
◇◆◇ エミリー ◇◆◇
カイトが王都に召喚された。応じるはずがないと私は思っていた。他の皆がどう考えているは分からない。あの日からずっと皆とは気まずいまま。ほとんど話をしていない。それはどちらかというと私のせい。アントンを、榊を信用しきれない。カイトの、久住の言葉に榊は動揺していた。事実でないなら、どうして動揺するのか。本当は榊がストーカーで、美玲に暴行なんてあり得ないことまでしようとしていた。それが原因で美玲はトラックに轢かれて、死ぬことになった。
真実が久住の側にあるなら、もしそうなら私は、最低だ。美玲にも顔向け出来ない。確かめなければいけない。どうしても真実を知らなければならない。知ってどうなるか聞かれても、答えはない。でも、このままにはしておけない。
「来た……」
カイトは大広間で国王に謁見することになっている。かなりの人数が集まる場所。私がカイトと話せる機会はない。そうであれば、その前に話をするしかない。そう思って、大広間に繋がる廊下で待っていた。
期待通り、カイトは来た。近衛騎士に囲まれているけど、そんなことに構っていられない。
「カイト!?」
「……相変わらずの図々しさ。あんなことがあったのに、このタイミングで良く話し掛けられるな?」
無視されることも覚悟していた。それに比べればこれはマシな反応。
「カイト……貴方、その髪……」
カイトの髪は真っ白。だからといって老けて見えるわけじゃない。それはどうでも良い。とにかく髪が白髪に変わっていた。これは私たちのせいなのかしら?
「この状況で呼び止めて、それ? 鏡なんてなかったから分からないけど、多分生まれつき。瞳の色も。肌は迷宮で育ったせいだと思うけど、なんか俺って全体的に薄いだろ? 目立つから普段は染めていた」
「色素の病気かしら?」
そういう病気があった気がする。
「異常はないからどうでも良い。用はそれだけ? 俺は良いけど、騎士の人たちがイラついているみたいだ」
「話を聞きたいの。美玲の話」
「まだ聞きたいってことは俺の話を信じていないってことだな。だったら話しても意味ない」
「そうじゃない。そうじゃないの……貴方の話が本当なら……私、貴方に酷いことを……」
カイトは、久住は悪くないのに私は彼を責め続けた。かなり酷い言葉を投げつけたこともある。榊たちが彼に暴行を加えているのを喜んで見ていたこともある。私は最低だ。そんな私の様子を天国から見ていた美玲はどう思っていたのか。
「……ああ、こっち? 謝るから許して欲しいってやつ?」
「私は」
「許すはずないだろ? 俺がどうしてお前を楽にしてやらなければならない? ようやく罪の意識ってやつを持ったのなら、一生抱えてろ」
「……ごめんなさい」
きっと久住のほうが正しい。悪いのは榊。そしてその榊に騙された私が愚かだった。私は……私は親友を殺した榊に……遊ばれたんだ。涙が止まらない。情けなくて、悔しくで、悲しくて、色々な感情がごちゃ混ぜになって、涙が止まらない。
「……お前が美玲さんの親友だったってことは信じてやる。これで良いだろ?」
「……もうひとつだけ……どうして何も言わなかったの?」
美玲の親友は私ではなくて、久住。親友を、もしかしたら好きだった人を殺されたのは久住。そうであるのに久住は何故、理不尽な言いがかりに耐えていたのか。私なら耐えられない。
「……俺は現場にいた。それなのに俺は彼女を助けられなかった。彼女を殺したのは俺。これは間違いじゃないから」
「……ごめんなさい……本当に……ごめんなさい」
泣きたいのは彼のほうだ。大切な人の死に彼は責任を感じていた。ずっとそれを背負って生きていた。彼の心の内を知らないで私は、彼をこれ以上ないほど、傷つけた。そして今も。彼が思い出したくない過去を思い出せさせた。
「……もう良いだろ? さすがにこれ以上……」
「その通りだ。これ以上、陛下をお待たせするわけにはいかない」
近衛騎士の我慢も限界に来たみたい。久住に文句を言ってきた。
「あ、あれ? あの……そこの貴女。侍女の人?」
歩き出そうとした久住。でもすぐに足を止めた。廊下の端で彼らが通り過ぎるのを待っていた侍女の人たちの前で。
「おい?」
「あと少し。すぐに終わります。そこの女性に見覚えがあって。話せるのは、これが最後かもしれないじゃないですか?」
久住が足を止めたのは知り合いの侍女がいたから。ウイリアムと親しいから城に来る機会があったのね。
「……早くしろ。君も、彼との挨拶をさっさと済ませてくれ」
「いえ、私は……その方……」
「変なことを聞きますけど……もしかして貴女が俺を捨てた母親ですか?」
「えっ……そ、そんな……まさか、そんな」
久住はとんでもないことを言いだした。彼を捨てた母親が彼女。そんなことがあるのかしら。あまりのことに涙が止まった。間違いに決まっている。でも侍女の人が酷く動揺している。つまり、本当に彼女が久住の、この世界の、母親?
「なんか俺、生まれたばかりの時は天才で。記憶があって、俺を抱いていた女性に貴女がそっくりで、あっ、もっと綺麗でした。いや、これは失礼か。今よりも若かったって意味です」
天才は嘘。でも記憶があったのは本当かもしれない。久住は私と違う。生まれた時から前世の記憶を持っていたのかもしれない。彼だけがそうだったのかもしれない。
「……も、申し訳ございません!」
「えっ!?」
土下座? 子供を捨てたことは悪いこと。謝罪は普通だけど、息子に土下座? ここは涙で再会を喜ぶ場面ではないの?
「全て、全て私の責任です! 貴方様を、貴方様を捨てたのは私の独断! 奥方様は悪くありません!」
「……ああ……貴方ではない。じゃあ、良いです。別に俺は母親に会いたいわけじゃない。たまたま記憶にある顔の貴女がいたから聞いてみただけです。じゃあ、行きましょうか?」
ちょっと待って。どうしてこれで終わらせられるの? 急ぐように催促していた近衛騎士も本当に良いのかという顔をしている。それはそうでしょう。生き別れた母親にもう少し話を続ければ会える。奥方が誰かを聞けば……奥方様?
「待って! 侍女の方、待ってください!」
久住がいないのであれば私が聞くしかない。聞かないでいられるはずがない。
「……申し訳ございません。私は急いでおりますので」
「じゃあ、せめて、どなたにお仕えしているかを教えてください」
「……申し訳ございません。奥の人間以外に人事を知る権利はございません」
「奥方様って!?」
足早に去って行く侍女。追いかけようと思ったけど、諦めた。あの様子では何も聞けない。この場所は私が自由に歩ける場所でもない。奥に逃げ込まれたらそれで終わり。
とんでもなく気になる。でも今は追及は無理。それよりも大広間に向かわなくてはいけない。久住が国王にどう応えるか、確かめないと。
久住は普通じゃない。私たちも普通じゃないけど、久住はさらに違う。もしかすると、この世界の主人公は久住、カイトなのかもしれない。こんな風に思えてきた。王国は対応を間違わないでいられるのか。不安に思ってきた。