
◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇
王都に帰還した。すぐに緊急会議の開催だ。王国にとって退魔兵団は、蔑視していながらも、重要な存在。その退魔兵団で異変が起きた。それも王国にとって、どう考えても最悪の結果だ。父上も焦るだろう。
会議の参加者は父上と宰相、王国騎士団長、それに諜報部長。私は参考人という立場。私の他にも現地に行ったアントン、イーサン、エミリー、それに七星将の二人、リソスとアセノス、さらに現地の状況に詳しいはずということでクリスティーナも出席させられている。重臣の数は多くない。現時点では事態を知る者は制限したい。こう考えていることが分かる。
会議は最初から重苦しい雰囲気になった。
「……退魔兵団の兵団長と戦いになって、殺す一歩手前まで行った。恐れながら殿下、貴方がたは何のために現地に赴いたのですか?」
最悪の結果にしたのは我々だ。宰相はこう考えている。当然だろう。
「勝手に兵団長を名乗っているだけです。しかも我々はそれを知らされていなかった」
アントンは否定する。いつもの彼だ。今回の件でも彼はまったく反省していない。状況を思い返せば、戦いを始めたのはアントン。彼に全ての責任を負わせるつもりはないが、本人には自覚してもらいたいものだ。
「男爵位と兵団長継承についての届け出は前男爵名で届いています」
「そんな、馬鹿な?」
「入れ違いなので知らなかったのは事実でしょう。そうだとしても使者としてあり得ない行動であることは間違いありません」
宣戦布告の使者ではない。個人的に異なる目的を持っていた点は反省しているが、それでも対立は望んでいなかった。私は使者の勤めを果たせなかった。失敗したのだ。それも償っても償いきれない大失敗だ。
「……しかし、彼らは前兵団長を酷い目に遭わせていた。継承も無理やりに違いない」
「継承を無理強いした可能性はあります。ですが、それは仕方がないこと、罪人を兵団長にはしておけないですから」
「罪人? 罪人は兵士たちのほうだろ?」
これは初耳だ。前男爵が罪人というのはどういうことなのか。継承の件以外にも我々が知らなかったことがあったようだ。
「前カレス男爵はアッシュビー公爵と共謀して、密輸、奴隷の闇売買を行っていました。信用出来る証拠もあります。さらに前カレス男爵の自白を得られれば、完璧です」
「……嘘だ」
「今のところ、虚偽の告発であることを疑う点はありません。そういえば、クリスティーナは何か知っていますか?」
「……事実です」
クリスティーナの答えは短い。答えただけで一安心だ。この場でも一言も口を利かないのではないかと思っていた。
「爵位と兵団長の地位の継承を否定する理由はありませんでした、今回の件がなければ。殿下、どうして戦いになったのですか? 殿下と彼の関係は悪くないと思っていました」
「それは……カイトにとって大切な魔獣を殺してしまったことが原因だ。ただ、あそこまでの戦いになった原因は私にも良く分からない、これは言い訳ではなく、本当に。七星将の二人にも聞いてもらいたい」
責任逃れをするつもりはないが、争いの原因は本当に分からない。カイトとアントンたちの言い争いは何だったのか? 彼らは何者なのかという疑問まで湧いている。
「……二人の意見は?」
「殿下を除く彼らの間には以前から問題があったようです。その問題についての言い争いから始まったのですが……中身は良く分からず」
私と同じ。これで良いのだ。私と七星将の二人が同じ考えであることが、父上と宰相に分かってもらえればそれで良い。事実は本人たちしか知らないのだから。
「イーサン、何があったのですか?」
「それは……エミリーから話を。私は当事者ではありませんので」
「イーサン!? ずるいわよ!」
ずるいのかもしれない。だが詳しいのはエミリー、そしてアントンの二人だ。カイトは二人とばかり、言い合いをしていた、イーサンとのやり取りはわずかだった。
「エミリー、説明してもらいましょう」
「……信じて頂けないかもしれません」
「それは話を聞いてから決めることです。まずは話してもらわないと始まりません」
「……分かりました。私とアントン、イーサンの三人は異世界からの転生者です。カイトもそうで、同じ学校に通っていました」
エミリーは何を言い出しているのか? 異世界からの転生者。正気なのか? おかしくなった振りをして、誤魔化そうとしているのではないか?
「正気ですか?」
「だから信じてもらえないかもしれないと、最初に言いました」
「……イーサン、事実ですか?」
宰相の息子のイーサンも異世界からの転生者。事実であれば、宰相にとってかなり衝撃の事実となるだろう。
「事実ではありません」
イーサンはきっぱりと否定した。それはそうだろう。異世界からの転生者なんて存在するはずがないのだ。
「えっ……イーサン、何を言っているの?」
「エミリーこそ、何を言っているのですか? ここは冗談が通じる場ではありません。国の会議の場なのです。罰を受けたいのですか?」
「でも……」
「私たちは失敗しました。その罪は素直に認めるべきです。転生なんてふざけた話で誤魔化すことはするべきではない。仕方がないので、私が話します」
さきほどは説明をエミリーに任せたイーサンだが、彼女がおかしな話を始めてしまったことで自分が話すしかないと思ったようだ。これでようやく疑問が解けそうだ。
「私たち三人とカイトは養成学校に入学する前に会っていました。父上は覚えているでしょうか? 私が八歳の頃、父上に我が儘を言って、地方に行かせてもらったことを」
「覚えている。アントンも一緒だった」
「そうです。私とアントンはその旅でエミリーに出会いました。そして実は彼にも会っていた。これは少し前に分かったことです」
初めて聞いた話だ。イーサンとアントンがエミリーと仲良かったのはこれが理由。どうして地方領主、男爵家のエミリーと二人が親しくなれたのか不思議に思っていたのだが、これで納得だ。
「その時に何かあったのか?」
「彼とアントンが喧嘩を」
「はっ? 俺?」
アントンが驚きの声をあげた。これはどういうことなのか? イーサンの話は違うということか?
「こういう感じでアントンに自覚はありません。これが揉め事の原因のひとつです。客観的には、アントンと彼がちょっとしたことで揉めて、もみ合いになりました。それが不幸を呼んだのです」
「……続けろ」
「はい。たまたま近くにいた女の子が巻き込まれて、道に飛び出し、馬車に轢かれて亡くなりました。その女の子はエミリーの親友でした」
迷宮での言い争いの内容とイーサンの説明は合っているように思える。細かいところではまだ疑問は残るが。
「アントンは彼が、彼はアントンが彼女を突き飛ばしたと思っています。真実がどちらにあるのかは私には分かりません。恐らくは二人も分かっていない。不幸な事故だったのです」
お互いに相手が女の子を死なせた原因だと思っている。確かにそのような話をしていた。女の子はエミリーの親友という話も合っている。
「……嘘」
「えっ?」
「どうされました? 殿下には何か疑問がおありになるのですか?」
クリスティーナの呟きは私以外には聞こえなかったようだ。彼女は何を「嘘」と思っているのか、問いかける視線を向けても無視されている。
「……カイトがアントンをサカキと呼んだのはどうしてだ?」
仕方がないので自分の疑問を尋ねることにした。
「……ああ、偽名です。平民を装って町に出ましたので。それが結果、彼と喧嘩する原因にもなりました。我々が貴族だと分かっていれば、喧嘩になんてならなかったでしょう。後悔しています」
「そうか……分かった」
それで名乗った偽名がサカキ。エミリーとイーサンは何と呼ばれていたか? これは思い出せない。サカキ……おかしな名を選んだものだ。
「事情は分かった。だが、それで殺し合いに?」
「それは彼のせいです。争いのきっかけは、彼が飼っていた魔獣を我々が殺してしまったことで、過去の話は罵り合いに使われただけです。争いが殺し合いに発展したことには関係しているとは思いますけど」
「……魔獣が原因。なんと言って良いのやら……くだらないことで、これほどの大問題を引き起こしたとは……」
何かが違う。宰相は誤解している。イーサンの説明が中途半端なせいもある。カイトにとっては「くだらないこと」ではないはずだ。彼は「家族を殺された」と言っていたのだ。
「申し訳ございません。彼と和解していれば、このようなことにはならなかったと思います」
「……陛下、これが事実だとしますと」
「情状酌量の余地はなしか」
父上はカイトを罰するつもりか。それは間違った判断だ。
「まだ説明は終わっておりません」
これで終わらせてはならない。父上の判断を誤らせてはならない。
「先に仕掛けたのはアントンです。カイトはその攻撃を防ごうとしただけ」
「ウイリアム! 何を言う!?」
「非を認めろ、アントン。死ねと叫んで、剣を振りかぶったところを私ははっきりと見ている。君が先にカイトを殺そうとしたのだ」
これは事実だ。カイトを庇う為の嘘ではない。カイトを怒らせた原因は魔獣を殺したことであっても、殺し合いのきっかけはアントンが作った、イーサンの話にはこの説明がない。
「それは……でも、奴は私を焼き殺そうとした!」
「反撃の手段としては、やや過激だった。それは認める。だが、先に君が仕掛けた事実は変わらない」
「恐れながら殿下。あの者は殿下にも刃を向けました。それは王国への反逆行為となります」
七星将のリソスはアントンの味方。戦いを拡大させた責任は七星将の二人にもある。カイトが無実では困るのだろう。
「いつカイトは私に刃を向けた? 私がカイトの剣を、それも他の者への攻撃を防ぐ為に受けた記憶はあるが、私自身が攻撃を向けられた覚えはない」
「それは……」
「それとも私が未熟で受けきれなかったことを、リソス将軍は攻撃と言っているのか?」
「……いえ。殿下の仰せの通りです」
私の意思を理解してくれたようだ。リソスはこれ以上、カイトに不利な証言をすることはないだろう。仮に行っても、また否定するだけだ。
「父上、確かにカイトにやり過ぎな点はあったと思います。ですがそれはこちらも同じ。お互いに自分の身を守る為に全力で戦うしかなかった。責められるべきは、それを止められなかった私です」
「……ただの喧嘩で終わらせろと?」
「実際に喧嘩です。誰一人、亡くなっていない」
これはさすがに詭弁だ。死者が出なかったのは治癒魔法のおかげ。エミリーと、泣きながら治療を助けてくれたクリスティーナのおかげだ。
「強引だな」
「では退魔兵団を敵に回しますか? 戦えば勝てるのでしょう。ですが、それで喜ぶのは魔王国。魔王は、国境近くまできて観戦を楽しむことでしょう」
「……人の弱みに付け込むことを覚えたか」
「魔王との戦いは他人事ではございません。私は自分が勝ち残る為に退魔兵団の力を必要としております」
彼らの力が必要だ。アントンやイーサン、エミリーよりも遥かに頼りになる彼らの力が。
「実際に戦ってみてどうだった?」
「えっ?」
「殿下ではなく将の二人に聞いております。正直なことを話せ」
王国騎士団長がここで口を開いた。彼は敵か味方か? カイトを、退魔兵団をどうしたいのか? この問いだけでは分からない。
「……お恥ずかしい話ですが、回復した後の彼とは刃を交えることも出来ず」
「アセノスは?」
「……同じく」
二人は正直に話をしてくれた。本気になったカイトとは、誰もまともに戦えなかった。私も、カイトに本気で剣を向けることはなかっただろうが、仮にそうなっても勝てるとは言い切れない。受けた一撃はそれほどの衝撃だった。
「カイト一人に七星将が二人いて歯が立たず。戦うとなれば、負けないまでも、かなり厳しい戦いになるな」
「分かった、もう良い。まったく不問というわけにはいかないが、厳しい処分は下さない。これで良いな?」
「ご英断に感謝いたします」
王国騎士団長はカイトを庇ってくれた。それが王国騎士団長の意思となれば、父上も無下には出来ない。なんとか最悪の事態は回避できそうだ。
「陛下。ですが相手の気持ちというものもございます。王都に呼び寄せ、忠誠を誓わせる必要があるのではありませんか?」
だが宰相が口出ししてきた。まったく間違ったことを言っているわけではないことが、私としては厳しい。反論しようがない。
「それか……」
「応じないとなれば、陛下のご慈悲を無下にするということ。王国の臣とは認められません。これは譲れないかと」
「……分かった。カイトを、いや、退魔兵団長、カイト・カレス男爵を王都に召喚せよ。和解の儀として、王国への忠誠を誓ってもらう」
「御意」
これに反対は出来ない。こちらが許すと言っても、カイトが許してくれなければ和解はならない。陛下への忠誠を示してもらわなければ、味方とは認めてもらえない。なんとかカイトにこれを受け入れてもらわなければならない。どうすれば良いのか。
「……愚か」
「えっ……クリスティーナ?」
まただ、またクリスティーナには異論があるようだ。カイトを良く知るクリスティーナがそう思うのだ。我々は何か間違っているのだろう。
「……クリスティーナ、教えてくれ。何が嘘で、何が愚かなのだ?」
陛下の裁可が下ったところで会議は解散。席を立ったクリスティーナに、周りを気にすることなく、尋ねることが出来る。
「…………」
「頼む、教えてくれ。私はもう過ちを犯したくない」
「……迷宮で何があったか教えてくれますか?」
「もちろんだ」
クリスティーナは争いの場にいなかった。どうして争いになったのか、ではなく、どうして自分はカイトと別れなければならなくなったのか。このヒントがあるのだと思っているようだ。そう思うくらい、突然の別れだったということだ。
「……カイトは生まれてすぐに迷宮に捨てられ、そのまま退魔兵団の兵士になりました。生まれ年は分からないので確実ではありませんが、迷宮を出たのは十歳前後と聞いていますわ」
「……イーサンたちに会えるはずがない、ということか」
イーサンの話は嘘。クリスティーナの言う通りなのだろう。どうしてイーサンは嘘をついたのか。何を隠したかったのか。ヒントはあるはずだ。迷宮での話を全て思い返せば、何かが分かるはずだ。
「それと、この件に関係なく、退魔兵団は解散しますわ。カイトはそう決めていました。もしかするともう、あそこには誰もいないかもしれません」
「そんな……」
「仲間たちを戦いからも解放したかった。自分自身も離れたかった。それなのに……」
この先の言葉はない。でも分かる。それなのに、我々はカイトを戦いの人生に引き込もうとしている。そのせいで、クリスティーナはカイトと引き離された。本当はカイトが、アレクという悪魔も望む、戦いのない人生を二人で歩めるはずだったのに。
結局、私はまた間違いを犯した。和解なんて必要ない。放っておいてあげることが正解だったのだ。私に出来ることは、この過ちが、さらにカイトの人生を狂わせないことを願うこと。これしか出来ない。