
翌日、彼らはまだ陽が低い位置にある時間に起こされた。熟睡していた時間に無理やり起こされたことによる不機嫌もあって、文句を言ったが、この世界ではこの時間の起床が普通だと返された。今日からは早く寝ようと、ほとんどが思った。
彼らはこの世界の常識とされる習慣も知らないのだ。朝食はなし。これまできちんと朝食をとっていた天城と神崎が軽く不満を口にすると、今度はフルーツを絞ったジュースを出してもらえた。その美味しさに驚く二人を見て、結局、全員がそのジュースを飲むことになった。この世界に来て、初めて口に入れたものだからか、それとも実際に元の世界とは比べものにならないくらい美味しいのか、この時点では分からなかった。この世界の食物の美味しさを彼らが本当に知るのは、昼食まで待つことになる。
用意された服に着替える。眠っている間にサイズを測られたのかと思うくらい、全員の服がぴったりだった。男子四人は黒の騎士服で、唯一の女子である神崎は淡い青のドレス。デザインはどちらも質素だが、着ている人(天城と神崎の二人限定かもしれないが)のおかげか、とても素敵に見える。少し満足だ。
顔を洗い、歯を磨く。予想外に歯ブラシは元の世界より少し毛が荒い程度で、そう変わらない物があった。歯磨き粉はさすがになく、塩で磨くことになったが、それでもこれも満足だ。不快な思いをしなくて済む。
そしていよいよ、<覚醒の儀>を執り行うことになる。場所は召喚された時と同じ部屋。ただ部屋の中は少し変わっていた。祭壇のようなものが置かれていたのだ。祭壇の上には水晶と思われる球体が置かれていた。「またテンプレ」という言葉が皆の頭に浮かぶ。
「では、早速、儀式を始めます」
儀式の開始を宣言したのは、髪の色と同じ黒い細身のドレスを着た女性。スタイルが良く、美人と言える顔なのだが、切れ長の黒い瞳のせいもあって、冷たい雰囲気を感じさせる。
「アマギ殿、前へ」
「……はい」
少し緊張している様子の天城。周囲は根拠なく、彼には特別凄いスキルが与えられると考えている。彼自身はそれを少しプレッシャーに感じているのだ。
元の世界でも周囲の期待を集めていた彼。本人もそういうことには慣れているつもりだったが、この世界のこれは、また違う緊張だった。
「では、魔晶玉に両手をかざして」
「……これで良いですか?」
恐る恐るといった様子で、女性が魔晶玉と呼んだ球体に両手を伸ばす天城。
「大丈夫です。では、始めます」
女性も前に進み出て、自らの右手を魔晶玉に伸ばした。
「天より降りし神の理よ、汝が魂の裡(うち)にて覚醒せよ――『天啓覚醒(レヴェラティオ・エクスルゲ )』! 」
女性の詠唱の声が部屋に響き渡る。それと同時に輝き始める魔晶玉。その輝きが部屋全体に広がったと思った瞬間、光は消えた。
「……えっと?」
天城は、自分の体の変化を何も感じていない。
「どちらかの手を天に向けて、『我が手に開け、魔書(グルモリウム)』と唱えてください。心の中で唱えるだけでも大丈夫です」
「分かりました」
まだ失敗と決まったわけではないと分かって、ホッとした様子の天城。それでもまだ緊張は解けない。成功したと決まったわけでもないのだ。
心の中で言われた通りの言葉を唱える。
「えっ?」
手の平の上に、正確には手の平の上の空中に、表面に文様が描かれた赤い本が浮かんでいた。唱えた通り、魔書(グルモリウム)が開いたのだ。
「続けて、『能力(ポテンティア)』と」
「……能力(ポテンティア)」
何も考えず、言われた通りの言葉を声に出した天城。魔書が開いて、白紙だった頁の上に文字が浮かんできた。
「……これは……<勇者>のスキルを得たということですか?」
天城の言葉に小さなどよめきが起こる。
「職業スキルにそう書かれているのであれば、その通りです」
「やった」
小さく呟く天城。今度こそ、本当に一安心。彼が得た職業スキルは<勇者>。周囲に期待されていた、本人も求めていたスキルが得られたのだ。
期待していたのは一緒に転移してきた友人たちだけではない。この国の人々も期待していた。望む結果を得られて、その人たちもホッとした表情を見せている。
「では、次。カンザキ殿」
儀式を執り行っている女性だけは硬い表情のままだ。儀式はまだ終わったわけではない。あと四人の儀式が残っている。名を呼ばれて前に出る神崎。
彼女の顔にも天城と同じ緊張の色が見える。天城の儀式は成功に終わった。では自分はどうか。彼女もずっと周囲に期待をかけられ、それに応えてきたのだ。ここで失敗はしたくなかった。
「天より降りし神の理よ、汝が魂の裡(うち)にて覚醒せよ――『天啓覚醒(レヴェラティオ・エクスルゲ )』! 」
同じ詠唱。起きた現象も同じ。部屋中に光が広がり、一瞬でそれは消えた。
「……<聖女>と書いてあります」
「それは……その通りのスキルということです」
また小さなどよめき。先ほどと少し異なるのだが、それは神崎たちが分かるような違いではない。
<勇者>に続いて<聖女>のスキル。小説の世界ではお約束のようなものだが、現実に起きると、それは特別だ。
「続いて、エンジョウ殿」
「おう」
気合の声を口にして前に進み出る炎城。だが内心では、彼もやはり緊張が広がっている。天城と神崎に関しては、彼からしてみれば、順当な結果なのだ。だが、彼らとは違う自分はどういう結果になってしまうのか。不安を覚えずにはいられない。
「……<拳王>って……悪くはなさそうだけど……」
古い漫画で聞いたような職業スキル。そもそも<拳王>は職業と言えるのかという疑問もあるが、王が付くのは悪いことではないと炎城は思っている。というか思いたい。
「<勇者>や<聖女>と同じ固有職業スキルです。拳という言葉から、格闘系の戦闘職だと思われます」
「固有か……良し!」
天城と神崎と同じ固有職業スキルを与えられた。これは彼としても喜ぶべきことだ。<拳王>がどういうスキルか具体的なことは分からなくても、共に戦える職業スキルであるのは間違いない。
「では、ヒムロ殿」
「ああ……凄いプレッシャー」
ここまで全員、成功どころか大成功と言える結果だ。自分だけが外れるわけにはいかないというプレッシャーが氷室にはある。ただ彼の場合、緊張しているようには見えない。実際、前の三人ほどではない。彼は、このような場面での、精神力は強いほうなのだ。
「<大賢者>……完璧かな?」
「固有職業スキルです」
「完璧だね」
彼も固有職業スキルを得た。詳細は分からなくても魔法系であるのは確実。天城の<勇者>は、彼の想像では魔法剣士系。神崎の<聖女>は回復系。光属性魔法攻撃もあるかもしれない。炎城の<拳王>は格闘系で確定。それに自分の<大賢者>だ。最強パーティーができ上がっている。
「では最後に、ソウ殿」
「……はい」
呼ばれて前に出る望月の顔は真っ青。この展開は、すでに結果が見えたようなものだと考えているのだ。落ちこぼれが酷い目に遭うパターン。それを乗り越えて強者になるパターンはあっても、酷い目に遭わされることは変わらない。それは嫌なのだ。
「天より降りし神の理よ、汝が魂の裡(うち)にて覚醒せよ――『天啓覚醒(レヴェラティオ・エクスルゲ )』! 」
これまでと同じ詠唱。そして起きる現象は……違っていた。
「えっ……?」
戸惑いの声は詠唱を唱えた女性のもの。魔晶玉の光は広がらなかった。逆に小さな光が集まってきたように彼女には見えたのだ。彼女の知識にはない現象だ。
そうであっても儀式は終わり。望月の手の平の上には銀色の魔書が広がっている。
「……ポーター」
「それは……固有職業スキルですか?」
望月の時は、何故か女性は疑問形。彼女の知らない職業スキルということだ。五人全員が固有職業スキル。その可能性を、望月本人を除く、残り全員が考えた。
「……ごめんなさい。荷物持ちです。荷物持ち(ポーター)って書いてあります」
<荷物持ち>と伝えれば、すぐに分かったこと。だが彼はそれに抵抗を感じ、<ポーター>と伝えることを選んだのだ。無駄な足掻きというものだ。
「……はい?」
「お前……面白過ぎるだろ!? 職業が荷物持ちって……最高じゃないか!?」
望月の職業スキルを聞いて、炎城は大喜びだ。パーティーの荷物持ち、雑用係を確保できたと考えているのだ。
「炎城。本当に止めて」
はしゃぐ炎城に、睨みつけるような視線を向けて止めさせようとするのは、いつも通り、神崎だ。
「いや、でも失業はしない。俺たちの荷物運びという職を得られたわけだ」
「戦えない人を連れて行けるわけないでしょ?」
「そのほうが俺は酷いと思うけどな? 神崎は望月に、その辺で本当の荷物運びの仕事をしていろって言うつもりか?」
彼らは魔物と戦う為に召喚された。その戦いに参加しないということになれば、この国では用無しだ。今すぐ放り出されてもおかしくない。放り出されて、生きていく為に働かなければならなくなる。
「そういうつもりはないけど……」
馬鹿にするような態度は問題だとしても、炎城が言っていることは完全には否定できない内容だ。それに神崎も気が付いた。
「……ソウ殿以外の方々は、今後の鍛錬計画などの話がありますので、別室にご案内します」
「ちょっと待ってください。望月くんも私たちの仲間です」
「そうだとしてもソウ殿は貴女たちの鍛錬には付いていけません。別行動が必要になります」
「別行動って……彼をお城から放り出すつもりですか?」
言っていることはその通りだと、神崎も思う。だが望月と引き離されることには抵抗を覚えている。気付いた時には、どこかに捨てられていた。こうなる可能性は十分にあるのだ。
「そのようなことは致しません。今、別行動となっても、夕食の時にまた合流することになります」
「でも……」
「琴音。大丈夫だ。彼に何かあった時は、俺たちは黙っていない。彼を追い出したら、俺たちも出ていくだけだ」
天城のこの言葉は脅しのつもりだ。望月に何かしたら、自分たちはこの国を出る。これを言えるのは彼が<勇者>という固有職業スキルを得たからこそ。望月を除く全員が固有職業スキルなのだ。駆け引きに使えないわけがないと、彼は考えている。
「……そうね。望月くんに何かしたら、私は絶対に許さないわ」
とどめのつもりの脅しの言葉を残して、案内役に続いて、部屋を出ていく神崎たち。
「……あの……僕は何を?」
「ごめんなさい。正直、最低でも戦闘職か支援系だと思っていて」
望月をこの場に残したものの、女性はノーアイディア。これから何をしてもらえば良いのか、何も案を持っていない。
「ですよね?」
「戦闘系の職業スキルを持っていなくても、まったく戦えないわけではないわ。最低ランクの魔物であれば、鍛えればなんとか……」
「最低ランクでも鍛えて、なんとか……ギリギリってことですね?」
それは戦えないということではないかと、望月は思ってしまう。ただこれは早計である。女性は<荷物持ち(ポーター)>のスキルの詳細を知らない。戦闘力がまったくないと仮定して、話をしているのだ。
「でも、荷物運びを職にするにしても、街道にも出没するような魔物とは戦えないと……荷物運びが仕事と決まったわけではないのだけど……」
「……なんか、雰囲気違いますね?」
「えっ? 雰囲気って?」
「貴女の雰囲気です。先ほどまでは、なんというか堅いというか、冷たいというか……」
言葉遣いが少し変わっただけ、という感じでもない。困った表情に、申し訳なさそうな表情。先ほどまで見えなかった感情が顔に出ているのだ。
「ああ……儀式は厳粛なものなので。きちんとしないと」
「仕事とそうでない時の切り替えみたいな?」
「そのような感じかしら? ああ、まだ名乗っていませんね? 私はソフィア・ユスティニア。この国の第一王女です」
「はい?」
彼にとっては、あり得ない名乗り。どうしてこの国の王女が儀式を執り行っているのか。それもここまで名乗りもせず。
「何か?」
戸惑ってる様子の望月の反応が彼女は不思議だった。特別おかしなことをしたとは思っていないのだ。
「どうして王女様が儀式を? それと、なんというか、挨拶のタイミングは別にあったような……?」
「儀式を執り行なったのは、王家の女性は魔力が強いから……そうね。こういうことも説明しないと」
自分たちにとっては常識でも、異世界人には非常識かもしれない。この可能性にソフィア王女は今、初めて気が付いた。
「挨拶はどうしてですか? そういえば国王陛下も名乗っていません。わざとそうしているということですか?」
「それは……本来、挨拶は最初に、きちんとした場を設けて行うべきものなのだけど……今はその場を用意できなくて……」
何か特別な事情がある。しかも、話せない事情だ。ソフィア王女の躊躇いは、それを示している。それが望月には分かった。
「……とりあえず、彼らとは別で、戦い方を誰かに教えてもらえませんか?」
そうなれば別の話をしなければならない。彼にとっては大事な話だ。この世界でどう生きるにしても、魔物という脅威を退ける力は必要。実際に力を得られるか分からないが、試みないという選択肢はない。城にいる今だからこそできることでもあるかもしれないのだ。
「それはもちろん。すぐに手配するわ」
「お願いします」
「……それとこの本は……ずっと持っているものなのですか?」
何かの存在に与えられた魔書。それは今も望月の手にある。ソフィア王女に「ずっと持っているのか?」と尋ねたが、そうではないと彼は思っているのだ。
「今はそのままで。この後、さらに魔書との繋がりを深める儀式を執り行うことになるわ。儀式といっても自分一人でやるのだけど」
「繋がりを深める、ですか?」
「魔書(グルモリウム)は別名『導きの書』とも呼ばれます。今は本の姿をしているけど、持ち主に合わせて、異なる姿に変わるわ。グベルナートルとなるの」
「グベル……何ですか、それ?」
魔書(グルモリウム)は導きの書とも呼ばれ、さらにグベルなんとかになる。何がなんだか分からない。そもそも何語なのかという疑問も望月の頭に浮かんだ。「ああ、これもテンプレだ」という思いも同時に。
「グベルナートル、『導く者』という意味です」
「ああ、必ずしも本の姿ではないから?」
「そうです……ソウ殿、他の方々と比べると少しアレだけど、『導く者』は誰にでも得られるものではないわ」
「そうなのですか……」
まったく普通の人というわけではないのかもしれない。だが<荷物持ち>は特別な職業ではない。考えても仕方がないことだと彼は思う。
この先、何がどうなるかなど分からない。仮に、異世界転移の知識が豊富だとしても、どれだけ役に立つのかと疑問に思っている。この国は善人が治めているのか、悪人が治めているのか、元の世界の知識だけで分かるはずがないのだ。わずか数分前のソフィア王女の印象でさえ、大きく変わることになったのだから。
期待しなければ落ち込むこともない。必要なのは生き残ること。それだけを考えようと彼は思った。