
◇◆◇ 剛拳王 ◇◆◇
夜王が死んだ。勝てるはずのない相手と戦った結果だ。<魔王の柱>は先代魔王の側近たちの称号。その一人が幻夢夜姫だった。夜王とは比べものにならない幻影魔法の使い手。幻影魔法を使えない我でも、それを知っている。先代魔王の側近たちは誰もが、今の八芒星王よりも遥かに強者だった、だから魔王国なんてものを作れた。先代ヤマトの力だけでは、曲がりなりにも、魔族をひとつにまとめるなんてことは出来なかったはずだ。
その彼らは先代とほぼ同時期に魔王国から、世界から消えた。だから、我らは今の地位にいられたのだ。夜王はこの事実を知らなかった。先代の時代について無知だった。その結果が死だ。
嵐王は、かつて名を与えた悪魔と戦っている。普通に考えれば、嵐王の楽勝。だが現実には、嵐王のほうが押されているように見える。嵐王の能力は<風魔法>、その威力は凄まじく、風というより嵐。だから嵐王と呼ばれている。その嵐のような風魔法が発動される度、傷つくのは嵐王のほう。最初は何が起きているのか分からなかったが、よく目を凝らしてみれば、嵐王の体の周りに無数の細い糸が舞っているのが見える。暴風が吹き荒れる度に、その糸が嵐王の体に絡みつき、傷つけているのだ。
どう考えても相性が悪すぎる。嵐王の相手も、恐らくは<魔王の柱>。戦いの結果は見えている。
「さて、ようやく俺の出番だな」
新手も現れた。我と戦う気満々のようだ。
「貴様は?」
「質問の意味が分からない。名を聞いているのか? だったらカトラだ。ああ、暴威とも名乗っていた」
退魔兵団の暴威の名は知っている。黒炎、夢魔、そしてこの暴威。強者が退魔兵団に集まっていた。我らはそれを分かっていなかった。
「<魔王の柱>か?」
「ああ、それを確かめたかったのか。そうだ」
「……では、やるか」
この男も先代の側近たちと同程度の力があるのか。そうだとすれば、我は敗北を恐れて戦うことになる。そういえば、黒炎に言われたな。「強いのではなく、弱い相手としか戦ったことがない」と。あれは間違いだ。我も絶対的な強者と戦ったことがある。先代の側近、天殺拳王様だ。
「邪魔は駄目だよね?」
「……なっ……ば、馬鹿……な……」
「影王……」
突然、目の前に現れた二人。一人は影王だ。何をしようとしていたのかは分かる。姿を消して近づいて、暴威を殺そうとしていた。そういう男だ。それに適した能力を持つから、そういう男になったとも言える。
だが、その影王は現れたもう一人に止められた。影王が驚いていることから、不意打ちをくらったのだろう。姿を消していた影王に、相手に気付かれることなく近づく。恐らくは、影王と似た力を持つ退魔兵団の無影だ。そして彼も<魔王の柱>に違いない。
「何だ、無影。お前も遅刻か?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれる? 僕はずっと前から近くに潜んでいた。本気で遅れた暴威とは違うから」
「いや、だって、俺が潜った迷宮、遠くて」
「言い訳は良いから、少しは活躍したら? アレクのほうも終わったよ」
嵐王も負けた。裏切った者たちに魔王と見られている黒炎と戦うことも出来ずに、皆やられた。強い。強すぎる。
「そうだな。よし、今度こそ」
「勝負が見えているなら、降参させれば?」
「ええ!? それはないだろ!?」
まさかのことに黒炎が戦いを止めようとしてきた。暴威のほうは当然、不満そうだ。戦いを求める性質、そういえば、以前会った時に「同じ」とも言われたような気がする。
「話を聞いていないかもしれないけど、俺の目的は魔王国を滅ぼすことじゃない。この世界に害を及ぼす転生者を排除することだ」
「……でも、魔族って降参するのか?」
「同じ八芒星王の岩王は降参した。魔族だって、無意味に死ぬよりは、生きるほうが正しい選択であることくらい、分かると思うけど?」
あとの言葉は我に向けられたもの。確かにそうかもしれない。だが、恥辱の中で生きるよりは死んだ方がマシだ。
「生きて虜囚の辱めを受けず、という」
「それ聞いたことがある。もしかして先代に言われた言葉か?」
「……そうだったかもしれない」
はっきりとは覚えていない。だが、そうであったような気がする。虜囚なんてものは、魔族の世界には合わない。戦って負ければ死ぬというのが常識だ。
「その時代に生きていないくせに無責任な言葉を残すな」
「無責任と言われても」
「ああ、今のは先代への文句。意味を考えずに、そんな言葉を残した先代は間違っている」
黒炎は何を言いたいのか? これは我に生きろと言っているのか? どうしてそう思うのか? 我は敵で、黒炎の味方を大勢殺している。
「カイト、敵追加」
「ああ、そういえば、もう一人いたか」
識王が来たのか? だが無謀だ。識王の戦闘力は我らよりも低い。勝てるはずがない。
「……あ、あの……こ、交渉をしたい」
だが識王は戦いに来たのではなかった。黒炎に交渉を求めている。味方の命乞いか。それとも完全降伏か。この状況では識王の考えを否定は出来ない。我らの負けはすでに決まっている。
「交渉? どんな?」
「……停戦を」
「おっと……さすがにそれは勝手じゃないか?」
すでに敗北が決まっているのに停戦。黒炎の言う通り、虫が良過ぎる。黒炎の側に停戦で終わらせる理由などないはずだ。
「それは分かっている……分かっているが……」
「魔王国がザイズ王国に攻められているみたい」
サキュパス族か、黒炎についたのは事実だった。今更だ。それよりも問題は、魔王国が攻められているという彼女の言葉。事実なのか? 事実なのだろう。識王の表情がそれを教えてくれている。
「いつの間に?」
「海を渡ったみたいね。見たことのない大きな船が何艘も魔王国の沿岸についたって」
大きな船で海を渡った。船を作るのに、どれだけの期間が必要かは知らない。だが、ザイズ王国がかなり前から、奇襲の準備をしていたことは分かる。我らはまんまとやられた。死んだ者の責任にするのは躊躇いを覚えるが、夜王がさらに魔王国の隙を大きくしたのだ。
「なるほど……ザイズ王国の王子様も転生者だったな。それくらいのことはさせられるか」
「私たちは魔王国に戻りたい。停戦はこの場でのこと。終戦についての具体的な話し合いはまた別の機会に」
一時的な停戦ではなく、終戦。意味があるとは思えない。魔王国はミネラウヴァ王国ではなく、人族に負けたのだ。夜王が話していた通り、魔王国は滅びる。多くの魔族が命を落とすことになる。この世界に我らが生きる場所はなくなる。
「……いや、降伏しろ」
「私たちがここで降伏したら、誰も魔王国を守れない!」
「俺が守る」
「なっ……何ですって?」
黒炎は何を言った? 「魔王国を守る」と言ったのか? こう受け取って良いのか?
「降伏して、俺に従え。ミネラウヴァ王国の軍勢は置いて行くけど、残りの全てでザイズ王国を討つ」
「どうして?」
「ザイズ王国には、この世界から排除しなければならない奴らがいる。俺と同じ転生者だ。どうせ、攻め込んだ中にいるはずだ。そいつは魔王を倒した英雄になりたいのだろうからな?」
黒炎の目的は自分と同じ転生者を排除、殺すこと。この世界に転生者がいてはいけないと、黒炎は考えている。自分も含めて。夜王との会話で、なんとなく感じていたことだ。
そういえば、以前会った戦場でも黒炎は魔族を助けていた。この男には人族か魔族かは関係ないのだろう。
「我が名はバズラ。八芒星王、剛拳王の名は捨て、これ以後はカイト様の忠実な僕として、仕えさせて頂きたい」
「剛拳王……?」
「識王、魔王国を、いや、仲間を救いたければ、お前もカイト様に従え。このお方に頼るのだ」
これが正しい選択だ。我らが膝を屈するだけで多くの仲間が助かると思えば、このようなことは屈辱でも何でもない。むしろ誇りに思うべきだ。
「……私の名はセラフ。貴方様に忠誠を捧げます。捧げますので、どうか魔王国を、我らをお救い下さい」
「……そこまでは求めていないけど……気持ちは分かった。遅刻した断空! 罰として軍の再編はお前!」
「お前らが早過ぎるんだ。なんだっけ、セラフか。お前も手伝ってくれるのだろ?」
やはり、もう一人もいた。退魔兵団で通り名を持っていた同世代五人。この彼らが次の魔王と、その魔王を支える側近だ。
「もちろんです」
「敬語はいらない。俺らは別にあんたらより偉いわけじゃない、なんて話はしている場合じゃないか。行くぞ」
これで我らは救われるのか? はたして間に合うのか? 魔王と炎王が残っている。二人の頑張りに期待することになる。二人を裏切っておいて、勝手な話だ。
「僕の出番もなかった」
「ルナ……ルナが出たら……ああ、そうだ。じゃあ、俺と先に行く?」
「……そうする。じゃあ、早速」
「なっ!?」
可愛らしい女の子だったはずが、一瞬でその姿は竜に変わった。この姿は間違いなく、黒竜。黒竜までカイト様の側にいたのだ。これでカイト様以外の誰が魔王を名乗れるというのか。魔王、いや呪王には悪いが、我々の選択は間違っていない。これを確信出来た。
カイト様を乗せて、大空に舞い上がった黒竜。あの後を、地を駆けて追うのは大変そうだ。