざるを得ない。
 部隊の鍛錬を見ながら待っていると、入り口からこちらに向かってくる人影がみえた。

「グレゴリー大隊長ですね?」

「ああ、そうだ」

 真っ先に声を掛けてきたのは侍女の恰好をした綺麗な顔をした女性。部隊の兵士たちがちらちらと視線を向けているのを横目に見ながら、グレゴリー大隊長は女性の問いに答えた。

「私は第一王女様の侍女でクラリスと申します。今度こちらの皆様のお世話をさせていただくことになりました」

「ああ、聞いている。こいつらか? 俺が鍛えなければならないのは。まだガキじゃないか」

 クラリスの後ろに並ぶ日向たちを見て、グレゴリー大隊長は内心で驚いている。三人ともどう見てもまだ子供なのだ。
 軽く睨むようにしてグレゴリー大隊長がそちらを見ると、その中の一人が睨み返してきた。一番大人しく見えるその子供が一番気が強いようだとグレゴリー大隊長は判断した。

「……ふん、いいだろう。それで? いつまで鍛えれば良いんだ?」

「期間としては四か月。傭兵ギルドで働けるくらいには」

「おい? 傭兵ギルドといってもランクがあるのは知っているだろ?」

 傭兵ギルドで働けるまで、では曖昧過ぎる。期待が高すぎて、あとで文句を言われたくはない。

「登録してすぐに仕事が出来る程度でかまわないと聞いております」

「……異世界人ということではなかったか?」

 期待が高いどころか低すぎる。召喚された異世界人であれば、もっと上を目指しているはずだとグレゴリー大隊長は考えていた。

「その通りですが、皆様は勇者として働くわけではありません」

「……なるほど。そういうことか。勇者を鍛えるのは近衛大隊長あたりの仕事だ。それが、俺のところに話がくるなんて、おかしいと思っていたのだ。つまり、こいつらは勇者じゃないってことだな?」

「勇者になるつもりはないようです」

「ん?」

 クラリスの言葉は微妙に自分が思っていることと違う。それに気付いたグレゴリー大隊長であるが。

「あとのことは御三方と直接お話しください。私はあくまでも付添に過ぎませんので」

 思わせぶりな言い方について尋ねる機会をクラリスは与えなかった。

「……分かった。それで? 戦いの経験はあるのか?」

 言われた通りに、あとは三人と話をしようと考えて、グレゴリー大隊長はまず戦闘経験を確認する。

「まったくない。僕と夏は剣を握ったこともない」

 その問いに答えたのは日向だ。

「まったくの素人か……」

「素人だから教わりにきてる」

「……ずいぶんと生意気な小僧だな? 異世界人ってのは、皆こうなのか?」

 睨み返してきたので、それなりに肝の据わった奴だとグレゴリー大隊長は思っていたのだが、日向の態度からただの跳ねかえりかもしれないと思い直した。

「皆ではない。始めに言っておくけど僕は敬語が苦手だ。敬語を使うつもりもない。言葉を考える時間が無駄だからね」

「ふん。本当に生意気な小僧だ。別にかまわん。俺も敬語など苦手だ。そんなことは気にしない」

「それは助かる。ありがとう」

「ありがとうって……そういうところは素直だな。なんだか調子が狂うが、まあ、いい。俺の役目は躾ではない。お前らを鍛えることだ。早速始めるぞ。悪いが俺は部隊の面倒も見なければいけない。手取り足取りってわけにはいかないからな」

「……最初は何から?」

 どうやらこの相手も片手間でしか考えていないようだ。そう考えて、日向の目つきは少し悪くなる。

「まずは基礎からだ。この周りを走ってろ」

「えー! また走るの?」

 日向が何かを言う前に夏が大声をあげた。走り込みはこれでもかというくらいにやってきている。少なくとも夏はそのつもりなのだ。

「また……走っているのか?」

「走っているわよ。毎日毎日ね。自主練も大変なんだから」

「そのジシュレンってのは何だ?」

「自分たちでやっている練習。体力作りが主で、メニューは色々あるけど……」

 夏はグレゴリー大隊長に向かって普段行っているトレーニングメニューの説明を始めた。それを聞くグレゴリー大隊長。内心ではその内容に少し驚いているのだが、表向きは平静を装っている。

「……いいだろう。走るのは止めだ」

「やったー!」

「確認だが、それは毎日続けているのだろう?」

「もちろんよ」

「では良い。そうなると実際の剣か。剣は握ったこともないと言ったな? これを持ってみろ。いいか、力を入れれば良いというものではない。構えている時の握りはむしろ緩いくらいのほうが良い。それから……」

 剣についてはまったくの素人だと初めに聞いているので、グレゴリー大隊長は剣の握り方から丁寧に教えた。日向が思ったのとは異なり、片手間のつもりはないのだ。

「……よし。ここからは順番だ。剣を上段に構えてみろ。そうだ。そこから足を踏み込みながら、斜めに振り下ろせ」

 言われた通りに上段から剣を振り下ろす日向。グレゴリー大隊長から見て、確かにぎこちないところはある。

「……剣が素人だっていうのは事実のようだな。いいだろう。次」

 次は冬樹。力任せに剣を振り下ろした。

「力を入れ過ぎだ。もっと力を抜け。もう一度だ!」

 もう一度、冬樹は上段に剣を構えて斜めに振り下ろす。やはり力が入っているのが見て取れる。

「まだ力が入っているぞ。まあいい、次」

 次は夏の番、なのだが。

「それ重くない?」

「あっ? ふむ、そうだな。お前は別の剣にするか。アイン! そこにある長剣を持ってきてくれ! ああ、あと大剣も!」

「へーい!」

 グレゴリー大隊長は副官のアインに、夏用として他よりは軽い長剣と、もう一本大剣を持ってくるように指示した。
 指示されたアインは近くに置いてあった剣を二本、手に取るとそれを持って走ってきた。

「はいよ。お嬢ちゃん」

 そのうちの一本。細いほうを夏に渡す。

「ありがと。うん。こっちのほうが軽そうでいいね」

「いいから、とっとと振れ!」

「はーい」

 夏も他の二人と同じように上段から斜めに剣を振る。やはり、と言うと本人は怒るだろが、夏が一番ひどい。

「踏み出す足が逆だろ? それにお前は力を抜きすぎだ。もっとちゃんと振らないと怪我するぞ」

「えー、だって素振り……」

「お前が持っているのは真剣だ」

「うそ!?」

 持っている剣が真剣だと聞いて驚く夏。気付かないほうがおかしいのだが。

「刃のない剣で素振りなんてして意味があるか! 緊張を保ちながらやるから意味があるのだ。よし、そのまま続けろ。男は二千、女は千だ」

「それって?」

「素振りの回数に決まっているだろ。よし、始め!」

「千なんて数えたこともないのに……」

 夏はブツブツと文句を言っているが、日向と冬樹は何も言わずに素振りを始めた。グレゴリー大隊長はその様子を横目で見ながら、部隊の鍛錬に目を移す。
 三人が素振りを始めたことで、兵士たちも鍛錬に集中し始めている。ずっと見ていても退屈なことを知っているのだ。

「六百五十! 六百五十一!」

 一回一回数えながら素振りをしている三人。まだその声は元気だ。

「八百三十一! 八百三十二……!」

 夏が少し辛そうになってきた。

「九百二十っ! 九百…二十一!」

 日向と冬樹にも声に乱れが出始めた。かなりきつくなってきているのだ。

「ようやく力が抜けてきたか。ここからが本番だ! ほら! どうした!? 振りが遅れてきたぞ!」

 鍛錬になるのはここから。グレゴリー大隊長は三人に向かって檄を飛ばす。

「分かってるよ! 九百二十二! 九百二十三! くそっ!」

「女! もっと気合を入れて振れ! 怪我すると言っただろ」

「もう! この剣も重いのよ!」

「小僧!」

「日向!」

「はっ?」

「僕の名前は日向! 小僧じゃない!」

 疲れていてもこれくらいを言い返す元気はある。日向の場合は元気があるなしの問題ではないのだが。

「まったく……ヒューガ! もっと力を込めて足を踏み込め! そんなんじゃ紙も切れないぞ!」

「わかった!」

 グレゴリー大隊長の指示に従い、足にありったけの力を込めて踏み込む日向。先を考えて加減することなど考えないようにしている。

「女!」

「夏!」

「ナツ! もう少しだ! 気を抜くな!」

「分かってるわよ!」

 夏に関しては細かい指導を出来る段階ではない。ただ最後までやりきること。これをグレゴリー大隊長は求めている。

「お前、名は?」

「冬樹だっ!」

「フユーキー」

「冬樹っ!」

「フーキ?」

「ああ、面倒くせえ。勝手に呼べ!」

「じゃあ、フー! 今度は力を抜きすぎだ! ほら、もっとしっかりと振れ!」

「うるせー!」

 力を抜いているわけではない。勝手に抜けてしまっているのだ。グレゴリー大隊長に向かって怒鳴ることで、冬樹は気合いを入れ直す。
 その後も時々、三人に檄を飛ばしながらグレゴリー大隊長は素振りの様子を眺めている。

「終ぉわりっと! あー疲れた! もう腕、上がんない!」

 夏は千回の素振りを終えて、その場に座り込んだ。それを見て、小さく唸るグレゴリー大隊長。

「すごいっすね」

 いつの間にかグレゴリー大隊長の隣に来ていたアインが、感心した様子で呟いた。

「ああ、まさか最後までやるとは思わなかった」

 三人に指示した素振りの数は、初心者では絶対に終わらないだろうと考えていた数だ。時間一杯まで続けられただけでも十分驚ける数なのだが。

「野郎どもも最後までいきそうですし、あれで勇者じゃないんですか?」

「なんだ、聞いていたのか? そうらしいな。実際、あれを見る限り今魔族と戦えと言っても一瞬でやられるだけだろう」

 常識外れの数を振れたからといって強いわけではない。魔族どころかグレゴリー大隊長でも三人同時に相手が出来る程度の実力だ。

「技術のほうはダメダメですが、あの体力は異常でしょ? あんなのが普通に新兵でいたらびっくりですよ」

「ああ、基礎能力は明らかに一般人と違う。異世界人とはそういうものなのか……」

「終わった」

 グレゴリー大隊長とアインの二人が話をしている間に、日向も二千回をやり切った。少し遅れて冬樹も。

「よし、今日はここまでだ。また明日来い」

「もう?」

「……やる気があるのは結構だが、まだ初日だ。それに、これからどんな鍛錬をするか考える時間が俺にも必要になった」

「そう……」

 不満そうな日向。グレゴリー大隊長が手を抜くどころか、真剣に三人の鍛錬方法を考える気になったことが分かっていないのだ。

「そうだ。剣を貸してやるから、少なくとも走る鍛錬中は剣を持ったままにしておけ。剣を吊して動けるようになるにも慣れは必要だからな」

「これを吊して?」

 日向が持っている大剣は腰に吊せるような大きさではない。ちなみにこれは日向がチビだからではない。

「大剣は背負ってで良い。それ用の鞘も貸してやる」

「わかった」

「あと、しばらく素振りは勝手にやるな。変な癖がついたら困るからな。俺が許可するまで素振りは俺が見ている時だけにしろ」

「分かった……それで強くなれるのであれば」

「ふっ、それはお前達次第だ。何事も鍛錬次第だからな。まあ、出来るだけのことは俺もしてやろう。何と言っても第一王女様の依頼だからな」

 強くなる。真面目に鍛錬を続けてさえいれば、少なくとも男の二人は自分たちを超えていく。今日一日見ただけで、グレゴリー大隊長にはそれが分かった。

◇◇◇

 調練場からの帰り道。日向たちはそれぞれ借りた剣で、教えられた握りを確かめながら歩いている。
 人差し指と親指で出来たV字を剣の背に合わせるようにして、両手を離して柄を握る。力を入れ過ぎないようにして、構えている時は手首が固まらないように。ひとつひとつ教わったことを口にしながら確認していく。

「あと気をつけるのは、しっかりと体重を乗せて踏み込むこと。全身の動きをきちんと連動させることだったね」

「そうね。でも疲れたな。素振り千回ってどんなスパルタよ。あの教官、鬼よね、鬼」

「教官じゃなくて大隊長だ」

 グレゴリー大隊長の呼び方を訂正する日向。

「教官のほうが雰囲気出るじゃん。鬼教官、鬼軍曹でも良いかな」

「大隊長。軍隊なんだから階級とかきちんとしたほうが良いと思う」

「もう、変なことろで日向は真面目なんだから」

 日向が時折見せる変な拘り。その基準が夏には分からない。

「僕が真面目なんじゃなくて夏が不真面目なんだろ。それに、思ったより僕は面白かったけどな」

「あれが? ただの素振りじゃない」

「そうだけど、ああいった地味なのが、かえって身になるんじゃないか。それにあの大隊長、割と熱心に教えてくれそうだ」

 訓練中は手を抜かれていると思ったこともあったが、こうして教わったことを復習してみると、かなり丁寧な説明であったことが日向にも分かったのだ。

「まあね。口は悪いし、顔は強面だけどね」

「それが良いんだろ。いかにも軍隊って感じでさ」

 厳しさを感じるほうが強くなれる気がする。冬樹にはグレゴリー大隊長のやり方は望ましいものだった。

「冬樹は単純でいいわね。あたしは力仕事は苦手。そういえば魔法はクラリスさんが教えてくれんだよね」

「はい。私などで皆様のお役に立てるか分かりませんが」

「あたしたちも魔法を使えるのかな?」

「使えるだろ? 魔力があるのは分かってるし、その為の訓練も続けているのだから」

 自分が使えるのだから夏も使えるはず。日向はこう考えている。

「体の中でぐるぐる回してるだけでしょ? 実際に火の玉とか出してるわけじゃない」

「それが出来ているのであれば、大丈夫だと思いますよ。活性化と循環までが出来れば、あとは変換と放出だけです。これはそれほど難しいものではありません」

 クラリスも魔法が使えると伝えてきた。魔力があるからこそ活性化も循環も出来るのだ。よほど特別な問題がなければ発動しないはずがない。

「そうだと良いけど。属性はどうなるの? あたし、魔力判定での色は黒だったんだけど」

「黒ですか……それは恐らく適正がないのではなく、得手不得手がないのですね」

「それは全属性が使えるかもしれないってこと? ちょっと聞いた? あたしすごくない?」

 クラリスの説明を聞いて喜ぶ夏。

「凄いかどうかは、もっと先に進んでから判断することだ」

「出た、真面目。そういえば冬樹は? 冬樹は間接照明だったよね?」

 夏も魔力判定の時に日向と同じように思っていた。まさにそうとしか見えない状態だったのだ。

「間接照明って言うなよ。俺には得手不得手があるってことだろうけど、あの色って結局なんだったんだ?」

「僕の仮説だけど、無属性じゃないかな? 色らしい色が感じられなかったし」

「無属性なんてあるの?」

「知らない。でも僕が魔力を放出した時の色がそっくりだった。属性がない魔力の状態。つまり無属性だ」

 ディアに教わって魔力を放出した時の話だ。変換前の魔力に属性はないはず。その無属性状態の魔力の光に、冬樹の色は似ていたのだ。

「それって意味あるのかよ?」

「少なくとも身体強化としては使える。それでいいんじゃない? 冬樹は剣での戦いの方が得意そうだ。得意分野に魔法も特化していると思えばいいんだよ」

 魔力を循環しているだけで身体強化になるとディアは言っていた。剣が得意、とはまだ言えないが、体力に優れている冬樹の長所を活かすことにはなると日向は考えている。

「なるほど。つまり戦士、いや剣士だな。魔法で体を強化して剣で敵を切りまくる。格好いいんじゃね?」

 日向の話を聞いて、すっかりその気になっている冬樹。

「本当に日向は冬樹の扱いが上手いよね」

 それに夏は呆れ顔だ。

「言いくるめたわけじゃない。本当にそう思っただけだ。夏も基礎が固まった後に、どんな戦い方に重点を置くか考えたほうが良い。得意分野を伸ばすのが実力を早くつけるには必要なことだからね」

「なんだか予備校の講師みたいなこと言うね。でもあたしの場合は考えるまでもなく魔法だから。日向は? どの方向に進むの?」

「夏に偉そうなこと言ったけど、実はまだ考えてない。剣は今日習ったばかり。どこまで伸びるかなんて分からないからな」

 考えなければならないのは日向自身もだ。ただ、まだ方向性を決めるだけの材料がないと日向は考えている。

「そんな日向に俺がいい職業を教えてやろう」

「職業ってなんだよ? ゲームのジョブじゃないんだから」

「そのジョブに魔法剣士ってのがあるじゃないか。魔法も剣も使える」

 冬樹が考えていたのはゲームの職業そのままだった。それを聞いて、日向は呆れる。夏も日向とは違う点で呆れた。

「冬樹、実際のゲームでそれってあまり使えない。どっちも中途半端だからね」

 夏が呆れたのは冬樹の職業の選択に対して。

「そうなのか? でも恰好良いじゃん。それに中途半端が駄目なら、どっちも極めれば良いだろ?」

「……日向の話、全然理解してないでしょ?」

 日向は得意分野を伸ばすのが良いと言ったのだ。冬樹の言うように剣も魔法も極めようとするのは、それとは違う。
 日向だけではない。三人とも方向性を定めるのはまだ早い。三人の鍛錬はまだ始まったばかりなのだ。

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