月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第103話 着々と準備は進んでいる

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 

◇◆◇ クリスティーナ ◇◆◇

 王国各地に散っていた兵士の人たちが次々と戻ってきている。彼らが真っ先に行うことは従属魔法を解除すること。実際に行うのはカイトだ。最初にそれを見た時は驚いた。あまりにも簡単に解除出来てしまうから。
 どうしてこれまで同じことを出来る人が現れなかったのか、疑問に思ってカイトにも聞いてみた。答えは「分からない」だった。兵士自身が解除することは出来ないように制約をかけられていた。それなのにカイトが出来たのは、解除する前に魔法の影響をほとんど受けなくなっていたから。精神干渉系の魔法への耐性は元々持っていたそうだけど、竜とある種の契約をしたことで、カイトは「無理やり契約させられた」と言っていた、さらに耐性が強化され、従属魔法はほぼ無意味になった。そのおかげだと言っていた。
 それでも過去にカイト以上に精神干渉魔法への耐性が強い人がいてもおかしくない。その人は出来なかったのか。術式魔法の知識がなかったからかもしれない。いくつもの要因が重なって今の結果になった。カイトとはそういう人。
 竜との契約もそう。いつの間にそんなことになっていたのか。相手は魔族の里で戦った竜。あの時、確かに倒し、部材を採取するために死体もバラバラにされたのに竜は生きていた。死と再生を繰り返しているのだとカイトは教えてくれたけど、不思議なこともあるものね。
 ただ確かに竜は戦った時とは違っている。大きさは黒猫になっている時のアレクとそう変わらない。翼がある分、少し大きいくらい。空を飛ぶことは最近出来るようになったと言われたけど、実際に見てみると、飛ぶというより落ちるのを頑張って耐えている感じ。低いところから上に飛び上がることはまだ出来ていなかった。
 今更だけどカイトは不思議な人。何か特別なものを持っている。その何かが私には分からない。分からないことが少し寂しい。

 

「……本当に良いのか?」

 

「その質問に意味あるか? 駄目だと言ったら、元の場所に戻るのか?」

 

 今のこれもそう。カイトは捕らわれていた魔族を逃がそうとしている。カイトたちと同じように従属魔法で縛られ、酷い目に遭わされていた魔族。その点には私も同情するけど、解放することには少し抵抗を覚えてしまう。魔族の里が襲われていた時は、子供だと分かって頭で考えるよりも先に体が反応した。でもこの彼女は子供には見えない。自由になった彼女は、王国の誰かを殺してしまうかもしれない。

 

「……でも、助けられても何も返せないのは……私は……恩返しとして貴方であれば……このまま仕えても……」

 

「い、いやいや、それじゃあ、俺はあのクズと同じになる。そういうの良いから」

 

 恩返しとして何をするつもりなのか。焦った様子のカイトを見て、察しがついたわ。この魔族は速やかに追い出さなければならない。カイトを誘惑する魔族をここに置いておくわけにはいかない。

 

「では私は何をすれば良い?」

 

「どうしても何かを返さないと気が済まない? じゃあ……この先、戦争が始まっても元退魔兵団の兵士とは戦わない。この約束は? さすがに無理か?」

 

 戦争になり、上から命令されれば、誰が相手でも戦わなければならない。それは人族でも同じだわ。カイトの気持ちは分かるけど、さすがにこれは無理。

 

「分かった。約束しよう」

 

「えっ、良いの?」

 

 そう思ったのに、この魔族はあっさりと受け入れた。口先だけの約束、ではない。魔族にとっては口約束も契約と同じ重みがあることを私は知っている。

 

「それはこちらの台詞。実際に戦う場面が訪れるかも分からないのに」

 

「問題ない。じゃあ、そういうことで」

 

「……ありがとう。この恩は決して忘れない」

 

「魔族がそういう台詞を軽々しく口にしないほうが良いと思うけど……感謝を拒絶するのも変か。じゃあ、本当にこれで」

 

 魔族に背を向けて、拠点の入口に向かって歩き出すカイト。その後を私も追いかけようとした。ふと気になって振り返ると、解放された魔族が泣いていた。それを見て、人族と魔族の違いは何だろうと思った。
 すぐにカイトを追いかける。ここは魔王国との国境に近い側。長居して良い場所じゃない。

 

「彼女は大丈夫かな?」

 

「えっ?」

 

「あっ、今のはアレクに」

 

 アレクへの問いだった。でも、私には何のことかも分からない。カイトは何を心配しているのかしら。

 

「どうだろうな? 殺意は感じられなかった。ただ、距離が離れていたからな」

 

 離れた場所に私が気付けなかった誰かがいた。アレクの話はそれを示している。魔族の彼女にとって敵か味方か。カイトはこれを心配していたのね。

 

「心配してもしようがないか。ただ、こちらの状況は知られる。魔王国のお偉いさんまで、すぐに伝わるかな?」

 

「それが分かっていて、どうして解放した?」

 

「ずっと見張っておくわけにはいかないだろ? ここに誰もいなくなれば、勝手に逃げる」

 

 殺すという選択はカイトの中ではなかった。退魔兵団は魔族に対して非情。こう思っていた。でもそれも従属魔法のせいだったのか。カイトたちを縛っていた魔法は敵意でさえ操れるのか。

 

「お前が主になって逃げるなと命じれば良かった」

 

「お前、酷い奴だな? それを命じたら牢の中で餓死するだろ? 魔族は餓死なんてしないのだとしても、ずっと何十年、もしかしたらもっと長く牢の中に引きこもることになる」

 

「殺してやるほうが優しいだろうな」

 

 同じ魔族であるアレクのほうが非情な考えを持っている。やはり、人族と魔族は違う。でも魔族にも優しさがあるのは間違いない。アレクがそれを感じさせてくれている。

 

「そういえば魔族にもあの魔法効くのだな?」

 

「魔族だからこそだ」

 

「えっ、弱点ってこと? そういうのは話して良いのか?」

 

「そうじゃない。あれが強制されたのであれば、人族よりも耐性が強いだろうあの女には通じなかったかもしれない。だが、あの女は奴隷として売られてきた。彼女は契約を受け入れたのだ」

 

 それがどのような契約であっても魔族はそれを破らない。自らの意思で受け入れた場合、人族以上の束縛を受けるということ。これも弱点といえば弱点。魔族を騙すことを考える私は悪い人なのかもしれない。

 

「なるほどな。納得」

 

「あれが偵察の役目を担っているのであれば、魔王に知られるまでにそう時間はかからないだろう。どうする?」

 

 アレクは話を元に戻した。彼も心配しているのね。退魔兵団の状況を知って、魔王国はどう動くか。解散するのを待つという選択が一番可能性は高いけど、すぐに攻めてくる可能性だって無ではないわ。

 

「残っている作業を急いで終わらせるだけ。目途はついているから、彼女を解放した。唯一の問題は、この前、王国の使者に渡した告発状に対する反応を待てないかもしれないことだけど、命には代えられない」

 

 私の父上が前兵団長と共に行った悪事に対する告発状。カイトが作ったそれはすでに王国の手に渡っている。私たちを追いかけてきた王国の使者、正規の使者ではなく、恐らくは諜報組織の人に。
 その告発を受けて王国はどういう判断を下すのか。兄はアッシュビー公爵家を継げるのか。結果を待って全員解散の予定だけど、魔王国の動き次第ではその前に解散することになる。兄上には申し訳ないけど、これは仕方がない。

 

「……お前、ああいうのが苦にならないのだな?」

 

「何の話?」

 

「金の計算。均等に分けてばらまくのなら簡単だろうに、わざわざ差をつけるとは」

 

 これは私も思った。退魔兵団の解散に向けてカイトは忙しく働いている。一人一人から話を聞いて、すぐに兵団を去れる人にはお金を渡し、まだ幼い子たちには家まで同行する人をつけてあげたりもする。渡すお金の計算もカイトの仕事。退魔兵団で働いた年数に応じて、分配する金額を決めている。そういう事務仕事をカイトは、見ている限りは、苦もなくこなしている。意外な才能だった。

 

「差をつけないほうが不公平だろ? 退職金ってそういうもののはず」

 

「何だ、そのタイショクキンというのは?」

 

「魔族にはないか。仕事を辞める時にもらえるお金のこと。これまで働いてくれてありがと、っていう感じ?」

 

 私も初めて聞いた。どうしてカイトはこういう知識を持っているのか。時々、こういうことがある。

 

「もう働かない者に感謝する意味が分からない」

 

「そう言われると……どうでも良い話だ」

 

「これもどうでも良い話なのかもしれないが、クリスティーナ様とお前はいつ初夜を迎えるのだ?」

 

「えっ……?」

 

 アレクはとんでもないことを言いだした。でも、どうでも良い話ではないわ。私にとっては大切なこと。私はいつカイトの妻にしてもらえるのかしら。

 

「お、お前、馬鹿か!?」

 

「馬鹿とは何だ? 結婚を約束してから何日が経過したと思っている? クリスティーナ様が貴様のような奴に汚されないのは良いことだが、約束を守らないことはそれ以上に許せない」

 

「そういうの本人の前……ここには大勢が暮らしている」

 

 これはアレクへの答えではなく、私への言い訳。私を向いたカイトに返した視線の意味を正しく受けとってくれたみたい。催促しているように受け取られていたら、とても恥ずかしいけど。

 

「大勢に祝ってもらったほうが良いだろ?」

 

「お前、それは、その、初めての夜を皆に祝ってもらえと? 馬鹿言うな。祝うどころか覗きに来そうな奴らが山ほどいる。アレク、お前もその一人だ」

 

「ああ……私はそんな真似はしないが……他の者たちか……あるな」

 

「えっ?」

 

 皆に覗かれる。それはさすがに恥ずかしい。恥ずかしいでは済まない。絶対に嫌。

 

「だろ?」

 

「では、いつにするつもりだ?」

 

「お前、しつこいな。ここを離れた後、新婚旅行としてクリスティーナ様と観光地を回ろうと思っている。その…………」

 

「……どうした?」

 

 私が喜ぶ話を始めたカイトなのに突然、黙り込んでしまった。黙って、何かを探っているように見える。

 

「……遠い……でも……間違いない。何か起きた!」

 

「お、おい!? どこに行く!? 何があった!?」


 アレクの制止の声を無視して、駆け出して行ったカイト。何かが起きた。その何かは、まったく分からないけど、カイトが焦って走り出すほどの重大な何かであることは間違いない。まさか、魔王国が攻めてきたのか。ここからは何も見えない。

 

「私が先に追いかけます」

 

「分かったわ。お願い」

 

 私では追いつけない。アレクに任せることにした。とにかく何が起きているのかを把握すること。アレクに任せっきりにするのではなく、私も急いで拠点に戻らなくてはならない。拠点内の皆は状況を把握しているのか。どうであれ、急がなくてはならない。
 カイトたちのような勘が働かない私なのに、今は胸騒ぎがする。嫌な感覚が離れない。全力で走っても振り切れない。

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