
◇◆◇ 夜王=金井力 ◇◆◇
侵攻作戦には、これまでもいくつかの誤算があったけど、これほどの躓きは初めてのことだ。戦況はこちらの優位に進んでいた。ザイズ王国のまさかのミネラウヴァ王国侵攻も、結果として、僕たち魔王国の戦いの支援となった。ザイズ王国の本格的な侵攻に対処する為、ミネラウヴァ王国はほとんどの戦力を西に向けたと聞いた。しかも国王自ら出陣したとのこと。北部を放棄したも同じだと判断したのに。
「……どうやら、間違いないようだ。岩王は敵に寝返った」
届いた情報を伝えてきた識王。彼自身まだ信じられないという表情だ。僕も信じられない。どうして八芒星王の一人である岩王が敵に、人族のミネラウヴァ王国に寝返るのか。彼には魔王や魔王国に不満を持っている様子はなかった。単純な男で、戦えればそれで満足という、悪い意味での魔族の典型のような男だったのに。
「戦場にいた者によると、ミネラウヴァ王国の防衛線はほぼ崩壊。退却し始めている状況だったそうだ」
「それで、どうして寝返る?」
「分からない。いきなり、戦闘の中止を命じられたそうだ。その直前の状況は、見た者が戻っていないので情報がない」
寝返ったのは岩王だけではない。彼が率いていた軍勢の多くも彼と共に寝返ったことになっている。そんなことがあり得るはずがない。岩王単独の裏切りでも信じられないのに、軍勢がまとめて寝返るなんてあり得ない。しかも寝返った先のミネラウヴァ王国は滅びるのが見えているのに。
「ただ……気になる情報があった」
「だったら、それを先に言ってくれないかな?」
「口にするのが躊躇われる情報だ。だが、話さないわけにはいかないか……岩王はこう言ったそうだ。新たな魔王に仕えろ、と」
あり得ない。これもあり得ない。「新たな魔王」なんて存在がいるはずがない。だが、岩王が本当にそれを言ったのだとしたら……新たな魔王だと信じた根拠は何なのか?
「……魔王様に反抗的な種族の中で、岩王が従うような相手はいるのかな?」
「いるはずがない。もしいても、すでに殺されている。もしくは、すでに魔王はその者に代わっている」
識王の言う通り、いるはずがない。そんなストーリーを僕は知らない。魔王国内で内乱が起きるなんてことがあるはずがない。でも、もしこの報告が事実だとしたら……ある意味、僕は成功したということだ。この世界のストーリーは変わったのだ。
ただ問題は、ストーリーは魔王国にとって、より悪い方向に変わったということ。これを何とかしなければならない。
「不満分子は速やかに排除する必要がある」
大きな内乱に発展する前に事を収めなければならない。ミネラウヴァ王国を滅ぼし、勇者を葬り去るまでは、魔王国はひとつにまとまっていなければならない。
「ミネラウヴァ王国北部に展開している戦力を集めなければならないな」
「それで足りる? 敵には岩王とその配下たちもいるのに」
「では、ミネラウヴァ王国に侵攻している全戦力を集めるか? 我々を含め、四人の八芒星王が集結することになる」
さすがにやり過ぎか。でも、戦力の逐次投入は悪手。圧倒的な戦力で、反乱分子を壊滅させるべきか。魔王国に逆らうとどうなるか不満を持っている者たちに思い知らせることも出来る。
「それで行こう」
「本気か?」
識王は不満そうだ。こういうところはこの男も、やはり、魔族。過剰な戦力で戦うことを良しとしない。戦いと認められないのだろう。
「本気。西方の戦線はザイズ王国に好きにやらせておけば良いさ。ミネラウヴァ王国がかなりの戦力を投入したみたいだから、簡単には決着はつかないはず。その間に僕たちは北部を完全制圧。東部にも手を伸ばせる」
「……なるほど。同意しよう」
結果として「漁夫の利」は僕たちが得ることになる。これが分からないザイズ王国も、どうやら大したことがない。ストーリーにない、想定外の動きをされた時は、かなり焦ったけど、どうやらこれで一気に挽回出来そうだ。
だが、油断は出来ないか。
「ザイズ王国についての情報はどうなっている?」
まず間違いなく、ザイズ王国には僕と同じ転生者がいる。それは誰で、何人いるのか? まずこれを知らなければならない。数が多ければ、ザイズ王国への対応は再検討だ。戦いを回避することも考えなくてはならない。
「情報は相変わらず、充分とは言えない。分かったことは、夜王と同じ異世界人がいたということ」
「やっぱり。何という名だった?」
「異世界人の名は我々には読めない」
「……そうだった。人数は?」
この世界の魔族は「漢字」を読めない。言葉は通じる、というか僕は僕自身が何語を話しているか分からないけど、のに文字は読めない。<鑑定>で調べても、名前の後ろに変わった記号があるくらいしか分からないらしい。転生者だと分かるだけでも調べさせる意味はあるけど。
「確認出来たのは一人だけだ。その一人もすでに死んでいる」
「死んだ……?」
見つかった僕と同じ転生者は、呆気なく死んでいた。榊も三城も死んだ。転生者だからといって守られているわけじゃないのは分かっている。でも、呆気なさすぎる。転生者であってもこういう死に方をする奴がいる。ただのモブキャラとして。そういうことだ。
「戦場で殺された。殺したのは我が国の者ではなく、ミネラウヴァ王国の人族だ。目撃者が伝えてきた容姿から、退魔兵団の黒炎である可能性が高い」
「退魔兵団は解散したはず」
「解散したからといって、そこにいた者たちは、この世から消えていなくなったわけではない」
「それはそうだけど……」
勝手に、そうなるように仕向けたけど、解散しただけ。団員を皆殺しにしたわけじゃない。参戦してくる可能性はあった。でも、どうして、このタイミング? 僕が把握できていない何かがあるのか?
「戦闘の様子を聞く限り、解散させておいて良かった。まともに退魔兵団の拠点を落とそうとしていたら、かなり面倒なことになっただろう」
「……黒炎の<鑑定>結果は?」
黒炎は退魔兵団の中でも、もっとも危険視されていた一人。実力があるのは分かっていた。だが識王の言い方は、詳細が分からなくても、想定以上の危険な存在であることを示している。負けを認められない魔族では、「かなり面倒なこと」という表現は、前の世界のそれとは異なる重みを持つものだ。
「それが……失敗だ」
「失敗? それはどういう意味?」
<鑑定>を行う機会を得られなかった。それとも<鑑定>そのものが失敗なのか?
「<鑑定>に失敗した。恐らく、黒炎は<鑑定>を阻害する能力を持っている」
「…………」
後者だった。この意味をどう考えれば良いのか? 僕たちは退魔兵団をそれなりに警戒していた。それでもまだ過小評価だったということか?
「見えたのは、この世界での名だけだそうだ。<鑑定>などしなくても分かる情報だな」
「……それは前から?」
「詳しい情報は忘れたが、以前はもっと見えていたはずだ。警戒すべきは黒炎が持つ<黒炎魔法>と<無詠唱魔法>のスキルの組み合わせのみ、という報告を記憶している。気になるなら、少し待て。資料を保管していたはずだ」
気になっているのは識王も同じはず。そうでなければ、わざわざ何年も前の報告資料を確認しようなんて思わないはずだ。以前は見えていたステータスが見えなくなった。<鑑定>を阻害する新たなスキルを入手したのだろう。戦闘スキルではないけど、きっかけが気になる。
識王は<収納>魔法から資料を取り出した。便利な魔法だ。僕も会得したいのだけど、方法が分からない。識王も運良く、前の魔王に与えられる機会を得ただけなので、分からないそうだ。
「…………」
「……どうした?」
資料に目を落としたまま、黙り込んでいる識王。驚いているのは、その表情で分かる。
「……黒炎は転生者かもしれない」
「なんだって!?」
「この資料は<鑑定>結果を忠実に残したものだ。名の後ろにある記号は意味不明なので、形だけでも記録しようとしたのだろう」
「見せろ!」
退魔兵団の黒炎が転生者。どうして今まで気付けなかった? どうして詳しい情報が僕のところに届かなかった? 三城の馬鹿は何を見ていた?
「……なんだ、この下手くそな字は? これではこの世界での名……カイト、だって……?」
漢字はまったく忠実に残されていなかった。意味不明な記号そのままだった。だが黒炎のこの世界での名は「カイト」。この名を僕は知っている。
「……まさか……クズミ……久住海斗、なのか?」
「知っているのか?」
「……三城の野郎……隠していたな……」
三城の最後の言葉の意味が分かった。分かった気がした。あいつは僕の復讐を「軽い」と言った。その時はただの負け惜しみだと思った。そうだとしても意味不明だった。だが黒炎がクズミであれば。三城がこの事実を知っていて、あの言葉を吐いたのだとすれば。
「……かき集められるだけの戦力を集めろ」
「それは、先ほどの計画以上を集めろという意味か?」
「そうだ! 集められる全戦力でミネラウヴァ王国を叩く! 一気に殲滅する! 退魔兵団の残党を一人残らず、殺せ!」
僕は復讐者ではなく、復讐される側だ。三城は、加害者の僕が復讐なんて口にしたのを「軽い」と言ったのだ。久住海斗の受けた苦しみに比べれば「軽い」と。クズミは僕を殺そうとする。僕だけでなく、他の転生者全員を殺そうとしている。榊を殺したのも、きっとクズミだ。ザイズ王国の、誰だか分からないけど、転生者を殺したのもクズミ。あいつは前世での復讐をこの世界で果たそうとしている。
そんなこと許すわけにはいかない。僕は殺されるわけにはいかない。僕はこの世界で強者になった。さらに強くなって、この世界の序列の頂点に立つ。その邪魔はさせない。