
◇◆◇ 魔王=呪王 ◇◆◇
大船を使って、大軍をいきなり、魔王国の都近くに送り込む。ザイズ王国の者共は考えたものだ。夜王に騙されたな。夜王はミネラウヴァ王国の勇者が、がら空きになった魔王国に精鋭部隊と共に侵入、我を討つと言っていた。だが、攻めてきたのはザイズ王国。それも陸からではなく、海を渡ってだ。こんな話は聞いていない。備えてもいない。
本当の意味で夜王に騙されたのかもしれないな。ミネラウヴァ王国との決戦に臨むという口実で、夜王は多くの戦力を魔王国から連れ出した。その結果、がら空きになったところを、ザイズ王国は攻めてきた。裏で繋がっていると疑いたくなる状況だ。
異世界人などを信じた我が愚かだった。こう考えて、諦めるしかないか。都を焼く炎は、炎王のそれではなく、敵の攻撃。こうして城から見下ろしていると、戦場となった都の様子が良く分かる。都で暮らす、戦場に出る力のない者たちも、あの炎に焼かれているのだろう。人族は子供にも容赦がない。我らを殺すことは正義だと考えている。そのような生き物と共存など出来るはずがない。この世界から消し去るしかないのだ。先代の愚かさを、最後にまた認識することになった。
ただ愚かなのは先代だけではなく、我も同じ。炎王はどうやら討たれた。都を守る戦力はもうほとんど残っていない。今日、魔王国は滅びることになる。我が魔王の時に、魔王国は滅びるのだ。愚かな王だと蔑まれることだろう。別にかまわない。蔑まれる時に、我はこの世にはいない。我の死後に、勝手にあざ笑うがいい。死んだ我はそれを屈辱と思うことも出来ないのだ。
「……あれは?」
空を飛ぶ竜。黒一色のあの竜は、黒竜なのか? 死んだはずの黒竜が生きていたというのか? だとしたら、どうだというのだ。黒竜だけでザイズ王国の軍勢を追い払えるとは思えない。犠牲を強いることは出来るだろう。だが、そこまでだ。炎王を討つ力のあるザイズ王国に、黒竜が勝てるはずがないのだ。
「…………」
それでも黒竜はザイズ王国軍に攻撃を仕掛けた。口から吐き出された炎がザイズ王国軍の騎士や兵士を焼いている。だが、それが何だと言うのだ? ザイズ王国軍は何千という数がいる。一度に四、五人、焼き殺したからといって、敵の勢いは止まらない。
「…………」
一度に四、五人では。だが、一度に百人が焼死するとなれば、どうか?
「……何だ、あれは?」
魔法であることは分かる。空中に展開された魔法陣は次々と数を増していく。一斉に放たれた黒い炎。ザイズ王国軍の勢いはそれで止まった。止まらずを得ないだろう。あれだけの魔法を同時に放たれるとなれば、まとまって動くのは悪手。一度の攻撃で多くの犠牲者を出すだけだ。
ザイズ王国軍は隊列を崩して、分散。だが今度は分散した集団に向かって、黒竜が襲い掛かる。炎王の部隊は、黒竜と協力して戦っているのか? それが出来ているのか?
「…………」
違う。炎王の部隊ではない。部隊などと呼べない数。二人……この場所から確認出来るのは二人くらいだ。二人と黒竜で、数千のザイズ王国軍と戦っているのか?
「空を……いや、あれは……<立体跳躍>だったか……」
片方の動きは驚くべきものだ。空を駆けている。言葉の通り、空中を走っている。おそらくは<立体跳躍>というスキル。高位魔獣が持つスキルだ。それを持つあの男は何者だ?
『ジークフリート殿下、戦死!』
まさかの声。これは事実なのか?
『クズミーーーー! 貴様、よくも殿下――!』
『ウイルゴ隊長も討たれた!』
『撤退だ! 撤退しろ!』
城下で何が起きている? ザイズ王国軍が引こうとしている。何者の仕業だ?
答えはすぐに分かるかもしれない。黒竜がこちらに向かっている。何者かを背中に乗せているのが見える。
「えっと……魔王?」
「……まず、貴様が名乗れ」
「プライド高っ。さすがは魔王。俺はカイト」
「……何者だ?」
カイト。聞き覚えがあるような気がするが、具体的なことは頭に浮かんでこない。どうして知らない? これほどの強者の情報が我の耳に届かなかった?
「何者……どれからにするかな……まずは……元退魔兵団の兵士」
「退魔兵団? ミネラウヴァ王国の兵士か?」
「元だから。あとは……大事なのはこれかな? 先代ヤマトの弟子で、義理の息子。ちなみに先代を<悪魔の迷宮>に閉じ込めたのは?」
「……我だ」
先代の弟子で義理の息子。先代など、とっくに消滅していると思っていたのに、まだ存在していたのか?
「御礼を言うべきなのかな?」
「礼だと?」
「あそこに先代がいたから、俺はこうして生きている。だから礼……いや、先代がいたから、あそこは<悪魔の迷宮>になって、俺は捨てられたのだとすれば……いやいや、他の場所に捨てられていても死んでいた。やっぱり、御礼だな」
「貴様は何を言っている?」
この男は我を愚弄しているのか? どうして礼など言われなければならない。我は先代を騙して封印した。この男が先代の義理の息子だというなら、恨んでいるはずだ。
「話すと長いいきさつがあって。これを話す機会があるかどうかは、そちら次第」
「意味が分からん」
「降伏しろ。嫌なら殺す。ただ、この先のことを考えると、出来れば降伏が望ましい」
「……どうして我を生かそうと思う?」
この男も先代と同じか。我のことなど眼中にない。そうであっても当然だ。こうして間近で向かい合っているだけで、心に敗北感が広がる。この男は強い。我とは格が違う絶対的な強者だ。
「お前が死んでも、変わらず忠誠を誓う人たちと、俺に従うと約束した人たちの間で争いになったら困るから」
「……すでに裏切り者が出たか」
忠誠心など信じていなかったが、寝返りの早さには呆れるな。
「八芒星王からは三人。他は死んだ。あとここに一人いるはずなのだけど?」
「……炎王は戦死した」
八芒星王まで裏切った。重臣に取り立ててやったのに、その恩義も忘れて、あの者たちは裏切った。
「彼らの為に言い訳しておくと、魔王国を守る為。ザイズ王国に攻め込まれているのを知って、俺たちとの戦いを終わらせたかったからだ」
「……貴様はその約束を守った」
「なんとか。でも、お前次第でまた魔王国に争いが起こる」
「……我がここで膝を折ったとして、お前は信じられるのか?」
この男もヤマトと同じで、お人好し。ここで従う振りをするのも悪くはないかもしれない。そうしてまた時間をかけて、この男も封印する。それでまた魔王国は我の物になる。
「信じるわけないだろ?」
「何?」
「残念ながら、他人を信じられるような幸せな人生を歩めていない。前の人生では周りにいる全てが敵だった。この世界は少しマシだけど、生まれてすぐに親に裏切られたのは前世と同じ。家族でさえ平気で裏切るのに、どうして他人を信じられる?」
この男も異世界人。だが、同じ異世界人でもヤマトとは違う。誰一人、信じることなく生きてきた。これは事実なのか? 事実だとしたら、どうしてこの男は私に降伏を許す? 殺すことを選ばない? その気になれば、すぐに私を殺せるはずなのに。
「他人を信じられないのに……どうして?」
「はあ? 信じられないからって他人を殺していたら、この世界で生きているのは俺だけになるだろ? いや、さすがに何人かは信じられると思える人はいる。でも両手があれば足りそうな数だけで、この世界を生きるっておかしいだろ?」
「それはそうだが……」
どうしてこの男の話はこんな極端なのだ。当たり前の話だ。他人を皆殺し、十人を残して、皆殺しなんて狂った真似が許されるはずがない。
「お前が降伏しても、俺はお前を疑い続ける。常に近くに置いて、お前のことをずっと見ている」
「……ずっと……見ている?」
「そうだ。お前が裏切ろうとしていないか、変なことを考えていないか。俺はずっと見ている。怪しい真似をしたら、容赦なくバンだ」
「…………降伏する。魔王国の王はお前だ」
お前がそこまで言うなら、我もまたお前を見続けよう。本当にお前は我を見続けてくれるのか。我の存在を気にし続けてくれるのか。お前の言葉が本当であるかを、我は確かめ続けよう。
我は常にお前の脅威で有り続ける。お前が我との約束を守り続けるように、守り続けられるように、我はお前に我の存在を示し続けよう。