
◇◆◇ アントン ◇◆◇
どうしてこんな目に遭わねばならないのか? 予定と全然違う。私は勇者パーティーの一員となって魔王を倒し、英雄となるはずだった。ミネラウヴァ王国貴族の中でももっとも力のあるウォーリック侯爵家の当主となり、さらに王となったウイリアムと共に大陸制覇の偉業を成し遂げる。ウイリアムが王から皇帝へ、そして私は侯爵から王へ。帝国統治下になった元ザイズ王国の過半、ウォーリック公国の公王となって、絶大な権力を手に入れるはずだったのだ。
金も権力も、そして女も、全てが自由自在。皇帝であるウイリアムが上にいるが、そんなものは気にならない。今の侯爵領よりも遥かに広大な領地、一国に匹敵する領地の公国を統べることになるのだ。たまにご機嫌伺いをしておくだけで、何もかもが手に入る。それで良かった。
だが、受け入れたくないが、予定は完全に狂っている。どうして私が北の国境を守らなければならない? 私が北部に赴くのは、魔王国の侵攻を完全に食い止め、侵攻に多くの戦力を費やした魔王国の国内に隙が生まれた後だったはず。魔王を討つ時だったはずだ。最初の侵攻を止めるのは、私の役割ではない。
今の私の役目は侵攻を止めるどころではない。ただの時間稼ぎだ。新たに編成された部隊。急ぎ編成されたせいか、人員の数も装備も充分とは言えない。数は確かに退魔兵団のそれを上回っているようだが、それだけだ。実戦経験の少ない急造部隊で、どうやって魔王国と戦えというのだ。
どうしてこうなった? 答えは分かっている。イーサンの裏切りのせいだ。あいつの言う通りにしてやった。だがその結果、状況は悪くなる一方。ウイリアムとの関係は悪化。さらにクズミの出現で、エミリーとの間にまで亀裂が入った。
どうしてクズミがいる? イーサンはカイトはクズミではないと断言した。あれも嘘だったのか? 私は、イーサンに騙されていたのか? 騙されていたのだろう。イーサンはきっと、最初から私たちを裏切っていたのだ。
愚かな奴だ。素直に協力していれば、あいつだって良い思いが出来た。帝国宰相なんてやりたい放題ではないか。どうしてその権利を放棄する? 私には理解出来ない。
ここからどうやって立て直すか? まずは、なんとしてでも元の地位に戻らなくてはならない。それでもスタート地点に戻るだけ。侯爵家の嫡子というスタート地点に立つだけだ。
「アントン殿。あれを」
「……来たか」
北の方角に土煙が見えた。かなりの人数が移動している証。カンバリア魔王国の侵攻が始まったと考えるべきだ。戦争が始まるのだ。
「敵襲だ! 迎撃態勢をとれ!」
号令の声が響き渡る。私はこの部隊の隊長でもない。一騎士としてここに送られた。命令される立場なのだ。それでも数人の部下は与えられた。私の実力を評価されてのことだ。
「放てぇええええっ!!」
号令の声に合わせて、一斉に矢が放たれる。気休め、お約束といったほうが良いのか。ただ段取りを踏んでいるだけ。ただの矢で魔族を倒せるはずがない。
それでも敵にダメージを与えられたようだ。攻め寄せてくる敵の軍勢にわずかに乱れが見えた。
「……魔物です」
「魔物を使ってくるのか……その可能性は考えていたが……」
魔王国は魔物を従わせていた。軍勢に魔物も混ざっているのだ。それほど驚くことではない。魔族が魔物を従わせているなんて当たり前にあること。予想はしてた。
ただ、ただでさえ少ない味方の部隊と敵戦力との差が、さらに広がったことは問題だ。
「続けて放て! 少しでも敵の数を減らすのだ!」
二射、三射と矢が放たれる。もちろん、それだけで敵を撃退出来るなんて誰も思っていないだろう。敵の軍勢には矢でも倒せる魔物がいる。まずはその魔物を一匹でも多く倒すことを考えているのだ。魔族との戦いの前に消耗することを避ける為だ。
魔王国側は逆にそれを狙っている。その為に、魔族に比べれば戦闘力の低い魔物を動員しているのだ。ゲームでもそうだったか? 記憶に残っていない。
「投石、用意!」
敵の足が止まらない。多くの味方が倒れても、構うことなく突撃してくる。魔物というのはそういうものだ。恐怖よりも闘争本能が上回るのだ。意外と厄介な相手。勇者パーティーの一員だからと、集団戦については、あまり考えて来なかった。
弱兵でも数が揃えばというのは、人族が魔族に対抗する手段。逆にそれをやられているということだ。
「投石!」
防壁の上から一斉に石が落とされる。防壁の下にいる敵への攻撃だ。
「……嘘だろ? あれも魔物が!?」
いくつも梯子が立ち上がった。防壁と同じ高さの梯子だ。敵が何をするつもりかは、すぐに分かる。梯子を使って、防壁を昇って来ようというのだ。元の世界の映画などで見た攻城シーンと同じ。ただそれを行っているのは魔物なのだ。
「押し返せ!」
「昇らせるな!」
味方が懸命に梯子を押し返そうとしている。実際に押し返し、反対側に倒れていった梯子もある。だが、敵はその程度では諦めない。また梯子を防壁に立てかけてくる。
「おい、あれを見ろ!」
今度は何だ? 何が始める? その問いを口にする前に答えが分かった。
「……あんな……魔物まで」
巨大な魔物が現れた。数は多くない。視認出来るだけであれば、十体ほど。だが、たった十体と侮る気持ちにはなれない。
「盾を構えろ!」
号令を聞くまでもない。現れた魔物が投げた石が向かってくるのは見えている。直撃を防ぐ為に盾に身を隠した。はたして盾で防げる程度の攻撃なのか?
「「「うわぁああああっつ!」」」
味方の絶叫。直撃は盾で防げない。それは分かった。
「魔法を放て! 投石を許すな!」
魔物相手だからと手加減してはいられなくなった。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。こんなところで私は、終わるわけにはいかない。
「うぉおおおおおっ! くらえ、ファイアフラッシュッ!!」
放った魔法剣が魔物の体を引き裂く。体が大きいだけで耐久力はそれほどでもない。魔族であろうと切り裂く私の魔法剣は魔物程度に防がれるはずがない。
「私を舐めるな!!」
私は勇者パーティーの一員だ。この世界の重要キャラだ。このような戦いで終わって良い存在ではない。終わるはずがない。この戦場は私を輝かせる為の舞台。私は他を圧倒する戦果をあげて、元の地位に返り咲くのだ。
「アントン殿!?」
「私に任せろ! 魔物など全て蹴散らしてやる!」
魔物の攻撃に怯えて防壁に隠れているなど、私のプライドが許さない。私は魔王さえ倒す英雄なのだ。
「うおぉおおおおっ!! かかってこい! 雑魚共!」
そうなのだ。魔物程度では私の体に触れることも出来ない。我が剣が一方的に敵を切り裂くだけ。魔物が何百いようと、何千であろうと負けるはずがない。
「アントン殿に続け! 突撃だ!」
私の戦いを見て、味方も勇気を取り戻したようだ。次々と防壁の外に出てきて、魔物と戦っている。私が味方の士気を上げたのだ。私にはそういう力もある。これこそ英雄の戦いだ。
「一気に蹴散らす! 私に続け!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
このまま一気に勝利を確定させる。我々は勝つ。ここから私の栄光が始まるのだ。これで分かった、今回の件は私がより強く輝く為の試練。成長イベントなのだ。
「今日は張りきっているね?」
「貴様は……以前、会っているな? 八芒星王の一人だ」
敵の大将らしき者が現れた。まず間違いなくそうだろう。前にも一度会ったことがある。魔王国の最高幹部である八芒星王の一人だ。前回は何もしないうちに逃げられてしまったが、今回はそれは許さない。これで私の戦功は揺るぎないものになる。一番手柄間違いなしだ。
「君がアントンであっているのかな?」
「知っているくせに惚けるな。それとも大物ぶっているのか?」
「こちらが知っていて当然と思うほうが、大物ぶっているのじゃないかな?」
「……どうでも良い。貴様には私の栄光の糧となってもらう。死、なっ……今何をした!?」
不快な感覚。何かの魔法に違いない。問題はどういう魔法か。痛みは感じられない。体の動きにもおかしなところは感じられない。
「もう前回のことを忘れた?」
「……結界か!?」
油断した。前回も結界で囲まれた。その結界に中では魔法は使えなかった。実際に使ったのはイーサンで、私は……本当に使えないのか?
「……くらえ! ファイアフラッシュ!」
やはり、発動した。あの時、イーサンが「魔法が使えない」と言ったのは嘘なのだ。我々を騙そうとした。あの時からイーサンは魔王国と繋がっていたのだ。
「くらえって……それじゃあ、不意打ちにならないから」
「では次は本気で行かせてもらう。避けられると思うな」
魔法が使えるのであれば、恐れることはない。剣だけで倒す自信もあるが、敵がどれだけ頑丈か分からない。華奢な、魔法士のような姿をしていても、魔族の場合、外見では強さを測れない。戦い方も見た目から予想出来るものではない。これくらいは知っている。
「怖い怖い。君の相手は他の人にやってもらうことにする」
「この? 卑怯な!?」
いつの間にか、周囲を魔物に囲まれていた。魔物に囲まれても何て言うこともないが、魔族を逃がすわけにはいかない。私の手柄が小さくなってしまう。
「邪魔だ! どけ!」
群がる魔物を全て一太刀で切り捨てていく。時間稼ぎなど許さない。絶対に逃がさない。
「凄い凄い。さすが勇者パーティーだ」
「余裕を見せていられるのも、あとわずかだ! 貴様の首は必ず取る! 我が栄光の糧となれ!」
「その言葉好きだね? でも無理。君は英雄になんてなれない。だって……君、誰を殺しているか分かっている?」
「そのような言葉で惑わそう……惑わそうとしても……」
嘘だ、嘘だ、嘘だ。これは幻覚だ。私は幻覚を見せられているのだ。そうでなければならない。そうでなければ私は……私が殺したのは味方になってしまう。周囲の屍は確かに味方のものだ。だが、そんなはずはない。そんなことはあり得ない。私が殺したのは魔物だったはずだ。
「素晴らしい。君のおかげでここは落ちた。君は魔王国の為に味方を殺し、拠点を明け渡した」
「違う……」
「違わない。栄光の糧? 誰の栄光の糧なのかな? 聞くまでもないね? 魔王様の為だ」
「違う……違う! 違う! 違う! これは幻覚だ! 私は誰も殺していない!」
そんなはすはない。私が魔王の為に味方を殺すはずがない。私は勇者パーティーの一員。魔王を倒す英雄の一人なのだ。どうしてこんなことに? どうして私は……こんな目に遭わされなくてはならないのだ。
「愚かだ。本当に愚か。君もイーサンも、この世界の英雄になるどころか、魔王に寝返った裏切り者の汚名を着せられることになる」
「違う。私は英雄だ。この世界は」
「自分たちの為にある。こう続けるつもりかな? それが愚かだって言っているのが分からないか、アントン……いや、榊!」
「なっ……貴様、何者だ!?」
私を榊と呼ぶ魔族。元の世界の姓を知っているとすれば、転生者。この魔族も転生者ということだ。
「三城にも言ったけど、それを教えることに意味はない。お前たちを恨んでいる人間なんていくらでもいる。僕はその一人というだけのこと」
「……待て。きちんと話をしよう。元の世界のことは……それは私も悪かったかもしれない。でも、過去のことだ。私たちは生まれ変わった。新しい人生を与えられた。だから、元の世界のことを持ち込むのは……違うというか……」
何なのだ? どうして私を恨んでいる者が次から次へと現れる。どうしてこの世界に転生している? この世界は何なのだ? 私は主要キャラで、英雄になることが約束された身。そうであるのに、どうしてこんなことになる? ストーリーが変わってしまっている?
「違わない。この世界は僕に復讐する機会を与えてくれた。三城はもう死んだ」
「えっ……そんな……?」
「榊、君は簡単には殺さない。少なくとも金城を捕まえるまでは生かしておく。お前と彼女、二人が揃って、泣き叫びながら許しを乞う姿が見たいから」
「……誰がそれを許すか!」
調子に乗るな。まだ味方を殺しただけ。私はこいつに負けたわけではない。何が「許しを請う姿を見たい」だ? 私がお前にそうさせてやる。雑魚キャラが偉そうにしていても、それは一時的なもの。主人公たちは必ず逆転する。そう決まっている。
「誰がそれを許すか……これは僕の台詞だ」
「そ、そんな……ど、うして……」
体が動かない。殺そうとしているのに、それが出来ない。どうして? 何故、動けない?
「君の心はすでに僕に支配されている。勇者パーティーの一員にしては脆かった。もっと耐性があると思っていたのに」
「精神干渉魔法……か……」
「今更? なんだろう? 思っていたよりも遥かに弱い……これで勇者と……ああ、もしかして三城に騙されたのか? 三城に騙されて強くなれなかったってことかな?」
「……嘘だ」
そんな馬鹿なことがあっていいはずがない。イーサンがずっと私を騙していた。幼い頃から私を裏切っていた。そんなことがあるはずない。
「嘘か本当かは分からない。すでに三城は死んでいるから……さて、こいつを拘束してくれる?」
「や、止めろ……止めろ……止めてくれ!」
現れた魔族たちによって腕に、足に、首にも、鎖で繋がった鉄の輪がはめられていく。体の自由が奪われていく。私はこれからどうなる? 何をされる? 私はどうしてこうなった? この世界の何が狂ったのだ。