
◇◆◇ カイト ◇◆◇
とうとうこの朝を迎えることが出来た。前世での十七年、そしてこの世界での……そういえば何歳だ? いつ捨てたのかくらいは聞いておけば良かった。まあ、二十歳前後くらいだろう。前世の十七年とこの世界でのおよそ二十年。足せばアラフォーと呼ばれる俺もついに、ついに、大人の男になれたのだ。
しかも相手はクリスティーナ。美人で可愛いくて、小顔でスタイル抜群の彼女が俺の最初の相手になるなんて、トップアイドルが初体験の相手になったようなもの。前世では夢にも思えなかったこと……いや、そんな夢は寝ている時に見たかもしれない。パンツを汚した覚えがある。
とにかく、最高の一夜だった。今も俺の瞼の裏に浮かんでいる彼女の美しい裸体。透き通るような白い肌がほのかにピンク色に染まったあれは強烈だった。ものの数秒で全てが終わるところだった。良く我慢出来たものだ。様々な苦境に耐えてきた経験の賜物に違いない。
今も俺の隣で寝ている彼女。どういう姿なのだろう。もしかして、まだ……ちょっと確かめてみよう。
「……えっ? あれ?」
これは夢か? これこそが夢だ。夢でないと困る。
「んん? あっ、カイトくん、おはよう。でも、ミユウまだ眠いから、おやすみ」
「……違う、違う!」
どうして、ミウウが隣で寝ている? どうして、こいつは下着姿なんだ? どうして、こいつは……意外とスタイルが良いんだ?
「……うるさいな。ミユウ、まだ眠いと言っているのに」
「寝る前に説明しろ。どうして、お前がここにいる? 昨日の夜は、まさか、俺は……ミユウと?」
クリスティーナとの夜は夢。現実はミユウとの夜だった。こんなことがあるはずがない。俺ははっきりと覚えている。手の平の中にある、あの柔らかな……こいつ、大きいな……違う!
「寝たよ」
「…………」
嘘だ。誰か嘘だと言ってくれ。こんなことがある……いや、ある。ミユウの場合はある。
「さては、お前、俺に幻を見せたな?」
ミユウの能力であれば出来る。出来てしまうのだ。
「そんなことしてないよ」
「……もう一度、整理しよう。どうして、ミユウは俺の隣で寝ている? 眠かった以外で答えろ」
幻ではない。じゃあ、何だ? ここは落ち着いて、ひとつひとつ確認していこう。
「朝から難しいこと言うなあ。えっとね……ミユウはここまで急いで来たから疲れていたの。夜が明ける少し前くらいに着いて、そしたらカイトくんがクリスティーナちゃんと仲良く」
「ちょっと待った!」
「……何?」
「見てたの?」
初体験の相手はどうやらミユウではなかった。それは一安心だ。だけど、こいつはいつからここにいたのだろう? まさか、見られていたなんてことは……。
「何を?」
「……俺とクリスティーナ様はどうしてた?」
「寝てた」
セーフ。駄目だ駄目だ。ミユウから情報を聞き出す時はもっと慎重に、丁寧に、早とちりは墓穴を掘るだけだ。
「……あっ、そういえば」
「クリスティーナちゃんなら後ろ」
「……嘘、どうして?」
どうしてそれを早く言わない? どうして俺は気配に気付けなかった? 後ろを振り返れば、たしかにクリスティーナはいた。怒っている? 怒ってはいない? 恥ずかしそうではある。やっぱり、彼女のデレは最高だ。
「あの……おはよう、カイト」
「えっと……おはよう……ございます」
すぐにタメ口に変えてしまうのは駄目なはず。「一度寝たくらいで自分の物みたいに思うな」と言われてしまうかもしれない。
「その言葉遣いは……」
「えっ……お、おはよう……クリスティーナ」
本人に向かって呼び捨て。もの凄く緊張する。これは誰もが通る道なのか?
「ミユウさんはまだお休みかしら?」
「ううん。カイトくんが起きるのなら、ミユウもおはよう」
そうだ。そもそも俺たちは寝不足なんて感じる体質ではないはず。三日くらいは一睡も出来なくても、当たり前に戦える。そんな風に生きてきた。そうでないと生きて来られなかった。
「あの……ミユウさん? こういうことを言うのは、あれなのですけど」
「何、その口調? 気持ち悪い」
「気持ち悪がられてもどうでも良いから。えっと……クリスティーナと俺は……その……えっ、どういえば良い?」
ここは、はっきりと言わなければならない。曖昧な態度をとっているとクリスティーナにだらしない男だと思われるかもしれない。初めての夜のあとに、別の、それも下着姿の女性と同じベッドで寝ている時点で、すでにアウトなのだ。
ただ、どういえば良いか分からない。
「分かっている。結ばれたんだよね? だから次はミユウ」
「……次は?」
「そう、正妻がクリスティーナちゃんでミユウは第二夫人だから」
「いつ、そんなことが決まった?」
まただ。どうしてミユウはこう思い込みが激しいのだろう。普段は良い。昔からだから慣れている。でも、それをクリスティーナの前で話すのは困る。
「夜に。クリスティーナちゃんと」
「……はい? 今、何て?」
「もう、カイトくん、耳悪いの? ミユウが寝る前に、クリスティーナちゃんと話して決めたの」
「……クリスティーナ?」
あり得ない。そんなことはあり得ない。俺を抜きに、いや、これはまだ良い。どうしてクリスティーナがミユウを第二夫人と認めた?
「カイトは珍しく、ぐっすりと寝ていて」
確かに熟睡していた。普通であれば、いくら相手がミユウでも、部屋に入って来たことに気付かないはずがない。そんな鈍感では、俺は生きてここにいない。魔族を相手にするには常に、寝ている時も、隙は見せられなかった。
どうして昨日の夜は……今はこれは良い。まずは第二夫人問題だ。
「……それは、確かに。でも、ミユウを第二夫人って?」
「本当はミユウさんが正夫人で、私が第二夫人であるべきなのでしょうけど、ミユウさんが譲ると言うので」
「……えっと……分からない。どうして、ミユウが正……あっ……そういうことか……」
ミユウとは<悪魔の迷宮>で出会った時に家族になる約束をしている。俺は先に出来た家族と同じ義理の兄妹、姉弟かもしれないけど、だと考えていた。でも、ミユウはあれを結婚の約束だと言う。これをクリスティーナが受け入れたということだ。
「先に約束していたのはミユウさん。私は後から割り込んだ形だわ」
「えっと……それでクリスティーナは……なんだか、俺、すごく自分が駄目な男のような気がしてきた」
クリスティーナはそれで良いのか、と聞くのは良い。じゃあ、ミユウには何と言うのか? 俺はお前のことを好きでは……好きではある。でも……恋人というより、妹のような……こんなことに悩む俺はクズ男みたいだ。やはり、俺はクズなのか。
「もしかしてカイトは、二人の妻を持つことを私が気にすると思っているのかしら? 私はウイリアム殿下の、あれ、だったのに?」
「……ああ……なるほど」
クリスティーナは王子様の婚約者だった。この世界は一夫多妻が許されている。一般的ではないが、王家の人たちは血の継承を絶やさないために、複数の妻を持つことがあるそうだ。クリスティーナはそういう覚悟を、覚悟なんてものではなく、当たり前だと思っていたということだ。
いや、でも待て。俺は王家の……人間か。いや、でも王家の人間として生きるつもりはない。
「……とりあえず、保留で」
でも今、ミユウに「お前と結婚するつもりはない」とは言えない。自分が幸せの絶頂の時に、そんなことは出来ない。
「ええ。今夜はミユウの番」
「それも保留!」
いきなり、ハーレム展開は無理。俺は昨日の夜、前世からの通算人生で初めて大人の男になったばかりだ。それでどうして次の夜に別の女性とそんなことが出来る。まして相手はミユウ。妹のように思っていた彼女と、あんなことやこんなことなんて……どうして、こいつは下着姿になると、いきなり色っぽくなる?
そういえば昨日の夜、クリスティーナが教えてくれた。美鈴さんはこの世界の神様になっていて、俺に「もう我慢しないで生きて」という伝言を残したと…………いや、違うだろ? 「我慢しないで」は「欲望を我慢するな」じゃない。そんなことを美鈴さんが言うはずがない。危ない、危ない。
俺の理性、頑張れ。負けるな。