月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第124話 虫のいい話だと思わないのか?

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 

◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇

 

 元退魔兵団本部は呆気なく落ちた。魔王国に占拠されてしまった。しかも、退却してきた者たちの証言によると、アントンの裏切りによって、占拠を許したということだ。イーサンに続いて、アントンまでミネラウヴァ王国を裏切った。この知らせは王国の上層部を驚かせることになる。特に宰相代行を努めているウォーリック侯爵の動揺が激しい。息子の裏切りに動揺したのではなく、裏切りを見抜けずに北に送ってしまった自分の失態に動揺しているようだ。本人の言葉を信じれば。
 北部防衛計画の見直しは進んでいる。計画そのものの見直しだけでなく、すでに一部では部隊の配置、物資の供給も始まった。魔王国を迎え撃つのに充分と言える時はどれだけ準備を整えても来ないのだろうが、出来ることは確実に進んでいる状態だ。
 一方で、進むどころか後退していることもある。ザイズ王国との交渉だ。軍事同盟を結ぶどころか、軍事支援の約束も取り付けられていない。このままではミネラウヴァ王国は単独でカンバリア魔王国と戦うことになる。それさえ、最悪ではない。最悪の状況は北からはカンバリア魔王国、西からザイズ王国が侵攻してくること。この可能性も無ではないのだ。
 実際にザイズ王国は、決して多くはないが、国境付近に軍を展開し始めている。その軍がいつ国境を超えてくるか分からない。それに対処しようとなると、西部、南部の貴族家の軍勢を北に寄せられない。北の守りを厚く出来ない。

 

「これが狙いでしょうな」

 

「それでは魔王国に協力しているようなものではないか?」

 

「そうだと思いますが?」

 

 ザイズ王国はカンバリア魔王国の侵攻を助けている。王国騎士団長はその認識だ。状況から考えればその通りだろう。だが、人族が魔族に協力するという状況は、受け入れられるものではない。あってはならないことなのだ。

 

「……ザイズ王国にとって我が国は魔王国以上の敵ということか」

 

 一時的に魔王国に勝たせてでも、我が国を滅ぼす。ザイズ王国はこのように考えている可能性がある。魔王国よりも我が国がザイズ王国にとっては脅威、危険な存在と見ているということだ。実際にそういう発言をしていた。

 

「過大評価は改めてもらいたいところですが、そうはいかないのでしょう」

 

 王国騎士団長の言う通り、過大評価だ。我が国が他国を併合して、大陸を統べる帝国となる。そうなれば良いとは思うが、現実には不可能だ。ザイズ王国一国に軍事力で劣る我が国が、どうして全ての国を併合出来るのか? 出来るはずがない。

 

「元の世界とやらの恨みであれば、我が国にはもう関係ない。アントンもイーサンも魔王国にいる。ザイズ王国は魔王国と戦うべきではないか」

 

「外交の場でそれを伝えることは悪くはないと思います。しかし、その場が設けられるのは、いつになるのか」

 

 元の世界におけるアントンたちの悪行。それに対する恨みが、我が国への恨みとなっているのであれば、それは間違いであることを伝えるべき。我が国も二人を恨んでいる。兄上、王太子を殺されているのだ。そうであることはザイズ王国も理解出来るはずだ。
 だが、交渉する場がない。ザイズ王国は交渉団の受け入れを拒んでいるようだ。それでは国交断絶とほぼ同じではないかと思う。

 

「……公式な場を作るのは難しそうだ。相手にはまったくその気がない」

 

「非公式であれば可能なのですか?」

 

「すでに、あらゆる伝手を使って接触を試みている。あるところまでは我々の主張も届いているが、その先、どこまで上に届くかは分からない状況だ」

 

 完全に繋がりが途絶えたわけではない。まだ繋がっているザイズ王国の者がいる。だが、その繋がりがどこまで先に伸びるかは予想出来ないようだ。実力者との繋がりはない、断たれたということなのか。

 

「二方面での戦いを覚悟しなければなりませんか……」

 

 交渉が進まないとなれば、ザイズ王国とも戦う前提で軍は動くしかない。楽観視して、西の国境でも奇襲を許してしまうわけにはいかない。戦いは守る側が有利と言われるが、それは有利になる場所で戦ってこそ。防衛拠点をあっさりと突破されてしまっては、地の利を生かすことは出来なくなる。地の利を得ようと思えば、次の防衛線まで大きく後退するしかなくなってしまう。

 

「私とエミリーは北に向かうのだな?」

 

 私とエミリーは魔王国との戦いに赴くことになるはずだ。アントンもイーサンも敵に寝返った。私とエミリーの二人だけではかなり厳しい戦いになるだろう。だからといって王都に留まっているわけにはいかない。少しでも味方の力にならなければならない。

 

「それは……少し検討が必要かと」

 

「何を言っている? 魔王国との戦いに私が出ないなんて選択はない。まさか、兄上が亡くなったことで、私を戦場に出すことを躊躇っているわけではないだろうな? それでは魔王国の思うつぼではないか?」

 

「いえ、そうではなく、エミリーの問題です」

 

「……彼女に何が?」

 

 ウォーリック侯の言う「エミリーの問題」の意味が分からない。彼女には色々と問題がある。だが、それは以前からの話だ。今更、問題視するのはおかしい。

 

「裏切らない保証はありません」

 

「……それはない。彼女は大丈夫だ」

 

 ウォーリック侯はエミリーの裏切りを疑っていた。イーサンとアントンが裏切った。同じ転生者を自称するエミリーも、彼らと同じように魔王国に通じている可能性があると思っているのだ。馬鹿な考え、とは言えない。だが、エミリーは二人とは違う。私はそう思う。

 

「恐れながら、殿下のお言葉でも、鵜呑みにするわけにはまいりません。次にお命を狙われるのは、殿下かもしれないのです」

 

「だから大丈夫だと言っている! それでもエミリーを疑うのであれば、仕方ない! 私一人で出る!」

 

 私を殺そうと思っているのであれば、これまでいくらでも機会があった。だが、何も起きていない。魔族に狙われたことはあるが、それはエミリーとは関係のないことだ。

 

「さすがにお一人というわけには」

 

「では、どうすれば良いのだ!?」

 

 戦いに勝つ気はあるのか? 私一人が戦場に出たからといって、勝利が約束されるわけではない。それは分かっている。それでも私は、勇者として、魔王国との戦いに勝利することを期待されてきた。王国も期待を煽ってきたはずだ。

 

「エミリーの代わりにクリスティーナ、それとパトリオットを同行させるのがよろしいでしょう」

 

「……それは出来ない」

 

 こういうことだ。クリスティーナとパトリオットの力に期待しているのだ。少し前までは、期待どころか排除しようとしていたくせに。その二人に期待を向けたら、今度はエミリーを排除。このようなやり方をいつまで続けるつもりなのか?

 

「出来ないことはありません。二人は殿下の力になるでしょう」

 

「……クリスティーナの何に期待している? もし、彼女自身ではなく、彼女が契約している魔族の力を当てにしているのであれば、それは間違いだ。すでに契約は解除されている」

 

「……何ですと? どうしてそのような勝手を許したのですか?」

 

「許すも何もない。私は契約当事者ではない。それに分かっている範囲では、あれは普通の契約とは異なる。お互いにお互いを縛るものではないのだ」

 

 契約なんて言葉では二人の関係を表現出来ない。あの魔族はクリスティーナを愛していた。恋愛とは違うのかもしれないが、愛していると言って良いものだと私は考えている。

 

「それがどのようなものであれ、手放すなんて……次は敵として現れることもあるのです」

 

「それはない。あの魔族はクリスティーナの敵にはならない。これは絶対だ」

 

 クリスティーナの敵になることはない。だが、私の敵になることはある。クリスティーナ以外は全てを敵にする覚悟があの悪魔にはあるのだ。

 

「……殿下のお言葉を信じるしかありませんが……」

 

「ちなみにパトリオットの力も、かつてに比べれば大きな力を得たようだが、過度に期待するべきではない。<竜殺し>の称号を得たのはパトリオットだが、実際に倒したのはカイトだと聞いている。カイトがほぼ一人で戦い、追い詰めた竜を、パトリオットは最後の最後でとどめをさした。こういうことのようだ」

 

 パトリオットは大きな力を得た。それは間違いない。だが、それがすぐに実戦で役立てられるかとなると、そうではないようだ。少なくとも、竜と戦う力があると考えるのは大きな間違いだ。
 彼の力を否定するつもりはない。ただ、二人を虐げてきたことに対して何の反省もないまま、都合良く利用しようという王国のやり方が気に入らないのだ。

 

「カルス男爵ですか……」

 

「これは私の考えだが、本人は自分をカルス男爵だなんて思っていないだろう」

 

 ミネラウヴァ王国を母国とも思っていない。そうなった原因は王国の側にある。

 

「……足取りは掴めたのか?」

 

 私の言葉を無視して、ウォーリック侯は王国騎士団長に問いを向けた。

 

「コルレオーネ子爵家、それとマコウ男爵家からは報告が上がっております」

 

 養成学校でパトリオットの騎士候補であった二人。仲間たちのところには顔を出したということか。

 

「それで、その後の足取りは?」

 

「掴めておりません。名所巡りをするつもりだと話していたという情報を得ておりますので、張り込める場所には人を配置しております」

 

 名所巡り。偽情報だろう? それとも本気なのか? この状況でカイトは本気で観光を楽しむつもりなのか? そんなことがあり得る、のだろう。魔王国との戦いそのものには興味がないのだ。

 

「……その情報を真に受けたのか?」

 

「確かな情報と判断しました。彼はこう言ったそうです。王国は敵、魔王国も敵。自分の選択肢は両方と戦うか、どちらとも戦わないかのいずれかで、平和なほうを選んだと。これは王国への忠誠厚き、マコウ男爵がもたらした情報です」

 

「王国も敵と……」

 

 ウォーリック侯の視線が父上に向く。カイトは王国を敵と見ている。それを聞いて、どう思うか気になったのだろう。父上はここまで一言も発していない。何を考えているのか? カイトのこと、だけではないだろう。王国はそれどころではない状況だ。

 

「その話はすでに聞いている。それと……騎士団による捜索は無用だ」

 

「陛下? それは……」

 

「コルレオーネ子爵家が動いている。といっても動いているのは息子、それとその息子と同世代の見習いらしい」

 

 コルテスがカイトの行方を捜している。恐らくは適任だ。他の者ではカイトは逃げ回るだけ。見つけ出すことは難しいに違いない。

 

「……誰であれ、コルレオーネ子爵家の者であれば、信頼して任せるしかありませんか」

 

「子爵の判断だ。適任者を選んだと考えるべきだな」

 

「分かりました。話を戻しましょう。殿下の出番はまだ先になります。同行者がどうとかは関係なく、今はまだ時期尚早という判断です」

 

「時期尚早? 今動かなくて、いつ動くのだ?」

 

 すでに遅いくらいだ。魔王国は国境を突破した。すぐに南下してくるであろう。北部の防衛線を突破される前に、私は前線に向かわなければならない。それが私の役目だ。

 

「もう少し敵の動きが分かるまでです。魔王国がこれからどう動くか、まだ不明な点が多くあります。ザイズ王国の動きも同様。この状況では対応策を考えることも出来ません」

 

「北部を犠牲にして時間稼ぎをするというのか?」

 

 本来、時間稼ぎは退魔兵団の役割だった。だがその退魔兵団は存在せず、その本部は魔王国に奪われた。だから北部貴族軍に役割を引き継ぐ。それで本当に良いのか?

 

「もとより、我が国はその身を削って、魔王国と戦わなければならなかったのです。予定通りに事が進むだけです」

 

「それは……」

 

 圧倒的な戦力で魔王国の侵攻を押し返す。そんな真似は最初から出来ない。我が国の戦略は侵攻に耐えて耐えて、時間を稼ぎ、他国の支援を待つ。魔王国が手薄になったところで、私を含めた精鋭部隊で逆侵攻し、魔王を討つというものだ。ウォーリック侯の言う通り、犠牲は覚悟しての戦いだ。

 

「ザイズ王国との交渉も諦めずに続けます。場合によっては……これは殿下にも申し上げておきます」

 

「何だ?」

 

「エミリーを差し出すこともありえます。それで相手の怒りが収まるのであれば、迷うことなく」

 

「…………」

 

 ザイズ王国との関係が悪化しているのは、エミリーたちの前世での行いが原因。元凶である三人のうち、イーサンとアントンは魔王国に寝返った。我が国に残っているのはエミリーだけ。そのエミリーを差し出せば、ザイズ王国の恨みは和らぐかもしれない。我が国と共闘してもらえるかもしれない。こういう考えか。
 はたしてそうだろうか? 彼らは我が国が自国を滅ぼすと考えている。だから滅ぼされる前に我が国を滅ぼそうとしている。エミリーだけの問題ではないのだ。それがウォーリック侯には、父上、他の重臣たちにも分からない。転生話を中途半端に事実としてとらえ、全てを信じていないせいだ。
 大陸を統一するどころではない。ミネラウヴァ王国は滅びの道を進んでいる。彼らにこれを分かってもらったほうが事態は解決するかもしれない。我が国は結局、滅ぶとしても。