
◇◆◇ コルテス ◇◆◇
野外授業を終えて王都に戻った。魔族との戦いを終えてから、ずっと気持ちは沈んだまま。どう気持ちを整理して良いか分からない。魔族に自分の力はまったく通用しなかった。自分だけではない。自分よりも攻撃力に勝るマイルズでも同じで、魔族に傷を負わせることが出来なかった。魔法も同じだ。パトリオット様のあの魔法でさえ、魔族に少しダメージを与えたくらいで、致命傷にはほど遠い結果。襲ってきた魔族が魔王国の中でどれほど強いのか分からないが、三人がかりで足止めさえ出来ない。クリスティーナ様が殺されてしまうところだった。
そしてそのクリスティーナ様を危機から救ったのも魔族。アレクサンダーと名乗った魔族は、俺たちではまったく相手にならなかった敵を圧倒してみせた。襲って来た魔族はその程度の魔族ということになる。アレクサンダーという魔族が桁違いの強さということでなければだが、そうであっても今の自分たちでは魔王国との戦いで役に立たないことに変わりはない。魔王国には魔王以外にも八芒星王という強者がいると聞いている。そいつらはアレクサンダーという魔族よりも強いはずなのだ。
「……どうすれば強くなれるのだろう?」
食事の手を止めてマイルズがぽつりと呟いた。彼も同じことを考えていたのだろう。自分も同じ気持ちだ。どうすれば今よりももっと強くなれるのだろう。魔族と戦えるようになるのだろう。
俺は戦う力を求めている。騙し討ちではなく、正面から戦って相手を倒せる力を。コルレオーネ家とは異なる戦いが出来る力だ。だが現実は甘くない。今の自分にはそんな力はないことを思い知らされた。
「あんな従魔がいては、私が存在する価値がない」
「気持ちは分かるけど、それは口にしないほうが良い」
アレクサンダーという魔族はクリスティーナ様の従魔。召喚術と同じで相手と契約を結ぶことで従えているということだ。クリスティーナ様に対して忠実で、命令に背くことはしない。危険はないと教えられた。
だからといってアレクサンダーの存在を公にするべきではない。魔族を従える召喚術なんてものは、少なくとも自分は、これまで聞いたことがない。いくら危険はないと説明しても、信用してもらえる保証はないのだ。
その通りだと思う。絶対に大丈夫だと証明する何かがない限り、秘密にしておくべきだ。
「しかし……魔族というのはあそこまで強いのか? クリスティーナ様の従魔であれであれば、魔王や八芒星王という魔族はどれほどの強さなのだ?」
「マイルズ! その話はするな!」
「……すまない」
どうやらマイルズの落ち込みはかなり酷いようだ。真面目な性格だから、仕える主の役に立てない自分が許せないのだろう。その点で俺は、自分自身が割り切れば戦闘以外で役に立てる。コルレオーネ家のあり方を否定しながら、そこに縋ってしまう。情けないと自分でも思う。
「まだ修行中だ。嘆くのはカイトと同じところまで行きついてから。それでも通用しなかった時にしろ」
「それは……結構、無茶を言っていると思うが?」
ようやくマイルズの顔に笑みが浮かんだ。自分の言葉の何がそうさせたのかは分からないが、良いことだ。
「あいつは襲って来た魔族に勝てるのだろうな。根拠はないけど、そう思う」
加護を持たないカイトが強いはずがない。だが、あいつは常識から外れた存在だ。強い、そう思うカイトの実力も全てではないと俺は感じている。これも根拠はないことだけど、間違っていない自信がある。
「竜を倒す魔法だ。魔族に通用しないということはないと思う」
「それがあった」
根拠はあった。カイトの魔法には竜を倒す力がある。何度も何度も繰り返し、何度も死にそうになりながら戦った結果であっても、竜に確実にダメージを与えていた。竜の魔法防御力が魔族のそれに著しく劣るなんてことはないはず。それどころか竜のほうが上であってもおかしくない。そういう相手と戦える魔法がカイトにはある。
「しかも納得いかないのは、彼は魔法剣を使えないわけではないということだ」
「使ったところを見たことないけどな」
カイトへの文句、文句というより愚痴みたいになってきた。暗い表情で自分の弱さを投げているよりはマシだと思うので、これで良い。
「教わった鍛錬は魔法剣を鍛える為のもの。あれが出来て魔法剣が使えないはずがない。実際に剣に魔力を込めてみせた」
「短剣は壊れたけどな。つまり、カイトの魔力に耐えられる剣が見つかっていないだけか」
「そういうことだと思う。いっそのことカイトに<破魔の剣>を使わせてみれば良いのに」
「それも堂々と話すことじゃないな。少なくとも騎士学校の食堂では止めたほうが良い」
<破魔の剣>はミネラウヴァ王国の国宝。神器とされている特別な剣で、先の魔王国との戦争で救国の英雄と称えられたアイマン三世陛下が使ったものだ。恐らくは勇者であるウイリアム殿下が使うことになる剣。それをカイトに使わせろと言うのは、ウイリアム殿下よりもカイトのほうが勇者に相応しいと言っているように捉えられる可能性がある。王国批判とされてしまうのだ。
生真面目なようでいて、意外とマイルズは過激だ。この一面は今日初めて知った。
「彼はどうやって強くなったのだろうな? 行っている鍛錬は見ていて、かなりきついものだと思う。だが自分には無理かとなると、そうでもない」
「知らないのか?」
カイトは退魔兵団の兵士。退魔兵団の兵士は特別な鍛え方をしている。魔族との実戦経験も俺たちとは比べものにならないくらい多いはずだ。これが全てではないかもしれないけど、強い理由のひとつではある。
ただマイルズはカイトが退魔兵団の兵士であることを未だに気付いていなかったようだ。竜に襲われた村での魔族との会話が聞こえてなかったのか。自分の耳は特別なので、今のように、他の人も聞こえていたのかどうか分からない時がある。これは困った問題だ。
「何を? コルテスは何か知っているのか?」
「……俺が勝手に話すのは……いや、でも皆知っていることではあるか……」
「そうであれば教えて欲しい」
「……じゃあ、これも他では話さないということで。カイトは退魔兵団の兵士だ」
話してしまった。コルレオーネ子爵家の人間がこんな口が軽くて良いのか、なんて思ってしまうけど、その「こうあるべき」というのが俺は嫌いなのだ。違う生き方をしたいと思ってしまうのだ……言い訳か。
「……ああ……なんと言うか、少し納得だ」
「そういう反応か……まあ、そうか」
退魔兵団の兵士がどういう存在なのか、マイルズは詳しく知らないのかもしれない。おそらくそうなのだろう。魔法で自由を奪われていることを知っていれば、真面目なマイルズは、もっと違う反応を見せるはずだ。
マイルズの認識は対悪魔戦に特化した戦闘集団という一般常識程度のもの。カイトの強さの理由のひとつとして受け入れられる情報までなのだ。
「……魔王国との戦争が始まったら、カイトとは一緒に戦うことになるかもしれないな」
「そうなのか? ああ、マイルズの家の領地も北部か……」
カンバリア魔王国との戦争となれば、国境に近い場所に領地を持つ北部の貴族家は間違いなく動員される。マイルズのマコウ男爵家も初期から参戦することになるのかもしれない。
厳しい戦いになるだろう。カンバリア魔王国との戦いは総力戦でなんとかなるかどうか。他国からの支援がなければ勝利は難しいと言われている。これが正しい分析であれば、開戦当初の戦いは劣勢になるのが明らかなのだ。
「……戦場で生き残る為には、もっともっと強くならなければならない」
「ああ……頑張るしかない」
頑張ってどうにかなるものなのかという思いはある。でも頑張る以外に何が出来るのか。強くならなけれな生き残れないのだ。今よりも遥かに強く。残された時間は、あとどれくらいなのか。分からない中で足掻き続けるしかない。