
◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇
アントンは北に送られた。アントンだけだ。エミリーは王都に残った。ウォーリック侯は意見を変えなかったが、父上はエミリーまで死地に向かわせることには抵抗を覚えたようだ。彼女が何者であろうと聖女であることは確実。そうであれば簡単に失うわけにはいかないということだ。
だがアントンに対してはそういう考えは生まれなかった。彼には問題がある。今の事態を引き起こしたのはアントンの行いのせい。こう言えなくもない。いや、確実にそうだ。父上も半信半疑ながら転生話を少し信じ始めているのだろう。
私はさすがにもう、エミリーの転生話をただの妄想では終わらせられなくなった。ザイズ王国の彼らの話を聞いた時にすでに思っていた。本当に彼らは異世界からの転生者なのかもしれないと。あくまでも可能性を考えただけだが。
あの場にいた六人、転生者であることを明らかにしたのはザイズ王国ではジークフリート王子とフィリップの二人だけだが、彼らだけだとしも四人が同じ妄想を抱いている。それもこの世界とは違う世界の妄想なんてことは、あるはずがない。それに比べれば、実際に皆、転生者であると考えたほうが信じられる。こう思ったのだ。
物語については、エミリーに更に詳しい話を聞いた。本当はゲームらしい。そう言われても彼女の言うゲームがどのようなものか分からない。説明を受けても意味不明だった。彼女もそうだろうと思ったから、ゲームではなく物語ということにしたのだ。
彼女の前世の世界では、もうこう考えることにする。異世界では転生を題材にした物語が溢れているそうだ。しかも未来が決まっている世界の物語が多い。そこに転生した主人公は、前世の不遇な人生とは正反対の、幸せな人生を送ることになる。虐げられていた者が力を得て、悪を倒すなんてものもある。これが多いようだ。
さらに物語は不遇な人生を送るはずの人物に転生し、前世の記憶を使って、物語を変えてしまうというのも多いと聞いた。最初は馬鹿げた話だと聞いていたが、少しずつ興味を惹かれるようになってしまった。
聞いていて、この世界に物語があるとすれば、まじりあった物語だろうと思った。アントンとエミリー、そしてイーサンも前世では不遇ではない。それどころか周りの人々を苦しめていた。新しい人生で報いを受けるのが正義というものだ。実際にそうなりつつある。少なくともアントンは。ではその報いを与えるのはザイズ王国の彼らなのか。
この世界の主人公は、恥ずかしい話だが、私のはずだったそうだ。では私はどうなるのか。転生者ではない私の未来はどうなるのか。これは分からない。エミリーも予想出来ないと言っていた。
アントンに報いを受けさせる。それで物語は正しい方向に戻るというのは楽観的過ぎる。ただアントンの死が、彼を恨む人たちの思いを和らげることになれば。ウォーリック侯はここまで考えたのではないかと、今は思っている。
どうであれミネラウヴァ王国は厳しい状況だ。どうすれな打開出来るのか。このままではカンバリア魔王国だけでなく、ザイズ王国とも戦うことになってしまう。それでは、認めたくないが、勝ち目はない。
「ザイズ王国の人たちはイーサンが事件を起こしたことを分かっていなかった。つまり、彼らのところにイーサンはいない」
エミリーは、色々と考えている。考えることしかやることがないからと本人は言っている。確かにそうだ。考えるか、体を動かすか。今は私もそれしかない。
「魔王国と通じていたのだから、魔王国にいるのが当然ではないの?」
クリスティーナまでそれに付き合っている。あの二人はいつの間に仲良くなったのだろう? 仲良くはないのか。お互いに相手以外、話し相手がいないだけかもしれない。
「でも魔族がイーサンを受け入れるかしら?」
「私の感覚では難しいと思うわ。だから騙された可能性が高い。でも魔族がこんな複雑な謀略を仕掛けてくるのも不思議だわ」
クリスティーナの言う通りだ。魔族は意外と単純だ。力で全てが解決出来ると思っている。そこに人族がつけ入る隙がある。
「そうなるとひとつの可能性が生まれる。魔王国にも転生者がいる」
「えっ……そんなことがあり得るの?」
人族だけでなく、魔族にも転生者がいる。そんなことがあるのかと思うが、これに関してはエミリーの考えのほうが正しいのだろう。
「あり得ると思う。ただ分からないのは、どこまでがイーサンの企みで、どこからがその魔族の転生者の企みか」
「魔王国に貴女のいう物語を知っている転生者がいるとして、私はその転生者にとって邪魔な存在かしら?」
クリスティーナは何度も命を狙われた。それにイーサンが関わっているとすれば、その背後に魔族がいる可能性もある。だが魔族が何故、クリスティーナを殺そうとするのか? ザイズ王国は彼女を味方にしようとした。同じことを……そうなのか?
「……イーサンの企みだと思います。ザイズ王国の彼らはクリスティーナさんが私たちを憎んでいると考えた。わざと憎ませるようにした可能性も考えたけど」
「私が生きていられるのはカイトのおかげ。そして、カイトが彼らと通じているはずがない?」
「はい。カイトにとっては彼らも加害者のはずです。協力するとは思えない。それに……クリスティーナさんは今ここにいる」
カイトの意思でクリスティーナはここにいる。魔王国に渡すことも、ザニア王国に渡すこともしなかった。カイトは謀略には関係ない。関係があるとしても対峙する立場だ。
「でもイーサンはどうして私を? 物語通りなのでしょう?」
「それは……これを言うと私の立場がさらに悪くなるのですけど……奢りを生ませる為かと」
「奢り?」
エミリーは様々なことを思いつく。持っている知識、考え方が我々とは違う。これも転生話を信じる理由のひとつだ。
「物語は予定通りに進んでいる。私たちは魔王を倒して英雄になり、さらに私は皇帝の妃になれる。こう信じ込ませる為」
「それが奢り、なのかしら?」
「それが……私は本当に強いのだろうかと……今は疑っています。私は、アントンも、イーサンに鍛え方を教わっていたので」
実際には弱い。それを分からせない為。いや、それであればそれは魔王国の企みだ。八芒星王を名乗った魔族。あれは七星将に討たれた振りをした可能性がある。我々を油断させる為に。
「……そういえば、カイトも疑問に思っていたわ」
「えっ? どういう疑問かしら?」
「貴女から聞いた鍛え方だと、加護を知ればどういう戦い方か分かるのではないかとカイトは思っていた。戦い方が分かれば、それへの対処法を考えることが出来る。実際に考えていたかもしれないわ」
「弱点も分かる……それかもしれない、でもカイトは? カイトは違うのかしら?」
加護から戦い方が分かる。実際にそういうところはある。だからどのような加護を与えられているかが重視される。それだけで評価されると言っても良い。
「カイトに加護はないもの。スキルは戦いの中で得たものだわ。だから、初めて戦う相手は予測が出来ない。カイトは同じ戦い方しか出来ないと言っていたけど……今はどうかしら?」
「戦えば戦うほど新たなスキルを得て、戦いの幅が広がる。カイトはそういうタイプ……そして私たちは彼の本当の強さを知らない。彼は……きっと、とんでもなく強いわ」
「カイトの戦いを私は何度も見ているわ、強いと思う。でも……きっと貴女は私以上にカイトを評価している、何故?」
カイトの実力のほどは本当に分からない。鍛錬の時にある程度見極めたつもりだった。だが実際に実戦で向かい合ったカイトはそれとは段違いの強さを見せた。
「……<悪魔の迷宮>で彼の家族を殺してしまった時」
「そういえば、その話を聞いていなかったわ」
クリスティーナが視線を向けた。厳しい視線だ。あれは絶対に怒っている。確かに教えると約束した。だが、教えられなかったのはクリスティーナが私を避けるから。私が悪いわけではない。でも、怒っている。
「カイトも瀕死状態になった」
「……それは以前、聞いたわ」
「あの時、何かが起きた。黒い霧のようなものがカイトの周りに集まって、さらに魔獣も現れて、カイトは何事もなかったように立ち上がった。カイトは治癒魔法を使えるのかしら?」
「……使えないはずだわ。迷宮に飛ばされた時も、竜と戦った時も使っていなかったはず」
クリスティーナがこう言うのであれば、使えないのだろう。では、カイトはどうやって回復したのか? 傷もほとんど消えたように見えた。治癒魔法、それもかなり強力な治癒魔法としか考えられない。
「あれが治癒魔法だとしても普通とは違うもの。剣も持っていた。この世界の剣とは違う形、どちらかというと私が知る異世界の刀みたいな剣」
「剣も使わないわ」
「私はこう考えた。瀕死の状態のカイトは何か特別なスキルを得た。もしかするともっと別なもの。全体的に強くなるような何か」
「……それは……加護ではないのか?」
全体的に強くなる。それは加護を与えられたということではないかと思った。加護と同時にいくつものスキルを得たと考えたほうが、カイトの変化は納得出来る。
「殿下の言う通りかもしれません。加護か……」
「ただ、通常、加護は生まれた時に与えられ、六歳から八歳くらいの間で明確になるものだ。私の考えは間違っている可能性がある」
「本来持っていた加護を殿下に奪われたので、その代わり……あっ……も、申し訳ございません!」
「……いや、気にしない。父上もそんな風に考えている様子だった」
双子の弟から全てを奪った。これが事実だとすれば、正直かなり傷つく。ただ父上はその可能性を考えていたに違いない。エミリーが同じように考えたからといって、怒れない。
「そうよ。気にしなくて良いわ。私はもっと殿下にとって酷いことを考えているから」
「えっ?」「はい?」
クリスティーナの私に対する当たりがきつい。以前はまだ遠慮があったというか、あからさまに悪感情を向けられることはなかったのに。
「エミリーさんの話を聞いていると妄想が膨らむわ」
「妄想……ですよね?」
「転生については、私は信じているわ。カイトは異世界の人だと言われると、なんだか納得するもの。私の妄想はその先」
クリスティーナはカイトが転生者であることを受け入れていた。納得するとまで言っている。私の知らない何かがあるのだろう。共に過ごす時間の中で、そう思わせることが、きっといくつかあったのだ。
「……どういうものでしょうか?」
「カイトが本来は勇者であった可能性」
「なっ!?」「ええっ!?」
「カイトが勇者で、エミリーさんが聖女。本当は二人が結ばれるはずだった。慈愛の神はそれを望んでいたのかも?」
以前もクリスティーナは似たようなことを言った。カイトと結婚の約束をした時、神の声が聞こえたと。その声は「予定とは違う」と言ったと。カイトには本来定められた別の人生があったと。
それが勇者としての人生。<勇者の器>の加護は弟の、カイトのものだった。それは……確かに酷い。それが本当なら私は、道化者のようだ。
「……お、怒っていますよね?」
「別に」
「い、いえ、絶対に怒っていますよね? カイトと私は、い、いえ、カイトさんと私はそういうのではないです! 絶対にないです!」
エミリーは私の気持ちよりもクリスティーナの気持ち、怒りを気にしている。怯えていると言うべきか。当然だろう。クリスティーナが、カイトが自分以外の女性と結ばれる人生なんて認めるとは思えない。それをあえて口に出すとすれば牽制、いや、脅し。エミリーに釘を刺したのだ。こう思っても仕方がない。
「そう……貴女はミレイさんではない。カイトの運命の人ではないものね?」
「……そうです。もし、クリスティーナさん以外に、カイトに運命の人がいるとすれば、それは美玲しかいない。私は彼女の代わりにはなれません」
「ミレイさんは……彼女も……転生している可能性はあるのね?」
「……かもしれません」
そうか……クリスティーナが気にしていたのはミレイという女性のことだったのか。カイトが「唯一の光」とまで例えた女性。気にならないはずがない。どいう女性だったのだろうか? クリスティーナに似ているのだろうか? エミリーに聞いてみたいが、今は聞けない。
カイトは私の双子の弟。これが事実であるか分かる日は来るのだろうか? 知りたくはあるが、知るのが恐ろしくもある。