
◇◆◇ 識王 ◇◆◇
現時点で集められるだけの戦力を全て、ミネラウヴァ王国における北部最大の防御拠点となっている、アッシュビー公爵とやらの領地に集結させている。寝返った岩王とその配下たちがそこにいるのが分かっているからだ。
すでにその数は三千。雑兵の魔物の数まで入れれば、一万を優に超える数になっている。対する敵軍は、岩王とその配下が三百ほど。崩壊寸前だったはずのミネラウヴァ王国軍は、どうやら増援が合流したようで、三千はいる。数も質も我ら魔王国軍の方が上。そうであるのに夜王は開戦に反対している。
反対の理由はミネラウヴァ王国の陣地に、西方にいたはずの黒炎がいることが分かったからだ。こちらの動きが読まれているのか? そんなはずはない。これだけの数を集めるのは、当初計画にはなかったこと。それを読めるはずがない。
夜王と同じ異世界人。彼がそれに脅威を感じる気持ちは理解出来なくはないが、さすがに過大評価だ。こちらには私、夜王だけでなく、剛拳王、影王もいる。八芒星王が四人もいるのだ。岩王が敵にいても、こちらが負けるはずがない。
「嵐王とその配下が到着されました」
さらに嵐王まで合流した。これで夜王が求める「集められる戦力の全て」ということになる。残る八芒星王、魔王である呪王様と炎王は、万一に備えての魔王国の守りだ。
「おいおい? ここまで集まらなくてはならない敵なのか?」
嵐王はこの戦力集結に否定的な考えのようだ。それはそうだろう。私だって、やり過ぎだと思っている。
「ここで全ての戦いが終わるわけじゃない。ここの敵を一人残らず皆殺しにしたあとは、ミネラウヴァ王国の北部と東部を完全制圧する」
「そうだとしても……まあ、岩王が裏切ったという話だからな。奴の相手は誰かがしなければならない。それが誰かとなると、この中では俺だな」
私は戦闘能力では他の八芒星王に劣る。剛拳王と影王は、岩王とは相性が悪い。影王は岩王の頑丈過ぎる体を壊すだけの攻撃力がない。剛拳王は真正面からの矛と盾の戦いになる。どちらが勝つか興味深いが、絶対に剛拳王が勝つという保証はないのだ。
岩王には夜王が対峙すべきと私は思うが、彼は黒炎と戦うことを強く望んでいる。そうなると本人の言う通り、嵐王になる。自信満々の本人の考えとは異なり、私は消去法で考えているが。
「……勇者も援軍に加わったという話だ。油断し過ぎると足をすくわれるぞ」
「……そんな話は聞いていない」
「俺の手の者が調べた。間違いない。この情報が届いていないのだとすると、岩王だけでなく、サキュパス族も裏切ったか……識王、何を隠している?」
影王配下には諜報に長けた者たちがいる。サキュパス族に並ぶ魔王国の諜報組織だ。勇者が敵軍に加わったというのは事実なのだろう。そうなるとサキュパス族の裏切りも事実か。そんなことがあり得るとしたら。
「……岩王は配下の者たちに、新たな魔王に仕えろ、と命令したそうだ」
本当は他の八芒星王には知らせたくなかった。岩王のように裏切る、そうまでいかなくても、様子見を決め込む者が出てくるかもしれない。「新たな魔王」なんて存在が本当にいて、そう言われるに相応しい者であればの話だ。それは絶対にない。そんな存在は魔王様が許さない。力を持つ前に消されているはずだ。
「……なるほどな」
「まさかと思うが、心当たりがあるのではないだろうな?」
尋ねるべきではなかったかもしれない。ここで影王が「ある」と答えたら、周囲が動揺してしまうかもしれない。
「……それは俺ではなく、奴等に聞け。教えてくれるかは分からないが」
「奴等?」
「あれは鬼人族だろう? 先陣を命じたのでなければ、奴らはどうして、あちらに向かっている?」
「…………」
戦場に鬼人族の軍勢が現れた。数は五百ほど。鬼人族にしては多すぎると思ったが、どうやら軍勢には人族が混ざっている。人族の軍勢と鬼人族は行動を共にしている。鬼人族も裏切って、敵側についたのだ。サキュパス族と鬼人族、どちらも先代に近かった種族。今の魔王に疎まれていた種族だ。
「おい? あれは、剛拳王の配下ではないのか? 突撃を命令したのか?」
嵐王の言う通り、味方の陣から二百ほどが飛び出し、敵陣に向かっている。どういうことだ? まさか、あれも裏切りなのか?
「……ライアン族だ」
「あれも裏切り? だとすれば、新たな魔王とは何者だ?」
それは私が聞きたい。魔王国を裏切って、ミネラウヴァ王国に味方することを決断させる者とは、何者なのだ? 何故、裏切り者たちは決断出来たのだ。
『我ら、ライアン族は先代魔王、ヤマト様の養子であるカイト様に仕える! 現魔王ドラクは、卑怯な手段で玉座を奪った簒奪者! 大義は我らにあり!!』
答えは鬼人族でなく、ライアン族が教えてくれた。これは本当なのか? 黒炎が先代の養子? そんな馬鹿なことがあり得るのか?
「……納得だ。先代に近かった奴らが寝返った理由は分かった。岩王が寝返った理由も」
「岩王は先代に近かったとは言えない」
そうであれば八芒星王の一人にはなれていない。影王は何を分かったと言っているのだ?
「先代は岩王の弱点とも言える刀を持っていた。それを養子が受け継いでいれば、岩王に勝ち目はない。勝ち目のない戦いに挑む奴じゃあ……これは岩王の誇りを傷つけるか。ただ強者に従っただけだ」
「そうだとすれば、本当に先代の養子ということになる」
先代の所持品を受け継いでいるとなれば、本当に養子ということになる。赤の他人に渡すようなものではないはずなのだ。
「ライアン族はそう言っている」
「そんな馬鹿な? カイトというのは退魔兵団の兵士、人族だ……いや、ただの人族ではなく異世界人ではあるが……」
人族が魔王の養子になるなどあり得ない。それを魔族が認めるなどあってはならない。こう言うつもりだったが、自分の考えが間違いであることに気が付いた。先代ヤマトも異世界人だった。魔族は異世界人を王に戴いたことがすでにあるのだ。
「……強いのか?」
「カイトというのは退魔兵団の黒炎のことだ」
「ああ、話に聞いたことがある。だが、その程度の奴か」
影王の認識は、数年前の黒炎に対するものだろう。退魔兵団で悪魔相手に戦っていた時の黒炎は、それなりではあっても、我ら八芒星王が恐れるほどの相手ではなかった。今もそうであることを願いたい。
「油断するな。そのカイトが俺の知る者であれば、強い。俺は……たった一撃で気絶させられた」
「おいおい……」
剛拳王は直接、黒炎と戦ったことがあった。だがしかし、一撃で? それが事実であっても、今ここで言うべきことではない。黒炎が絶対の強者だとすれば、この場にいる八芒星の中からも裏切り者が出てしまうかもしれない。
「油断はしていた。威圧感はそれほどでもなかったのだ」
「逆に言えば、本気でない黒炎に負けたってことだ」
「……否定はしない」
簡単に敗北を認めるな。黒炎が魔王様以上の強者であってはならない。そう思わせてはならないのだ。
「……あり得ない」
「あっ?」
「勘違いをするな。僕は奴のことを良く知っている。あいつがそんなに強いはずがない」
夜王は黒炎を知っている。異世界での黒炎を知っている。彼の言葉を信じれば、恐れるような存在ではない。そうでなければならない。
「……じゃあ、それを証明しろ」
「なんだって?」
「敵陣から出てきた奴らがいる。あの中に黒炎はいるのだろ? さっさと戦って、殺してこい」
出てきたのは三人。鬼人族からも一人、前に出てきた。どういうつもりなのか? まさか、我らと四人で戦うつもりなのか?
「……分かった。余裕で殺してやる。ただし、僕が相手するのは黒炎だけだ。他の雑魚は任せる」
「一人で終わらせろ、と言いたいところだが、まあ良いだろう」
影王も戦う気になっている。他の者たちもそうであるはずだ。どれほど黒炎が強くても、我ら全員で戦えば勝てる。黒炎とは夜王が一人で戦う、本人の意思に関係なくそういう状況にされてしまったが、いざ戦いが始まればどうとでもなるだろう。
黒炎はここで殺す。裏切り者たちも粛清する。それで懸念は消える。我ら魔王国はミネラウヴァ王国を滅ぼすのだ。