
◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇
しばらく呆然としていて、事態を把握するのに時間がかかった。いや、今も何が起きたのか、詳しいことは何も分かっていない。分かっているのは、迷宮で殺した魔獣がカイトを育てた家族であったこと。魔獣が家族というのは、今でも受け入れられていないが、カイトを育てたというのは本当なのだろう。家族と思う魔獣を殺されてカイトが怒り、エミリーたちと争いになった。
傍で見ている限りは、強い怒りはエミリーのほう。しかも何に怒っているのか、彼らが何を話しているのかも良く分からなかった。かろうじて分かったのは、実は彼らは昔からの知り合いで、複雑な因縁があっただろうこと。
戦いを始めるほどの因縁とは何なのか? しかも相手を殺すつもりの本気の戦いだ。エミリーの親友を殺したことが理由。だがエミリーはカイトが殺したと言い、カイトはアントンが本当の犯人だと訴えていた。アントンをカイトがサカキと呼んでいたのもどういうことだろう?
そこからは何が何だか分からなくなった。争いを止めようと思った。だがそれは結果、カイトを死なせてしまうことになった。死なせてしまったと思った。だが、カイトは生きていた。これは良かった。だが、当たり前のことだが、カイトの怒りは激しさを増し、驚くほどの強さを見せた。
あれは何だったのか? 最初はカイトなりに手加減をしていたのか? あれがカイトの本気の実力だとすれば、とんでもないことだ。あのまま戦いが続いていれば、我々は全員死んでいたかもしれない。そう思わせるくらいの強さだった。助かったのはクリスティーナのおかげ。魔法で治癒しきれなかった者もいるが、死者は出なかった。
クリスティーナはひとしきり泣いた後、無表情で黙り込んだまま。カイトとの関係は私を驚かせた。今になって思えば、うすうす感じてはいたのだ。だが、それを認めたくなかった。だから気付かない振り、自分で自分を騙していた。
この先、二人はどうなるのだろう? 寂しいが私がどうにか出来ることではない。私は、悔しいが、第三者だ。
「殿下、到着しました」
「ああ、分かっている」
我々は退魔兵団本部にたどり着いた。あんなことがあって、すぐに来るのには少し抵抗を覚えたが、七星将の二人とアントンが強く主張するので従った。クリスティーナを送り届けなくてはならない。それに事態の詳細をきちんと把握したいという気持ちもあった。それにはカイトに会わなければならない。
本部の入口の門を叩きながら来訪を告げる騎士。退魔兵団の者が近くにいるのは分かっている。防壁の上に人の気配がしているのだ。
「……何をしに来た?」
現れたのは断空だった。
「何だ、その……まあ、良い。カルス男爵にウイリアム殿下の来訪を伝えろ」
「それはもう知っている」
「であれば、我々を中に入れろ」
断空は現れたものの、入口の門はすぐに閉じられた。それでは中に入れない。入れる意思がないのではないかとも私は思っている。想定していたことだ。
「断る」
「何だと!? ウイリアム殿下がいらっしゃっているのだぞ!」
「だから、何だ? 詳しい話は聞いていないが、悪いのはお前たちだろ?」
カイトとの争いはすでに断空の耳に入っていた。それが理由で拒否しているのか。気持ちは分かる。分かるが、ここは通してもらわなければならない。私はその問題を解決したいのだ。
「断空。私はカイトと話をしたいのだ」
「何のために?」
「それは……色々と事情を聞くためにだ」
「必要ない。言っておくが、お前が殺した魔獣は俺にとっても命の恩人だ。助けてもらえなければ、俺はこうして生きていない」
断空にとっても恩人。恐らくは他の者たちにとってもそうなのだろう。そうであれば、尚更ここで引き下がるわけにはいかない。謝罪するにしても会わなければ出来ない。
「クリスティーナは? 彼女についても話さないと」
「……クリスティーナ様も同じ。カイトはもう会わないと言っている。退魔兵団の兵士でもない」
「そんな……」
またクリスティーナの瞳から涙が零れ落ちた。どうしてカイトは彼女にここまで冷たく出来るのか。たとえクリスティーナの片思いだとしても、ここまでの仕打ちは酷すぎると思う。
「我々は兵団長に会いに来たのだ。お前やカイトなんてどうでも良い。良いか、カイトは大罪を犯した。殿下を殺そうとしたのだ。匿うとお前も同罪になるぞ」
「アントン! そういう言い方をするな!」
これでは関係修復どころか、益々状況が悪化する。どうしてアントンは、イーサンもだが、こうなのか。カイトとの間に以前から問題があったことは今回知ったが、だからといって私の邪魔を許す理由にはならない。
「……ああ、お前たちはガレス・カルスに会いに来たのか?」
「さっきからそう言っている! さっさと通せ!」
「アントン!」
「甘やかすとつけあがる。とにかく、カルス男爵に会えれば良いのだ。そうすればこいつ等は私たちの邪魔が出来なくなる」
アントンの言う通りではある。だがそれは無理やり従わせるだけのこと。私はそういうことを望んでいるのではない。
「待っていろ。すぐに連れてきてやる」
「連れてくるのではなく――っ! 何なんだ、あいつは!?」
門の中に消えた断空。彼は我々を中に通すのではなく、カルス男爵をここに連れてくるつもりのようだ。どうしてここまで頑なに拒むのか。我々を恨んでいるだろうことは分かる。だが、こんな無理をしては後で困ることになるはずだ。
「ほら、好きなだけ話せ」
「なっ!?」
少し待っただけで断空は、カルス男爵を連れて戻ってきた。何も着ていない裸のカルス男爵を。
「お、おい!?」
事情を聞こうと思ったが、すぐに断空はまた門の中に消えてしまった。何が何だか分からない。どうしてカルス男爵はこんな目に遭わされているのか。遭わせることが出来るのか。
「男爵……何があった? どうして貴方はこのような?」
「…………」
「どうした? どうして黙っている?」
「…………」
「男爵!?」
こちらが問いかけても男爵は無言のまま。何が何だか分からない。頭の中がさらに混乱してきた。これは現実なのか。夢なのではないかと疑ってしまう。
「男爵、命令だ。我々を中に入れろ。それとカイトを引き渡せ」
「…………」
「どうして答えない!?」
アントンが話しかけても同じ。男爵は黙り込んだままだ。
「……話せないから」
ずっと黙っていたクリスティーナが口を開いた。
「クリスティーナ、どういうことだ?」
「……彼は話せないわ。それと彼に何を命じても無駄。彼は退魔兵団の兵団長でもカレス男爵でもないから」
「……では、誰が兵団長なのだ?」
聞く前に答えは分かった。可能性としてはひとつしかない。それで断空の行動も説明がつく。
「……カイト」
「何だって!? どうしてそんなことになった!?」
アントンは分からなかったようだ。あり得ない話ではある。私が先に分かったのも、ただの勘だ。
「…………」
「聞いているのだ、答えろ!」
「…………」
またクリスティーナは黙り込んだ。アントンの聞き方では答えたくもなくなる。これだけが理由ではないだろうが。
「殿下……壁の上を」
「……本気なのか?」
七星将のアセノスのささやきを聞いて、壁の上を見上げてみれば、そこには弓を構えている多くの兵士がいた。ただの威嚇か、本気かは分からない。だが、私に矢を向けたという事実だけで、王国は罪を問うかもしれない。
「ごめんね。私たち命令されたら逆らえないから。出来たら、とっとと帰ってくれる?」
「夢魔……今度は君か」
今度は夢魔が現れた。彼女の言葉は本当なのだろうか。カイトは彼女も魔法で縛り付けているのだろうか。それが退魔兵団。そうだとしても、納得出来ない。カイトも縛られる苦しみは分かっているはずだ。
「ティナちゃんも。もう会えなくなるのは寂しいけど、これからも元気でね?」
「……どうして? どうして、会えないの!?」
「それがティナちゃんの為だから。ティナちゃんは私たちとは違うの。陽の光の下を歩く人なの。闇に生きる私たちには眩しすぎる人なの。だから……もう一緒にはいられない」
彼女の言う通りだ。クリスティーナは退魔兵団の兵士とは違う。光の中を堂々と歩むべき人。
「違う……私はそんな人じゃない。私は皆と……皆と一緒でいたいの」
たとえ本人が望まなくても、それを運命づけられた人。こうなることは運命なのだ。
「もう一度言う。とっとと帰ってくれる? じゃないと皆、弓から指を離すことになる」
「……殿下」
「分かった。戻ろう」
ここは引き下がるべき。交渉の余地はない。カイトと話が出来なければ、事態は変わらないのだ。
「撤収だ。警戒は緩めるな」
騎士たちが隊列を組み始めた。我々を囲む形。矢を放ってくることを想定して、ほとんどの騎士は後ろを向いている。
「……クリスティーナ? クリスティーナ!?」
クリスティーナは動かないまま。じっと門を見つめていた。
「悪いが彼女を連れてきてくれ」
「手荒な真似をすることになるかもしれません」
「かまわない。置き去りするわけにはいかない」
私の命令を受けて、三人の騎士がクリスティーナのところに向かった。両腕を取り、彼女を運ぼうとする騎士たち。それに対してクリスティーナは、予想していた通り、抵抗を見せた。だが騎士に力では抗えない。強引に体を抱えられ、運ばれることになる。その姿が痛ましい。だが、これは彼女の為なのだ。クリスティーナは王都に連れ戻す。私は目的を果たせた。