
◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇
ゼファー伯爵の軍勢に紛れ込んで、北の最前線にやってきた。西の国境に出陣している父上にこのことを知られれば、酷く怒らせることになるだろう。だが、父上自らがザイズ王国との戦いの最前線に赴き、北ではカイトが魔王国と戦っているという状況で、自分だけが安全な場所にいることなど耐えられなかった。
私はミネラウヴァ王国の王子であるだけでなく、勇者でもある。勇者の義務として、魔王国と戦わなければならない。<勇者の器>はもしかするとカイトの加護だったかもしれないのだ。加護を奪っておいて、魔王国との戦いをカイト一人に背負わせるなんて真似は出来るはずがない。
エミリーも似た想いを持っていた。<聖女>の称号を与えられているのに、自分はミネラウヴァ王国に害をもたらすばかり。せめて魔王国との戦いで、国に貢献したい。こう言って、私と同行してきた。
だがしかし、北の戦場は圧倒的な戦力差。敵はざっと見ただけで、味方の三倍以上はいる。正直、恐怖で体が震えてしまいそうだ。
「……ずいぶんと集まったな」
カイトの内心は分からない。だが、表情は落ち着いたものだ。
「把握しているだけで、識王、夜王、剛拳王、嵐王、さらに影王までいます。味方になった岩王を加えれば、六人の八芒星王がこの戦場にいることになりますね?」
カイトに仕えているサキュパス族の報告が事実だとすれば、数だけでなく、質の上でも魔王国側はかなりの戦力。
「楽しそうだな?」
「楽しいですよ。これからもっと楽しくなります」
「もっと?」
「集まるのは敵だけではありませんからね?」
味方にも増援があるようだ。だが、どこからの増援? ここまで来る間に集められるだけの味方は集めてきたつもりだ。それでようやく三千。敵の数にはまったく届かなかった。
「……ああ、あれか……なるほどな」
サキュパス族の女性が話すとすぐに味方が現れた。戦場旗を見る限り、マコウ男爵家の軍勢だ。数は五百ほど。マコウ男爵家だけで集められる数ではないはず。他家も同行しているということだ。
「鬼人族のセナは<魔王の柱>の称号を得たようですよ?」
「はっ? どうして俺の断りなく、決まるのかな?」
「さあ? どこかの神の気まぐれでしょうから、さすがに私たちでも調べられませんわね」
二人はなにやら不穏な話をしている。<魔王の柱>というのはどういうものだろう? カイトには魔族が仕えている。すでに魔王ということなのか?
エミリーに視線を向けてみた。彼女も良く分かっていないようだ。首を振って返してきた。
『我ら、ライアン族は先代魔王、ヤマト様の養子であるカイト様に仕える! 現魔王ドラクは、卑怯な手段で玉座を奪った簒奪者! 大義は我らにあり!!』
戦場に響いた声。魔王国の陣から出てきた三百ほどの軍勢の中からの声だ。またカイトの仲間が増えた。それも戦場で寝返って来た。
「知っていた?」
「ええ。カイト様にお味方するタイミングを教えたのは私ですから」
「それ、意味ある?」
「……かなり、動揺しているように見えますけど?」
魔王国軍に、私の目でも分かるくらいの揺らぎが見える。魔族たちが動揺している証とまでは私には、はっきりと見えないが、サキュパス族には見えているのかもしれない。
「それでも戦いは避けられない」
「敵の数は多いですけど、ほとんどが魔物。魔族の軍勢は三千二百くらいでしょうか? こちらは九百ですので、およそ三倍。どうにか出来ませんか?」
サキュパス族は我々の軍勢を数に入れていない。魔物の相手は我々に任せるということなのだろうか?
「三千二百を皆殺しにしろって?」
「それもそうですね? 敵味方の犠牲を最小限にする方法でしたらありますけど?」
「それ先に……ああ、魔族らしいやり方ってやつ? 乗ってくるかな?」
「魔族ですから」
カイトの言う「魔族らしいやり方」が私には分からない。
「じゃあ、挑発しに行くか」
「待ってくれ」
歩き出したカイト。彼が何をしようとしているのか、私にはまだ分からない。
「……ああ、殿下はここで待機で。魔王国の八芒星王を挑発して一騎打ち……にはならないか。とにかく、少人数での戦いに持ち込みます」
「それであれば私も行く」
カイトがやろうとしていることは分かった。確かに敵味方の犠牲を最小限にしようと思えば、正しい方法だ。でも、それは勝ててこそ。負ければ味方には多大の犠牲が出ることになる。
「……ここは殿下はいないほうが」
「私は勇者だ! 魔族の戦いを避ける勇者などいない!」
私には戦う責任がある。戦う為にここまで来たのだ。
「避けるのとは違うのだけど……それに勇者って……その加護は……」
「……今は私のものだ。私には戦う義務がある」
本来はカイトの加護だったのかもしれない。だからこそ、私は戦わなければならない。カイトから加護を奪うだけで終わってはならないのだ。
「この戦いは魔族を滅ぼす戦いではなく、魔族も生かす戦い。勇者の出番はありません」
「それは……だがしかし……」
味方にも魔族がいる。カイトの言う通りだ。魔王を倒し、魔王国を滅ぼし、魔族を滅ぼす為の戦いではない。だからといって指をくわえて見ているわけにもいかないのだ。
「義務感……だったら返してもらえます? 本当に俺のものだったのなら」
「それは……」
≪加護<勇者の器>が消失しました≫
「なっ……?」
頭の中に響いた声。今のはどういう意味だ? 加護が消失というのは、どういうことなのだ?
≪加護<勇者の器>に付随するスキルが失われました≫
「そんな……馬鹿な?」
「……まさか、本当に返してもらえるとは……この世界って何なんだ?」
「…………」
私が失った<勇者の器>の加護は、どうやらカイトのものになった。彼の呟きはそれを示している。本来の持ち主に戻ったのだから、これは正しいことだ。だが、私は、これまでの私の生き方は何だったのか? これからの私はどうすれば良いのか?
「神様も過ちを認めたのではないかしら?」
「それは美鈴さんのこと?」
「いえ、ミレー様がクズ呼ばわりしていた他の神様」
「美玲さんって……」
クリスティーナの話が分からない。神をクズ呼ばわり。いや、クリスティーナではなく、他の誰かが神をクズと呼んだのか。そうだとしても。
「血生臭い戦いは俺に任せて、殿下はこの国に暮らす人たちを幸せにすることだけを考えろってことでは? これも神様が」
視線を私に移して、カイトはこれを伝えてきた。
「カイト……」
カイトは私の思いを読み取った。私の心の中の問いに答えを返してくれた。それに驚き、そしてなんだか嬉しかった。
「……スキルではなくて、双子の兄弟だから? 似てないけど……」
「私はそれで良いのだろうか?」
カイトはそう言ってくれたが、それで良いのだろうか?
「二人で同じことをする意味ありますか? それぞれ出来ることをすれば良い。それにどちらも楽じゃない」
「……分かった。戦いは任せる」
私はもう勇者ではない。おそらく私の力はこの戦場では通用しない。カイトを信じて任せるしかない。こう思えた。
「では、行ってきます」
ゆっくりと歩き出したカイト。元退魔兵団の夢魔もそれに続いた。さらに、すぐ隣に影が現れた。カイトに仕える魔族だろう。たった三人で、恐れる気配なく、戦場を進んでいく彼ら。その背中は、とても格好良く見えた。
「岩王。八芒星王の出方次第では、貴方も参戦して」
「出方次第? すぐに戦っては駄目なのか?」
味方についた元八芒星王。彼の言う通りだ。どうして初めから参戦させないのか。
「貴方もカイト様と<魔王の柱>の実力を見極めたいでしょ? それはこの戦場にいる全員が同じよ」
「……負けることは?」
「ない」
サキュパス族の女性は断言した。「負ける」とは言えない状況だ。こう答えるのは当たり前。だが、それだけとは思えない。本当に自信を持って、こう言っているように聞こえる。何か根拠があるのか?
「……クリスティーナ?」
クリスティーナであれば分かるのではないかと思った。
「大丈夫かしら?」
クリスティーナも不安を覚えている。言葉ではそう聞こえる。だが、違う。彼女もまたカイトの勝利を信じている。表情には余裕がある。少し笑っているようにも見える。
「魔王だけでも圧倒的な強さだったのに、さらに勇者。カイトと戦う相手が可哀そうだわ」
「……そうだな」
カイトは強い。強いのだ。私はようやくカイトの実力を知る機会に巡り合えたのかもしれない。彼の本当の実力を初めて目の当たりにするのかもしれない。魔王国の重臣、八芒星王を相手に、クリスティーナが「可哀そう」などという実力を。