月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

『虚飾の勇者、陰の英雄』 〜影は泥土を、星は天を駆けゆく〜 第4話

『虚飾の勇者、陰の英雄』 〜影は泥土を、星は天を駆けゆく〜

 ユスティニア王国における<謁見の儀>なるものは、<覚醒の儀>の翌日に行われた。国王の名は、アレクシオス・ユスティニアだった。彼らがその場で初めて会う王子も二人いて、第一王子、次代の国王である王太子がコンスタンティンで、第二王子がテオドールだ。<覚醒の儀>の時に会っているソフィア王女も、その場で改めて、ソウ以外の四人は初めて知ったのだが、王女としての名乗りを行った。

 ソウが疑問に思っていたことを知ったからか、挨拶がこの時までなかった理由の説明も行われた。王家の人々は原則、平民には名乗らない。自国の王家のことは知っていて当然だからという、ソウたちには良く分からない理屈だ。その理屈だと、自分たちは平民扱いということになるのも、同時に知った。職業スキルが<荷物持ち>のソウは納得だが、他の四人は不満そうだ。貴族扱いが当然と思っているのだ。待遇としては貴族扱いなので、不満に思うことなどないのだが。

 ちなみに望月 創は「ソウ」と名乗ることになった。苗字の望月はこの世界の人は発音しづらいのだと分かった。そうであれば変な呼ばれ方をするよりは名で呼ばれたほうが良い。そもそも名で呼ばれることに抵抗なんて、まったくないのだ。

 それを受けて、他の四人もファーストネームを使うことにした。天城 司は「ツカサ」で、神崎 琴音は「コトネ」。炎城 太雅は「タイガ」で、氷室 慧は「ケイ」だ。タイガとケイの二人はソウと同じでこの世界の人たちにとって、苗字よりも発音しやすいらしいことが分かった。残る二人は、どちらでも同じということだ。

 <謁見の儀>が終わり、五人はいよいよ鍛錬を始めることになった。大災害がいつ起こるか分からない。少しでも早く戦う力を得なければならない。ただソウには関係ないことだ。

 ソウは鍛錬ではなく、街に出ることになった。彼と同じ<荷物持ち>の職業スキルを持つ人から話を聞くためだ。

 これを聞いて、他の四人は羨ましそうにしていたが、そんな感情を向けられるのは、ソウとしては不本意だ。固有職業スキルなんてものを得た彼らのほうが羨ましがられるのが正しい。こう思っている。

 ユスティニア王国の都はアウグスタ・ユスティニアという名称。人口は四万人ほどだと、目的地までの間に、ソウはルカから教えてもらった。

 人口四万と聞いて、かなり小さな都をイメージしたのだが、城門を出てすぐに目の前に広がる風景は、それとはかけ離れたものだった。確かに元の世界の都会に比べれば見晴らしは良い。建物の間にも余裕がある。

 それでも心に湧いた感覚は、広大。元の世界での視野がどれほど狭かったのか、窮屈な環境だったのかを、ソウは知ることになった。

 城門を出て、吊り橋を渡るとそこには大きな屋敷がいくつも建てられていた。ソウの感覚では「大きな」屋敷であって、実際にはそうでもないらしい。そこは王国の高級文官や貴族が住む屋敷。領地の本宅に比べれば、狭いという話を聞いて、驚くことになる。

 昔のヨーロッパはこんな感じなのだろうという思いはあるが、当時の詳しい情報などソウは何も知らない。イメージだけの知識だったのだ。

 そのエリアを通り抜けると、人影が増えてきた。庶民の生活空間に入ったのだ。

 

「この辺りは商業区域です。その中でも貴族が買い物するような高級品が置かれている商店が多いです」

 

「宝石とかですか?」

 

「それもあります。他には高級衣料品、武具店、魔道具関連の店もあります」

 

 武具店、魔道具関連の店に関しては、ソウも興味がある。とはいえ、無一文。店に入っても見るだけで終わる。そうであれば見ないほうが良い。わざわざ手に入らない悔しさを自ら求めに行く必要はないのだ。

 

「この辺りまで来ると、庶民のお店になります。ここは衣料品街ですね」

 

「……同じ物を売る店が固まっているということですか?」

 

 そうだとすれば、かなり激しい価格競争が行われているのではないか。商売に興味があるわけではないが、こんなことを思った。

 

「はい。お互いに監視できますから」

 

「監視?」

 

「特別安く売る店がいると、他の店が困るでしょう?」

 

「そういう考え……」

 

 自由競争が許される世界ではないようだとソウは思った。どこも似たような価格で売っている、そうすることを暗黙のうちに義務付けられている。この世界では、これが正しい商売のやり方ということ。

 ルールを破ったら一人勝ち、大金持ちになれるかもしれないとソウは思ったが、すぐに、そんな真似をすればただでは済まないのだろうと思い直した。

 

「言っていませんでしたが、目的地は市場の近くですので、少し歩きます」

 

「市場は離れた場所にあるのですか?」

 

「時期や時間帯によってはかなり多くの馬車や荷車が行き来しますので、普段、人が歩く場所からは離れているのです」

 

 子供やお年寄りが歩いていると危険、というのもあるが、他の国や街、村から運ばれてくるので、街道に近い一番外側の防壁、ここでは第三防壁と呼ばれる壁の門の近くに市場は置かれているのだ。

 

「……ああ、街の外だけでなく、街の中でも荷物持ちの仕事はあるのですね?」

 

「良く分かりましたね? その通りです。市場から商店まで品物を運ぶ仕事があります」

 

 市場で仕入れた品物を店まで運ばなければならない。それに馬車や荷車を使っては、安全面を考えて、郊外に市場を置いた意味がない。荷物持ちが背負って運ぶのだ。

 もちろん、小さな商店で品物が少なければ自分で運ぶ。街中での荷物持ちの仕事は大繁盛というほどではない。

 

「じゃあ、僕も働けますね?」

 

「えっ?」

 

「あっ、城に住まわせてもらってお金を稼ぐつもりではありません。鍛錬としてです。成長するには、その仕事をするのが一番だと思って」

 

 この世界の職業スキルのシステム、成長システムについてソウは考えていた。戦って経験値を稼ぎ、それによってレベルが上がる。これは普通にあると思っている。だがそれだけではない。戦闘職以外の職業は<荷物持ち>以外にもある。そのスキルを上げるには戦闘ではなく、そのまま経験を積むこと。そういうことだと考えているのだ。

 同じ<荷物持ち>の職業スキルを持つ人に話を聞くのは、この考えを裏付けるためだ。

 

「ああ……それはそうかもしれませんが……」

 

「とにかく話を聞いてからですね」

 

 ルカは、なんとなく不満そう。この件について、これ以上、深い話をするのは止めておいた。実際に働くことが最善の成長方法とは決まっていない。これで国のために働く気がないと(実際にそうなのだが)、思われて城を追い出されても困るのだ。

 

「ああ、あそこです」

 

 ルカが指さしたのは、小さな小屋。オフィスというより詰所。何人もいられる建物には見えなかった。

 実際にそうだ。そこは待機所。この世界での荷物持ちの仕事は、事務所を必要とするような仕事ではないのだ。

 

「お待たせしましたか?」

 

「少し」

 

「すみません。では、早速話を聞かせてください。といっても質問があるのは、この方です」

 

 待っていたのは厳つい体の壮年の男。いかにも力持ちという体格の男だ。成長するとこんな体になるのかとソウは思ったが、聞くべきことはこれではない。

 

「初めまして、ソウと言います」

 

「ああ、俺はガウスだ」

 

「ガウスさんに聞きたいことがあります。レベルが上がる時って、どういう時ですか?」

 

「……はっ?」

 

 ソウの問いに、呆気にとられたような表情を見せるガウス。ソウにはこの反応の意味が分からない。

 

「ソウ殿。そのレベルというのは……魔書(グルモリウム)を持たない人たちには分からないことです」

 

 ガウスの反応の理由を、ソウの耳元で囁くようにして、ルカが教えてきた。それを聞いてソウはソフィア王女の言葉を思い出した。

 ただ、『導く者』は誰もが得られるわけではないと聞いたが、レベルアップまで知らないとは思わなかった。

 

「それだと……えっと……成長を実感……いや、違うか……突然、昨日より多く運べるなと感じることは?」

 

「なんだか分からないが……それは当然あるな」

 

「それは。昨日はぎりぎり運べていた荷物の量が、次の日には、いや、違うか。さっきまでギリギリだったのが、突然余裕になるみたいな?」

 

 ソウの期待していた答え。だが勘違いの可能性もある。重ねて、ガウスにそれが突然現れる感覚なのかを確認してみた。気付かないうちに出来るようになった、では、レベルアップではないと考えているのだ。

 

「だから、あるって言っている」

 

「それはどうすればそうなるのですか?」

 

「お前……そんな当たり前のことが分からないのか? 経験を積めばそうなるに決まっている。他の仕事だって、ずっと続けていれば成長するだろ?」

 

 ただ当たり前の感覚だと思っているガウスには、中々ソウが聞きたいことは伝わらない。ある日突然の成長と、気付かないうちに少しずつの成長。この差の重要性など、この世界の人であるガウスには分からないことなのだ。

 

「……それはどのくらいの間隔で訪れるものですか?」

 

「はあ? そんなの覚えているわけないだろ?」

 

「ざっくりで良いです。一週間、一か月、半年、一年?」

 

「……色々だな。とにかく、大変な仕事が続いて、それを乗り越えた時には俺も成長したなと思える」

 

 ただ仕事をしているだけでは駄目。それなりに負荷を感じるものでなければならない可能性が、ガウスの言葉には表れている。この考えが正しいかは今は分からない。試してみるしかないのだ。

 

「ちなみにスキルは分かりますか?」

 

「<重量軽減>とかの話か? 俺が持っているのはこれくらいだ」

 

「分かるのか……あれ? でもどうやって?」

 

 ガウスは魔書(グルモリウム)を持っていないはず。ステータスは見られないはず。それでどうして保有スキルは分かっているのか、ソウは疑問に思った。

 

「お前、何も知らないのだな? 神官に調べてもらってに決まっている」

 

「すみません。違う世界で育ったので」

 

「……何だって? お前……まさか、召喚された異世界人か?」

 

 ガウスはソウたちが召喚されたことを知っていた。一般庶民にも知られていることを、ソウは意外に思った。王国の上層部しか知らないことだと、勝手に考えていたのだ。

 

「一応、そうです」

 

「……ふざけるな!」

 

「えっ?」

 

「ふざけるなよ! どうして召喚された異世界人が俺と同じ<荷物持ち>なんだ!? そんなのあり得ないだろ!?」

 

 いきなり怒り出したガウス。ソウにはこの反応がまったく理解できない。不遇な職業を与えられて文句を言いたいのは自分のほう。実際は<勇者>だとしても不満は変わらないだろうが、他人に文句を言われる筋合いはないと思っているのだ。

 

「別に僕のせいでは……」

 

「お前のために俺の従弟は死んだのか!? お前みたいな役立たずを呼ぶために死ななければならなかったのか!? 冗談じゃない! ふざけるな!」

 

「僕のせい? それって、どういうこと?」

 

 自分の知らない何かがある。ガウスが怒る理由は確かにあるのだ。それも、誰かの死が絡んだ理由だ。

 

「ち、ちょっと待ってください! 詳しいことは後で! 後で説明しますから!」

 

 ルカが慌てている。それは彼がガウスの怒りの理由を知っていることを意味する。

 

「……もしかして召喚された日に行われていた葬式、死者を弔う儀式のこと?」

 

「……知っていたのですか?」

 

「そうだとすれば……死んだのは一人、二人ではないですよね? この人の言う通り、どうしてそんな真似をしたのですか? 何十人もの命を代償にして召喚する意味って何だ!?」

 

「ソ、ソウ殿……」

 

 ルカにもソウの怒りの理由が分からない。逆ギレかとも思ったが、そんな雰囲気でもない。明らかにソウの纏う雰囲気は変わっている。大人しくて、気弱な彼とは別人に思えるほどだった。

 

「ふざけるなは、こっちの台詞だ。勝手に期待して、勝手に失望して……誰がこの世界に呼んでくれと頼んだ? 誰が俺に任せておけなんて言った!?」

 

「お、お前……」

 

 ソウの怒りはガウスにも向けられた。まさかの迫力に、最初の怒りを忘れて、押されてしまうガウス。ソウの言う通りではあるのだ。ガウスが、この国の人たちが望んだ結果ではないが、ソウが望んだ結果でもないのだ。

 

「誰かを犠牲にして守られる命。それって、誰かのために犠牲になって失われた命よりも価値があるものなのか?」

 

「…………」

 

 価値などない。こう思っているから、ソウの心に怒りが湧き上がるのだ。ルカへの、ガウスへの怒りではない。この国への怒りでもない。自分自身への怒りだ。

 無価値な自分のために、誰かが犠牲になる。こんなことはあってはならない。二度と起きてはならないと、彼は思っていたのだから。

 

「……城に戻りましょう。それと、貴方……召喚されたのは全部で五人。勇者や聖女や、とにかく特別なスキルを得ている人はいますから」

 

「……そうか」

 

 求めるスキルを持つ異世界人もいる。それを聞いてもガウスは喜べなかった。ソウの言葉が、「誰かを犠牲にして守られる命は誰かのために犠牲になって失われた命よりも価値があるのか?」という問いが、彼の心を捉えていた。「守られる命のほうが価値がある」とは思えなかったのだ。そしてガウスは、その「守られる」側だ。