月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第107話 正解は後で分かるもの

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い


◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇

 退魔兵団本部を離れて、元々泊まる予定だった近くの村に戻った。ここで一泊して、明日の早朝には王都に向けて出発する予定だ。退魔兵団が気がかりではあるが、我々だけでどうにか出来ることではない。兵団長となっていたカイトは我々との交渉は受け入れない。無理に試みようとすれば、また戦いになるかもしれない。そもそも兵団長が代わっていたことは想定外。王都に戻って陛下に、この事実を急ぎ伝えることを優先すべき。七星将の二人も同じ意見だった。
 一日で色々なことがあった。今もまだ頭の中は整理出来ていない。疑問点がいくつもある。アントンたちに話を聞こうとも思ったが、今はクリスティーナが心配だった。彼女は傷ついている。少しでもその傷を癒してあげたいと思った。

 

「……クリスティーナ様、私もここでお別れです。頂いた名もお返しします」

 

「どうして? どうしてそんなことを言うの?」

 

 部屋の中でクリスティーナが誰かと話をしている。それが聞こえて扉を叩こうとしていた手を止めた。すぐに中に入って何者か確かめようと思ったが、恐らくは退魔兵団の関係者。私は顔を見せるべきではないと思った。

 

「私がお側にいてはクリスティーナ様に迷惑をかけます。すでにそういう事態が起きている」

 

「私は気にしない。王都だからああいうことになるの。ここなら、退魔兵団の皆と一緒なら、いえ、カイトと一緒なら問題にはならないわ」

 

 クリスティーナはまだ退魔兵団に残りたいのか? どうしてそう思うのだろう? 彼らの境遇には同情するが、クリスティーナは彼らとは違う。

 

「あの男とは一緒になれません。クリスティーナ様は元の世界に戻るのです」

 

 話し相手の言う通り、住む世界が違う。

 

「どうして、皆がそう言うの? これまで楽しくやってきたのに」

 

「私が思うに、それは幻なのです。神が与えてくれた一時の癒し。血塗られた人生を送る私に神は慈悲を与えたのです」

 

「アレク……それは違う。貴方にだって穏やかな人生を得る権利があるわ。戦いとは関係ない世界で生きられる」

 

 戦いに関係のない世界。それは無理だ。私もまた戦いの中で生きることを宿命づけられている。相手の言う、血塗られた人生を歩むのだ。

 

「無理なのです。いくらそうしようとしても運命がそれを許さない。それはカイトも同じ。あの男は戦いから離れ、貴女と穏やかな人生を歩もうとしていた。だが、運命はそれを許さなかった」

 

 カイトが穏やかな人生を。その邪魔をした運命は……私なのか? 私が彼を血塗られた人生に引き戻したのか? そうなのか?

 

「私はどのような人生であってもカイトと一緒なら平気だわ」

 

「クリスティーナ様がそうであってもカイトは耐えられない。私も、クリスティーナ様にそんな人生を歩んで欲しくはありません。貴女には戦いのない、憎しみのない、清らかな人生を過ごしてもらいたい。だから我々は貴女から離れなければならないのです」

 

 カイトがクリスティーナに冷たくしたのは、これが理由……私は駄目だ。本当に駄目だ。クリスティーナのことになると目がくらむ。自分の都合の良いように考えてしまう。
 カイトがこれまでどれほどクリスティーナに尽くしてきたか、私は見てきたはずだ。常にクリスティーナを助けたのはカイトであって、私ではない。私はただ心配しているだけ。危険を犯していたのはカイトだ。

 

「でも私は……カイトを愛しているの。カイトの他に大切なものは何もないの」

 

「同じように我々も貴女を大切に思っています。わずかな傷もつけたくない。でも自らの存在が貴方を傷つけてしまう。それが我々には耐えられない。その苦しみを味わうくらいなら、貴女の側にいられない寂しさのほうが遥かにマシなのです」

 

「アレク……私は……」

 

 クリスティーナには受け入れられない。でも、自分が側にいることで彼らを傷つける。こう言われてしまうと、言葉が見つからないのだろう。
 情けない。自分をここまで情けない男だと思ったのは初めてだ。私はどうか? 自分が満足することだけしか考えていない。クリスティーナの為を思って、自分が身を引くなんて考えたことがなかった。

 

「クリスティーナ様、貴女は私の人生に輝きを与えてくれました。憎しみ以外の感情を教えてくれました。悪魔として闇の中で生きるしかなかった私にとって、貴方の輝きはとても眩しかった。そんな貴女は私の憧れでした」

 

「…………」

 

「貴女と出会ってから今日までの日々が、私にとっては夢。夢としか思えない幸せな日々でした」

 

 話し相手は悪魔だった。クリスティーナが契約したと聞いている悪魔。二人の関係は契約なんて言葉で説明出来るものなのか? 出来るはずがない。これは愛情だ。私以上の愛情を、この悪魔はクリスティーナに注いでいる。

 

「離れても、貴女は私の憧れのままです。憧れの存在のままでいてください。そういう人生を歩んでください。これが私の願いです」

 

「アレク……アレク……私は……貴方と出会えた運命に感謝しているわ」

 

「私もです……さて、扉の外にいる者よ」

 

「えっ……?」

 

 私がいることを悪魔は気付いていた。それはそうだ。それくらいの能力を持っていないはずがない。

 

「お前にも私の、私とカイトの想いを伝えたかった。クリスティーナ様を託すお前には知っていて欲しかった」

 

「……ああ、良く分かった。自分が遠く及ばないことも」

 

 それでも話を続けていたのは、私にも聞かせる為。自分の想いを私に伝え、私に覚悟を持たせる為だろう。その想いに応えないわけにはいかない。これで応えなかったら、私はこれ以上ないほど自分を軽蔑することになる。

 

「クリスティーナ様に傷ひとつつけることも許さん。傷を負わせるような事態になったら、貴様の命を捨てて守れ」

 

「覚悟は出来ている」

 

「魔族との約束を甘く見るなよ? 約束を破った時は、死で報いてもらう」

 

「……約束する」

 

 軽々しく聞こえるのではないか。そんな風にも思った。約束出来る資格が自分にあるか自信がないから。だからといって約束しないという選択はない。命に代えてもクリスティーナを守る。こう誓うのだ。

 

「……では、クリスティーナ様。お別れです」

 

「アレク! アレク! 行かないで、アレク!」

 

 クリスティーナの叫びも空しく、アレクと呼ばれる悪魔は姿を消した。残されたクリスティーナを慰める術を私は持たない。まだ私は彼の代わりにはなれない。今の私に出来るのは、ただ彼女の側にいることだけ。ここから始めるのだ。ただ側にいる。それがいつか彼女の慰めになると信じて。


◇◆◇ アレク ◇◆◇

 私の選択は正しいのか。正直、分かっていない。側にいてお守りすることが正しい選択のようにも思える。だが、これはきっと未練だ。ミネラウヴァ王国とカンバリア魔王国との戦いは避けられない。クリスティーナ様がミネラウヴァ王国の臣民である限り、私はあの方の害になる。クリスティーナ様が本来得られるはずの尊敬と信頼を得られなくなる。それでは駄目なのだ。クリスティーナ様は人々の光。そういう存在だ。それがたとえ人族を照らす光であっても、私はそうあって欲しいと願う。

 

「……いたのか?」

 

「ああ、まあ、少し心配で」

 

 村の外にはカイトがいた。分かっていた。本人は気配を隠しているつもり、実際に隠せているが、私は共にいる時間が長い。カイトの魔力の気配に馴染んでいる。

 

「別れの挨拶はしないつもりか?」

 

「それは未練だ。それに伝える言葉が見つからない」

 

「そうか……理由は聞かせてもらえるのか?」

 

 カイトからは何も話を聞いていない。クリスティーナ様に伝えたカイトの想いは、私が勝手に考えたことだ。ただ間違っていない自信はある。

 

「俺は彼女を不幸にする。俺に向けられる敵意に、彼女を巻き込みたくない」

 

「……そうか」

 

 曖昧な答え。だがやはり気持ちは同じだった。自分の存在がクリスティーナ様を傷つける。カイトもこう思ったのだ。

 

「名前を貰えるか?」

 

「はっ? どうして?」

 

「アレクサンダーの名はお返しした。そうなると元の名になるが、それは名乗りたくない」

 

 上書きされた名を返せば、元の名に戻ることになる。だが、その名は名乗りたくない。私はもう魔王国の者ではない。クリスティーナ様の敵にはならないと決めた。

 

「よく了承したな? 返すといって返せるものじゃないのだろ?」

 

「いや、返せる。名づけは両者の合意によって成立するものだ。それも与えられる側に一方的に利があること。返す者など普通はいない」

 

「なるほどな……でも、俺で?」

 

「お前以外にいないから、仕方なく頼むのだ」

 

 また名を貰うとすればカイトしかいない。この男にしか私の気持ちは理解されない。この男は絶対にクリスティーナ様の敵にならない。

 

「そうか……じゃあ、これからはアレクサンダーを名乗れ」

 

「何だと?」

 

「同じ名を与えては駄目なんてルールはあるのか? ないなら良いだろ? 俺も呼びやすい」

 

「……駄目ではない、すでに私は新たな名を得た。アレクサンダーという名だ」

 

 カイトとの繋がりが感じられる。この男は私の名づけ主になった。それに本人は気付かなかった。クリスティーナ様は寝込んでしまったというのに……それがこの男の持つ力だ。

 

「こういうことか……まったく、お前という奴は……<魔王の器>だと?」

 

「ああ、そういうの分かるのか……思っていたより、繋がりは強いのだな?」

 

 カイトの得ていた加護<魔王の器>。これがどういう意味を持つのかは知らない。だが「魔王」の言葉が含まれる加護だ。クリスティーナ様を巻き込みたくないと思うのは当然だ。

 

「心配するな。全てが分るわけではない」

 

「心配はしていない、恥ずかしいだけだ」

 

「……いつ、この加護を得た? 最初からではないのだろ?」

 

 生まれた時から与えられていたはずがない。そうであればもっと早くクリスティーナ様とは距離を取っていた。クリスティーナ様への愛情を自覚した時に、カイトはそうしていたはずだ。

 

「今日だ。迷宮の中で死にそうになった。もう駄目だと思った時、封印が解けた」

 

「封印だと?」

 

「師匠がやったことだと思う。迷宮で俺を助けてくれたもう一人の家族。師匠であり、父親でもある存在だ」

 

「……これからどうするつもりだ」

 

 師匠であり父親。それは何者なのか。カイトもはっきりとしたことは分からないのだろう。なんとなく想像は出来ていても……本当にこの男はとんでもない。

 

「決めていない……ああ、ひとつだけ決めていることはあるか」

 

「それは何だ?」

 

「絶対に魔王にはならない」

 

「……だろうな。賛成だ」

 

 クリスティーナ様の敵にはならない。こういうことだと思う。そうでなくてはならない。安心して私も側にいられる、もしかすると「仕えられる」という言葉を使うべきかもしれない。ただ、これはこの男が望まないだろう。

 

「さて、帰るか?」

 

「良いのか?」

 

 名残惜しいという想いが私にはある。少しでも近くに。未練だと分かっていても、この気持ちが湧き上がってくる。

 

「これは聞こえていないのか? さっきからルナが騒がしい。自分と似た存在が出来たのが気に入らないみたいだ」

 

「ああ、庇護している竜か」

 

 そういえばカイトは竜とも繋がっている。これがもう普通ではないのだ。竜の庇護者に選ばれるなんて、まるで先代の魔王様のよう。先代は庇護者ではなく、友人だったらしいが。

 

「今は友になった。称号が<竜の庇護者>から<黒竜の友>に変わっている。勝手に庇護者にして、勝手に友って、どう思う?」

 

「そうか……もう分かっていると思うが、お前の父親は先代の魔王、ヤマト様だな。会ったことはないが、黒竜の話は聞いている。ヤマト様の友人となった竜の話だ」

 

「やっぱり……しかもその名前……」

 

 先代魔王様の弟子、どころか義理の息子。クリスティーナ様と別れる決断をしてくれて、本当に良かった。名づけ主になってもらったことは少し後悔だ。カイトは人族だけでなく、今の魔王も敵に回すかもしれない。先代を慕う種族を魔王は冷遇してきた。冷遇どころか魔王国から排除した。排除した上で、さらに人族との戦いの最前線に送り出し、多くを死なせてきた。魔王国の戦力を減らしてでも、先代の影響力を消し去ろうとしてきた。
 その先代の、血族ではないとはいえ、息子と認められたカイトの存在を知れば、必ず抹殺しようとするはずだ。他の者に存在を知られない為に、自ら出てくる可能性もある。魔王と戦う。とんでもない奴に名付けを頼んでしまった。
 だが、後悔しても今更だ。魔王が出てくれば戦う。戦って倒してしまえば、クリスティーナ様を戦いから遠ざけることが出来る。これで良いのだ。

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