ヒューガは勇者から呼び出しを受けた。無視したいところだったが、それを伝えに来たのはローズマリー王女の侍女。誘いを無視すれば、それはローズマリー王女に無礼を働くことになる。
今更、彼女に嫌われることを恐れているわけではない。今は大事な時期。必要のない揉め事は避けるべきだという判断だ。
久しぶりの勇者との対面。召喚以来、ヒューガが二人とまともに話をするのはこれが初めてだ。
はたしてどのような要件で呼び出されたのか。ろくなことではないだろうと考えながら、部屋に着いてみれば、勇者二人とローズマリー王女だけでなく、近衛第一大隊長アレックスと宮廷筆頭魔法士グランまで同席している。
それを見た瞬間、ヒューガは想像していた以上に厄介な話になりそうだと思った。
「久しぶりだね? まともに話すのは召喚以来かな?」
「そうだね」
会話の始まりは穏やかな挨拶から始まった。
「元気にしていたかな? ずっと会っていなかったから気になっていたんだ」
「それなりに」
さらに優斗は心にもないことをヒューガに言ってくる。それにも素っ気なく返すヒューガ。
「………君さ、年下だよね?」
それでもう優斗は大人の対応が出来なくなった。堪え性がない、と横で聞いているグランは考えているが、無駄な時間がなくなっただけだ。
ヒューガは優斗の取り繕った態度が嫌で、意識して素っ気なくしているのだから。
「そうだと思うけど?」
「それで、その言葉使いって……どうなんだろう?」
「僕はずっとこんなだ。気に入らなければ話をするのを止めればいい」
ローズマリー王女が自分を睨んでいるのを横目に見ながら、ヒューガは優斗にこう告げ、席から立ち上がった。
「まあ、良いじゃないですか。彼はきちんとした教育を受けていないんですよ。平民出身の兵には良くあることですね。それをいちいち気にしていたら、兵を統率するなんて出来ないですよ?」
ヒューガが席から立ち上がったところでアレックスが口出ししてきた。優斗を宥めようとしているのは分かるが、それでヒューガが気分を害することなど考えていない。気分を害さなくてもヒューガの行動は止まらないが。
かまわず席を立って、出口に向かうヒューガ。
「えっ! 君!?」
焦ってヒューガに声をかけるアレックス。
「何か?」
「いや、どうして席を立つのかな?」
「こちらに話はないから。そちらが言葉使いが気に入らないっていうことで話をしないのなら、ここにいる理由がない」
「だから私がフォローしてあげたではないですか?」
言葉使いが間違っているとヒューガは思う。アレックスの話は誰が聞いてもフォローではなく侮辱だ。
「……フォローと話を続けるのは別の話では?」
内心でひどく呆れながら、それを指摘することなくヒューガは話を先に進めた。
「無礼な言葉使いを許したつもりだけど?」
「無礼? 誰に対して?」
「勇者に決まっているでしょう?」
勇者がこの世界の身分制でどこに位置するのか。どこにも位置しないはずだとヒューガは思う。であるなら何故、自分は勇者より身分が低いとされているのだろうと。
「勇者って誰にとっての勇者?」
「誰にとって? この世界の皆にとってですよ」
「皆? それは魔族にとっても勇者だって言っているの?」
アレックスの言葉尻をとらえて、問いを返すヒューガ。強引な論法でアレックスを言い負かそうと考えたのだ。
「そんなはずないでしょう?」
「でも今、この世界の皆にとって、と言った」
「それは……魔族はこの世界にいてはいけない存在です。当然、皆に魔族は含まれていませんよ」
「じゃあエルフとかドワーフは含まれているの?」
「………分かりました。言い直しますよ。人族にとってです。これで良いですか?」
ヒューガが思っていたよりも早くアレックスは折れた。本気で自分の過ちを認めているわけではない。面倒くさくなっただけだ。
「それにも異論はあるけど、まあ、それは良いか」
「じゃあ……」
ようやく下らない話が終わったと思ってホッとした表情のアレックス。だがホッとするのはまだ早い。ヒューガの嫌がらせはこれで終わらない。
「でも僕は異世界の人間だからね。この世界の人族ではない。僕にとってはその二人は勇者じゃなくて、ただ元の世界を同じにするだけの人間。だから別に言葉使いを許されるもなにも関係ないはず」
「………」
ヒューガの理屈にアレックスは沈黙。しつこさに辟易としている、だけでなく反論がすぐに思い付かないのだ。
「話は以上かな? じゃあ、僕はこれで」
アレックスを黙らせたところで、ヒューガはまた出口に向かって歩き出した。
「ふっ、あいかわらず頭のまわる少年じゃな。まあ、待ちなさい。これではいつまで経っても話にならん。勇者はお主に聞きたいことがあるのだ。少し時間を割いてもらえると助かる」
グランが口を開いた。アレックスに比べれば、へりくだった態度だ。少なくともお願いしている。
「初めからそう言えば良い。おかげで無駄な時間を使った。それで何を聞きたいのかな?」
本来はアレックスが謝罪するべきだと思うが、それを要求しても無駄。ヒューガはテーブルに戻って、椅子に腰掛けながら優斗に用件を尋ねた。
「ん、ああ。実戦に出たって聞いたけど……どうだった?」
「それなりに大変だったけど、こうして生きている」
盗賊退治任務について聞いてきた優斗。何故、それを聞いてくるのかヒューガには分からない。当たり障りのなさそうな答えを返した。
「でも、人を殺したのでしょう? 抵抗はなかったのですか?」
続けて美理愛もヒューガに尋ねてくる。質問の意図はやはり分からないが、なんとなく気に触る聞き方だ。
「人殺しに抵抗がないはずがない。実際に、動けなくなって死ぬところだった」
「では、どうやって」
「仲間に助けてもらった。あとは流れで」
「そうですか……」
「用件はこれ? そうであればほとんど話すことはないけど?」
実際にはそれなりに話題はある。ただその話題は、この場で話すべきではないとヒューガは考えた。
「いえ、そうではないのです……ヒューガ君も、私たちとは別に鍛錬をしているのですよね?」
「まあ。この世界で生きていくのに最低限、必要な力は身につけておかないと」
「そんなものではないでしょう? アレックスに聞きました。ヒューガ君は第十三大隊の中でもかなりの手練れに育っているって。実際に盗賊退治でも、活躍したと聞いていますよ」
勇者たちは、あらかじめ情報を仕入れていた。その上でこの場を設けたのだとすれば、それは何の為なのか。ヒューガの警戒心がさらに強くなる。
「お前たち二人ほどじゃない。お前たちの師匠はここにいる二人。それぞれこの国の剣術と魔法のトップだ」
「それはそうですけど、それでもヒューガ君は、この世界の人よりも早く成長しているのは間違いない。私たちはそう聞いています」
美理愛は謙遜しなかった。それだけの実力を身につけたのだとヒューガは判断した。
「そんなことはない。大隊長にはまだ手も足も出ない。それでも傭兵ギルドで働けるくらいには、何とかなったみたいだけどね」
「国軍第十三大隊の大隊長っていうのは、実戦経験が豊富な優秀な将だと聞いています」
「それが何?」
美理愛は遠回しに何かを探っている。深入りしないで戻ったほうが良い。そういう思いが心に浮かんだが、好奇心のほうが勝ってしまった。
「それは僕から言おう。その力を……僕たちに貸してくれないか?」
「……それは最初に断ったつもりだけど?」
優斗から仲間になって欲しいと頼んできた。嬉しさなど一切ない。警戒心がますます強まっただけだ。
「断ったのは魔族討伐だよね?」
「……魔族討伐以外に何がある?」
ようやくヒューガにも話が見えてきた。それと同時に自分の好奇心を、それ以前にグランを振り切って、部屋を去らなかったことを後悔した。
「君は……この国をどう思った?」
「別に……何かを判断するほど、この国について詳しくないから」
優斗の言葉でヒューガはほぼ自分の考えに間違いはないと思えた。だが不思議なのはこの場にローズマリー王女がいること。彼女は王家の人間だ。ヒューガが考えている話題であれば彼女の前で話せるはずがない。
「この国は一部の特権貴族によって支配されている」
「王国っていうのは、どこもそんなものでは?」
王家ではなく有力貴族の批判。これであればローズマリー王女がいても問題ない。
「そうかもしれないけど、僕たちの生まれ育った世界はそうではなかった。国民が主権を持っていて、政治は国民の為にあるものだったよね?」
「形だけだ」
「……そうかもしれないけど、国民が搾取されるようなことはなかった」
そんなはずはない。目に見えない形で搾取されていたのだとヒューガは考えている。確かに国王も貴族もいないが、特権を持った一部の人間や組織が国を動かしていることに変わりはないと。
貧民区のひどさはヒューガのほうが良く知っている。だが元の世界にもホームレスはいた。家を無くした人がいる、という点では違いはない。
「仮にそうだとしても、元の世界に戻ろうとしているお前たちには関係ない」
ヒューガは冬樹の言葉を認めなかったが、反論もしなかった。これについて議論を戦わせるべきかどうかの判断がつかなかったのだ。
「戻れないといったのは君だよね?」
「王様は魔族なら知っているかもしれないって言っていた」
「それは嘘だよ。師匠が教えてくれた」
優斗に視線はグランのほうに向いている。嘘だと教えたのはグラン。そうであれば彼はかなり焦っているのだとヒューガは思う。この段階で真実を知らせるよりも魔王を倒したあとのほうが効果的だとヒューガは思うのだ。
「じゃあ、この世界で生き抜くことを決めたのか」
「そうだよ。元の世界に戻れない以上、僕たちはそうするしかないからね。そしてこの世界で生きるのであれば、少しでもこの世界を良くしたい。君もそう思うだろ?」
「別に」
間髪入れずにヒューガは優斗の問いを否定した。考える必要はない。考えたように装う必要もない。
「……どうして?」
「僕は自分が生きるのに精一杯。国とか世界のことなんて考える余裕はない」
「そんな考えは良くないよ。僕たちには恵まれた才能がある。それに現代の知識も。それを活かさない手はないよね?」
「なにを勘違いしているのかな? お前たち二人は元の世界にいる時から人より優れた才能を持っていた。そして、この世界でも勇者として召喚されている。そうだよね?」
「まあ」
自分が優秀であることを認める優斗。そうでなくてはヒューガは困る。
「僕は元の世界にいた時から、ごくごく普通のどこにでもいる一般人。いや、それどころか落ちこぼれと呼ばれていた人間だ。あとの二人もね。僕たちはお前たちに巻き込まれて、この世界に来ただけ。お前たち二人と僕たちを一緒に考えるのは間違いだ」
自分たちは勇者の二人とは違う。国や世界のことなんて考える存在ではない。ヒューガはこれで押し通すことに決めている。実際にそうなのだ。
「たとえそうだとしても、僕たちには……」
「あのさ、これ以上話を聞かないほうが良いと思うんだよね? お前たちが何をしようとしているのか僕は知らない。でもそれが何であっても僕は、この世界の為に何かをしようなんてつもりはないから」
かなり話に深入りしてしまった。これは優斗と美理愛ではなく、他の人に聞かせる為の言葉だ。
「何故、そこまで頑ななんだい?」
「いつかは元の世界に帰りたいから。その方法はないって言うけど、呼び寄せる魔法があるのなら、その反対の魔法が絶対にないとは言い切れないはず。魔族が知らなくても、この世界のどこかにあるかもしれない。僕はそれを探すつもりだから、特定の国に構っているわけにはいかない」
これは嘘。元の世界に戻る魔法の存在を完全に否定しているわけではないが、あるかどうか分からないそれを探す為に人生の全てを掛けるつもりはヒューガにはない。
「……意外だな。君は元の世界に戻るつもりなんてないのかと思っていた」
「そう思うほうが意外だ。普通戻りたいと思うよね?」
「そうだけど……」
「もしかして、僕が戻る方法を見つけても二人は、この世界で生きていくつもり?」
優斗の反応でヒューガは彼の考えが変わっている可能性に気付いた。それをまっすぐに本人に尋ねてみる。
「……悩んでいる。元の世界に帰りたい気持ちは勿論あるよ。家族も心配しているだろうし。でも元の世界に戻って、その先に何が待っているのだろう。僕は父親の会社を継ぐのが決まっている。美理愛も一人娘だ。自分が家を継ぐか、婿を取るか。いずれにしろ将来は決まっている」
「それの何が問題? そんなこと前から分かっていたのでは?」
会社社長か社長夫人の将来。それに何の問題があるのかとヒューガは思う。もちろん、優斗がそんなことを言い出す理由は分かっている。その地位よりも魅力的なことが、この世界にはあるのだ。
「そう思って、ずっと今まで生きてきたよ。でも僕たちはこの世界に来た。この世界は元の世界よりもずっと可能性に満ちている。僕たちが生まれ持った才能は、この世界に来るためにあったのではないかと思うくらいにね」
つまり自分たちは選ばれた人間であり、その才能はこの世界で活かすべきということ。目新しい話ではない。これであれば最初からそう聞いている。
これはこの世界に残る理由ではない。それによって得られる何かが理由であるはずだと思ってヒューガは聞いた。
「プリンセスは良いの? 元の世界に戻れなくて」
「私は……私も敷かれたレールの上を走るだけの人生に魅力は感じません。それに……」
元の世界に戻ってしまったら優斗と結婚出来ないかもしれない。優斗に向いた美理愛の視線が、声にならなかった彼女の気持ちをヒューガに教えた。
「分かった。好きにすればいいさ。どっちにしても僕には関係ない。二人と違って僕は選ばれた人間じゃないから。良いんじゃない。帰る方法が見つからなければ僕もこの世界で生きていくことになる。自分が生きていく世界が良くなることには異論はない」
「手伝ってはくれないのか?」
「何を期待しているのかな? 僕には特別な才能なんてない。お前たちが何をするにせよ、足手まといになるだけ。自分の寿命を縮めるだけか」
「……そうか」
ヒューガには求めに応じる気持ちは一切ない。それが分かった優斗はこれ以上、ヒューガに頼むことをしなかった。それはつまり、その程度のお願いだということだ。
「頑張れ。僕が言えるのはこれだけだ。じゃあ、今度こそ本当に部屋に戻らせてもらう」
「ああ、分かったよ。君も気を付けて」
「ああ」
特に急ぐ様子もなく、ヒューガは席を立って部屋を出た。
そのまま、ゆっくりと自分の部屋に向かう。だがそのまま自室に戻ることなく、自分の部屋の窓からも見える中庭に出た。中庭には人影がない。邪魔をする人は誰もいないのだ。
「それで、まだ何か用?」
「気付いていたのかい?」
ヒューガの問いに答えたのはアレックスだ。
「気付かせたかったくせに。いくら素人でも、ここまであからさまに付けられら分かるに決まってる」
「まあ、そうだね。でも素人? 本当にそうかな?」
「嘘をつく理由がない。少しは鍛錬したけど、達人にほど遠いのは自分が一番分かってる」
「そう……まあ、そうだね」
納得の言葉を口にしたアレックス。彼自身はその達人のつもりだ。実際に腕は立つ。その彼と比べれば、ヒューガの実力は劣る。ヒューガは嘘をついてはいない。
それにこれを追及することに意味はないのだ。
「それで? 何か話があるんだよね?」
後をつけられていると分かってすぐは、口封じの為だとヒューガは思ったが、それであればもっと目立たないようにつけてくるはずだと考えた。
かといって緊張を解くことはしない。アレックスの用件が何か見当がついていないのだ。
「口封じとは思わないですか? さすがと言ったほうがいいですかね?」
「何に感心しているのか知らないけど、口封じされるような話を聞いた覚えはない」
「そう……そうですね。確かに君は何も聞かなかった」
ヒューガの意図はきちんとアレックスに伝わった。
「そういうこと。じゃあ、用はない?」
「……やっぱり惜しいですね。君にはぜひ味方になってもらいたい。優斗と美理愛の能力については信頼していますが、何と言いますか、二人はまだ子供です。それに比べて君は……同じ異世界人で、しかも年下だというのに二人より遙かに冷静で、洞察力に優れています」
ヒューガを褒めるアレックス。それを喜ぶ気にはヒューガはなれない。口で人を煽てているその裏で、頭の中では良からぬことを考えているのは明らかなのだ。
「何を勘違いしているか知らない、僕は普通の人間だ。お前が思うような力はない」
「それを評価するのはこちらの方ですよ? なんというのかな、私たちがやろうとしていることに君は凄く適しているような気がします」
「だから話は聞きたくないって言っている」
アレックスが、その「やろうとしていること」について具体的な話をする前に、ヒューガは釘を刺す。
「どうしてもですか?」
「どうしても」
「仲間にならなければ殺す……と言っても?」
ようやくアレックスから殺気が放たれた。だがギゼンの闘気を知った今のヒューガが、それに怯えることはない。それどころか立ち合い時のグレゴリー大隊長にも及ばないように感じてしまう。
「それは無理。いくら近衛第一大隊長であっても、こんな所で召喚された異世界人を殺したら何かあると疑われる。探られたくないものを抱えているなら、下手な真似は止めたほうが良い」
「別に、この場で殺す必要はありませんよ」
「時間が空けば、僕もそれなりの手を考える。僕が死んだら自動的に、ある人に誰に殺されたか伝わるようにするとか。当然、それにはさっき聞いたことや僕の推論も添えられている」
脅してきたアレックスを脅し返すヒューガ。今思い付いたことではない。これくらいのことは前から考えていた。
「………やっぱり仲間になって欲しいですね。考え直してもらえませんか?」
「無理。僕はこの世界で好き勝手に生きたいんだ。変なことに巻き込まれるのは、ごめんだ。それにお前たちの仲間になっても、僕には何のメリットもない」
「それなりの地位を約束しますけど?」
「その地位が僕には邪魔。僕には地位とか名誉への野心なんてない。さっきから言っている通り、誰にも邪魔されずに好きに生きたいんだ」
パルス王国の地位に魅力は感じない。これから厄介事が起こるのが分かっているパルス王国に留まる理由はないのだ。
ましてアレックスの言う地位は保証されたものではない。失敗すれば巻き込まれての死だ。
「勇者ではなく、私の味方ではどうですか?」
「……意味が分からないけど同じ。僕は誰の味方にもならない」
「ふむ……これはどうやら説得は無理ですかね? 敵に回らないことが確認出来ただけで、良しと致しましょう。でも気が変わったら、いつでも言ってきてください。貴方だったら歓迎しますよ」
「そこまで買ってくるのは嬉しいけど、やっぱり無理。僕はもうすぐ城を出ていくから。そうなれば、もうこの国と関わり合いになることはない。一庶民として大人しく暮らしているよ」
最後はアレックスの心を宥める為に強い拒絶の言葉は使わない。ヒューガはアレックス、に限らないが、と敵対するつもりはない。放っておいて欲しいだけなのだ。
「……良いでしょう。それは決して口外しないという約束だと受け取っても良いですね?」
「どうぞ勝手に。そうでなくても心配はいらない。殺された後ならまだしも、今の僕が何を話したって、ただの想像に過ぎない。何の証拠もないからね」
「だから安心しろと?」
「……暗黙の了解って言葉、知ってる?」
細かいところまで話を詰める必要はない。ヒューガは何も知らない。だからアレックスも何も気にする必要はない。これで良いのだ。
何故、これが分からないのか。何故、話が通じるであろうグランではなくアレックスが来たのかヒューガは不思議だった。
「これは失礼しました。貴方と話していると、ついつい余計な一言が多くなってしまいますね? では、これまでにしましょう。もう会うことはないでしょうね?」
「間違いなく」
「そう言われてしまうと、少し寂しい気もしますが……そのほうがお互いに良いようです。では、これで失礼します」
ようやく本当の意味で納得した様子のアレックス。ヒューガに背中を向けて、城内への入り口に向かっていった。
何とか話はついた。ヒューガは万が一の為にと、こっそりと窓からこちらの様子を見ていた夏に、軽く手を振って危険は去ったことを伝えると部屋に戻っていった。