月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第106話 埋まることのない溝

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 

◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇

 しばらく呆然としていて、事態を把握するのに時間がかかった。いや、今も何が起きたのか、詳しいことは何も分かっていない。分かっているのは、迷宮で殺した魔獣がカイトを育てた家族であったこと。魔獣が家族というのは、今でも受け入れられていないが、カイトを育てたというのは本当なのだろう。家族と思う魔獣を殺されてカイトが怒り、エミリーたちと争いになった。
 傍で見ている限りは、強い怒りはエミリーのほう。しかも何に怒っているのか、彼らが何を話しているのかも良く分からなかった。かろうじて分かったのは、実は彼らは昔からの知り合いで、複雑な因縁があっただろうこと。
 戦いを始めるほどの因縁とは何なのか? しかも相手を殺すつもりの本気の戦いだ。エミリーの親友を殺したことが理由。だがエミリーはカイトが殺したと言い、カイトはアントンが本当の犯人だと訴えていた。アントンをカイトがサカキと呼んでいたのもどういうことだろう?
 そこからは何が何だか分からなくなった。争いを止めようと思った。だがそれは結果、カイトを死なせてしまうことになった。死なせてしまったと思った。だが、カイトは生きていた。これは良かった。だが、当たり前のことだが、カイトの怒りは激しさを増し、驚くほどの強さを見せた。
 あれは何だったのか? 最初はカイトなりに手加減をしていたのか? あれがカイトの本気の実力だとすれば、とんでもないことだ。あのまま戦いが続いていれば、我々は全員死んでいたかもしれない。そう思わせるくらいの強さだった。助かったのはクリスティーナのおかげ。魔法で治癒しきれなかった者もいるが、死者は出なかった。
 クリスティーナはひとしきり泣いた後、無表情で黙り込んだまま。カイトとの関係は私を驚かせた。今になって思えば、うすうす感じてはいたのだ。だが、それを認めたくなかった。だから気付かない振り、自分で自分を騙していた。
 この先、二人はどうなるのだろう? 寂しいが私がどうにか出来ることではない。私は、悔しいが、第三者だ。

 

「殿下、到着しました」

 

「ああ、分かっている」

 

 我々は退魔兵団本部にたどり着いた。あんなことがあって、すぐに来るのには少し抵抗を覚えたが、七星将の二人とアントンが強く主張するので従った。クリスティーナを送り届けなくてはならない。それに事態の詳細をきちんと把握したいという気持ちもあった。それにはカイトに会わなければならない。
 本部の入口の門を叩きながら来訪を告げる騎士。退魔兵団の者が近くにいるのは分かっている。防壁の上に人の気配がしているのだ。

 

「……何をしに来た?」

 

 現れたのは断空だった。

 

「何だ、その……まあ、良い。カルス男爵にウイリアム殿下の来訪を伝えろ」

 

「それはもう知っている」

 

「であれば、我々を中に入れろ」

 

 断空は現れたものの、入口の門はすぐに閉じられた。それでは中に入れない。入れる意思がないのではないかとも私は思っている。想定していたことだ。

 

「断る」

 

「何だと!? ウイリアム殿下がいらっしゃっているのだぞ!」

 

「だから、何だ? 詳しい話は聞いていないが、悪いのはお前たちだろ?」

 

 カイトとの争いはすでに断空の耳に入っていた。それが理由で拒否しているのか。気持ちは分かる。分かるが、ここは通してもらわなければならない。私はその問題を解決したいのだ。

 

「断空。私はカイトと話をしたいのだ」

 

「何のために?」

 

「それは……色々と事情を聞くためにだ」

 

「必要ない。言っておくが、お前が殺した魔獣は俺にとっても命の恩人だ。助けてもらえなければ、俺はこうして生きていない」

 

 断空にとっても恩人。恐らくは他の者たちにとってもそうなのだろう。そうであれば、尚更ここで引き下がるわけにはいかない。謝罪するにしても会わなければ出来ない。

 

「クリスティーナは? 彼女についても話さないと」

 

「……クリスティーナ様も同じ。カイトはもう会わないと言っている。退魔兵団の兵士でもない」

 

「そんな……」

 

 またクリスティーナの瞳から涙が零れ落ちた。どうしてカイトは彼女にここまで冷たく出来るのか。たとえクリスティーナの片思いだとしても、ここまでの仕打ちは酷すぎると思う。

 

「我々は兵団長に会いに来たのだ。お前やカイトなんてどうでも良い。良いか、カイトは大罪を犯した。殿下を殺そうとしたのだ。匿うとお前も同罪になるぞ」

 

「アントン! そういう言い方をするな!」

 

 これでは関係修復どころか、益々状況が悪化する。どうしてアントンは、イーサンもだが、こうなのか。カイトとの間に以前から問題があったことは今回知ったが、だからといって私の邪魔を許す理由にはならない。

 

「……ああ、お前たちはガレス・カルスに会いに来たのか?」

 

「さっきからそう言っている! さっさと通せ!」

 

「アントン!」

 

「甘やかすとつけあがる。とにかく、カルス男爵に会えれば良いのだ。そうすればこいつ等は私たちの邪魔が出来なくなる」

 

 アントンの言う通りではある。だがそれは無理やり従わせるだけのこと。私はそういうことを望んでいるのではない。

 

 

「待っていろ。すぐに連れてきてやる」

「連れてくるのではなく――っ! 何なんだ、あいつは!?」

 

 門の中に消えた断空。彼は我々を中に通すのではなく、カルス男爵をここに連れてくるつもりのようだ。どうしてここまで頑なに拒むのか。我々を恨んでいるだろうことは分かる。だが、こんな無理をしては後で困ることになるはずだ。

 

「ほら、好きなだけ話せ」

 

「なっ!?」

 

 少し待っただけで断空は、カルス男爵を連れて戻ってきた。何も着ていない裸のカルス男爵を。

 

「お、おい!?」

 

 事情を聞こうと思ったが、すぐに断空はまた門の中に消えてしまった。何が何だか分からない。どうしてカルス男爵はこんな目に遭わされているのか。遭わせることが出来るのか。

 

「男爵……何があった? どうして貴方はこのような?」

 

「…………」

 

「どうした? どうして黙っている?」

 

「…………」

 

「男爵!?」

 

 こちらが問いかけても男爵は無言のまま。何が何だか分からない。頭の中がさらに混乱してきた。これは現実なのか。夢なのではないかと疑ってしまう。

 

「男爵、命令だ。我々を中に入れろ。それとカイトを引き渡せ」

 

「…………」

 

「どうして答えない!?」

 

 アントンが話しかけても同じ。男爵は黙り込んだままだ。

 

「……話せないから」

 

 ずっと黙っていたクリスティーナが口を開いた。

 

「クリスティーナ、どういうことだ?」

 

「……彼は話せないわ。それと彼に何を命じても無駄。彼は退魔兵団の兵団長でもカレス男爵でもないから」

 

「……では、誰が兵団長なのだ?」

 

 聞く前に答えは分かった。可能性としてはひとつしかない。それで断空の行動も説明がつく。

 

「……カイト」

 

「何だって!? どうしてそんなことになった!?」

 

 アントンは分からなかったようだ。あり得ない話ではある。私が先に分かったのも、ただの勘だ。

 

「…………」

 

「聞いているのだ、答えろ!」

 

「…………」

 

 またクリスティーナは黙り込んだ。アントンの聞き方では答えたくもなくなる。これだけが理由ではないだろうが。

 

「殿下……壁の上を」

 

「……本気なのか?」

 

 七星将のアセノスのささやきを聞いて、壁の上を見上げてみれば、そこには弓を構えている多くの兵士がいた。ただの威嚇か、本気かは分からない。だが、私に矢を向けたという事実だけで、王国は罪を問うかもしれない。

 

「ごめんね。私たち命令されたら逆らえないから。出来たら、とっとと帰ってくれる?」

 

「夢魔……今度は君か」

 

 今度は夢魔が現れた。彼女の言葉は本当なのだろうか。カイトは彼女も魔法で縛り付けているのだろうか。それが退魔兵団。そうだとしても、納得出来ない。カイトも縛られる苦しみは分かっているはずだ。

 

「ティナちゃんも。もう会えなくなるのは寂しいけど、これからも元気でね?」

 

「……どうして? どうして、会えないの!?」

 

「それがティナちゃんの為だから。ティナちゃんは私たちとは違うの。陽の光の下を歩く人なの。闇に生きる私たちには眩しすぎる人なの。だから……もう一緒にはいられない」

 

 彼女の言う通りだ。クリスティーナは退魔兵団の兵士とは違う。光の中を堂々と歩むべき人。

 

「違う……私はそんな人じゃない。私は皆と……皆と一緒でいたいの」

 

 たとえ本人が望まなくても、それを運命づけられた人。こうなることは運命なのだ。

 

「もう一度言う。とっとと帰ってくれる? じゃないと皆、弓から指を離すことになる」

 

「……殿下」

 

「分かった。戻ろう」

 

 ここは引き下がるべき。交渉の余地はない。カイトと話が出来なければ、事態は変わらないのだ。

 

「撤収だ。警戒は緩めるな」

 

 騎士たちが隊列を組み始めた。我々を囲む形。矢を放ってくることを想定して、ほとんどの騎士は後ろを向いている。

 

「……クリスティーナ? クリスティーナ!?」

 

 クリスティーナは動かないまま。じっと門を見つめていた。

 

「悪いが彼女を連れてきてくれ」

 

「手荒な真似をすることになるかもしれません」

 

「かまわない。置き去りするわけにはいかない」

 

 私の命令を受けて、三人の騎士がクリスティーナのところに向かった。両腕を取り、彼女を運ぼうとする騎士たち。それに対してクリスティーナは、予想していた通り、抵抗を見せた。だが騎士に力では抗えない。強引に体を抱えられ、運ばれることになる。その姿が痛ましい。だが、これは彼女の為なのだ。クリスティーナは王都に連れ戻す。私は目的を果たせた。

 

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