
◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇
謎をいくつも残して、カイトは消えた。だが落ち着いて考えてみれば、今までは見えなかったものが垣間見えたのだ。カイトが見せてくれたのだ。見えたものであれば、それを解明出来る。絶対とは言えないが、少なくとも解明を試みることは出来る。これは私一人の思いではなかった。騒動の後にすぐに会議が開かれた。参加者は少し変わっている。母上とその侍女、戦いを止めに大広間に飛び込んできた侍女まで加わった。
重苦しい雰囲気は以前と同じだ。この雰囲気を作っているのは父上と母上、それと侍女だ。自国の王とその王妃の問題。これについて切り込むことが出来るのは、息子である私しかいないだろう。
「説明していただけますか? 母上とカイトにはどういう繋がりがあったのですか?」
「…………」
「父上? 母上でもかまいません。私たちは知らなければなりません」
私は、ではなく、私たちにした。クリスティーナにも知る権利がある。宰相と王国騎士団長はどうでも良い。エミリーは……どうして彼女がここにいるのか? 今回、アントンとイーサンは参加していないのに。
「カイトはその侍女の人を見て、自分を捨てた母親だと思ったみたいです」
まさかのそのエミリーが最初に口を開いた。それも事情を説明する為に。
「大広間に向かう途中のことです。貴女はカイトに土下座して謝罪していました。あの意味は? 捨てたことへの謝罪と考えて良いですか?」
さらに侍女を追及。しばらくは彼女に任せたほうが良いのかもしれない。
「私が話す。ただし、ここでの話は他言無用。破った場合は厳しい処罰を下す。誰であろうとだ」
「……分かりました。決して他言しません」
エミリーだけに向けた言葉だ。私を含めて他の者たちは言われなくても分かっている。
「……ウイリアムには双子の弟がいた」
「なっ……?」
いきなり衝撃の事実。こんな風に考える、ある意味では冷静と言える、自分にも驚いた。あまりの衝撃に、おかしくなったのかもしれない。私に双子の弟がいたなんて話は、聞いた覚えがない。
「双子の誕生は凶兆。将来の継承争いの原因にもなる」
「だから捨てた、ですか?」
「そうだ。生まれてすぐに鑑定を行った。行わなくても分かっていた。弟のほうは生気がなく、長く生きられるとは思えない状態だった。実際、加護もなかった」
そうだとしても捨てるというのは。苦渋の決断であることは分かる。父上の表情、母上も苦悩を露わにしている。母上が私に冷たかった理由も恐らくはこれだったのだろう。弟への後ろめたさといったものか。捨てられた弟には悪いが、それであれば私も少しは納得出来る。
「それは……殿下の加護のひとつは、本当はその弟のものだったということですか?」
「えっ……?」
エミリーの言葉が胸に突き刺さった。私は加護の二つ持ち。だがそれは弟の加護を奪った結果。そういうことなのか?
「……そうなのかもしれない。何というか、生気がなかったのも、全てをウイリアムに持って行かれたような」
「そして、その弟はカイトだった。こういうことですね?」
「それについては、まだ分からない。生まれて間もない赤子が侍女の顔を覚えているはずがない。たまたま王都を訪れていた前カルス男爵に任せたが、誰にも知られない場所に捨てたと聞いていた。今回、改めて確認しても捨てたのは事実だと答えた。生きているはずがない」
父上はカイトが私の弟であることは否定した。確信している様子だ。ただこれは持っている情報が少ないからだろう。私はそれを知っている。
「迷宮での出来事を、カイトの言葉を疑うことなく聞けば、そのひとつは解明できます」
「彼の言葉を疑わないというのは?」
「魔獣が家族であること。魔獣に育てられたのは事実なのです。だから赤子でも迷宮で生きることが出来たのです」
前カルス男爵は私の弟を<悪魔の迷宮>に捨てた。絶対に誰にも知られることはない場所。たとえ死体が見つかっても、あそこでは他にも多くの子供が死んでいる。誰の死体かなんて気にしない。それに退魔兵団の兵士しか立ち入らないだろう場所だ。これが事実である可能性は充分にある、
「しかし、どうしてその記憶があるのですか? い、いえ、無理に否定しているつもりはありません。ですが、前カルス男爵から話を聞いて、弟君になりすまそうとした可能性は無ではありません」
「……確かに今は否定出来ない。母上……いえ、失礼しました。母上はカイトに会えていない、面影があるとかは分かりませんね?」
宰相はまた否定的な意見だ。今回は本人もそうである自覚があるようで、躊躇いが見える。それに意見そのものは否定出来ない。生まれたばかりのことなど、私はまったく覚えていない。
「瞳の色が同じであることは聞きました。灰色の瞳はそういるものではないと私は考えています」
「そうですね……」
瞳の色を変える。それが出来たとしても、それだとカイトは最初から弟になりすますことを企んでいたことになる。髪の色は変えていたが、瞳の色は出会った時から灰色だったのだ。
「もうひとつの点については、私の言葉を信じて頂ければ説明がつきます」
「君の言葉というのは?」
意外とエミリーはこの件については、重要人物なのだろうか? 色々と考えを持っているようだ。
「今回は最後まで聞いてください。カイトには生まれた時にすでに十七歳の男子の記憶があった。体は赤ん坊でも頭の中は十七歳の男の子だった。そうであれば覚えていてもおかしくありません」
「それはまた転生の話か……君の言う通りであれば説明はつくかもしれない。だが転生者であることをどう証明する? そんな存在は聞いたことがない」
また転生の話。生まれたばかりの記憶があることの説明にはなる。だが転生者なんて話を誰が信じるのか。私でも信じられない。あまりに荒唐無稽な内容だ。
「証明は……難しいです。でも事実です。私たちは、カイトと私、アントンとイーサンは同級生でした。仲が良いとは決して言えない関係でしたけど……」
「その話はイーサンがはっきりと否定しました。君も聞いていたではないですか?」
宰相としては受け入れがたい話だろう。自分の息子は転生者。そんな事実を受け入れられるはずがない。
「イーサンの話は作り話です。別の世界での出来事を、この世界で起きたことのように作り替えて話しただけです」
「それをどう証明するのです? 出来ないでしょう?」
「……いや、少なくとも嘘であることは証明出来る」
完全な証明は出来ない。だがイーサンの話が作り話であることは間違いない。証明出来る。
「殿下? 何をおっしゃるのですか?」
「カイトは生まれたばかりで迷宮に捨てられ、そこを出てすぐに退魔兵団の兵士にさせられた。兵士になったのは十歳前後らしい。そのカイトにイーサンたちはどうやって会えた?」
「…………それは、その生まれたばかり……」
生まれたばかりで捨てられた、を否定すれば、それは全てを否定すること。話が進まないことに宰相も気がついたようだ。
「……産着を」
「えっ?」
「真っ黒でボロボロになった産着をカイトは持っていました。その産着を調べれば、もしかすると何か分かるのではありませんか?」
クリスティーナしか知りえない情報。カイトは産着を大事に持っていた。それは証拠になるかもしれない。クリスティーナの言い方だと、かなり酷い状態のようではあるが。
「紋章が? 紋章がありませんでしたか? 王家の紋章です」
侍女も彼女しか知らない情報を持っていた。捨てられた時の状況は彼女が一番分かっているはず。父上と母上は関わらない、関われなかったはずだ。立場上も、感情の面でも。
「……ごめんなさい。あったかもしれませんが、王家の紋章であったと断言出来ません。それに私の言葉では証拠にならないでしょう?」
これを言うクリスティーナは公平であろうとしている。だが否定する者は出るだろう。王家にもう一人王子がいたなんて事実は簡単に認められるものではない。
「これは私の想像ですけど、もしかしたらカイトは分かっているのかもしれません」
エミリーにカイトの何が分かるのか? と言いたいところだが、飲み込んでおいた。エミリーはカイトを私の弟だと思っている側。そこまででなくても真実を追及しようとているの間違いない。
「それはそうでしょう? 真実は彼が一番分かっている。当たり前です」
「そうではなくて、真実を明らかにしたくなかったからカイトは逃げたのではないですか? 侍女の方からも、王妃様からも」
自分が私の弟であることを知りたくなかった。それが真実である可能性を知っていた。どうしてエミリーはこう思うのだろう?
「なんであれ真実は彼……いえ、前カルス男爵に確認することは出来ますか。少なくとも弟君のことを誰に話したかは分かります」
「誰にも話していないと言ったら?」
「その時は……またその時考えます」
宰相も簡単には認めない。それはそうだろう。私も心の底から認めているわけではない。そうでないとこのように冷静ではいられないはずだ。カイトが私の弟。それも悪くないと思う。だが、エミリーの言う通り、カイトはそれを認めない。受け入れない。
「失礼します!」
「人払いをしろと言ったのを忘れたか!?」
ここにいる以外、誰にも知られてはならない内容を話している。人払いを命じるのは当たり前だ。それを破って、入室してきたこの近衛騎士は……何か起きたのだ。とんでもないことが。
「急ぎお伝えしなければならないことが」
「分かっている。さっさと話せ」
「アーサー殿下が……お亡くなりになりました」
「何だと!?」「馬鹿な!?」「アーサー!?」
それぞれの絶叫が部屋に響く。私は、言葉が出なかった。近衛騎士の言葉の意味を理解出来なかった。兄上が亡くなった。そんなことが現実にあるはずがない。
また頭の中が混乱している。何も考えられなくなっている。運命の神は何を望んでいるのだ。