
◇◆◇ カイト ◇◆◇
悲しいことがあった時は、それを考える余裕がなくなるくらい他のことに没頭すること。失恋の痛みは新たな恋で癒す、は選ばない。そんな気分にはなれない。癒せる相手もいない。
ということで仕事に没頭中。実際、無理に忙しくする必要がないくらい、やることは山積みになっている。王国との対立は決定的になった。自分のせいだ。自分のやらかしを自分でなんとかしようとしているだけ。忙しく働いても褒められることではない。
行き場がない兵士たちにも、すぐにこの場を離れてもらわなければならない。だからといって、ただ放り出すのも可哀そう。これまで皆から集めた情報を基に、戦場となる可能性が低く、かつ領主がまともな土地をいくつか選んで、推薦。同じ土地を希望する人たちをまとめて、送り出す。
さらにクズたちがため込んだ財宝の処分もまだ残っている。自分だけがガッポリと頂こうと考えていたわけではない。クリスティーナの為に、あっ、思い出した……まあ、慣れることだ。彼女の為に余裕のある資金を必要としていたけど、独り占めを批判されるほどの額を考えていたわけじゃない。クズどもは全てを金でため込んでいたわけじゃなくて、宝石等もある。さらに俺にはまったく価値が分からない美術品の類も沢山持っていた。それらを売るのに時間がかかっているのだ。
「のんびりしているな? 一番危険なのは自分なのに」
「これがのんびりしているように見えるか? 今までで一番忙しいつもりだ」
そう思うのであれば手伝ってくれれば良い。だがアレクの奴はいつもこんな風に他人事だ。戦う以外は自分の仕事ではないと思っている。
「ちなみに、自分は何処に行くか決めたのか?」
「いや、決まっているのはアッシュビー公爵領に立ち寄ること。王都にも行くかもな」
新婚旅行計画は、あっ、また……アレクのせいだ。計画はなくなった。一人で観光地巡りをしても良いけど、それは完全な傷心旅行みたいで、少し躊躇っている。別に傷心旅行で良いのだけど。
「前から思ってはいたけど、馬鹿なのか? 敵地に単身で乗り込む馬鹿がどこにいる?」
「単身じゃない。パトリオットと一緒」
「面倒みる必要あるのか?」
「いや、存在をすっかり忘れていて。王子様に連れて帰ってもらえなかったから」
パトリオットはまだここにいる、王子様と一緒に王都に帰すのを忘れていた。存在そのものをあの時は忘れていた。それどころではなかったという言い訳はあるけど、さすがに悪いと思って、少し面倒を見ることにしたのだ。
「そうだとしても……おい?」
「分かっている、念話で話し掛けてきた。ああ、知り合いだ。知り合いたくなかったけど」
アレクが気配に気が付いた。当然か。俺だって、誰か分からなくても、気配は感じられる。アレクに同じことが出来ないはずがない。
「それ酷くないかしら?」
「今日は姿を見せるのか?」
現れたのはサキュパス族。何度も話をしている、相手から一方的になので、話をさせられている魔族だ。
「隠れる必要なさそうだから。それに……お仲間? どこかで会ったことがある人もいるわね」
「会っていてもこちらは誰か分からない。お前たちは常に姿を変えるからな」
どうやらアレクと会ったことがあるようだ。もしかしてアレクは魔族の中では有名人なのか? 勘違いしていたけど、最初から名持ちだったみたいだから、魔族の中で名が知られていてもおかしくないか。
「あら、意外と未熟ね? 魔力の匂いで分からないなんて」
「お前たちのように一度精を吸うだけで、ずっと記憶に残るわけではない。全てを覚えてはいられない」
「それはそうね」
「それで今日は何の用?」
聞くだけ無駄かもしれない。用もないのに話しかけてくるのが、この女だ。女なのか?
「残念ながら、今日は仕事なの。偵察って奴」
「……それで偵察相手に姿を見せる。真面目に仕事するつもりある?」
このサキュパス族の女はおかしい。これがサキュパス族の標準なのか? なんだかミユウに雰囲気が似ている。いや、ミユウがサキュパス族なのか。否定出来ない。
「ない。だから仕事はさっさと終わらせる。協力してくれるかしら?」
「敵の偵察に協力する奴がどこに?」
「ここに。良いじゃない。たいした情報ではないでしょ? 解散するって本当なの?」
「ああ、さては聞いてきたのか。本当」
解放した魔族からの情報を得て、来たのだろう。それであれば、確かに隠すことじゃない。
「解散を止めて、魔王国に味方するつもりは?」
「ない」
「残念。解散はいつ頃?」
「交渉とかしなくて良いのか?」
味方するつもりなはい。それをあっさりと受け入れた。これで仕事になるのだろうか? やる気がないのだから、こんなものか。
「説得したら応じてくれるのかしら?」
「いや」
「じゃあ、時間の無駄でしょ? それで解散の時期は?」
「もう解散しているも同然。残っているのは残った仕事がある……あっ、そうだ。ここにある財宝を買ってくれる人知らない? 取引していた相手が魔王国にもいるはずなのだけど」
クズたちは魔王国とも取引をしていた。だが取引相手の情報はない。相手から連絡してくるので分からないとのことだった。嘘をつけないくらい痛めつけて聞いた話だから信じてやっている。
「知らない。でも調べてあげる」
「……代償は?」
上手い話は信じられない。魔族だからではなく、この女だから。見返りを求めてくるに決まっている。
「代償なんて言い方。ちょっと精を貰うだけよ」
「じゃあ、良い」
「交渉成立」
「そうじゃなくて、探さなくて良いってこと!」
「どうして? ちょっとよ、ちょっと?」
危ない。今ので契約が成立していたら精を吸い取られるところだった。この女は話をするだけで危険だ。
「ねえ、誤解を解いてくれないかしら? 精を吸われることは危険じゃないって」
「精を吸うだけならな」
アレクも危険だと思っているようだ、魔族のアレクが危険だと思うサキュパス族って、何なんだ?
「ちょっと? それだと誤解されたままでしょ?」
「誤解って……何か? それじゃあ、お前はカイトの子が欲しいのか?」
「はっ? えっ、子供? 精を吸うって、そのままそういうことなの?」
魔力を吸い取るという意味だと思っていた。子供を作るって、じゃあ精を吸うって、どうやってやるのだ……違う、違う。興味なんてない。断固拒否だ。
「ああっ? カイトくん、酷い! ティナちゃんと別れたばかりなのに、もう別の女、作っている!」
また面倒なのが加わってきた。どうしてここでお前が現れる?
「違うから。分かるだろ?」
「嘘つき。私という女がいるのに、酷い」
これは何のゲームなのだ? いつこういう設定をミユウは作った。思いつきなのは間違いないけど。
「いつ、俺はミユウと付き合ったのかな?」
「出会って、すぐに。私を家族にしてってお願いしたら、良いよってカイトくん言った」
「……言ったかも? ……言ったな……ええっ? そういう意味?」
家族って兄妹の話だと思っていた。当たり前だ。どうしてあのタイミング、あの年齢で逆プロポーズだと思える? 思えるはずがない。
「貴様、クリスティーナ様という御方がいながら」
「それ言うか? 失恋中のつもりだけど?」
「……そうだった。すまない」
あっさりと引き下がられると、それはそれで何だか傷つく。自分が強い未練を持っているみたいだ。
「それで、結局、この人、誰?」
「魔王国から偵察に来た人」
「おっ? 敵か? 負けないぞ。シュッシュッ」
ミユウ、そのシャドーボクシングはどこで覚えた? そもそも、お前の武器はそうじゃないだろ。それは暴威の戦い方だ。
「面白い娘ね? 確かに偵察に来たけど、敵じゃないわ。偵察はついで」
「……じゃあ、何をしに?」
「彼と話をしに、そうね、そろそろ本題に入るわ」
本題があったのか、とてもそうは思えなかった。偵察は仕事として、それ以外の用事は暇つぶしだと思っていた。
「気になったから<悪魔の迷宮>について調べてみたわ」
「ミユウたちの実家、カイトくんとの愛の巣とも言う」
「えっ、そうなの?」
「違うから。いや、実家はそうかも……どうでも良いから、先に進めて、別に終わりにしても良いけど」
どちらかというと終わりにして欲しい。今は<悪魔の迷宮>について話をしたくない、。色々と面倒なことになりそうな予感がする。ただの勘だけど、きっと当たる。悪い予感だけは良く当たるのが俺だ。
「進めるわ。彼女も関係者なら遠慮なく」
「……そう」
「と言っても得られた情報ほとんどない。不思議なくらい知っている人はいなかったわ。だからこの話はただの推測。それでも話すのは貴方なら何か分かることがあるかと思って」
「ないと良いけど……」
話しをしに来たではなく、俺から情報を仕入れに来たが、本当の目的か。適当に誤魔化せると良いけど。
「そんなこと言わないで。迷宮が出来たのは遠い昔ではないわ。七、八十年くらい前に突然現れたの」
「迷宮ってそういうものでは?」
「人族がそう思うのは、ただたんに未発見のものが、いきなり現れたから。迷宮そのものは遥か昔からある。魔族でも遥か昔というくらい昔。神話の時代と言われているわ」
魔族が作ったものではないということか。人族に渡す為にお宝を置いておく理由は魔族にはないか。そうなると、この世界には実際に神様が、神様と呼ばれるくらい力がある存在がいる、もしくはかつていたということだ。
「でも<悪魔の迷宮>は出来たのが七、八十年前。こういう例はない。少なくとも私が調べた限りは」
「ずいぶんと熱心に調べたみたいで……」
「情報が私たちの武器だから調べることは苦にならないわ。さて、ここからよ。その七、八十年前に何があったのか。隣の貴方は知っているわね? 先代魔王が亡くなられた頃よ」
ここまでたどり着いたのか。情報は乏しいと言っていたくせに、どうしてこれと結びつけることが出来た? 情報が武器というのは伊達じゃないか。集めるだけでなく、分析能力も高いのかもしれない。
「魔王? やっぱりね。だってあそこはカイトくんの家だもの」
「……どうして、そういう話になるのかしら?」
これは俺も知りたい。どうして俺の家と魔王をミユウは結びつけるのか。こいつ、何を知っている?
「カイトくんは魔王だから」
「嘘、だろ……? ミユウ、お前、何か勘違いしてないか?」
これはどうにかして誤魔化すしかない。何故、ミユウがこう思ったかを確かめるのは後回しだ。これ以上、深い話にしては駄目だ。
「勘違いじゃないもん。私は<魔王の柱>だから。柱ってきっと支えるって意味。私が支えるのはカイトくんしかいないもの」
「「…………」」
「何の話? 柱って?」
何だか不味い状況だ。アレクだけでなく、サキュパス族の女まで絶句している。何が理由なのか? 魔王の柱って何だ?
「称号を貰ったの。<魔王の柱>っていう称号、もう一つ貰ったけど、それは良く分からない」
「……それはいつの話?」
「ティナちゃんが出ていく、少し前」
多分、俺の加護の封印が解けた時だ。師匠は何をしてくれちゃっているの? <魔王の柱>の称号って何だよ? 俺はまだ器。魔王じゃないから。
「……やっぱり、未熟ね? 殺気が漏れているわよ?」
「今の話を聞かれたからには生かして返すわけにはいかない」
「貴方に私を殺せるかしら?」
「私では無理でもカイトなら殺せる。カイト、今すぐにこいつを殺せ」
「ええ……いきなり?」
どうしていきなり殺伐した雰囲気になっているのか? しかも「今すぐ殺せ」とまでアレクは言う。ミユウの話はそこまでの話なのか。
「今の魔王は先代と繋がりの深かった種族、部族を排除している。滅ぼそうとしていると言っても過言ではない」
「……魔王になる気はないと俺は言った」
「分かっている。本気であることも。だが相手がそれを信じるとは思えない。そもそもお前がどう考えているかは関係ないのだ。自業自得だが、今の魔王に不満を持つ者は少なくない」
本人にその気がなくても、神輿として担がれるということか。最悪だ。師匠はなんてことを……いや、だから封印したのか。俺に「凡人として生きるしかない」と言ったのも、そうでなければ殺されてしまうから。こう思ったからだ。今になって分かった。出来れば、もっと分かりやすく伝えてほしかった。
「それ以上の理由があるわよ?」
「何だって?」
「今の魔王が先代を殺した可能性。殺したという言葉で分からなければ、封じた。<悪魔の迷宮>は先代を閉じ込めておく為に作られた場所かもしれない」
さらに話がとんでもないことになってきた。つまり、今の魔王はその地位を簒奪した、正統な後継者ではないということ。そして正統な後継者は、いや、俺、人族だから魔王になる資格なんてない……ことないか。先代もきっと転生者だ。時代は分からないけど日本からの。
「それは事実か?」
「えっ、誰……って、まさか、黒竜?」
その通り、ルナだ。念話を使わなくても話せるのか。今初めて知った。それともこれも成長なのか?
「そうだ。今の話は本当か? ヤマトは殺されたのか?」
やばい。ルナはかなり怒っている。友を殺されたと聞けば、怒るのは当たり前だけど、今は少し落ち着いて欲しい。
「その可能性があるというだけ。それに事実だとしてどうするつもり? 突撃しても勝てないわよ?」
そう勝てない。魔王国と個人の力で全面衝突して勝てるはずがない。そもそも俺は誰が相手でも戦いたくない。
「それはどうかな?」
おい、ミユウ。どうしてお前はルナに乗っかろうとする?
「強いのは魔王だけでしょ?」
「魔王だけじゃないわ。魔王国には八芒星王という飛び抜けた強者がいる」
厨二の奴等か。厨二だと思ったのは先代のせいかもしれない。そうだとすると俺とそう変わらない時代から転生してきたのか。
「魔王を足して……九人」
「八芒星王の筆頭が魔王。だから八人よ」
一人数が少なくなったくらいでは何も変わらない。数はどうでも良い。とにかく俺は戦わない。
「カイトくんと竜くんと」
「ルナ。僕の名前はルナだから」
「カイトくんとルナくんと」
「女の子」
「ええっ?」
まさかのボクっ娘。どうして竜がボクっ娘? これも先代魔王の影響なのか? 師匠は竜を自分色に染めたのか?
「カイトくんとルナちゃんと、アレクくんも入れてあげる。あとはミユウたち四柱将で……七人。勝てる」
「やっぱりね」
「何がやっぱり?」
どうして七人。それにシチュウショウって、何? さっきの話で四柱将であることは想像つくけど、何故、四? という問いの前に、どうして「やっぱり」なのかが気になった。このサキュパスは何を知っている?
「先代にも柱将と呼ばれる方たちがいたわ。八柱将、八芒星王はそれの真似。将ではなく王にしたのは対抗心かしら?」
先代の厨二か。しかもパクリっぽい名づけ。間違いなく同じ時代からの転生者だ。
「何だか、すっきり。来た甲斐があったわ。あっ、言っておくけど私たちも先代の御恩は忘れていない側だから。それに貴方自身にも借りがある」
「だから大丈夫だと?」
「そうよ……次からは何と呼んでくれるの? お前とかは嫌よ」
「ああ……あっ、危ねぇっ! そうやって俺に名付けさせるつもりだろ?」
油断も隙もない。やっぱり、この女は信用ならない。アレクの言う通り、ここで殺しておくべきか。
「かまわないから名付けてやれ」
「はっ? どうして?」
アレクが名づけを進めてきた。どうしてだろう? 殺せと言い出したのはアレクだ。
「名付ける側の数少ない利のひとつに、名付け主の害になる行動は出来ないというものがある。名を求めたのは、カイトに信用してもらう為だ」
「……良いのか?」
「同意を求めることかしら? そういうところ、先代に似ているわね、さすがは親子」
親子というより、転生者ならではの考えということだと思う。日本人ならでは……いや、あのクズ共のような例外もいる。やっぱり、似ているのか。
「……じゃあ、モリガンは? 古い神話の女神の名前」
元の世界の神話だけど。ホラー映画の登場人物だったような気もするけど、まあ良い。俺の中では女神のイメージだ。
「私はモリガン。ありがたく頂くわ……全然平気なのね?」
「何が?」
「名と同時にそれなりの量の魔力も頂いたはず。それで何ともない……ちょっと落ち込むわ。私ってその程度なのね?」
「それは……良く分からない」
俺の魔力量が多いという意味で良いのだろうか? それであれば悪いことじゃない。魔法一辺倒の俺にとっては望ましいことだ……そういえば、魔刀があった。どうするか……剣も師匠に教わっていたな。また鍛錬を始めるか。
「良いわ。じゃあ、私はこれで……と思ったけど、貴女」
「ん? ミユウ?」
「そう。貴女、夢魔の通り名でよばれている娘でしょ? 夢魔は私たちの別名でもあるわ。きっと貴女と私たちも何かの繋がりがある。今日、貴女に会えたのもそういうことかもしれないわね?」
「そういうこと?」
ミユウはピンときていない様子。何かの運命。サキュパス、違った、モリガンはこう言いたいのかもしれない。ミユウとモリガンに運命的な繋がり……想像出来ない。唯一あるのは二人とも俺を惑わすのは得意だということだ。これは運命ではない。
ただ「運命」という言葉は無視出来なくなってきた。これから俺はどこに向かうのか。どこに向かわされるのか。俺は俺の意思で生きることが出来るのだろうか?