
◇◆◇ マイルズ・マコウ ◇◆◇
悪いことに限って重なると言われるが、その通りだ。全てがおかしな方向に進んでいる。こんなはずではなかった。私は進むべき道を見つけたはずだった。だが今その道は閉ざされている。私は為すべきことを見失った。
クリスティーナ様とパトリオット様が捕らわれた。カイトまで一緒に。残された私とコルテスには為す術がなかった。三人を助ける方法が見つからないだけでなく、養成学校にいる意味も見失った。
鍛錬は続けた。だが明らかに熱が冷めている。自分は何のために強くなりたいのか。それが分からなくなった。入学時に持っていたそれは、かつてほどの輝きを失っていた。それを遥かに超える輝きを知ったあとでは。
クリスティーナ様、そしてカイトは私の光だった、進む道を照らしてくれるはずの存在だった。進むに厳しい道であることは分かっていた。だが、それを乗り越える情熱を二人は与えてくれていた。こんな存在がいるのかと思わせてくれた。
どうして王国にはそれが分からないのか。二人は光だ。だが王国はその光を閉じ込めてしまった。光がなければ闇が広がる。それが何故分からなかったのか。ウイリアム殿下は何をしていたのか。
王国は闇に包まれる。戦争が始まる。ついに動員令が発せられた。学校にいる意味を失った私は実家に戻った。それで良かった。領地、領民を守る。目的を、元から持っていたものだが、また見つけた。もっと鍛えようと思えた。鍛錬の意欲が戻ってきた。そうであるのに。
「現れました」
「本当に来たのか……」
現れたのは魔族、鬼人族だ。鍛錬の為に、父上の許しを得て、近くの迷宮に通っていた。まさか、そこに魔族がいるなんて夢にも思っていなかった。
不幸中の幸いというべきか、何故か相手には戦意がなかった。話し合いを求めてきた。信じられなかった。だが、戦いになれば、こちらは全滅してもおかしくない。助かりたければ応じるしかない。
その場ではなく、街の防壁の前で話し合いを行うことになり、待っていたら本当に現れた。
「待たせたかな?」
「二人か?」
相手は二人。それも一人は子供にしか見えない。
「大勢で来ては話し合いにならないかもしれないと思った」
本当に話し合う意思があるのか……どうにも分からない。魔族との話し合い。こんなことが現実にあるとは思えないのだ。
「……その、子供は?」
「子供に見えるが姫は……女王だ」
「女王自ら?」
「俺はまだ若く、一族での立場は高くない。決断出来ることは少ないので、姫が同行した。どうしてもと言うので……」
望んで連れてきたわけではないのは分かる。それでも連れてきた。彼が従わなければならない立場の相手ということか。女王というのは本当なのかもしれない。
「……話し合いたいというのは?」
「我々はあの迷宮の奥で暮らしている。安全とは言えないが、それなりに平和に」
「ひとつ聞きたい。以前、迷宮の魔物がここを襲った。それはお前たちがやったことか?」
争いにはしたくない。だがこれははっきりしておきたい。本当に交渉になるのであれば、こちらを有利に出来る材料になるかもしれない。
「それは違う。我々があの場所で暮らし始めたのはその後だ。迷宮の中は昼夜が分からないので、月日の経過はあいまいだが、二年くらいになるのだろうか?」
「……どうしてあの迷宮で暮らそうと思った?」
「この国との争いを避ける為に隠れる場所を探していて、ある人に教えてもらった。それが誰かは、その人物に迷惑がかかるので言えない」
つまり、人族ということだ。人族が魔族に協力。内通者の存在は聞いたことがある。カイトが確か、そのようなことを匂わせていた。その内通者か……いや、待て。その内通者がどうしてこの迷宮を勧めた? しかも迷宮の奥。いや、これはたまたまなのか? そうだとしても。
「……カイトという人物を?」
「……知らない」
いや、知っている。交渉を得意とする相手ではないようだ。今明らかに動揺が顔に出た。
「カイトというのは、この迷宮にクリスティーナ様と共に飛ばされて、二人だけでダンジョンサチュレーション状態の迷宮から脱出。さらにその後、この街を襲った魔物を仲間と共に撃退した人物だ」
「そうか。そういう人物がいるのか」
「私の友だ」
「えっ?」
これも素の反応。ほぼ確定だろうか? この魔族はカイトを知っている。迷宮を教えたのはカイトだ。
「私が友と思っているだけで、向こうは認めていないだろう。だが、私は友でありたいと願っている」
「……その思いは少し分かる。あいつは人の好意を認めない。好意を向けられると思っていないんだ」
「やはり、知り合いか」
「カイトとは……そちらと同じだ。俺はやり直したい、友人になりたいと思っているが、あいつは絶対に認めないだろう。迷宮を教えてはくれたが、その後は一度も訪れてくれない」
話を聞いても、カイトと鬼人族の関係は良く分からない。私と似た思いを抱いていることは分かった。カイトのほうが心の壁を作っている。誰に対してもそうだ。唯一、彼が扉を開いたのがクリスティーナ様なのだろう。
「知らないのか? カイトは王国に捕えられた。先に捕えられそうになっていたクリスティーナ様を庇って、ウイリアム殿下を罵ったせいだ。それほど重い罪にはならないはずだが……私もそれ以降、会えていない」
たとえすでに解放されていても会いに来てはくれないだろう。クリスティーナ様の秘密を漏らしたのは我々だとカイトは思っている。他に知る者はいないはずなのだ。
「捕らわれた……そんな……」
かなり心配している様子。演技には見えない。カイトとの関係は話した通りなのだろう。
「言った通り、重い罪にはならないと思う。ウイリアム殿下も口添えしてくださるはずだ」
「だが、あいつは退魔兵団の兵士だ」
「えっ……それは知っているが?」
カイトが退魔兵団に所属していることはコルテスから聞いた。彼の強さが少し理解出来た。この鬼人はどうして今、この話をしてきたのか? 退魔兵団であることに何か問題があるのか?
「退魔兵団の兵士は従属魔法で自由を奪われていると聞いている。奴隷契約と同じだ。魔法で強制されている分、紙の契約書だけの奴隷よりも質が悪いと俺は思う」
「そんな……」
「どんな目に遭わされているか分からない」
「……だ、だが、退魔兵団は解散した」
カイトがそのような酷い扱いを受けているとは知らなかった。そんな風には見えなかった。私は彼のことを何も知らなかった。それで「友になりたい」などと……自分が恥ずかしい。
「退魔兵団が解散? それでは、もう戦争が始まるのか?」
「まず間違いなく……そうか……結局、敵として戦うのか……」
魔族にも同じ思いを共有出来る相手がいる。それを今日知った。だが、結局は敵であることは変わらない。戦争が始まれば戦うことになる。
「戦わない」
「えっ?」「姫?」
「我らは戦争には参加しない。今の魔王の為に命を捨てるなど馬鹿げている」
これは本気で言っているのだろうか? 本気で魔王国に背くつもりなのか? 本気であれば助かる。だが、どうして?
「……よろしいのですか?」
「魔王国は我らが平穏に暮らす為にある。だが今の魔王はその地を我らから奪った。平穏を奪った。一方で今の暮らしはどうか? 皆、平穏に暮らしている。少しは苦労はあるが、それでも笑顔で暮らせている」
「はい。その通りです」
魔族にも苦労がある。平和を求める気持ちがある。そうであるのに戦争が始まる。苦しむ人たちの想いを考えることをしない者たちが、戦争を始める。
「同じ命を捨てるのであれば、平穏な暮らしを守る為であるほうが良い」
「……はい……その通りです。俺は守る為に戦います」
「そういうことだ。同盟を結ぼうとまでは言わない。ただお互いの暮らしを邪魔しないだけで良い。これが妾がそちらに求めることだ」
「……お話は分かりました。父上に話し、すぐにお応えします。良い返事を必ず届けます」
彼女たちは覚悟を決めた。そうであればこちらも覚悟を決めなければならない。領内に鬼人族を抱える。この覚悟を。父上は納得してくれるか。納得してもらわなければならない。同席してもらえば良かった。二人の覚悟をその目で見てもらえていれば。父上も分かってくれたはずだ。
「マイルズ様」
「父上の元に向かう」
「それは……分かりましたが、その前にお伝えすることが」
「……何だ?」
この状況で何を伝えなければならないと言うのか。そういえば、この騎士は最初からこの場にいたわけではない。連れてきた覚えがない。父上からの伝言だろうか?
「カイト殿と思われる者がこの街に」
「……はっ?」「なんだって?」
「顔を知っている者に確かめさせましたので、まず間違いなく本人だと思います。ご当主様がマイルズ様に急ぎ知らせるようにと」
「すぐに向かう。カイトはどこにいる?」
こんなことがあるのか? 今この時にカイトは現れた。こんな偶然があって良いのだろうか? どうでも良い、とにかく彼に会わなければならない。この機会を逃すわけにはいかない。
「食堂に」
「はっ? 食堂で何を?」
「それは……食事を……」
当たり前の答え。なんだか良く分からないが、とにかく向かうしかない。
「同行しても?」
「もちろんだ。カイトがいる食堂に案内してくれ」
鬼人も同行を求めてきた。それはそうだろう。会いたがっていた相手がすぐ近くにいるのだから。魔族を街の中にいることに抵抗も感じなかった。これはカイトのせいだ。彼がこちらを驚かせるから。
どうしてここに来たのか? 何の為か? 聞きたいことは他にも色々ある。
「何の為? 見て分からないか? 腹が減ったから、それを満たす為だ」
本人の答えはこんな感じだ。調子が狂う。
「それについては分かる。どうしてこの街に来たのかを聞いているのだ」
「ああ、それな。少し気になったから様子を見に。そしたら領主との交渉に行ったと教えられたので、さすがに心配になって」
「……それでどうして食堂に? 話し合いの場に来なかった?」
心配になった男がどうして食事をしているのか。まったく理解出来ない。鬼人の二人も呆れた様子だ。
「争いになるようだったら仲裁しないと駄目かなとは思っていた。でも普通に話していたから。それでルナが腹が減ったというので」
「ルナ……彼女か。この女の子は?」
知らない女の子がカイトと一緒にいる。我々の話にはまったく興味がないようで、目の前の食事を次々と口の中に放り込んでいる。かなりの大食いだな。
「いや、それがいきなり女の子の姿になった。びっくりだ。しかも裸。とりあえず俺のマントを貸したけど、それだけじゃと思って、服を買いにこの街に……あっ、そうか。服を買うのに急いだのだった。腹が減ったのはその後」
「まったく分からない。いきなり女の子の姿になったというのは?」
「ルナは竜……じゃなくて、普通の女の子だ。俺、何か言ったか?」
明らかに惚けている。ルナは竜。誤魔化そうとしているのは、これだ。女の子は竜? そういうことなのか?
「……竜というとお前が倒した竜のことか?」
「えっ、何の話? 確かに竜は倒した。パトリオット様が。倒しただろ? しかも、バラバラにした」
「確かにそうだが……」
カイトの言う通り、竜は倒し、その死体は部材を得る為に解体された。確実に死んでいる。あの竜が目の前の女の子であるはずがない。
「真竜であれば再生出来るな。死と再生を繰り返す真竜は、妾が知る限り、この世界に五竜しかおらん。白竜、光竜とも呼ばれる真竜は天界におるとなっているので、残るは四竜。赤竜、青竜、黄竜、そして黒竜。どれだ?」
「……さあ、何の話?」
まだ惚けるか。理由は分からないが、これには無理がある。この鬼人の女王の話を聞くと、女の子は真竜で、四竜のいずれか。そのどれかとなると。
「あの竜は漆黒の体だったな」
「マイルズ……お前、余計なことを……」
「なるほど、黒竜か。これは黒竜殿、お久しぶりですな? 鬼人族のシエラでございます」
「んん? あっ、久しぶり。元気そうだ」
女王は黒竜とも知り合い。どういう繋がりなのだ? 私にはまったく分からない。何であれ、カイトには困った状況のようだ。頭を抱えている。
「ゆっくり話をするべきだな?」
「ああ……それは止めたほうが良い。今の俺はお尋ね者だから。関わるとマイルズも王国から罰を受けることになる」
「……何をした? もしかして脱獄か?」
思っていたよりも問題は大きくなっている。王国に追われる身になんて、どうしてなっているのだ? カイトは何をした?
「脱獄なんてしてない。退魔兵団に送り返されて、そこで解放。成り行きで兵団長になったら国王に呼び出され、素直に応じて城に行ったら、殺されそうになった。死にたくないから軽く反撃した。誰も殺していないはずだけど、王国は自分が悪いとは認めない。だから俺は犯罪者」
「…………」
言葉が出ない。色々と突っ込むところはありそうなのだが、どこから突っ込めば良いか分からない。
「それでは妾たちと迷宮で暮らすか?」
「それがどれだけ危険なことか分かって言っているのか?」
「それは……」
女王も黙らされた。周囲を圧する何か。カイトの中で何かあったのか? 先ほどまでとは、周囲の空気まで変わってしまったように感じる。これほどの圧を感じさせる力をカイトは持っていたのか。
「まだ少しやることが残っている。それが終わったら、各地の名所巡りをする予定」
「戦争が始まるというのに、観光だと?」
少し雰囲気が緩んだ。名所巡りなんて言い出したのだ。緩んで当然だろう。カイトが何を考えているのか分からない。これから戦争が始まる。それなのに観光を楽しむつもり。そんな場合ではない。
「王国は俺を敵と見ている。魔王国もそうだろう。俺の選択肢は両方と戦うか、どちらとも戦わないかの二つ。平和なほうを選んだだけだ」
「それは……そうか……」
何を考えているのか分からないのは、カイトではなく、王国か。どうして貴重な戦力を自ら手放したのか。それで大変な目に遭うのは誰だと思っているのか。北部防衛は想定されていたよりも、遥かに厳しいものになる。それは誰のせいなのか? それで命を落とすのは誰なのか?
戦争とは関係のない生き方をしたい。こう思うカイトの気持ちが、少しだけだが、分かった気がした。