月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第119話 お前も捨てられたか

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 

◇◆◇ ミネラウヴァ国王 ◇◆◇

 

 ザニア王国との外交交渉は失敗に終わった。その場で宣戦布告されなかっただけ、まだ助かった。そう思うほど険悪な雰囲気で交渉は終わった。我が国にしてみれば、まさかの手の平返し。だが、今耳に入っている情報から考えると、かなり前から考えていたこと。ザニア王国は我が国を倒すべき敵として、準備を進めていたのだ。
 どうしてこのようなことになったのか。カンバリア魔王国という人族共通の敵がいるというのに、ザニア王国は我が国と敵対する道を選んだのか。交渉が終わった時はまったく分からなかった。ザニア王国の外交団は、自国を滅ぼそうとしているのは我が国も同じだと決めつけるばかりで、詳しい事情を説明しなかった。交渉にならなかった。
 このような結果に終わってしまった原因、その可能性がある情報はウイリアムがもたらした。あり得ない情報だが、ここまで害を及ぼすことになると、一度きちんと整理しておく必要がある。この先も問題を引き起こす原因になるかもしれないのだ。

 

「その君たちの記憶とやらの中で、何があった? 詳しい話を聞かせてもらう」

 

 宰相は謹慎中。代りはウォーリック侯爵が務めている。彼もやりにくいことだろう。説明を求める相手の一人は彼の息子、アントンなのだ。

 

「……どちらでも良い。話せ」

 

「はい。では私が」

 

 アントンは黙り込んだままだ。考えてみれば、転生とやらの話になるといつもそうだ。ほとんど発言しない。話すのはいつもエミリーだった。

 

「私たちの頭の中には別の世界で生きた記憶があります。この世界とはまったく異なる文明を持つ世界の記憶です」

 

 エミリーは以前と異なり、「自分たちは転生者」だと言わなかった。この理由はウイリアムから聞いている。異世界人ではなく、この世界で生まれた者。その頭に異世界の記憶があるだけだという理屈だ。どうでも良いことだ。そうであっても信じがたい話であることに変わりはない。

 

「私たちは学生でした。騎士養成学校とは違い……普通の学問と言いますか……計算や歴史、文化などの一般教養を学ぶ学校です」

 

「……学校に通って学ぶ……いや、続けろ」

 

 一般教養は、エミリーが言わなかったダンスや音楽も含めて、それぞれの家で雇った教師から学ぶものだ。それを学校で学ぶ。確かに違っている。彼女の話が真実であればだが。

 

「その学校で私たちは……私、アントン、イーサンは好き勝手に振舞っていました。他の生徒が命令に逆らうことを許さず、反抗すれば暴力を振るい、反抗しなくても暴力を振るい、多くの人たちを苦しめていました」

 

「他の者たちの身分は平民なのか?」

 

 平民が貴族に逆らうなどあってはならない。従わせるのは当たり前のこと。それに反抗するのであれば、罰を受けて当然だ。

 

「その世界に身分差はありません。全員が平民です」

 

「そんな馬鹿……いや、記憶の話だな。続けろ」

 

 身分がない世界。それでどうやって社会が成り立つのか? 平民が政治を行うのか? 出来るはずがない。誰が国を守るのか? 将や騎士がいなくて、兵士だけで戦えるはずがない。

 

「カイトは私たちと同じ世界の記憶を持っています。彼に対する私たちはとくに酷く、人格どころか存在そのものを否定し続けていました。そこまででなくても似た思いをした人たちがいる。それがザイズ王国の彼らです」

 

「……つまり、こう言いたいのか? 彼らは記憶にある恨みで、君たちを敵視し、君たちがいるこの国を敵視し、倒そうとしていると?」

 

「それだけではなく……これも以前、お話ししましたけど、私たちの記憶には更に、この世界に似た世界の記憶があって、その記憶ではミネラウヴァ王国はこの大陸を統べる覇者になります。他の国を全て併合して、ミネラウヴァ帝国となります。この記憶も彼らは持っているのです」

 

「…………」

 

 困ったことに、これが事実であればザニア王国の外交団の態度が説明出来てしまう。彼らは彼女の話の内容を信じている。聞いたのは自国の若者たちからだが、それを信じている。だから、「貴国は他国を滅ぼそうとしている。魔王国と何が違う?」ということになるのだ。
 ウォーリック侯も同じように考えているのだろう。発する言葉が思いつかないようだ。

 

「カイトとの間に何があった? どうしてカイトはあれほどアントンを恨んでいるのだ?」

 

 ウイリアムが割り込んできた。個人的な興味だろうが、今はかまわない。私には、ウォーリック侯にも少し考える時間が必要だ。

 

「イーサンが話した嘘と似た事件です。私の親友、美鈴は、恐らくはカイトとも仲が良かった。当時、周囲からは無視か暴力を振るわれるかのいずれしかなかったカイトにとって、普通に接してくれる唯一の人、もしかしたら好きな人だった」

 

「……光」

 

「えっ? クリスティーナさんは美鈴について聞いていたのですか?」

 

 クリスティーナはカイトと親しかった。他の者が知らないことを知っている。中々話そうとしないのは困ったものだが、それは仕方ない。少しそう思えるようになった。

 

「彼と出会ったばかりの頃、偶然神殿で会いました。彼は慈愛の神ミレー様の像にお祈りを捧げていて、でも実際は友人の命日のお祈りだった」

 

「美鈴の命日に彼が……」

 

「その時にカイトは言ったわ。確か……その人は虚無の中にいた自分にとっての唯一の光、と」

 

 カイトの記憶には何があるのか? どういう記憶だと虚無なんて言い方になるのか? 実際の彼の人生はどうだったか? やはり、虚無の中にいたのだろうか? そうしたのは私かもしれない。

 

「……私は……私は、カイトが彼女を死なせたのだと思っていました。でも、それは間違いだった。美玲を殺したのは」

 

「エミリー、止めろ!」

 

 ここでアントンが口を開いた。エミリーを黙らせる為にだ。彼にとって都合の悪い話だという証。実際に殺したのはアントン。あくまでも記憶の中での話だが、その記憶は……事実なのかもしれない。あり得ない、信じられない。だが、この話が事実であれば、それに関わる者たちの言動が説明出来てしまう。

 

「……君の話が仮に事実だとして、我が国はこの状況から勝利出来るのだな?」

 

 事実であれば、あり得ないが事実であれば、ミネラウヴァ王国は魔王国に勝利するだけで終わらず、この大陸を統べることが出来る。事実であって欲しいと思う。

 

「分かりません。私は……もう私たちの記憶は意味を持たなくなったと思っています」

 

「どうしてだ?」

 

「もし私たちの記憶が未来を見ていたとしても、イーサンはその未来を変えようとしました。ザイズ王国の彼らも変えようとしています。彼らの他にもそれを試みている人たちがいるかもしれない。私の同級生は三十人くらい。まだ半分も見つかっていません」

 

 記憶通りの未来を望んでいるのはこの場にいる二人だけ。残る全員は変えたいと思っている。そうであれば、恐らくは変わってしまうのだろう。未来に絶対の未来はない。選択の積み重ねが、千、万どころではない膨大な選択の積み重ねが未来を作る。運命の神の教えだ。

 

「何故、イーサンは君の言う未来を変えようとした? 彼は仲間だったのだろう?」

 

「イーサンは……アントンの命令に逆らえませんでした」

 

「エミリー!」

 

 またアントン。結局、問題を起こしているのはアントンということなのではないか? 彼の存在が王国を苦しめているということではないのか?

 

「黙れ、アントン。私が質問しているのだ」

 

「……申し訳ございません」

 

「続けてくれ」

 

「はい……イーサンはアントンの命令で周りに酷いことをしていました。そのせいで彼も辛い思いをしていたのだと思います。彼もアントンを、きっと私も恨んでいたのです」

 

 イーサンもアントンを恨んでいた。だから王国を苦境に追いやるような真似をした。そういうことだ。

 

「……アーサー殿下の死は決められていたことなのか?」

 

「私の記憶にはありません。ただ、私はそれほど詳しいわけではなく、一番詳しいのはイーサンでした」

 

「未来を変えようとしていた彼がアーサー殿下を……それが答えだな」

 

 アーサーの死は本来なかったこと。未来を変える為にイーサンはアーサーを殺した。すでに未来は変わっているということになる。ウォーリック侯もこれを確かめたかったのだろう。その未来は我が国にとって良くない未来だ。それはそうだろう。大陸の覇者になるはずだった未来だったのだ。それ以上がない未来が変われば、落ちるしかない。

 

「クリスティーナは? ザイズ王国の彼らはクリスティーナを味方に引き込もうとした。それが出来ると思っていた。それは何故だ?」

 

「クリスティーナさんは……その……悪い女性ということになっていまして……私たちはその悪い彼女を殿下から引き離して……つまり、学校において私たちとクリスティーナさんは強い敵対関係にあるのです」

 

「彼らもそう思っていた。だからクリスティーナが共に戦うはずがないと考えたのか……では、カイトは? カイトのことはどういう存在だと見ていたのだ?」

 

 ウイリアムのクリスティーナへの執着は相変わらずか。今となっては問題はない。最初から認めていれば……いや、それは宰相が許さなかった。その宰相は、息子に操られていたということだ。全ての元凶は彼らが持つ記憶。そういうことなのではないのか?

 

「カイトは……同級生としてのカイトの記憶はあります。でも物語の記憶にカイトはいません。カイトは……私たちとは違います。カイトの名は同級生である海斗と同じ。ここから私たちとは違います」

 

「そうなのか……」

 

 これまでの話では説明がつかない存在がカイト。これはどういうことなのだ? ひとつでも例外があるのであれば、これまでの話はやはり虚構ということか?

 

「そんなはずはないわ」

 

「クリスティーナ?」

 

「あり得ない話を真面目に話していますので、私もそうしますわ。カイトとの結婚が決まった時、私は声を聞きました。今も耳に残っている不思議な声です」

 

「それは称号とか、スキルとかを得た声ではなく?」

 

 神の声と呼ばれている。神の祝福である加護、スキルを与えられた時に聞こえる声だ。声が聞こえるのはあり得ないことではない。

 

「その声はこうおっしゃられました。予定とは違うけど、まあ、良いわ。この言葉は、カイトには定められた別の運命があったという意味だと私は考えます」

 

「クリスティーナ、それでは……」

 

「分かっていますわ。それは、私は本当の相手ではなかったということ。では、誰がカイトの運命の相手だったのでしょう?」

 

 考えてはならない。別の可能性など考えてはならない。そう思っているのに、頭に浮かんでくる思いを止められない。私は選択を間違ったのではないか。カイトには別の運命があった。それが本来の彼の運命だった。その運命を捻じ曲げたのは我々の選択。彼を捨てる、死なすという選択が運命を変えたのだとしたら。
 これまでの話は妄想だ。真実ではない。可能性なんてものはないのだ。そうでなければならない。

 

「……それが分かる者は誰もいない。神のみぞ知るだ」

 

「……そうかもしれません」

 

 ウォーリック侯はどう考えている。彼は可能性に気が付いたのか。気が付いてしまったのか。

 

「話はおおよそ理解した。信じがたいが無視は出来ない。少なくとも記憶の共有は事実なのだろう。そうでなければ説明がつかない。それで説明出来ることが多くある」

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言われることではない。それにすぐにそんな気持ちは消える」

 

 ウォーリック侯は何を考えている? 今の言葉の意味はどういうことなのか?

 

「どういうことでしょうか?」

 

「君たち二人には北に向かってもらう。退魔兵団の拠点守備が君たちの任務だ」

 

「ち、ちょっと待ってください。それはどういう意味ですか?」

 

「言葉の通りの意味だ。北の守りの再構築は急務。その為には実力のある君たちにも働いてもらわなければならない」

 

 ウォーリック侯の話はその通りだと思う。だがこの段階で二人を最前線に送る理由が分からない。まさかウイリアムも最前線に出すつもりなのか? さすがにそれは無理がある。仮に送り出すにしても、もっと守りを固めてから。こちらの優勢を確保してからだ。

 

「それは分かりますが、殿下まで最前線の危険な場所に出すなんて」

 

「私はそうは言っていない。君たち二人、エミリーとアントンの二人に行けと言っているのだ」

 

「……私たち二人だけで、ですか?」

 

「部隊はすでに先行している。それに合流することになる」

 

 退魔兵団に代わって国境の守りを任せる部隊はすでに出発している。いつ魔王国が攻めてくるか分からない状況だ。万全の準備を終えてから、というわけにはいかなかった。

 

「待ってください、父上。先行部隊だけで国境を守るのは厳しすぎます」

 

「……では王都で兵を募るか? 好きにすれば良い」

 

 ウォーリック侯は何を言っている? 王都で兵を募る。それはすでに行われている。アントンがそれを行う必要などない。

 

「募るって……そんなことしなくてもウォーリック侯爵家の騎士団を貸してもらえば、それで良いです」

 

「……どうしてお前に大切な騎士団を貸さなければならない?」

 

「えっ……? いえ、でも私は父上の跡継ぎで」

 

 おかしい、ウォーリック侯の態度は明らかにおかしい。自家の騎士団を息子に貸さない。そんなことをどうして言う? ウォーリック侯はアントンを大切に育ててきた。私はそれを知っている。こんな冷たい態度を向けるはずがない。

 

「お前がアントンであればそうだ。だが、お前は誰だ?」

 

「ち、父上……何を言っているのですか?」

 

「では、はっきりと言ってやろう……私の息子を返せ……私の大切な息子の体から今すぐ出て行け! この化物が!」

 

 ウォーリック侯は彼らの話を信じたのだ。彼らは異世界から来た、彼の息子とは別の人物だと思ったのだ。異世界人ではなく、彼の息子の体に乗り移った魔物だと思っているのかもしれない。こう思っている可能性のほうが高いか。

 

「ち、違う! 私は化物などではありません! アントンです! 父上の息子です!」

 

「今この場で切り捨てられたいか? それとも命令に従って北に行って、死ぬか。どちらかを選べ」

 

「違う! 信じてくれ、父上! 私はアントン・ウォーリック! 貴方の息子です! 父上! 父上ぇええええっ!!」

 

 息子、かどうか分からない存在の叫びを無視して、ウォーリック侯は部屋を出て行ってしまった。自分が宰相である自覚はないのか。会議を閉めることなく、国王である私を置いて、先に出て行くとは。
 さて、この状況をどう考えるべきなのか? ウォーリック侯と同じように考えるべき、それとも別の可能性を考えるべきか? 別の可能性、そんなものがあって良いのか? そういえばウイリアムの他にも名を考えていた。弟にその名を与えようと考えていた時も、短いがあった。名を与えていれば、未来はどうなっていたのだろうか?

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