
<覚醒の儀>を終えた後、望月は一人、別の部屋に案内された。今後の予定についての説明がなされると聞かされてだ。他の四人と別室なのは、彼の職業スキルが想定外のものだったから。ソフィア王女が言った通り、最低でも戦闘系か支援系だと想定していたところに、まさかの<荷物持ち>だ。<荷物持ち>をどう鍛えれば良いのかなど、城勤めの人たちには分からない。計画をいちから作成、そもそも作成する必要があるのか、から考えなければならないのだ。
「……えっと……ああ、私はルカと言います。従者です。見習いですけど」
望月に付けられた担当者は従者見習いのルカだ。年齢は同じくらい。ブラウンの髪にブラウンの瞳。癖毛ときょろきょろ動く大きな瞳が愛嬌を感じさせる。
望月にとって悪い印象ではない。「荷物持ちに従者が付くって変だな」と思っているくらいだ。
「望月 創(もちづき そう)です」
「モチズッキー殿ですね?」
「ズッキーニではありません。望月です」
「ですから、モチズッキーニ殿ですよね?」
もしかして馬鹿にされているのか。望月はこう思ったのだが。
「少し発音が難しいので、ファーストネームでお呼びしてもよろしいですか?」
「全然大丈夫です……順番が逆なのを知っているのですね?」
この世界の人たちは、そのままファーストネーム、ラストネームの順番。ソフィア王女がそうだった。そうであるのにルカは、望月創のどちらがファーストネームか分かっている。それが不思議だった。
「異世界の方を迎えるのは初めてではありませんので。ああ、百年前とかの話ですので、私は初めてです」
「そうでしたか……」
その百年前に召喚されたのも日本人か、日本の近隣の国の人。どういう理屈なのかと思ったが、考えても意味はない。この世界への転移はそういうもの、というだけのことだ。
「では、ソウ殿で」
「はい。よろしくお願いします」
ソフィア王女が自分だけをファーストネームで呼んでいたのは、モチヅキが発音しづらいから。望月は、ちょっと残念な気持ちになった。こういう期待がまだ残っていることに驚いた。
異世界転移したことで、無駄な感情が湧いているのかもしれないとも思い、自制を忘れないようにしようと反省した。
「まずは……お分かりになっていると思いますけど、用意されていた鍛錬計画はソウ殿には役に立たないものとなりました。ですので、鍛錬について今日は話せません」
「はい。分かっています」
「なので……えっと……ああ、魔書の話をしましょう。魔書を得たソウ殿には<導きの儀>を行う資格があります」
また<なになにの儀>だ。儀式ばかりの世界だと望月は思ったが、文句を言っても仕方がない。やるべきことはやるしかないのだ。
「魔書を得たということは儀式を行うのに必要な魔力量は持たれているはずなのですが、ソウ殿の場合、職業がアレですので、魔石をお渡ししておきます。魔力が足りなくても、魔石が補ってくれます」
「ああ、助かります」
この世界には魔石がある。今のルカの話だと、望月の知識にある魔石とそう変わらないもの。魔力を宿した石だ。
「儀式は一人で行ってください。夜のほうが静かで意識を集中できるので、良いと思います。こちらが儀式に必要な魔法陣。この上に魔書と魔石を置いて、これを唱えてください」
「我、願う。汝が我の――」
渡された紙に書いてある言葉。普通に読めることに感謝した。文字を覚えなければならないなんてことになれば、どれだけ大変かと思っていたのだ。
「ああ、待って! 詠唱だけで反応するかもしれませんので、ここでは駄目です」
「……どうして一人で行わなければならないのですか?」
「それが、儀式に同席した人が何人も亡くなったことがありました。<導きの儀>によって現れた『導く者(グベルナートル)』に殺されたものと考えられております。こう、繋がりが希薄な場合は、周囲に危害を与えることも……」
ルカが経験したわけではないことは、望月には分かっている。百年前、さらに過去の記録にそういうものが残っているということだ。そうだとしても、そうだからこそ、従者見習いの立場で良く知っているものだと感心した。
「その繋がりというのは?」
「分かりやすく言うと、師弟関係のようなものです。それが徐々に理解が強まっていく、という感じです……すみません。上手く説明できていませんね?」
「いえ、なんとなく分かりました」
教えるに値しない弟子であった場合、師匠はどういう態度に出るのか。そうでなくても最初は師匠である『導く者』のほうが上の立場。弟子の言うことを聞かない場合がある。こういうことだと望月は理解した。
まだ試練があるということだ。これで魔書に認められなければ……それもありかとも、望月は思ってしまう。
「城には<荷物持ち>の職業スキルを持っている人はいないのですか?」
「今、調べています」
「城にいなくても街にはいますよね? その人の話を聞いてみたいのですけど?」
<荷物持ち>であろうと職業スキルと呼ばれているものであるからには、成長があるはずと望月は考えている。魔物を倒せば成長できるのではないかと考えているが、ソフィア王女は最低レベルの魔物とも戦う力がない可能性を考えていた。
実際にそうであれば、成長に必要な経験を得られないということ。他の方法を見つけなければならない。
「確かに……そういう仕事をしている人を調べれば良いのですから……頼んできます」
城には<荷物持ち>の職業スキルについての情報がない。書庫を探しまくればあるのかもしれないが、絶対とは言えない。情報を得ようと思えば、その職業スキルを持っている人に聞くのが一番。
これは城の人たちも分かっていたが、城の外まで手を伸ばすことをしていなかったのだ。
(……能力(ポテンティア) )
ルカが戻ってくるまでの間に、きちんと自分のスキルを見ておこうと考えた望月。詠唱を唱えてみると、ステータスのページが開いた。開いた空白のページにステータスについて書かれた文字が浮かんできたが正しい表現だ。
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<姓名:望月 創>
<職業スキル:荷物持ち(ポーター) レベル1(アクティブ)>
【能力(ポテンティア)】
生命力(Vita) : 40 (素 35 + 補正 5)
魔力(Mana) : 5 (素 5 + 補正 0)
筋力(Vis) : 20 (素 15 + 補正 5)
耐久力(Corpus) : 35 (素 25 + 補正 10)
敏捷性(Celeritas) : 25 (素 25 + 補正 0)
知力(Sapientia) : 45 (素 45 + 補正 0)
精神力(Spiritus) : 85 (素 85 + 補正 0)
器用さ(Dexteritas) : 40 (素 35 + 補正 5)
【固有ステータス】
最大積載量(Pondus): 100 (素 50 + 補正 50)
【取得スキル】
インベントリ(小) 重量軽減(常時発動 50%軽減)
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(……インベントリって何だっけ? どうして中途半端にカタカナ英語なのかな?)
表示されている意味の文字は、豊富とは言えない彼のゲーム知識でも、おおよそ分かる。分からなかったのは取得スキル<インベントリ>だ。
(……インベントリ……インベントリ……)
《 所持アイテムはありません 》
魔法を唱えたつもりはないのに、頭の中に言葉が響いた。偶然だが、おかげでスキルの意味がなんとなく分かった。何らかの方法で手に入れたアイテムを取り出すための魔法だと彼は考えた。
(……保管はできるのかな?)
あえて魔法になっているからには、保管も普通とは違う仕組みのはず。普通に持っているのであれば、目で見て確かめれば良いだけのことなのだ。
望月は制服のポケットからシャーペンを取り出して、試してみることにした。
「……インベントリ」
≪所持アイテムはありません≫
「えっ、できないってこと? これをどこかに保管するだけなのに、えっ、消えた?」
保管は失敗。そう思って文句を呟いていると、手に持っていたシャーペンが消えてしまった。何かが起きたのは間違いない。
「……インベントリ」
≪所持アイテム: ?????×1 ≫
「?????って……それ、シャーペンだから」
≪所持アイテム: シャーペン?×1 ≫
「いや、どうして疑問形? それはシャーペンで、字を書くもの。筆記用具といえば分かる?」
≪所持アイテム: 筆記用具×1≫
望月の呟きに反応して、所持アイテムの表示が変わっていく。詠唱には何の意味があるのか。ない可能性を彼は考えた。結局これも、もう一つの<重量軽減>のスキルと同じ常時発動、もしくは半常時発動といったものだと思った。
(……筆記用具を使う……戻った)
手にシャーペンが戻ってきた。やはり<インベントリ>は魔法の詠唱ではなく、スキル名で、発動は頭で考えるだけでできるのだと、望月は理解した。便利ではある。
そうなると次は<インベントリ(小)>の小が気になる。小があるなら、きっと中も大もあるはず。このスキルには成長要素があるということだ。
「素と補正に分かれているのか……素が俺自身の実力で補正は職業スキルの補正だな、多分。ステータス値は低いのか高いのか分からないな……」
ステータスの値については基準を知らないので、評価はできない。ただ、特別高いわけではないのは間違いないと望月は思っている。
「……比べると気分が悪くなるだけか……そもそもステータスは人に教えるものじゃない。そういうことだ」
値を比較できる相手として一緒に転移した四人がいるが、彼らと比べても嫌な思いをするだけだ。<勇者>なんて固有職業スキルと<荷物持ち>では差があり過ぎる。やはり基準にはならず、惨めな思いをするだけだと思ったのだ。
「お待たせしました。都の住民に対しての調査はすぐに行われるそうです。早ければ今日中にも見つかるでしょう」
「ありがとうございます」
ルカが戻ってきて、街の荷物持ちを職業とする人の調査手配が済んだことを伝えてきた。すぐに行われ、早ければ今日中に結果が出る。望月が思っていたよりも、遥かに早い対応だ。落ちこぼれ職業スキル持ちの自分への対応としては、かなり良いものだと思う。
「あと鍛錬については当面、基礎的なものをやってもらうことになりそうです。分かりやすく言うと、新兵訓練です」
「ああ、それ良いですね? 戦闘はド素人なので」
「かなりきつい訓練ですけど、頑張ってください」
「えっ……?」
驚きで(お前、今さっき基礎的な訓練と言わなかったか?)という言葉までは声にならなかった。
「戦場で命を落とさないためです。死ぬほど苦しいけど頑張ってください」
その死ぬほど苦しい訓練をやらなくて良いという選択肢はないのか。この言葉も声にはできなかった。予想外の厚遇を喜んでいたのに、結局は辛い目に遭わされることになる。
それでも<勇者>なんて面倒な職業を与えられた彼らよりは、少しは楽かもしれない。望月はこう思って、自分を納得させることにした。
◇◆◇
オリエンテーションのような時間が終わり、さらに城内を案内してもらって、今日一日の予定は終了。早めの(この世界では普通のようだが)夕食を終えて、時間としては午後五時。城と街の何カ所かにある鐘の音が、時間を教えてくれることも教わった。
この世界の、正確にはこの国の活動時間についても。朝が早いのは夜に使う照明代を節約するため。火を使う照明の油にしても、魔道照明具に使う魔石にしても、灯し続けていると、馬鹿にならないコストがかかる。特に魔石は、来たるべき大災害に備えて、厳しい節約を行っている。活動は照明を必要としない時間にしているということだった。
(……ということは、この魔石も貴重なのか)
望月は魔石をもらっている。<導きの儀>に使うための魔石だ。行動時間を変えてまで、節約している魔石を、儀式のために与えてくれた。厚遇されていると考えるべきだと思った。
彼は天城たちのような固有職業スキルを得たわけではないのだ。
(使わないわけにはいかないな)
使わなければ儀式は失敗するかもしれない。貴重な魔石を惜しんで、得られる何かを自ら捨てるわけにはいかない。彼も、この世界で生きていかなければならないのだ。
(戻れないだろうからな)
大災害からこの国を守ったあとは、元の世界に帰れる。こうは思っていない。国王は褒賞として爵位を与える可能性を口にした。この国の貴族になるということだ。
それは元の世界に戻る者にとっては何の価値もないもの。それを褒賞とするということは、この世界にずっといるということだ。
(俺はどうでも良いけど……)
元の世界に戻ったからといって、何があるわけではない。待っている家族も、彼にはいない。彼は親の顔も知らない。物心つく前に捨てられ、養護施設で育った。養護施設の職員にも、彼の場合は残念なことに、愛情を感じられるような相手はいなかった。恨んでいる相手はいるが。
友人もいない。善意で彼のような子供を、通っていた学校では受け入れていた。富裕層の慈悲の心というものなのだろうが、周りの生徒もまたその富裕層ばかりでは、感謝よりも居心地の悪さを感じるばかり。友達付き合いなどできるはずがない。同情、もしくは偏見や差別の視線を常に向けられる毎日だったのだ。
(……始めるか)
自分の境遇を嘆くことに意味はない。そんなことをしても何も解決しない。学んだのは全てを諦めること。心を鈍感にするために、壁を作ること。そうして今の彼がある。
部屋の机の上に魔法陣を広げ、その上に魔書と魔石を置く。
「……我願う。汝が我の導き手となりて、我の行く道に光を当てんことを。出でよ、『導く者(グベルナートル)』よ」
空しい詠唱だ。このようなことを願って、何が叶うというのか。願いなら幼い頃に数えきれないほど行っている。だが、彼は何も叶えてもらえなかった。叶えられたのは生きること。これ以上のことを望む資格は自分にはないと思い知らされた。彼の人生に光が当たった記憶などないのだ。
「あっ……」
それでも魔書は反応してくれた。上手く行くことが約束された儀式なのだと彼は思った。
「……初めまして、ではないかもしれませんね? 私はエレナ。貴方の『導く者(グベルナートル)』となります」
「……精霊って……裸なのか」
「えっ……きゃっ! 見ないでくださいっ!」
本人は自分が裸である自覚がなかったようだ。全身を真っ赤に染めて、しゃがみ込んでいる。
この反応をどう考えれば良いのか。どうすれば良いのか、とりあえず言われた通り、視線を彼女から逸らし、窓の外を眺めながら望月は考えている。
「は、裸見られた……えっと、えっと……ああ、そうだ。大丈夫……もう大丈夫です」
何が大丈夫なのか分からないが、本人が良いと言うのだから大丈夫なのだろう。こう思って、望月は視線を彼女に戻した。
小さい、手の平ほどの大きさの彼女、エレナ。精霊にしてはリアル。元の世界で会っていれば芸能人だと思うくらいの、とても可愛い女の子をそのまま小さくして、羽根を生やしたような姿だ。どこから手に入れたのか、白いワンピースを着ている。
「……君が俺の『導く者』?」
「はい。そうです」
「えっと、その姿って、俺が望んだ姿ってこと?」
良く見れば、精霊というより天使。ソフィア王女は相手に合わせて姿を変えると言っていた。どうして天使と自分が結びつくのか、望月本人は見当もつかないのだ。
「いえ、違います。私の本来の……本来はおかしい……いえ、本来の姿です」
話し方には、まったく神秘的な雰囲気はない。普通に女の子と会話をしている感じだ。とにかく、この世界で『導く者(グベルナートル)』と呼ばれている存在は、こういうものだと望月は考えた。どう感じようと変えようがないのだ。
「それで、何を教えてくれるの? ルカさんは最初は師弟関係だって言っていた」
「ああ……まあ、のんびり行きましょう」
「それ、君が決める……まあ、師匠がそう言うなら」
のんびりしている余裕が自分にはあるのだろうかと思った望月だが、焦って何をするのかと考えても何も思いつかない。とにかく今は少しでも多く情報を手に入れること。そうしないと正しい判断ができない。自分がこの先、どうしていくのかも見えない。
異世界転移の二日目は、何がなんだか分からないまま、終わることになる。