
◇◆◇ カイト ◇◆◇
後悔しても元には戻せない。それはこれ以上ないほど思い知っていたはずだった。それなのに俺はまた同じ過ちを犯してしまった。どうしてなのか? どうしてこいつらを殺してしまわなかったのか? 正面から戦うのでは勝てなくても、殺す手段ならいくらでもあったはずだ。でも俺はそれを躊躇った。無関係でいることを選んだというのは言い訳。逃げていただけだった。また逃げて、また大切な人を失ってしまった。
「……何を言っているの? 家族って誰? そんな人はここにはいないわ」
こうしてこの女はさらに人の気持ちを逆なでする。こういうのが得意なのだ。そういう女なのだ。
「お前らが殺した魔獣。俺を助け、育ててくれたのはお前らが殺した魔獣たちだ」
魔獣なんて呼び方はしたくない。でも、こう言わなければ、こいつらには分からない。
「魔獣が家族って……馬鹿なことを言わないで」
「馬鹿なこと……そうだろうな。お前らには他人の気持ちなんて分からない。分かるはずがない」
他人の気持ちが分かるのであれば、平気で人を傷つけたりしない。人を虐めて喜ぶなんて出来ない。ただ分からないのも仕方がない。こいつらにとって他人は、自分と同じ人間じゃないんだ。おもちゃ、それもいつでも替えが利く、壊れても良いおもちゃなのだ。
「ちょっと待って。本当に何を言っているか分からないの」
「だから分かってもらおうなんて思わない。分かり合いたくもない。お前らは俺の大切な人を奪った。この世界だけでなく、元の世界でも」
元の世界は元の世界。この世界はこの世界。こんな風に区別できるはずがなかった。元の世界での因縁を断ち切ろうと思えば、この世界でこいつらと戦うしかなかった。それが出来なかったから、同じことが繰り返されるのだ。
「……元の……世界? それって……やっぱり、お前だったのね!? クズミカイト!」
「誰だ、それ?」
「惚けないで! お前に私たちを責める資格なんてない! 私から大切な人を奪ったのはお前じゃないか!?」
これは本気で言っているのだろうか? 自分の非を認めない、無理やりにでも自分を正当化しているだけ。そういうことだ。自分は悪くない。悪いのは常に相手。俺が虐められるのは俺が悪いから。これがこいつらの理屈だ。
「俺がいつお前の大切な人を奪った?」
「忘れたとは言わせない! お前は美玲を殺した! 美玲は私の親友だった! 私はお前のことを決して許さない!」
「お前が美玲さんの親友? よくそんな嘘がつけるな? さすがはというべきか?」
この女は美玲さんを親友と呼ぶ。亡くなった美玲さんがそれを否定出来ないのを良いことに、こうして被害者ぶる。元の世界とまったく変わらない。当たり前か。
「美玲は私の親友よ! ずっと一緒だった! それなのにお前は! お前が私から美玲を奪った!」
「お前、いい加減にしろよ? だったら何故、美玲さんを殺した男に喜んで股を開いた?」
うんざりだ。元の世界では言い返す気になれなかった。言い返しても何かが変わるわけではない。美玲さんを殺したのは俺。これを否定しきれない気持ちもあった。
でもこの世界に来てまで、黙っていてやる理由はない。
「はあ!? 何言っているの!?」
「お前こそ惚けるなよ。美玲さんを殺したのは俺じゃないことは知っているだろ? 知っていて、惚けている。榊と付き合う為に」
「……馬鹿なことを言わないで」
勢いが止まった。図星をさされて動揺したか。
「美玲さんがいなくなって喜んだのだろ? 美玲さんの代わりに榊に彼女にしてもらえた」
「馬鹿なことを言うな! 美玲は私の親友よ!」
「だ・か・ら、じゃあどうして親友を殺した男に股を開いた? それともお前に聞いたほうが良いか、榊? アントン、お前、榊だろ?」
別にどうでも良いことだ。こいつらは何を言っても自分の非を認めない。それは分かっている。ただ今は、言われっぱなしでいるのが嫌なだけだ。それでは元の世界と同じだから。
「……知るか。俺が彼女を殺すはずがない」
「公園でお前は美玲さんに言い寄っていた。でも彼女にはっきりと拒否されて、カッときたお前は彼女に暴行しようとした。そんなお前から逃げようとして美玲さんは道路に飛び出して、トラックに轢かれた。確かに殺したとは言えないかもな。ストーカーの榊くんは」
「お、お前……どうしてそれを?」
「あれ? 俺が近くにいたことに気付いていなかったのか? 気付いていたから俺に罪をなすりつけたのだと思っていた」
俺がいたかいないかに関係なく俺に罪を着せたのだ。このほうが最低だな。
「……デタラメを言うな! エミリー、騙されるな! こいつは俺に罪を着せて、逃げるつもりだ!」
「で、でも……」
「ここで出会った不幸を恨め! 美玲の仇だ! 死ね、クズミ!」
大人しく死んでやるつもりはない。ただやられていただけの元の世界とは違う。俺は抗う。抗って抗って抗ってから死んでやる。
「ぐぁあああああっ! あ、熱い! 火を消せ! 消してくれっ!!」
炎に包まれた榊。叫ぶことが出来る状態なのは、さすがは勇者パーティーというところか。魔族並みの高い耐性が与えられているのだろう。馬鹿げている。どうしてこんな奴を世界は守るのか? まっさきに殺すべき人間なのに。
「消すわけないだろ、馬鹿……っ!」
さらに黒炎魔法を重ねようと思ったが、それは魔法の防壁に阻まれた。誰の魔法か。
「……お前、三城で合っているか?」
「どうだろうね?」
「この世界でも榊のパシリか。懲りないな」
「黙れ!」
やっぱり、イーサンは三城だった。反応で分かる。本当に何なのだろう? どうしてよりによって、こいつ等がこの世界での俺の人生に関わってくるのだろう。やり直しの機会。こう考えるにはヘビーな状況だ。
「囲め!」
「かまわん! 討ち取れ! こいつは謀反人だ!」
俺は魔王か何かなのか? 敵は勇者パーティーと七星将が二人。普通に考えれば勝てるはずがない。だからせめて三人だけは、それが無理でも榊だけは絶対に殺す。
「くっ――! エミリー、強化魔法を! 急げ!」
「……分かった」
敵が何をしようが関係ない。俺の戦い方はひとつ。ひたすら黒炎魔法を重ねていくだけ。四方八方からくる騎士の攻撃は<立体跳躍>でなんとか躱し、ひたすら黒炎魔法を向け続ける。確実に榊にダメージを与えているが、そのダメージは金城の治癒魔法ですぐに回復されてしまう。決め手がない。
そうであれば、こちらも勝負に出るしかない。安全圏にいて勝てる相手じゃないのは最初から分かっている。狙いは後方にいる金城。なんとかあの女に剣を届かせる。
「届いた!」
「なっ!?」
<黒炎魔法>の連発と<立体跳躍>の動きで敵の目を惑わし、わずかな隙を見つけて、一気に金城との間合いを詰めた。賭けは勝ち。一瞬のことであるはずなのに、金城の動きが良く見える。反応は間に合わない。俺の剣が先にこの女の首に届く。
「止めろ! 剣を引け!」
はずだったのに。
「邪魔するな!」
王子が俺の剣を止めた。この男も同じだ。この男も俺の恨みを気にしない。俺の家族を殺したことを忘れている。罪の意識なんて持っていない。どいつもこいつも同類だ。この世界も、腐っている。
「今だ! 攻撃を集中しろ! 一気に決めろ!」
「ち、違う! アントン、止めろ!」
クソ王子に動きを止められたところで魔法剣、だけでなく他の魔法も含めての集中砲火。えげつない攻撃だ。それとも絶対にクソ王子に当てない自信があるのか?
どうであろうと完全にやられた。防御魔法を持たないのは俺の弱点だ。ここにいる魔獣も魔物も魔法なんて使わなかったから。これがきっと踏み台キャラというもの。俺はこれ以上ないほど憎んでいる奴等の踏み台にされるのだ。
「ほら、クズ、やりかえしてみろ」
「おらおら、殴れるものなら殴ってみろよ、クズミ」
「クズミ、どうしてお前はクズなんだ? ああ、そうか。生まれた時からクズの身だものな?」
「「「ギャハハハハハ!」」」
意識が朦朧としてきている。まだ奴等は少しも苦しんでいない。殺せないのであれば、せめて腕、足の一本でも奪って死にたい。それさえ許されないのか?
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! どうして俺はこうなのか? こうでなければならないのか? この世界もまた俺を受け入れない。俺の存在価値を認めない。そんな世界こそ、無価値だ。無価値な世界なんて……存在する……必要は……ない……
≪……世界を壊しますか?≫
……どんな質問だ? この問いに何の意味がある? 神様がこんなことを聞いて良いのか? YESと言えば、壊してくれるのか? そうであれば……俺の答えは「YES」だ。
≪条件を満たしました。封印を解除します≫
≪加護<魔王の器>の封印が解除されました≫
≪スキル<鑑定阻害>の封印が解除されました≫
≪スキル<収納魔法>第二層の封印が解除されました≫
≪スキル<収納魔法>第二層解放により、武具<魔刀ムラサメ≫の封印が解除されました≫
≪スキル<毒効果耐性≫がスキル<毒効果無効>に進化しました≫
≪スキル<麻痺効果耐性≫がスキル<麻痺効果無効>に進化しました≫
≪スキル<精神干渉耐性≫がスキル<精神干渉無効>に進化しました≫
≪スキル<黒炎魔法≫がスキル<獄炎魔法>に進化しました≫
≪スキル<並列術式展開>はスキル<並列思考>に進化しました≫
≪スキル<眷属召喚>を取得しました≫
≪スキル…………≫
なんだこれ? 何が始まった? 走馬灯というのとは違うのだろう。封印って何だ? <魔王の器>って……やっぱりそうなのか。師匠は魔王だったのだ。
(やっぱりそうだったのか。再会出来て僕は嬉しいよ、友よ)
ルナの声が聞こえる。「やっぱりそうだったのか」と、俺と同じことを思っている。ルナは師匠を知っていたのか? 師匠は俺に何を教え、与えてくれたのか? どうして封印なんてしたのか? もっと前からこの力があれば俺は……ここで悔しい思いをしながら死ぬことにはならなかったかもしれないのに。
≪称号<竜の庇護者>は称号<黒竜の友>に変化しました≫
≪スキル<自己修復>を取得しました≫
≪身体損傷レベルが極危険レベルに到達しています。スキル<自己修復>が発動されました≫
スキル<自己修復>。俺は助かるのか? まだ戦えるのか?
≪……魔力が不足しています。身体損傷レベルを安全レベルに回復出来ません≫
期待させてから落とす。神様も結局は俺の敵ということか。この世界が俺の敵なのだから、そうなるか。
(大丈夫)
また聞こえたルナの声。何が大丈夫なのだろう。
≪周囲に同一魔素の存在を確認しました。魔素の吸収を始めます≫
≪スキル<自己修復>が再発動されました≫
ずっとこの場所にいたのに、今はじめて気が付いた。この迷宮に漂う魔素は、師匠の匂いがする。師匠の力が流れ込んでくる。
「何だ!? 何が起きている!?」
「まだ生きている! さっさと、そのクズにとどめをさせ!」
どうやら異常に気が付いたみたいだ。あと少し、あと少しな感覚はあるのに……そんなことは言っていられないか。じっとしていては殺される。どんな状態であっても戦うしかない。
≪……スキル<眷属召喚>を発動します≫
スキルを勝手に発動させた? そんなことがあるのか? これまであっただろうか?
「魔獣だ! また魔獣が現れた!」
「魔獣なんて後回しにしろ! とにかくクズを殺せ!」
「先にと言われても……」
榊の命令に戸惑った様子の騎士。何が起きているのか。
「……ああ……義母、いや、母さんか」
頬に感じた感触。ざらざらした舌は少し痛いけど、懐かしい感触だ。間違いなく俺を育ててくれた母親だ。
(大丈夫?)
(母さんこそ)
(母さんと呼ぶのね?)
(今までは照れくさくて……でも母さんは俺の母さんだから)
家族だと認めているつもりでも、少し抵抗があったのだ。だから義母、ブラザーなんて呼んでいた。でも家族はやっぱり家族だった。この世界でずっと優しくいてくれた。俺を捨てた元の世界の母親とも、この世界の生みの親とも違う。俺を守ってくれていた、今も。俺は守ってやれなかったのに。
「……スキルの名は<眷属召喚>じゃなくて、<家族召喚>で良かったな」
「クズミッ!?」
「さて、始めようか。二回戦だ」
家族が時間稼ぎをしてくれたおかげで、傷は回復した。ついでに魔力も回復だ。万全の状態で二回戦を始められる。
「討て! 今度こそ確実に――っ!」
「うるさい」
敵の準備を待たなければならない義務はない。まして相手は大勢で一人を嬲り殺そうとするような奴等。先手を取って一人でも殺しておくことにした。
「リソス星将っ!?」
弱い者いじめしか出来ないような奴等なんてこんなものだ。弱者と見ていた奴にリーダーがやられると、すぐに動揺する。動揺だけでは終わらせない。一人残らず殺す。今度こそ、絶対に。
「油断するな!」
一人殺られた言い訳。油断していなければ、弱者になんて殺られるはずがない。誰に向けての言い訳なのか? 自分で自分に言い訳しているみたいだ。
「隊形を……っ」
「固まれ! 背後を取らせるな!」
また言い訳。バラバラだったから殺られた。自分たちは多勢に無勢の、多勢のほうだと分かっているのだろうか。
「「「ぎやぁああああっ!!」」」
まとまってくれていたほうが殺りやすい。魔法で一気に焼き殺せる。漆黒の炎が噴きあがる。あまりの勢いに少し驚いた。これまでの<黒炎魔法>とは威力がかなり違うみたいだ。
「散れ! 散開しろ!」
固まれと言ったり、散れと言ったり。忙しい命令だ。そういえば、声は何かを言っていたな。
「……刀だな。ムラサメって……転生者かよ」
<収納魔法>で以前は取り出せなかったもの。<魔刀ムラサメ>と声は言っていた。取り出してみれば、どう見ても日本刀。しかも名はムラサメ。妖刀村雨のパクリだろ、これ。
「封印されていたくらいだ。期待して良いかな」
「クズミィイイイイッ!! 調子に乗るな!」
調子に乗っているつもりはない。おごりもない。お前だけは絶対に殺す。与えられた力を使って、刺し違えてでも。お前が存在し続けることを俺は許さない。
「止めろ――っ」
「ウイリアムッ!?」
また王子様が邪魔してきた。でも今度は止められなくて済んだ、加護というのは大したものだ。少し前は完全に止められた相手を吹き飛ばせるようになるのだから。
「ぐっ……あああああっ!」
人の心配をしている場合か、榊。俺がもっとも憎んでいるのは自分だという自覚もないのか。
「エ、エミリー! た、助けてくれ!」
一撃では死ななかった。本当に世界の優遇にはイラつかされる。こんな奴らが世界は大切なのか。世界を俺の敵だ。そして俺が世界の敵だ。
「殿下を殺させるな!」
「早く殿下を逃がせ!」
「……うるさい……うるさい、うるさい、うるさい! 俺の命はゴミにしか思わないくせに、そいつの命は大切なのか!?」
今更だ。世界が不公平であることは嫌というほど思い知らされてきた。それでも苛立つ気持ちが抑えられない。この苛立ちはどうすれば収まるのか?
「……そうか。不公平の頂点にいる奴を殺せば良い」
ゴミの俺が、もっとも大切にされている奴を殺せば、今の不公平は崩れる。また新たな不公平が生まれるのは分かりきっている。でも俺は今の不公平に苛立っているのだ。
「守れ! 殿下を守れ!」
俺にはこんな奴らはいなかった。虐められている俺を守ろうとしてくれる奴なんていなかった。どうして俺にはいないのに、あいつにはいるのだろう? ゴミ以下の価値しかない榊、金城、三城にまでいる。
どうやらここにいる全員を殺さないと、俺の苛立ちは収まらないみたいだ。こんな風に思えるから、封印が解けたのか。俺は全世界の敵、魔王になったのか?
「カイト、もう止めて!」
そう。だから彼女まで、クリスティーナまで俺の邪魔をする。
「……どうして止める?」
「お願いだから、もう止めて……これ以上は駄目……お願い、カイト……」
「どうしてだ!? こいつらは俺の家族を殺した! 俺を殺そうとした! こいつらは良くて、どうして俺は駄目なんだ!?」
苛立ちが高まる。でもこれは先ほどまでと違い、自分自身への苛立ち。クリスティーナの涙を見た瞬間、俺の中の何かが変わった。ウイリアムを守ろうとしている彼女は、俺を守りたいのだ。王国から俺を。
ここまでして許されるとは思えないけど、そうなっても彼女はきっと俺を守ろうとしてくれる。そういう人が家族以外にもいた。家族になるはずだった人か。
「……貴女はやはり、そちら側の人間です」
「カイト? 何を言っているの?」
「貴女は俺とは違う。生きる世界が違う。一緒にいてはいけない人だ」
彼女は俺と一緒にいてはいけない。彼女を巻き込んではいけない。彼女まで世界の敵にしてはいけない。
「違う……そうじゃない! 私は貴方を愛している! 貴方と生きることが私の望みなの!」
「それは間違いだ。貴女は俺の家族にはなれない……ウイリアム殿下……クリスティーナ様をお返しします」
「待って、カイト! お願いだから私の話を聞いてっ! カイトーーーー!!」
これ以上、クリスティーナと話は出来ない。それは俺が耐えられない。彼女の涙を見たくない。彼女を悲しませる言葉を口にしたくない。今も彼女を愛していることを知られるわけにはいかない。
結局、俺はまた大切な人を失った。でも今回は後悔しないはずだ。これは彼女の為なのだから。