
◇◆◇ カイト ◇◆◇
ようやく王子様の護衛任務が終わり、王都に戻ってきた。解放された気分というのはこういうものなのだろう。王子様は別として、何もしていなくても性悪女とその仲間たちとは常に一緒にいるというだけで疲労感を覚える。実際は何もしていないわけではなく、話し掛けられる隙を与えないように常に気をつけていることが疲れるのだけど、とにかくそういう日々は終わりなのだ。
先のことは分からないけど、しばらくは自分の為だけに時間を使えるはず。任務中は中途半端だった鍛錬に打ち込むのが良いだろう。久しぶりに転移魔法を使って、北の迷宮に行くのも良いかもしれない。護衛をしている時とは違って、嫌というほど実戦経験を積める。
とはいえ、瀬名のいる鬼人族には近づかないほうが良いだろう。どれだけの鬼人族がいるのかは分からないけど、一人で戦えるはずがない。大勢にタコ殴りにされる、で済めばまだマシ。下手したら殺されるかもしれない。そうではなく友好的に接してくる状況であっても、姫と呼ばれていた幼児お婆さんのことを考えると、近づきたくないのは同じ。面倒ごとに巻き込まれそうだ。
とにかく自分の時間が出来たのだ。それを有効に使おう。仲間たちがいるいつもの部屋に、こんなことを考えながら来たのだけど。
(……魔族に襲われて、それを倒した……他に方法はなかったのか?)
アレクが魔族に襲われた事実を伝えてきた。アレクのおかげで全員無事。それは良い。感謝すべきことなのだけど、アレクの存在を知られてしまったことは気になる。
(私だって何も考えていなかったわけではない。他に選択肢があれば、それを選んでいた)
(そうか……)
(口封じをしようと思ったのだけどな。クリスティーナ様がお許しにならなかった)
それは許さないだろう。アレクのことだ。その場にいたクリスティーナを除く全員を殺そうとしたに決まっている。彼女がそれを受け入れるはずがない。
(……おや? 少しは念話の使い方を覚えたのか?)
(ん? ああ、心を読まれないようにすることか? なんとか覚えた。面倒な奴に絡まれていたから)
念話で通じていると考えていること全てを読まれてしまう。だが実はそうされない方法があった。何をどうしているのか自分でも良く分かっていないけど、何かをブロックした上で伝えたいことだけを念話に乗せることが出来るようになった。
(面倒な奴というのは?)
(サキュパス族)
サキュパス族は何度もコンタクトしてきた。何が目的かは分からない。「精が欲しい」ということ以外は。少し渡しても良いかと思うようにはなった。それで何が分かるのかが気になった。でも、サキュパス族が何か企んでいる可能性は消えていない。決断することは出来なかった。
(おやおや。私はサキュパス族に好かれたことはないが、面倒そうなのは分かるな)
(好かれたわけじゃない)
(その言い方だと何度も絡まれたのだろう? 殺すことなく何度も精の交わりを求めてくる。好かれた以外にどんな理由があるというのだ?)
(交わっていないから……何か知りたいことがあるらしい。俺か、俺に関りのある誰かについて)
アレクは勘違いをしている。サキュパス族とは念話で話しただけ。それ以外は、少なくとも自分が分かる範囲では、何もしていない。だから、近づいてくる理由が分からない。分かっているのは、師匠に興味を持っているみたいという程度だ。
(漠然としているな?)
(まあ……いや、やっぱり、お前にも聞いておくか。<悪魔の迷宮>って知っているか?)
もしかするとアレクは自分が知らない<悪魔の迷宮>についての知識を持っているかもしれない。念の為に聞いてみることにした。
(お前が育った場所。これ以上の知識はない)
(じゃあ、良い)
何も知らなかった。役に立たない奴だ。
(おい? それだけでは何のことか分からないではないか?)
(仕方がない。俺だって分かっていないのだから。ただ俺に絡んでくるサキュパス族は興味を持っている様子だった)
(サキュパス族が、お前が育った迷宮に興味を……?)
(この話はもう止め。そのうち分かるだろう。サキュパス族が教えてくれればだけど)
今考えても答えが出る話じゃない。アレクと深く話し合うことでもない。自分の師匠は何者で、自分もまた何者なのか。知らなくて良いことかもしれないと、自分自身が思っていることなのだ。
(私のことをあの男に伝えるべきだと思うか?)
アレクも話の打ち切りを受け入れた。話が脱線してこの話になったのだ、本来話し合うべき内容は別で、アレクにとってはそのほうが遥かに重要だ。あの男は王子様のこと。王子様にアレクの存在を伝えるかどうかだ。
(……難しい問題だな。俺は楽観的にはなれない)
その王子様は今、クリスティーナを独占中。ずっと話し続けている。しばらく離れていたのだから、そうしてしまうのは分かる。ただそれでも、王子様であれば大丈夫とは自分は言い切れない。言い切れるほど自分は他人を信用していない。
(それはそうか。あの男は勇者だからな)
(ただ……何かあった時に頼りにするなら知らせておいたほうが良いとは思う)
奴等に知られれば、大喜びでクリスティーナを糾弾してくるだろう。そうなった時、反論は出来ても、周囲にそれを受け入れさせるのは容易ではない。アレクが悪魔、魔族であるのは事実なのだ。いくら安全だと言っても、それを信じてくれる人は少ない。人族が持つ偏見はそれを許さないだろう。
周囲の批判からクリスティーナを守れるとすれば、それは王子様。この国の王子で、さらに勇者であるウイリアムしかいない。自分もアレクも世論を動かすことなんて出来ない。アレクなんて逆効果になるだけだ。
(……すまない。手遅れだったかもしれない)
(何だって? それは……)
何が手遅れなのか。アレクの答えを待つまでもなく分かった。大勢が階段を昇ってきている。金属の音がそいつらが武装していることを教えている。
(どうする?)
(どうするって……とりあえず、お前は黒猫になって、その辺で遊んでいろ)
(何だと? ふざけるな)
(ふざけていない。いきなり、皆殺しにでもするつもりか? そんな真似をすれば、そこで終わりだ)
一切の言い訳が利かなくなる。どこまで知られているのか。そもそも誰が告げ口したのか。対象者は絞られるが、それを追及するのは後だ。
何の断りもなしに、いきなり部屋の扉が開けられた。思った通り、武装した騎士だちが立っている。
「何事だ!?」
「……で、殿下……どうしてこちらに?」
王子様がいたことで騎士は動揺している。悪い反応ではない。王子様にはこのまま騎士たちを追い返してもらいたい。
「ここはアッシュビー公爵家が借りている部屋だ」
「それは知っております。私が驚いておりますのは、すでに婚約解消となっているアッシュビー公爵家の部屋にどうして殿下がいらっしゃるかで」
「……何だって? 今、何と言った?」
自分も同じ台詞を騎士に投げつけたい。今、この騎士は何と言った。「婚約解消」というあり得ない言葉が聞こえた。聞き間違いではないのか。
「王子殿下とクリスティーナとの婚約は半月以上前に破棄になったと聞いております」
「私は聞いていない! それはどういうことだ!?」
「事情までは私には……陛下に直接お聞きいただければと思います」
「そうする。そうするが……お前たちは何をしにここに来た」
これを最初に聞きたかった。それどころではないのは分かっている。すでに婚約解消になっていたなんて知らされれば、それは驚くだろう。当事者であれば尚更。ただ、婚約破棄が事実ならば、悪い予想はどうやら当たりということになる。
「我々は王命を受けて、クリスティーナ・アッシュビーとパトリオット・アッシュビーの両名を連行する為に来ました」
「あり得ない。どうしてそのようなことになる!?」
「二人はカンバリア魔王国への内通が疑われております。疑われるに当然な事実もあってのことです」
予想的中。的中なんてして欲しくなかった。しかも、魔王国への内通なんて重い罪にされている。誰がどうすれば、こんなことに出来るのか。考えるまでもない。騎士は「王命」だと言ったのだ。
「そんなことはあり得ない。何かの間違いだ!?」
「間違いである可能性はございます。ですがそれは、二人の取り調べを行ってみて初めて分かること。殿下もご理解ください」
「そんなことが許せるか!?」
「これは王命! 陛下のご命令なのです!」
「そんな……」
どうしてそこで落ち込む。王命だからなんだと言うのだ。それを命じた王はお前の父親で、お前はその息子、この国の王子だ。連行なんて真似を許すべきでない。騎士に命じれば良いのだ。自分の命令で二人を連れて行かせないと。
「おい、二人を連行しろ」
「はっ」
騎士たちが動き出した。クリスティーナとパトリオットは、抵抗する様子がない。パトリオットは戸惑った表情だけど、クリスティーナは表情だけを見れば落ち着いた様子だ。どうしてそんな風にいられるのか。自分には理解出来ない。
「おい、クリスティーナ様に無礼な真似をするな」
「なんだと? 貴様に口出しする権利などない」
「じゃあ、その権利がある奴が止めろ。王子様、どうしてお前はこいつらを止めない?」
自分には口出しする権利はないそうだ。そうかもしれない。だけど、王子様は違う。騎士どもの上位者である王子様は止められるはずだ。
「カイト……私は……」
「お前、ふざけるなよ!? お前はこの国の王子だろ!? どうしてこいつらを止めない!? どうしてだ!?」
八つ当たりなのかもしれない。頭の片隅ではこんなことを思っている。でも、口に出さずにはいられなかった。
「殿下に向かって、なんたる無礼! 貴様も連行されたいのか!?」
「俺を連行したいのならすれば良い! だがクリスティーナを連れて行くのは許さない!」
「これは王命だ! 王命に逆らうつもりか!?」
「何が王命だ! 間違った命令にどうして従う必要がある!?」
この世界の人々は「王命」という言葉に皆、逆らえないようだ。逆らえば殺されるのか。なんといっても国王だ。それくらいの力はあるのだろう。でも、その王が間違った時はどうするのか。誰がそれを正すのか。
「この者を捕らえよ!」
「待て! カイト、お前もこれ以上は何も言うな!」
「だったらお前が代わりに言え! どうしてお前は黙っている!? どうしてお前は大切な人を守ろうとしない!? お前には力があるはずだ! 俺とは違うはずだ!」
俺には力がない。だから助けられなかった。失って初めて、その人の大切さに気が付いた。あとで後悔しても元には戻せない。何の意味もなかった。だがウイリアムは違う。奴には力がある。この過ちを正す力がある。それなのに、どうしてその力を使わないのか。クリスティーナが大切ではないのか。
命令に従って二人を拘束しに来た騎士たちよりもウイリアムに腹が立った。好きな人を守るのに守らないこいつが許せない。
「もう許せん! この場で切り捨ててやる!」
騎士のほうは自分を許せないようだ。少し文句を言ったくらいで殺す。王家というのは立派なものだ。立派どころか最低だと思うのは、俺が異世界人だからか。
「止めなさい!」
「なっ!?」
「……クリスティーナ、様」
クリスティーナの制止の声。この意味はすぐに分かった。これ以上、事を荒立てるなという意味。自分自身の為ではなく、俺の為に。
「カイト、私は大丈夫。疑いが間違いであることはカイトが一番分かっているはずです」
「……分かっている。分かっているけど」
こんなことが許されるのか、許して良いのか。柄にもなく熱くなった。間違った選択をしてしまった。彼女を助けようと思えば、もっと利口に振舞うべきだった。分かっていても、自分で自分を止められなかった。この世界の理不尽さが許せなかった。
「……では行きましょう。兄上……よろしいですね?」
「ああ、分かっている」
「……クリスティーナ。必ず助けるから」
この言葉はもっと早く口にすべきだった。ただこれは自分の考え。クリスティーナにとっては支えとなるのだろう。
「貴様も来るんだ」
「…………」
自分も捕まる。分かっていたことだ。この先のことを考えれば、ここでは大人しくしておくべきだったのだ。でも、それは出来なかった。理性よりも感情が自分の行動を決めた。あの時もこんな風に動けていたら。考えても意味のないことを考えてしまう。
(……最悪の状況になったら、クリスティーナがどう言おうと彼女を逃がせ)
(……分かった。任された)
でも俺の代わりはいる。アレクがなんとかしてくれるはずだ。捕らわれる場所によっては自分も逃げ出せる可能性はある。二人であれば、どこからでも彼女を連れて逃げられる。
ふざけた話だ。結局、この世界で頼りに出来るのは、一度は殺し合ったアレクだけ。他は誰も頼りに出来ない。信用した俺が馬鹿だった。
「……カ、カイト、違う。俺は、俺とマイルズは……」
他人は信用出来ないと思っていたくせに、信用出来る他人を求めてしまった。愚かだと思う。親友なんてものが俺に出来るはずがなかった。仲間なんてものもいるはずがなかった。この世界でも同じなのだ。
でも、一つだけ絶対に同じには出来ないことがある。大切な人を守る。この世界では絶対に守りきる。これが俺がこの世界で生きている理由だから。