月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第92話 物語には愚者が必要なのだろう

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 

◇◆◇ ミネラウヴァ国王 ◇◆◇

 懸案事項となっていた課題のひとつがようやく解決しようとしている。それを喜ぶ気には正直なれない。そう遠くない時期に始まるカンバリア魔王国との戦いに備えて、解決しておかなければならなかった問題であることは理解しているつもりだが、いざその時が来ると、心の中にわだかまりが残る。
 そうなる原因は分かっている。理由の分からない宰相の執念のようなもの。これに嫌悪感を抱いてしまうのだ。
 ウイリアムとクリスティーナの婚約を解消する。元々はウイリアムの我が儘から決まったことで、政治的な利益はない。しかも相手は悪評ばかりのアッシュビー公爵家だ。利益をもたらすどころか、王家の害となる可能性も否定は出来ない。婚約解消は正しい選択であることは否定しない。

 

「さて、この事実に対して、何か申し開きはありますか?」

 

「……わ、私には事情がまったく分からない。申し開きも何も、それは事実なのか?」

 

 そのアッシュビー公爵を王都に召喚しての詰問が行われている。これで決着をつけたい宰相は容赦なく追い詰めることだろう。公爵への同情心はまったく湧かないが、それでもこういう場面は見ていて気分の良いものではない。

 

「事実です」

 

「あり得ない。どうしてウイリアム殿下の婚約者である娘が魔王国に協力する理由があるのだ? 殿下は勇者。魔王を倒す存在なのに」

 

「分かりません。それと現時点では協力者である可能性があると言っているだけです。この疑いに対するアッシュビー公の釈明を求めています」

 

 クリスティーナが魔王国と通じている証拠はない。もちろん、今後その点については調べることになる。その前に婚約を解消しておかなければならないというのが宰相の考えだ。王子の婚約者、勇者の婚約者が魔王国の内通者だったなんてことになれば大問題。絶対に他国に事実が漏れてはならない。

 

「釈明などと言われても、私は何も知らない」

 

「では、彼女はどのようにして悪魔と契約を結んだのですか?」

 

「知るはずがないだろ!? 娘が勝手にやったことだ!」

 

 嘘ではないだろう。公爵が自ら望んで、こんなことをさせるはずがない。ウイリアムとの婚約を本人であるクリスティーナ以上に喜んでいた男だ。それを無にする行いをするとは思えない。

 

「では、スキルはどうですか? 彼女が持つスキルは把握しているのでしょう?」

 

「そんなものは覚えていない。知りたければ調べれば良いではないか?」

 

「もちろん、調べます。ですが、殿下の婚約者を拘束するなんて真似は出来れば避けたいのです」

 

 宰相はクリスティーナを拘束するつもりなのか。魔王国と通じているということが事実であれば、死を申しつけることになるだろう。だが牢に入れ、さらに処刑なんてことは考えていなかった。それでは事を隠しきれなくなる。婚約を解消し、領地に返した上で自死を求める。これが正しい選択だ。ただし、これも内通が事実であればの話だ。

 

「……つまり、婚約を解消しろと? それも当家から申し出る形で」

 

「理解が早くて助かります」

 

「……断ると言ったら?」

 

 公爵は一度、視線を私に向けた。どこまでが私の意向か確かめようと思ったのか。それとも別の理由があるのか。本人に聞かなければ分からない。

 

「婚約したまま、本人の調査に入ることになります。結果、疑いが晴れなければ、アッシュビー公爵家は王家にとてつもない不義理な真似をしたことになるでしょう」

 

「脅しだ」

 

「そう受け取られても仕方がないと思いますが、事実を伝えたまで。アッシュビー公も理解されているはず。裏切り者を出した家の責任というものを」

 

 言葉を重ねても、「脅し」であることに変わりはない。

 

「それだと婚約を解消してもしなくても同じということになる」

 

 公爵の言う通りだ。宰相は追い詰める段取りを間違えた。どうせ処罰されるのだからと侯爵が破れかぶれになって婚約解消を拒絶する可能性が高まってしまった。

 

「婚約を解消しなければ、彼女はアッシュビー公爵家のままになります」

 

「…………」

 

 宰相の答えに対して、公爵は無言。何かを考えている様子だ。

 

「ああ、それと次男のパトリオットですが、彼はこの事実を知っていた。彼もまた内通している可能性があります」

 

「……それも調べれば分かることだ」

 

「ええ、その通りです、ただ……疑いがかけられた時点で貴家の後を継ぐのは難しくなるでしょう」

 

「何を言っている? 元々パトリオットは跡継ぎではない」

 

 宰相は何を言い始めたのか。どうしてパトリオットまで巻き込もうとするのか。この展開を私は聞いていない。

 

「彼は<竜殺し>という素晴らしい称号を手に入れました。強力な魔法も。アッシュビー公爵家の領地は彼に任せるべきだという話があがっていたのです」

 

「……これは陛下もご承知のことで?」

 

「……知ってはいた」

 

 知っていたかと尋ねられれば、こう答えることになる。実際に知っていた。だが今この場で公爵に伝えることは承知していなかった。宰相は何を考えているのか。視線を向けても説明しようとしない。

 

「この話はなしになるでしょう。今後の調査次第なところはありますが」

 

「……当家には一切関わりないこと。二人とは縁を切ることになるだろう」

 

 公爵はクリスティーナとパトリオットの二人を切り捨てた。こうさせることが宰相の目的だった。言うことを聞かなければパトリオットに公爵家を継がせると脅したのだ。

 

「そうですか。ですが、急いだほうが良いでしょう。調査は急ぎ進めなければなりませんから」

 

「それは少し待ってもらおう。関りを断つとはいえ、血の繋がった子たち。先の手当を少ししておいてやりたい」

 

「……先の手当とは?」

 

「それはこれから考えることだ」

 

 公爵はニヤリと笑いながら宰相の問いに答えを返した。嘘であることを自ら教えている笑いだ。宰相は公爵が何を考えているか分かっているのか。分かっていないのだとしたら詰めが甘かったということか。それでも、婚約解消は実現するのであるから目的は果たしたと評価出来るだろう。

 

「長くは待てません」

 

「分かっている。何か月もかかることではない。そもそも殿下は今どちらに? 王都にはいらっしゃらないようだ」

 

「殿下がどうお考えになろうと、ここでの話が覆ることはありません」

 

 公爵はウイリアムが王都に戻ってくるまで時間稼ぎをするつもりのようだ。ウイリアムは婚約解消に反対する。こう思っているのであろう。反発はするだろう。だが宰相の言う通り、婚約解消が覆ることはない。ここまで事が進んで、また元に戻るようなことは私が許さない。

 

「私は調査を始めるのを待てと言っているだけ。婚約はいつでもないものにすれば良い」

 

「それはアッシュビー公爵家からの申し入れとさせてもらいますが、よろしいですね?」

 

「最初からそう望んでいただろ? そうさせてやるから感謝するが良い」

 

 初めの頃の狼狽えていた様子は、今はもうない。公爵には余裕が感じられる。何が彼をそうさせるのか。私には分からない。

 

「……事が済むまでクリスティーナとパトリオットの二人には王都に居続けてもらいます」

 

 宰相は分かっているのか。この問いは、公爵が何を考えているか分かった上でのものなのか。これも私には分からない。

 

「私はかまわない」

 

「……ではアッシュビー公爵家からの婚約解消の申し出は本日、この場で受け入れられます。陛下、よろしいですね?」

 

「あ、ああ……かまわない」

 

 本当に良いのか。公爵の態度が私を不安にさせる。何か見落としていることがあるのではないかと思わせるのだ。

 

「これでウイリアム殿下とアッシュビー公爵家令嬢クリスティーナの婚約は解消となりました。クリスティーナとパトリオットへの調査開始は半月後からと致します」

 

「お好きなように」

 

「半月後で良いのですね?」

 

 公爵には半月しか時間がない。何かをするには短い期間。宰相は何もさせない為に半月という期限をきったつもりだろう。だが公爵はあっさりとそれを受け入れた。半月で何が出来るのか。領地との往復だけでも難しいのではないかと思うような期間なのだ。

 

「だから、私は好きにしろと言っている」

 

「……では、そう致します」

 

「さて、これで終わりかな? 陛下、忙しくなりますので、すぐに下がりたいのですが?」

 

「……かまわない。ご苦労だった」

 

 宰相が小さく頷くのを確認してから、了承を伝えた。とにかく婚約解消という目的は果たした。公爵がこの先、何をするのかは調べさせればすぐに分かるだろう。問題になる行動を選ぶのであれば、止めれば良い。強引な手を使ってでも。
 しかし、本当にこれで良いのだろうか。後味の悪さを感じる決着だ。

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