
◇◆◇ パトリオット ◇◆◇
自分の立場を考えてみる。知らないところで父親が勝手に私を退魔兵団の兵士にした。父親から愛情を注がれた記憶はない。父親への愛情なんてとっくに失われている。それでも、ここまで酷いことが出来るのかと驚いた。
ただ最悪の感情は長くは続かなかった。迎えとして現れたのは顔見知りの退魔兵団の兵士。彼らの態度は、良い意味で、思っていたものではなかった。何かが違う。こう感じた。
その感覚は正しかった。彼らが迎えに来たのはカイトに頼まれたから。退魔兵団はカイトのおかげで、まったく別の組織になっていた。彼らを縛り、酷い扱いをしていた上の者たちは皆、排除された。兵士たちは皆、自由になった。
拠点に到着してみると、移動の途中で聞いた通りだった。カイトが退魔兵団の兵団長、そしてカルス男爵になっていた。妹の婚約者になっていたのだ。
こんな奇跡があるのかと思った。不幸のどん底に叩き落されたはずの妹は、叶うはずがなかった想いを成就出来ることになったのだ。幸せの絶頂と表現しても良いのだろう。兄として私も嬉しい。
ということで妹は良い。問題は私だ。私はどういう立場でここにいるのだろう。公式には、父親が勝手に決めたことが公式となるのかは疑問だが、退魔兵団の兵士だ。だが、新しい兵団長であるカイトは私を兵士にしようとはしないだろう。されても困る。妹を含めて、皆が自由になったのに私だけ魔法で縛られるなんて結果は悲しすぎる。
退魔兵団の兵士は嫌だ。だからといって実家はもちろん、騎士養成学校にも戻れない。今の私は何者でもない。平民のパトリオットというだけなのだ。
「パトくんは肩書が欲しいの?」
「パ、パトくん?」
「パトリオットくんは長いから、パトくん」
この子はちょっと変わっている。実家を追い出された私は貴族ではなく、姓も持たない。同じ身分の彼女に「くん」で呼ばれることに問題はない。むしろ、ちょっと嬉しい。
ただ、なんというか、距離を詰めるのが早過ぎる。それに戸惑ってしまうのだ。そんな彼女だから、こんな話が出来るのだけど。
「……別に肩書が欲しいわけでは。ただ自分が何者でもないというのが……上手く説明出来ないが……」
「それを言ったら、皆そうじゃないの?」
「君は退魔兵団の兵士で、それも夢魔という通り名を持つ優秀な兵士だ」
これを言いながら、少し違うと思っている。これでは肩書を求めているだけ。私が思う「自分は何者か?」はそういうことではない。
「その兵士はもうすぐ辞めるけど?」
「それは……そうだな」
退魔兵団は解散する。皆、ただの人になる。確かに彼女の言う通り、皆、私と同じだ。こう考えると、自分が何を悩んでいるのか分からなくなった。
「解決」
「い、いや、そうじゃなくて……そういう単純な話ではない。この先、私はどういう人生を……これも同じか……」
どういう人生を歩むことになるかは、ここにいるほとんどの人が分からない。分からないので、皆、ここに留まっているのだ。
「分かんない。パトくんは何をしたいの?」
「だからそれが見つからない。私は……父上に代わって領主になりたかった。父と兄とは違う領民の為の領主に。でも、それはもう叶わない。目的を失ってしまった」
「諦めるのは早いと思う」
「簡単に諦めるべきではないのは分かっている。でも……実現する方法がまったく思いつかない」
アッシュビー公爵家から追放され、平民になった私に領主になる資格はない。資格のない者がどう足掻いても、アッシュビー公爵家の当主にはなれない。打つ手がない。
「まずは強くなること。もうすぐ始まる戦争で、何て言うの? 褒めてもらえるくらいの結果を出すこと」
「戦功。確かにそうだけど、私がなりたいのはアッシュビー公爵家の当主だ」
戦功をあげて、行賞として爵位をもらう。これはある。だが私はアッシュビー公爵家の家臣たちや領民の為に当主になりたいのだ。貴族に戻ることは、それを実現する為に必要なことかもしれないが、ゴールではない。
「パトくん、もっと頭を使いなよ」
「考えている。考えても方法は見つからない」
「ええ……パトくんは父親の地位を奪いたいのでしょ? だったら簡単、殺しちゃえば良い」
「はっ……?」
今、この子は何を言ったのか。とんでもないことを、さらっと口にした。
「代わりの人が必要になるからパトくんがなれば良い」
「……兄がいる。父の後は兄が継ぐことになる」
父が、殺そうなんて思っていないが、いなくなっても兄がいる。兄が正統な跡継ぎなのだ。私の出番はない。
「じゃあ、そのお兄さんも殺しちゃおう。他にもいるなら、その人たちも。パトくんしか跡を継げないようにすれば、それでオッケー」
「…………」
なるほど、退魔兵団の兵士というのはこういう人たちなのか。私はとてもなれそうにない。邪魔者は消す。これでは妹と契約している、あの魔族と同じだ。
「そこまでしなくても、実現する可能性はある」
「あっ、カイトくん」
「ミユウ。そういうのは最後の手段だから。本当に他に方法がなくなった時にやることだ」
カイトもやっぱり退魔兵団の兵士だ。今更だが、妹はこんな男と結婚して大丈夫だろうか。良い感じにカイトの暴走を抑える役目になるのか。こう思えば良い組み合わせではある。
「ミユウって……」
「兵団はなくなるのだから、通り名で呼ぶのはおかしいだろ? ミユウは前から俺を名前で呼んでいたけど」
「……へへ。そうだね?」
彼女は名前を呼ばれて嬉しそう。あれ……この反応は、もしかしてそういうことなのか。私はどうしてこういうことに敏感なのだろう。自分はほぼ恋愛経験皆無なのに。
「とりあえず、調べられた範囲でのアッシュビー公爵の悪事についてまとめています。カンバリア魔王国を含む他国との密貿易に奴隷の闇取引等々。こっちのクズと一緒に色々やらかしていました」
「そんなことを……?」
父上の悪事は領民を苦しめての贅沢三昧。この程度のことだと思っていた。「この程度」という言葉では済まない度が過ぎた贅沢だが、カイトの話が事実であれば、それとは罪の程度が段違いだ。
「悪党同士、気が合ったのでしょう。パトリオット様が良ければ、この調査結果を王国に送ります。それでアッシュビー公爵がどうなるか。これは王国の判断次第ですけど」
「王国は信じるだろうか?」
「こちらのクズの自白がありますから。信じないのであれば、クズ自身を王都に送って、尋問してもらえば良いことです」
「……ちょっと考えさせてくれ」
それでも父上は白を切るだろう。だが、王国が本気になって調べれば悪事は暴かれる。密貿易に奴隷の闇取引はどれくらいの罰を与えられるものなのか。死罪もあり得るかもしれない。公の処刑ではなく、自死を促される形での。
そう思うと、すぐに決断出来なくなった。ここにきて初めて分かった。自分は覚悟が出来ていない。父の死に、まだ可能性であるのに、動揺している。
「……ご希望があれば、助命嘆願もしておきます。これも王国がどう考えるかは分かりませんけど」
「ああ、ありがとう。いや、ありがとうはおかしいか……考えてみる」
父上の命を助けようとしてくれて、ありがとう。これはおかしいと思った。私の一番大切なものは何か。父上の命か、領民を救うことか。後者であらねばならない。そうであるのに、私の心は揺れている。
「パトくんは恨んでいないんだね?」
「えっ? いや……恨んではいる。だが……死んで欲しいという思いまではないのだと思う」
「ふうん。そういう恨みもあるのか……私は相手を殺したくなるのが恨みだと思っていた」
「それは……人それぞれだから」
不幸のどん底に落された。一瞬でもそんな風に考えた自分が恥ずかしくなった。彼女は、まず間違いなく、私よりもずっと辛い人生を送ってきている。殺してしまわなければ消えない強い恨みを抱いている。それに比べれば私は幸福で、私の恨みは恨みとは言えない程度の感情なのだろう。
「……早めに決断してください。事が進めば俺たちはここを離れます。パトリオット様も行く場所を決めておかないと」
「分かっている。そうする」
カイトの言う通りにすることが、アッシュビー公爵家の当主になれる為の残された最後の手段。きっとそうなのだろう。悩むのは間違っている。その為に私は頑張ってきたのだから。妹も私を助けてきてくれたのだから。そういえば、妹はどう考えているのだろう。
「……妹はなんと言っているのだ?」
「話してません」
「えっ?」
カイトは妹にこの件を話していない。これには少し驚いた。
「ああ、隠し事だ。いけないんだ」
「この件はパトリオット様が判断すること。パトリオット様がクリスティーナ様に意見を求める前に俺が話して良いことじゃない。それに……まあ、そういうことだ」
「クリスティーナちゃんは優しいからね? ……クリスティーナちゃんも長いね? 良し、クリちゃんにしよう」
「それは止めろ」
「ええ……じゃあ、ティナちゃん」
妹が良いと言うなら、どうとでも呼べば良い。それよりも彼女は、妹は父上の悪事を暴くことを反対すると思っているようだ。父上と兄上を自死に追いやるような真似はしないと。「優しいから」はそういう意味なのだろう。そして恐らくカイトも同じ考え。だから妹に先に話さなかった。そういうことだ。
「クリスティーナ様が良いと言うならそうすれば良い」
「カイトくんはティナちゃんって呼ばないの?」
「いきなり馴れ馴れしくするのは、あれじゃないか? それに……」
「……大丈夫。ティナちゃんだから」
二人の会話の意味。何が「大丈夫」なのだろうか。カイトと妹の間に問題があるのか。あるとすればそれは何なのか。どうして彼女はそれを知っているのか。
「……カイト。クリスティーナと何かあったのか?」
「えっ? いえ、別に……いや……隠すことじゃないか。つまらないことです。本当に俺で良いのかなと思って。俺とクリスティーナ様は、その、色々と違い過ぎると思うので」
「ああ……気持ちは分かるなんて言える経験はないが、なんとなく分かる」
今更何をとは思わなかった。公爵家令嬢であった妹と平民で孤児のカイト。普通であれば結ばれるはずのない二人だ。他家の令嬢であれば出会うことさえないだろう地位の違いだ。その二人が夫婦としてやっていけるのか。不安を感じるのは当然だと思う。
私も、改めて考えると、大丈夫だろうかと思えてきた。カイトもまた進む道が定まっていない身。住む場所さえ決まっていない。そんな暮らしに妹は耐えられるのだろうか。
「……アッシュビー公爵家はパトリオット様が継ぐべきだと思います。これは私の勝手な考えですけど」
「……分かった。王国に送ってくれ」
妹に帰る場所を作ってあげたい。カイトはこう考えているのだ。その為には私がアッシュビー公爵家当主とならなければならない。父上や兄上が当主のアッシュビー公爵家では、妹が帰る場所にはならないのだ。
父上と兄上の命を助けたいのであれば、私がそうなるように頑張れば良い。当主にはなりたいけど、肉親を殺すのは嫌だ。これはただの甘え、責任の放棄だ。私は私がやるべきことをやらねばならない。それだけのことだ。