月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

『虚飾の勇者、陰の英雄』 〜影は泥土を、星は天を駆けゆく〜 第5話

『虚飾の勇者、陰の英雄』 〜影は泥土を、星は天を駆けゆく〜

 城への帰り道はずっと無言のまま。ルカにとっては息苦しくなるような時間だ。ソウが召喚当日に葬式(この世界では「送魂の儀」と呼ばれる)が行われていたことを知っていたこともルカの心を悩ませている。いつかは知られること。これは従者見習いに過ぎない彼でも分かっていたこと。だが、このタイミングでソウに知られたことに問題はないのか。彼は激しく怒りを露わにしていた。問題がないとは思えないのだ。

 とはいえ、彼にどうにかできることではない。城に戻って上に報告するしかないのだが、それまでの時間は、ずっと頭を悩ませることになってしまった。

 ソウのほうは、沈黙は怒りが理由ではなく、ずっと考えごとに耽っていたから。自分たちを召喚するために多くの人が犠牲になった。その事実を知ったからといって、過去は変えられない。まったく納得していないが、考え続けていてもどうにもならないことだと割り切って、別のことに思考を向けていたのだ。

 考えていたのは自分の鍛錬方法。この国を救うなんて大それたことは考えていない。この世界で生きるために必要な力を得る方法だ。

 最低限の戦う力は必要。職業スキルそのままに荷物持ちを仕事にするにしても、低ランクの魔物を倒す力は必要。ソフィア王女は街道にも魔物は出るようなことを言っていた。もしかすると低ランクどころか、かなり危険な魔物にも遭遇する可能性がある。倒せなくても逃げ切る力は必要なのだ。

 ルカに構わず、ステータス頁を見ながら歩いているが、どうやら彼はそれに気付いていない様子。隠そうと思えば隠せることを偶然知った。

 

(素と補正値に分かれているということは、職業に関係なく鍛えられるということ)

 

 ステータス値は素と補正値の合算だ。素は職業スキルに関係のないソウ本人の基礎能力だとすれば、ある程度は普通に鍛えるだけで強くなれるはずだと考えた。

 

(問題は補正値か……生命力、筋力、耐久力に器用さ……これが<荷物持ち>の特徴……器用以外は分かりやすいな。重い荷物を遠くまで運ぶのに必要な能力ってことだ)

 

 職業スキルの意味、それをどう活かせるか。特別活かす点がないのであれば、職業スキルに関係なく、当たり前の鍛錬を行えば良いことになる。

 

(意味がない職業スキルなんてないから)

 

「えっ?」

 

「どうされました、ソウ殿?」

 

 いきなり聞こえてきた声に驚いて声をあげてしまったソウ。それにルカは驚いている。無言のまま、不機嫌そうに歩いていたソウが、いきなり「えっ?」なんて驚けば、ルカのほうも戸惑ってしまう。

 

「ちょっと考え事をしていて」

 

「そうでしたか……」

 

 ルカの顔にわずかに安堵の表情が浮かぶ。普段のソウと変わらない雰囲気であることに安心したのだ。

 

(……もしかして、エレナ?)

 

(そうだよ。私の存在、忘れていたの?)

 

(いや、魔書のままで言葉を話すとは思っていなくて……ああ、形に意味はないのか)

 

 導く者の姿は様々。相手に合わせて(エレナは違うようだが)姿を変える。本のままでも話せるのはおかしなことではない。そもそも言葉を発しているのではなく、頭の中に直接思考が流れ込んでいるだけなのだ。

 

(そういうこと)

 

(……意味のない職業スキルはないっていうのは?)

 

(職業スキルは、その仕事を行う上で最適な能力を得られるものだから。どの職業スキルにも特徴があって、意味があるわ)

 

(……確かに……もしかして成長要素に影響があるのか? <荷物持ち>を鍛えると<耐久力>を効率的に鍛えられるみたいな……)

 

 職業スキルを鍛えれば、それが持つ補正値が上がる。そして恐らく、素の状態よりも上昇値は多い。これであれば職業スキルを鍛える意味はある。

 

(……でもきっと、素よりはマシ程度だな)

 

 これが<勇者>の職業スキルであれば、恐らくとんでもない上昇値になるのだろうとソウは思った。だが彼の職業スキルは<荷物持ち>だ。上昇値も<勇者>には遠く及ばないはずで、素よりは少し上程度に違いない。

 

(それでもないよりは良いから)

 

 この世界の存在であるエレナにとって、職業スキル等の世界システムを否定的に思われるのは悲しいこと。ソウにももっと前向きに考えて欲しいのだ。

 

(……確かに。それに生命力はVitaって書いてあるけど、HPに影響するはず。筋力は攻撃力、耐久力は防御力だとすると戦闘に役立つものだ)

 

(……良く分からないけど、きっとそう)

 

 ソウが話しているのは、彼が知る元の世界でのゲームのパラメータに基づく考えだ。この世界のエレナには分からないことだ。

 

(導く者……)

 

(ソ、ソウが難しい話をするから……)

 

(導く者って人智を超えた存在じゃないのか?)

 

 導く者(グベルナートル)なんて大層な呼ばれ方をしているのだから、もっと偉大な存在のはずではないか。ソウはこう思っていたのだ。

 

(それじゃあ、神様でしょ?)

 

(確かに……腑に落ちないけど、納得)

 

 異世界から転生した自分たちを導くのだから神様でも良いのではないかと思ったソウだが、自分のほうこそ、そんな大層な存在ではないと思って、エレナの話に納得した。

 

(重い物を持って歩き続けるだけで鍛えられるのかな?)

 

(どうだろうね?)

 

(少しは導けっ!)

 

(だって……私、<荷物持ち>じゃないから……)

 

(別に良いけど……)

 

 姿が見えないのに、エレナが酷く落ち込んでいる様子がソウには分かる。すぐに怒りが収まった。元々、感情の波を制御することには長けている。幼い頃からの経験で、自然と身につけたものだ。

 

(……さっきの人、怒っているよな?)

 

 やはり、頼るべきは同じ職業スキルの人。だが紹介されたガウスは、これ以上、頼ることは出来そうにない。頼っても撥ねつけられる。

 

(ああ……)

 

(あの人に頼んで仕事を紹介してもらうのは無理だな……どうやって仕事を探すか……?)

 

 ソウの視線が隣を歩くルカに向く。彼に頼むのが一番効率的なのは間違いない。従者見習いでも、彼には王国という後ろ盾があり、その権力を利用できる。荷物持ちの仕事など、すぐに見つけてくれるだろう。

 だが、ルカはソウが普通に働くことに不満を覚えている様子だった。ソウはそれが気になるのだ。

 

(……第三防壁の南側で補強工事をしているはず。石切り場から石を運ぶ仕事があると思うけど……)

 

(おっ、初めて導いた。防壁の補強に使う石か……重そうだな。問題はどうやって、その仕事に潜り込むか……)

 

 かなりきつそうな仕事。鍛錬と考えれば、もってこいの仕事だとソウは思った。だが仕事があっても、それにどうやって加わるか。結局は、ルカに頼らなければならないことになる。

 

「……とにかく重い物を運ぶ仕事ってないですか?」

 

「本当に働くつもりなのですか?」

 

「金を稼ぐためではなく、鍛錬のためです。この先、彼らに同行するにしても、一人で生きていくにしても、少しは戦えないと」

 

「……それはそうですね」

 

 なんだかんだで他の四人に同行することになるとルカは考えている。彼の個人的な考えではない。王国としてそう考えているのだ。

 そうであれば職業スキルが<荷物持ち>であっても戦う力は必要だ。ソウの考えは間違いではないとルカも思う。

 

「国を守るための仕事があれば一番良いですね?」

 

「ああ……どうでしょう……」

 

「戦えなくても国を守るための仕事を僕もしないと……城や砦の補強とか?」

 

 少し強引かと思ったが、ここまで話さないとルカは第三防壁の補強工事の存在に気付いてくれなさそう。最初の問いへの反応で、ソウはこう思ったのだ。

 

「そういえば……さきほどとは反対の南側で、防壁工事をしていたような……」

 

「防衛のための仕事ですか。それは良い。なんとか僕も参加できると良いのですけど……」

 

「……分かりました。城に戻ったら聞いてみます」

 

 ルカのこの言葉を引き出せて、ソウは内心でガッツポーズだ。許可が出れば、当面やることができる。はたして意味のある鍛錬になるかはやってみないと分からないが、何もやらないよりはマシだ。

 こんな風に思える自分にソウは驚いた。何をやっても無駄。だったら何もしないほうがマシ。こう考えていたはずだったのだ。

 

◇◆◇

 

 城に戻ったあとは立ち入りが許可されている書物室に籠って調べもの。特にこれを調べたいというのはなかったのだが、他の四人と合流させられるのが嫌だったので、ルカに適当なことを言って、入室の許可を得てもらったのだ。

 ソウが入室を許可されたのは、城内にいくつかある書物室のひとつ。機密情報などが置かれていない場所だが、彼にとってそれは問題にもならない。王国の秘密になど、今のところは、興味がない。

 背表紙に書かれている本の題名から何冊か選んで、それらを読み進めていく。

 

(ほとんど絵本だな)

 

 最初に目を通したのは魔物について書かれている本。子供の頃、学校の図書室で見た動物図鑑のような本だ。魔物の姿は当然、写真ではなく手書き。情報量も少なく、動物図鑑より、妖怪絵巻なんてものに近いかもとソウは思った。

 

(そういえば、この世界って冒険者ギルドはあるのかな?)

 

 異世界転生・転移と言えば冒険者ギルド。このテンプレはこの世界にもあるのかとソウは思った。職業スキルではなく、自分自身の基礎能力を上げるには魔物を倒して経験値を得る必要がある。そうだとすれば、冒険者になって魔物討伐を行うことも考えなくてはならない。

 

(……あったとしても……馬鹿にされそうだな)

 

 冒険者ギルドがあったとして、冒険者になるのは戦闘職か戦闘支援職を持つ人に決まっている。<荷物持ち>で冒険者を志望すると、馬鹿にされるか、最悪拒否される可能性もあるとソウは考えた。

 

(……導く人?)

 

(グベルナートル)

 

(それ。冒険者ギルドがあるかないかは分かるよね? それとも冒険者ギルドがどういうものか分からない?)

 

 疑問を頭に浮かべたのにエレナは答えを返してこない。その理由がソウは気になった。

 

(分からないのもあるけど、ソウは一人で考え事をしたいのかと思って)

 

(ああ……そういう気遣いもできるのか……正解だけど……)

 

(だけど、何?)

 

(僕、ずっと独りでいることが多かったから、それを言ったら、ずっと黙っていることになる)

 

 家族はいない。友人もいない。自らも人との関わりを避けて生きてきた。一人で考え事をしているのは日常。それに気を使っていると、永遠に会話にならないかもしれないと、ソウは思ったのだ。

 

(……ソウは自分を僕と言ったり、俺と言ったりするのね?)

 

(そこ、気にする?)

 

(どうして?)

 

(それは……俺は育ちが悪いのだけど、通っていた学校はお坊ちゃま、お嬢さまばかりで。それに合わせていた、みたいな?)

 

 きちんと説明すると自分自身を隠すため。他人との間に壁を作るため。他人との関わりを、形だけのものにするためだ。これらを無意識に行った結果が、一人称の変化になったのだ。

 

(じゃあ、私には俺で。それと私のことは名前で呼んで)

 

(……別に良いけど)

 

 こんな風に踏み込んでくる同級生もいなかった。少なくとも学校では、他人と距離を取ることに苦労した覚えはなかったのだ。

 

(多分、ソウが考えている冒険者ギルドは、この世界では傭兵ギルドね)

 

(傭兵か……完全な戦闘職だな……)

 

 冒険者よりも、さらにハードルが上がった感じ。<荷物持ち>の職業スキルでは傭兵にはなれそうにない。

 

(それは戦争に参加するのだから)

 

(魔物討伐とかは?)

 

(……騎士団に雇われて、加わることはあるかもしれないけど)

 

(ああ、完全な傭兵か。俺が思っているのとは違うな。じゃあ、その選択はなし)

 

 言葉通りの傭兵職。戦闘職を与えられていたとしても、そんな職業に就きたいとは思わない。平穏で、食べるに困らない稼ぎが得られる仕事がソウの希望だ。

 他と比較するから<荷物持ち>であることに落ち込むのであって、単独で考えれば、ソウにとって、それほど悪い職業スキルではない。食べるに困らない稼ぎが得られれば、だが。

 

(そういえば、きちんとした剣を使えば、スライムくらいは倒せるよな?)

 

(剣でスライム……できる人はできるけど、ソウはどうかな?)

 

(えっ? スライムだよ? 最弱スライム)

 

 自分はスライムにも勝てない。ソフィア王女にも似たようなことは言われたが、さすがにここまでとは思っていなかった。本当にスライムも倒せないのであれば、戦闘でのレベルアップが出来ないということになる。

 

(スライムは攻撃力はそれほどでもないけど、物理攻撃への耐性が強いから。魔法なら初級魔法でも倒せるけど……)

 

(もしかして<荷物持ち>は初級魔法も使えない?)

 

 初級魔法くらいであれば、職業に関係なく誰でも使える。この考えもどうやら間違い。魔法がある世界だが、誰もがその恩恵に与れるわけではないということだ。

 

(無理)

 

(……じゃあ、他の人たちはどうしている? 旅人とか、それこそ遠方まで荷物を運ぶこともある)

 

(逃げる)

 

(……なるほど……マジか……)

 

 魔物と戦ってレベルを上げようなんて考えは一般の人にはないのだ。職業スキルや成長システムはこの世界のシステムだが、レベル上げは就いている仕事の効率向上や生産性を上げるためのもの。それも仕事を続けている中で、結果としてついてくるものなのだ。

 戦闘職でない人は、あえて魔物と戦おうとは思わない。追い込まれた時以外は、逃げる一択だ。

 この世界の一般人と同じ生き方を選ぶのであれば、ソウもそれで良いのだ。だが今の彼は、そうすると自由に決められる立場にない。