
◇◆◇ エミリー ◇◆◇
私は何を間違ったのか。思いつくことは多い。そもそも久住が美玲を殺した、は最初から本気でそうは思っていない。久住がストーカーで、彼から逃げる為に美玲は事故にあったが、私が事実だと思っていたこと。でもそれは、かなりの確率で、間違い。ストーカーは榊だった。アントンはカイトが嘘をついているのだと訴えていたけど、明らかな嘘。カイトが、美玲が事故に遭った時について詳しく話した時、アントンは動揺していた。私はそれをはっきりと見ていた。真実はカイトの側にある。そうであるのには私は、無実の久住をなじり、罵り、彼が暴力を振るわれているのを喜んで見ていた。それだけじゃない。私は美玲の死の原因である榊の彼女だった。最低だ。私を騙した榊が一番最低だけど、私も最低だ。
どうして私たちはこの世界に転生したのか。あの日以来、何もやることがない私には考える時間が山ほどあった。どれだけ時間があっても、全ての答えを導き出すことは出来なかった。
私は何者なのか。これさえ考えた。そしてひとつの、これが正解かは分からないけど、結論にたどり着いた。私はエミリー・セイ。カイオン・セイ男爵の娘で母はエルザ。この世界で生まれた人族だ。
この意識は前からあった。アントンともこういう話をしたことがある。そもそも転生ってどういうことなのか? 元の世界の金城麗華そのままで、私はこの世界に来たわけじゃない。父上と母上の子として生まれ、エミリー・セイとして育った。今の人生はエミリー・セイの人生。金城麗華の人生の延長ではない。こうであることは、何故か、確信している。
エミリーである私に、金城麗華の記憶が宿った。だから元の世界への愛着はない。帰りたいと思ったことは一度もない。アントンが榊だと聞いても恋愛感情はなく、その後も生まれることはなかった。金城麗華の家族への愛情さえも、ほとんど感じられない。金城麗華の家族も愛さなくてはいけない。こんな義務感はある。でもそれは感情じゃない。
これが転生なのか。良く分からない。私は、金城麗華の記憶にある転生が転生と考えていた。元の世界から、その人のまま異世界に来ることが転生。そう思っていた。でもそれがそもそも間違いなのではないか? その人の魂、魂なんてものがあるのか分からないけど、そういうものが新しく生まれた別の肉体に宿る。前世の記憶を受け継がなくても、これも転生だ。
これを考えることに何の意味があるのか。こう思わなくもない。でもこの世界は物語の世界ではなく、私は登場人物ではないとすれば、私の人生はこの世界で新たに作られる。私は、金城麗華の記憶に縛られて、この世界を生きるべきではない。こう思った。
そうであるのに金城麗華の人生の続きを、この世界で生きようとしたのが私の間違い。記憶で人の性格を決めつけ、記憶で他人の行動の善悪を決め、記憶で自分の行動を決めた。これが私の最大の過ちなのだろう。
「……言っていることは分からなくはない。正しそうなことを言っているとも思う。だが……転生というのは……どうしても受け入れ難い」
この数週間、ずっと考えてきたことを話してみてもウイリアム殿下には伝わらない。これが現実なのだろう。私たちは召喚されてこの世界に来たわけじゃない。異世界から召喚する方法はこの世界にはない。それで私の話を信じられるはずがない。
私だって、前世で「俺は異世界からの転生者だ!」なんて本気で言っている人がいたら、怖くて近づかない。
「いえ、それはもう諦めています。私が殿下の立場でも、頭のいかれた女だと思いますから」
それでも、なんとか理解しようとしてくれているのは分かる。それで充分だ。この話を理解してもらうことは諦めた。無理なのだ。私が転生した証拠は何もないのだから。それに、それを証明出来たからといって、物事が良くなるとは思えない。頭のいかれた女くらいに思ってもらったほうが良い。
「そう思っているなら、いや、別に私は君の頭がどうとは思っていないが……どうしてその話を?」
「それはカイトの話になったからです」
この場は王妃陛下が設けられたお茶会の場。呼ばれたのはウイリアム殿下とクリスティーナさんと、いつの間にか王都に戻っていたパトリオット、そして私。カイトについて話を聞きたいという目的のようだ。
「ああ……カイトも、だから」
諦めたつもりなのだけど、殿下のこの反応はいちいち胸に突き刺さる。いかれた女と、都度思われているような気がする。実際にそうなのかもしれない。
「私が記憶を認識したのは七歳の時です。それでも私はエミリー・セイでした。エミリーであるという意識は変わりませんでした。これは今お話した通りです」
「……カイトもそう……カイトは間違いなく母上の息子であり、私の弟であると君は言いたいのか?」
「そう思っております」
転生者であるカイトは王妃陛下の息子なのか。陛下も不安に思われている。カイトは自分が生んだ子であるという点には、王妃陛下は疑いを持っておられない様子。でも今のカイトは、その生んだ子なのかという点については疑問を感じている。感じさせられているが、きっと正解。私の知らないところで、そういう議論が行われているに違いない。
「……それについては意見は割れている。いや、否定的な意見のほうが強い」
「やはり、話し合われているのですね?」
「兄上が亡くなられたことで、隠しておくことは出来なくなった。もちろん、まだ知っているのは極少数だ。父上も皆の反応を確かめてみたい程度のお考えだと思う」
アーサー第一王子が亡くなられたことで、王国の王位継承権保持者はウイリアム殿下お一人になった。勇者として戦争で活躍するはずの殿下だが、それで万一があってはという思いが、当然、国王陛下にはある。カイトを継承権保持者と認めることは出来ないと言いながらも、迷っておられるに違いない。
「……恐れながら、その議論に意味はございません」
「アッシュビー公、どうしてそう思う?」
パトリオットはアッシュビー公爵となった。立場的にはパトリオットなんて呼び捨てできる相手ではなくなった。だから「パトリオット公」とお呼びしたら、「止めてくれ」と言われた。
「カイトがミネラウヴァ王国に戻ることはございません。たとえ、どのような立場であっても」
この言葉は王妃陛下にはお辛いものになるでしょう。パトリオットは気遣いが足りないと思う。
「王子として遇されるとなってもか?」
「私は、どのような立場であっても、と申し上げました」
「何故……私のせいか……」
そして私のせいでもある。殿下よりも私の責任のほうが重い。私たちはカイトの家族を殺した。魔獣を家族とは、私は思えない。でも、カイトにとっては赤ん坊の時から育ててくれた存在。死ぬはずだった自分を助け、ずっと守ってくれた存在。家族なのだ。
「彼にとって唯一無二の家族……王妃陛下には申し訳ございませんが、私はこう思います」
「……いえ、自分を捨てた母を親と認めないのは当然でしょう。公の考えは正しいわ」
「恐れ入ります。たかが魔獣と思われることでしょう。正直、私も彼の気持ちの全てを理解しているわけではございません。命の恩人と見るのは、まだ分かるのですが」
でもカイトは命の恩人ではなく、家族と見た。それはほとんどの人には理解されないこと。私も完全に理解出来ることはない。でも、少しだけ分かることがある。
「私の記憶にあるカイト……カイトの記憶にある久住と私は幼馴染でした」
話し方が難しい。カイトを久住海斗だと決めつけるような言い方は避けようとするとこういうことになる。
「……それで?」
「彼の母親は幼い頃に彼を置いて家を出ていきました。残された彼は父親に、毎日暴力を振るわれていました。初めの頃は心配していた周りの人たちも、彼が心を閉ざし、誰に対してもまったく反応しなくなってしまうと、気に掛けることを止めてしまいました」
私もその一人。心配していたのは最初の頃だけ。まったく心配していなかったわけではないけど、自分から彼に関わることはなくなった。彼を見捨てた。
「…………」
「さらに彼は……私も加害者なのですが、学校でも酷い目に遭わされていました」
また関りを持ったのは、美鈴の復讐として彼を虐める為。私は彼の父親と同じになった。そうであることに気付いていなかった。
「そんな記憶を持った彼が、その……同じように……ですので……彼にとって魔獣が唯一の家族となっても……」
王妃陛下の瞳から涙が零れ落ちている。彼への同情か、それとも前世の母親と同じように彼を捨てたことへの後悔の思いか。両方かもしれない。改めて思い出すと、どうしてこんな彼に酷いことが出来たのか、自分でも不思議になる。私は父親に虐待を受けていた彼を知っている。そうであるのに、虐待する側に自分も回った最低の人間だ。
「……愛された記憶がない、ということか」
「きっと……」
彼の記憶には人に愛された記憶がない。まったくないわけではないと思う。母親がいなくなる前のカイト、海斗は普通の子供だった。少なくとも母親には愛されていた。でも、その母親も海斗を捨てた。良い想い出にはなっていないのかもしれない。
「それは違いますわ」
「クリスティーナ?」「クリスティーナさん?」
「カイトが愛を知らないなんてことはありません。彼は救いを求める人を見捨てない。それが誰であっても手を差し伸べる。優しい、愛情に溢れた人です」
クリスティーナさんはカイトを愛している。「彼には愛された記憶がない」なんて言われて、納得できるはずがない。
「そんなカイトを周りの人たちは皆、尊敬し、信頼し、愛しています。彼の周りには彼を愛する人が大勢います」
彼を愛している人はクリスティーナさんだけではない。彼女は私が知らない彼を知っている。当たり前。私は彼を見てこなかった。彼の本当の姿を見つけることが出来なかった。
「でもカイトは……それを認めない……受け付けない……愛されることを……拒む……」
クリスティーナさんの瞳にも涙。どうしてカイトは彼女から離れていったのだろう? どうして彼は、愛されることを拒むのだろう? 失うことが怖いから? こんな風に私が理由を決めつけて良いことではない。私にはその資格がない。私は彼を少しも理解していない。
もし、やり直すことが出来るなら……これを考える私は、結局、反省出来ていないということ。私が転生したのは、やり直す機会を与えられたからだとすれば、私はそれを無駄にした。機会を与えてくれた運命を裏切った。