
◇◆◇ ウイリアム ◇◆◇
側近が調べた限り、尋問の回数はかなり減ったようだ。当たり前だが、クリスティーナが魔王国に協力していたという証拠はない。本人たちは、これも当たり前だが、疑惑を否定している。有罪とする決め手は一切ないのだ。
そうであれば速やかに解放するべき。疑いは間違いであったのだから、婚約解消もなかったことにするべき。父上に何度も要求したが、受け入れられることはなかった。疑いをかけられたことが問題だと父上は言うが、これは嘘だ。理由など何でも良かったのだ。クリスティーナとの婚約を破棄出来るのであれば。
百歩譲って婚約については後回し。クリスティーナの解放だけでも実現しようと働きかけを行ったが、これも上手く行かない。父上と宰相は何を考えているのか分からない。冤罪で監禁を続けるなど、あってはならないことなのだ。
結果、事態はさらに悪化することになる。どういう結果かはまだ分からない。だが、アッシュビー公爵が二人に面会を求めてきたことを良いこととは私には思えない。
とりあえず私も同席を求めた。アッシュビー公爵の思惑も気になるが、クリスティーナの顔を見たいという理由のほうが強い。あれ以来、ずっとクリスティーナには面会を拒否されているのだ。
「二人を解放することは、まだ出来ません」
二人の到着を待っている間に、アッシュビー公爵はクリスティーナとパトリオットの解放を要求してきた。これは良いことだ。だが、宰相がそれを許さない。私が要求して駄目なものが、公爵の要請で受け入れられるはずがない。
「どうしてだ?」
「まだ取り調べは続いています」
「無駄な取り調べだ」
「無実である証拠はありません。それともアッシュビー公爵は証拠を持っているというのですか?」
たとえ持っていても、宰相は難癖をつけて、それを認めないだろう。自ら証拠の有無について尋ねたのは、早めにアッシュビー公爵に手札を晒させようとでも考えたのだ。
「いや、今は持っていない。だが証拠を入手する方法なら知っている。私は取り調べの手助けをしてやると言っているのだ」
「では、二人の解放はそれを終えてからになるでしょう」
「二人を解放してもらえないと、調べることは出来ない」
「では、まずその方法を教えてください。判断するには情報が少なすぎます」
アッシュビー公爵は手札を晒そうとしない。意識してそうしていることが分かる。宰相はそれに焦れてきているようだ。彼らしくもない、と思ったが近頃の宰相はこんな感じだ。自分の思うように物事が進まないことに、常に苛立っている。
「二人が来たら教える。二度も説明するのは面倒だからな」
「そうですか……二人はまだですか?」
部屋の入口近くに立っていた近衛騎士に宰相は尋ねた。本気で尋ねているのではないだろう。恐らく二人はすぐ近くにいる。アッシュビー公爵の思惑を確かめるまで、会わせないつもりだったのだ。思惑次第では会わせることなく終わらせるつもりだった。これくらいの駆け引きは私にも分かる。
「到着されました」
「では、部屋に通しなさい」
思っていた通り、二人はすぐに現れた。少しやつれただろうか。監禁なんてされていては、やつれるのは当たり前だ。病に倒れないでいてくれたことを幸いと思うべきだろう。
「来たか。お前たちにはすぐに発ってもらうからな?」
「王国はそれを許可していません。まずは調べる方法とやらを説明するのが先でしょう?」
「今から話す。パトリオット、クリスティーナ、お前たちは退魔兵団の一員だ」
「なっ!?」「なんですって!?」「そんな馬鹿な!?」
まさかの言葉。そんなことは許されない。許されるはずがない。アッシュビー公爵は本気で言っているのか。冗談だとしても許されないことだ。
「それとクリスティーナ。お前には新しい婚約が決まった」
「馬鹿な!? ふざけたことを言うな!」
さらにあり得ない話。クリスティーナに新しい婚約。こんなことが許されるはずがない。
「殿下。殿下との婚約はかなり前に解消されております。この件について、とやかく言われる筋合いはありません」
「婚約解消はなかったことにする。約束する」
父上の了承なんて待っていられない。今ここで婚約をもう一度成立させる。クリスティーナが別の男と結婚するなんてことは絶対に許せない。これ以上、彼女を不幸な目に遭わせるわけにはいかない。
「恐れながら、謹んでお断り申し上げます」
「アッシュビー公爵!」
「すでに新しい婚約は成ったのです。いくら殿下でも、他人の婚約に口出しするのはいかがなものかと」
「父上!」
アッシュビー公爵は私の言うことを聞こうとしない。そうであれば父上の、陛下の権限を使うしかない。それであれば止められるはずだ。
「公爵、その婚約相手というのは何者だ?」
そんなことはどうでも良い。相手が誰であろうと新しい婚約は破棄させなけれなならないのだ。
「カルス男爵でございます。退魔兵団の兵団長と申し上げたほうがよろしかったですか?」
「……いや、カルス男爵は知っている」
あり得ない。誰であっても認められないが、よりにもよって退魔兵団の兵団長が相手とは。クリスティーナは不幸になるに決まっている。絶対に認めてはならない婚約だ。
「陛下には申し上げるまでもないことですが、殿下はご存じないようですので。男爵位の縁談に陛下のお許しは必要ありません。またクリスティーナですが、これもすでに陛下と宰相にはお伝えした通り、アッシュビー公爵家とは無縁。つまり平民と男爵の結婚です」
「……分かっている」
分かる必要はない。制度などどうでも良い。とにかくこの婚約は破棄させなければならない。
「さらに、先に申し上げた通り、クリスティーナとパトリオットの二人は退魔兵団の兵士。兵士の処罰は退魔兵団が行うことです」
「それも……分かっている」
「父上っ!!」
あり得ない。あり得ない。あり得ない。こんな非道が許されるのか。クリスティーナが退魔兵団の兵士。兵士は兵団長の言いなり。そんなことが許されて良いはずがない。
「黙っていろ、ウイリアム!」
「そんな……」
「公爵の言う通りではあるが、二人の意思はどうなのだ?」
「退魔兵団の兵士で自分の意思を聞いてもらえた者がおりますでしょうか?」
まず間違いなくいない。親に売られて、捨て子が拾われて、おそらくは攫われた子もいる。本人の意思など無視して退魔兵団の兵士にさせられるのだ。そのような組織が何故、存在するのか。どうして王国はそれを許してきたのか。
「それに陛下は真実を求めておられる。二人が退魔兵団の兵士となれば求める真実が手に入ります」
魔法を使って強制的に白状させる。これがアッシュビー公爵が言っていた調べる方法。とんでもないことを考えたものだ。
「二人の力を王国の為に役立てるということですね?」
「それは兵団長にお聞きになることでは?」
「……そうですね」
宰相は何を考えている。どうしてこんなことを聞く必要がある。二人の力を王国の為に。そんなものは退魔兵団の兵士にしなくても実現する。私と共にクリスティーナは、パトリオットも魔族と戦うのだ。
「さて、ご納得いただけたようですので、二人を連れて行きます」
「そんな真似は許さない!」
「殿下……陛下と宰相はご納得いただいております。それに連れていくのは私ではなく、退魔兵団の者たちですので。いるのか!? いるなら入ってこい!」
アッシュビー公爵の呼びかけに応えて、部屋の扉が開いた。現れたのは確かに退魔兵団の兵士たち。私がそうだと分かる者たちだった。
「ヤッホー。クリスティーナちゃん、元気だった?」
夢魔という女性兵士。それに断空、暴威もいる。カイトと親しい彼らを迎えに寄越す。退魔兵団の兵団長はどこまで卑劣な男なのか。
「貴方たちは……貴方たちが迎えに来たのですか……」
クリスティーナもショックを受けている様子だ。それはそうだろう。私も裏切られた気分だ。
「カイトくんに頼まれて」
「えっ……?」
「夢魔、無駄話は止めろ。クリスティーナ様、お迎えに参りました。パトリオット殿も。我々退魔兵団はお二人を歓迎致します」
何か引っかかる。夢魔という女性兵士は「カイトに頼まれて」と言わなかったか。どうしてそういう言葉が出てくるのか。彼らは兵団長の命令で仕方なく、迎えにきたのではないのか。
「……ありがとうございます。では、行きましょうか? 兄上も」
「あ、ああ」
あの様子では、パトリオットも状況を分かっていない。落ち着いた様子のクリスティーナはどうなのか。
「おい、私を置いて行くつもりか?」
この状況を作り上げたはずのアッシュビー公爵まで何故か戸惑っている様子。心の中の違和感が膨らんでいく。
「誰だ、お前?」
「なんだと!? その無礼な態度はなんだ!? 私はアッシュビー公爵だぞ!」
「だから何だ? 歓迎はしないが、お前も兵士になりたいのか? だったら勝手に拠点まで来い」
「き、貴様……」
断空はアッシュビー公爵にまったく敬意を払わない。蔑ろにしていると言っても良い態度だ。アッシュビー公爵は退魔兵団と関係ないといえば、そうなのだが、ここまで無礼な態度を見せるものなのか。
やはり、何かがおかしい。ここにいる誰も、退魔兵団の彼らを除いて、正しい状況を分かっている者はいないのではないか。
「ちょっと待ってくれ」
「……悪いが待つ理由がない。急いでいるので失礼する」
私にもこの態度。といっても以前会った時も礼儀がなっているとは言えなかった。つまり、いつもの彼らということだ。
「待ちなさい」
宰相も違和感を覚えているのか。部屋を出て行こうとする彼らを引き留めた。
「その命令は兵団長の命令よりも優先するものなのか? 我々にはそうは思えない」
宰相の命令であっても従うつもりはないようだ。
「では陛下のご命令です」
「同じ。我々が優先するのは兵団長の命令だ。これくらい偉い人たちは分かっているものだと思っていた。どうしてもと言うのであれば、兵団長に命令してくれ。その頃には我々も拠点にいるだろうけどな」
「…………」
王命も通用しない。それを宰相が咎めないのは、断空の言い訳が通用したからか。おかしくはない。魔法で無理やり従わされている彼らだ。魔法で定められた命令者が誰よりも優先されるのは当然のことと言える。こういうところが、王国が退魔兵団を信用出来ない理由でもある。
部屋を出ていくクリスティーナたち。ついて行こうと思ったが、それは彼らの視線に止められた。完全な拒絶。何も言われなくてもそれが分かった。ひとつため息をついてアッシュビー公爵も部屋を出ていく。頭を振っているのは彼にも誤算があったということか。
「……してやられたな?」
父上は少し悔しそうだ。思うように事を運べなかったのは間違いない。何がどうなっているのか分からないところはあっても、それは間違いのない事実だ。
「恐らくは」
「アッシュビー公爵とカルス男爵はいつの間に繋がっていたのだ?」
「申し訳ございません。まったく把握できておりませんでした。ただ、婚約がきっかけではないことは確かでしょう」
何故、宰相はこう思うのか。私には分からない。私が得ている情報は少なすぎる。
「……そういえば騎士団長は動きが早過ぎると言っていたな?」
「退魔兵団の兵士を使ったのです。それでも、何度も交渉を重ねる時間はなかったはず。要請をすぐに受け入れるだけの関係は出来ていたものと考えます」
「あの問いの意味は? 王国の力になるとかいう」
父上も宰相の問いの意味を理解していなかった。少しホッとした。私だけが取り残されているわけではなかった。
「はぐらかされました。つまり、そのつもりはないということ。恐らくは公爵家の為に二人の力を、いえ、退魔兵団を使うつもりなのでしょう。アッシュビー公爵家には領地を守る戦力はありませんので」
退魔兵団に二人を差し出し、その見返りとして自分の領地を守らせる。どうしてこのようなことを考えつけるのだろうか、二人は公爵の実の子であるはずなのに、このような酷い仕打ちが出来るのか。
「嫌でも逆らえないだろうからな。<竜殺し>の力とかなり強力な従魔族の力を奪われたわけだ」
奪われた。つまり、王国の物にしようとしていたということ。別におかしなことではない。二人は王国の為に喜んで戦う。私の支えになってくれる。そのはずだったのだ。
「……どうでしょうか? 公爵にも誤算があったように見えました。あの兵士たちは……あんなものなのかもしれませんが……ただ、気になる名が出てきました」
「退魔兵団に何かあったか?」
「断言するほどではありません。ですが、少し気になります」
「私に調べさせてもらえませんか?」
自分で動こう。私も事実を知りたい。自らの目と耳でそれを確かめたい。何としてでもクリスティーナを取り戻すのだ。
「ウイリアム、何を言い出すのだ?」
「先ほどの兵士たちを私は良く知っております。それに今の彼らは言うことを聞かなくても、兵団長を通せば違うはずです」
「現地まで赴くつもりか……」
「行っていただくにしても殿下御一人というわけにはまいりません。退魔兵団の拠点のすぐ先はもうカンバリア魔王国です」
頑なに反対すると思っていた宰相が、行く前提で話を始めた。そうしてしまうくらい宰相も気になっているということか。宰相の都合はどうでも良い。とにかく私はクリスティーナにもう一度逢わなければならないのだ。
「……検討してみてくれ」
「承知しました」
父上も検討を許した。ほぼ赴くことを許したと同じだ。またクリスティーナに会える。婚約についての解決策は、今はまだ持たないが、とにかく話すことだ。退魔兵団の兵団長と交渉しても良い。どんな手を使ってでも婚約は破棄させる。そしてまた二人の関係を元に戻す。絶対にそうしなければならない。