月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第89話 師匠は何者であるのか

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 

◇◆◇ カイト ◇◆◇

 考えてみれば勇者パーティーというのは定員は何人なのだろう。今の有力候補は勇者である王子様と聖女という呼称がまったく似合わない性悪女。性悪女のお仲間で、人でなしの二人。この四人だ。
 たった四人でカンバリア魔王国に攻め込み、魔王を倒す。こんなことが実現するのだろうか。改めて考えると疑問だ。魔族というのはとんでもなく強くて、人族にとって最大の脅威。人族の国がまとまって戦っても勝てないかもしれない敵に、どうしてたった四人で勝てるのか。それは、魔族は実は弱いということではないか。こんな風に考えてしまう。
 そうではなく、自分も含めてその他大勢が命を捨てて、勇者様たちを魔王のもとに送り届けた結果、勝利を掴めるのかもしれない。結局その大勢の一人である自分は戦争で死ぬのだ。そうであれば自殺行為に自ら飛び込むのは止めて、逃げることにしよう。こうも考えた。
 もしくは、今はそれほどでもなくても、やがて想像を遥かに超える成長を見せて強くなるのかもしれない。それほどでもない、というのは過少評価か。勇者様たちは強い。これは、人でなし共まで強いのはムカつくけど、認めざるを得ない。それはこの迷宮でのこれまでの戦いを見て、分かっている。

 

「強いことは強い。でもこの程度で魔王国に入ったら、即死ね?」

 

「……誰だか知らないけど、死にたいのか?」

 

「死にたいわけないでしょ? 君と話がしたくて来たの」

 

 馴れ馴れしい雰囲気のこの女のことを自分は知らない。前に会ったことがある可能性は否定出来ない。これまで多くの魔族と出会ってきた。全てを殺せたわけではない。逃がした敵も大勢いる。その中の一人かもしれない。だからといって仲良しだったはずがない。

 

「魔族と仲良く話す趣味は俺にはない……ああ、伯爵の奥さんの件で勘違いしたのか?」

 

 なんとなくだけど、この女は伯爵の奥さんと同じ、サキュパス族に思える。伯爵の奥さんは見逃したから自分も大丈夫。こんな風に考えたのかもしれないと思った。

 

「勘違いはしていないわ。でも、君に会いに来た理由に、その件は関係しているわね」

 

「……とりあえず、用件は聞く。何の用だ?」

 

 問答無用で殺す、という雰囲気ではない。こう思うことが、この女に上手くやられたのかもしれない。きっと馴れ馴れしい態度は自分の敵意を薄れさせる為なのだ。

 

「それは良かったわ」

 

「ただし、話を始める前にその姿を何とかしろ」

 

「君がこの姿を望んでいるのよ?」

 

「それはない。明らかな偽物に真似られて喜ぶ相手じゃない」

 

 このサキュパス族は、よりにもよってクリスティーナの姿で現れた。湧き上がった殺意に従わないでいられたのは自分も大人になったから、なわけがない。こちらの殺意を受け流して、普通に応えてきた相手に少し戸惑っただけだ。

 

「私が真似たのではなく、君がこの姿を……はいはい、分かりました。若いわね? 自分の気持ちを素直に認められないなんて」

 

 また殺気を躱された。こういう相手は初めてだ。警戒を緩めるわけにはいかない。

 

「もしかして、見えているのは俺だけ?」

 

 クリスティーナの姿をした女性が現れれば、皆が反応するはず。そうでなくても見知らぬ女性か、男性か分からないけど、誰かが現れれば怪しく思うだろう。今は鍛錬の為に迷宮に潜っている最中。見知らぬ誰かが現れるはずがないのだ。

 

「他の人は私を見ようとしていないから」

 

「ええ……そういう能力があったのか」

 

 周囲を警戒していないと接近されても分からない。これまで自分は良く無事だったものだ。

 

「通用する相手とそうでない相手がいる。後者は君で、前者は他の人たち」

 

「そうか。それは良かった」

 

 口ではこう言ったけど、相手の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。自分を油断させる為に嘘の情報を伝えている可能性は高いのだ。

 

「でも、他の人たちも鈍感ではなさそうだから、そろそろ本題に入るわ」

 

「そうしてくれ」

 

「君の精を貰いたいの」

 

「はっ?」

 

 どうしてこれが本題なのか。こんなことを言う為に危険を冒してこのサキュパス族はここに来たというのか。何故、勇者たちと一緒にいるこのタイミングなのか。普通、夜に現れるものではないのか。

 

「だから、君の精が欲しいの」

 

「そんなの許すはずないだろ?」

 

「どうして? 命を奪おうというわけではないわ。それに快感を求めるなら、そうしてあげても良い。さきほどの姿で。どう?」

 

「殺す」

 

 この女は俺を揶揄いに来たのだろうか。それこそ、そんなことの為に危険を冒して。そんなはずがない。では、本気なのか。

 

「ちょっと確かめたいことがあるの」

 

「それに協力しなければならない理由は俺にはない」

 

 こいつが何を確かめたいのかは分からない。どうせ、ろくでもないことだ。そんなことに協力しようとは思わない。

 

「自分が何者か知りたくないの?」

 

「……何だって?」

 

 協力しない。こう決めたばかりなのに、相手の言葉で心が揺らいだ。自分が何者であるか。考えたくなくて、それでも考えてしまうこと。答えが欲しくて、でもロクな答えではないことが分かっているから知りたくなかったこと。その答えをこのサキュパス族は知っていると言うのか。

 

「どう?」

 

「……それは気になる。だったら精をあげても良い」

 

「じゃあ」

 

「なんて言うはずないだろ?」

 

「……あら、どうしてかしら?」

 

 気になるのは本当だ。でも、だからといって魔族に、何であれ自分のものを与えるなんてことが出来るはずがない。どう使われるか分からない。精を奪われること自体が、危険なことである可能性もあるのだ。

 

「信用していないから」

 

「それはそうでしょうけど……じゃあ、これを教えて。人族と魔族が愛し合える世界のほうが遥かに素晴らしい世界というのは、誰から聞いたの?」

 

「それ?」

 

 そういえば伯爵の奥さんもこれを言った時、驚いていた。この言葉にはどういう意味があるのか。言った自分には分からない。

 

「誰にも聞いていない。自分の言葉、のはず。人の言葉であることを覚えていない可能性はあるかもしれない」

 

 自分の言葉だから特別の意味はない。ふと思ったことを口にしただけなのだ。

 

「……そう」

 

「今度はこちらが聞く番。誰から聞いたのだと思っていた? 俺が他人の言葉を話したと思う根拠があるのだろ?」

 

 誰かから聞いた言葉であると決めつけているような聞き方だった。自分の言葉だと答えても、納得していない様子。他にも似た台詞を口にした誰かがいるということだ。サキュパス族に関係のある誰かだ。

 

「…………」

 

「人から何かを聞こうという時に、自分は隠し事ってのはどうだろうな?」

 

「…………分かったわ。似た言葉を私たちは前に聞いたことがあった。魔王様の言葉よ」

 

「えっ……魔王? そんな……どうして、魔王が?」

 

 魔族の誰かである可能性は考えていた。でも魔王はちょっと想定外。人族をこの世から消し去ろうという魔王が、こんなことを言うとは思えない。

 

「亡くなった魔王様。前の魔王様よ。あの方は……少し変わっていたから。でも……それが魅力だった」

 

「えっと……前回の戦争を起こしたのはその魔王?」

 

 カンバリア魔王国の歴代魔王の知識は持っていない。知ろうとも思わなかった。魔王は魔王、人族の敵。これくらいしか考えていなかった。

 

「ええ、そうよ。貴方は知らないでしょうけど、人族の迫害に怯えないで暮らせる国を造るための戦いだった」

 

「ああ……そういえばライアン族の偉い人ともそんな話をしたな」

 

 ライアン族の長老らしき人とも似た話をした。言葉遣いが長老っぽいだけで見た目は若かったので、実際に長老なのかは分からなかったけど、偉い人であるのは間違いないと思う。

 

「ライアン族と話を……他に何か言っていた?」

 

「ああ……そういえば<悪魔の迷宮>って知っている?」

 

 師匠のことを少し気にしていた。気にしていたくせに、最後は話を誤魔化して終わらせた。それが自分のほうも気になっていたことを今、思い出した。

 

「話だけは知っているわ。私たちであっても侵入出来ない結界が張られた迷宮ね? そういう場所だもの。近づいたこともないわ」

 
「……私たちだから侵入出来ない結界かも?」

 

「えっ、それはどういうこと?」

 

「人族は入れる。生き残れるのは一割にも満たないけど。魔獣は暮らしている。魔物は……スライムはいたな。ゴブリンとかオークは見た覚えがない」

 

 人族は迷宮の中に入れる。長生き出来る場所ではないけど、入ることには何の制限もない。魔獣も入れるというか、そこで暮らしている。彼女の話が正しければ魔族だけが侵入出来ない結界ということになる。ゴブリン、オークあたりは魔族に近いからか。プライドの高い魔族にこれを言うと怒るだろう。

 

「……退魔兵団の拠点近くでもあるわね?」

 

「そう。俺は0歳か1歳くらいから、十年くらいかな? そこで育った。過ごす長さは人それぞれだけど、退魔兵団の兵士は皆、そこに入って生き残った人たちだ」

 

「<悪魔の迷宮>ね……」

 

 かなり気になる様子。こういう反応を見せるということは<悪魔の迷宮>について知っていることは少ないということだ。中に入れないのだから当たり前か。

 

「といっても俺に分かっていることはほとんどない。調べたければ勝手にどうぞ、中に入れなければ調べられないだろうけど」

 

「……嘘ね?」

 

「でも追及している時間はない。戦闘が終わったみたいだ」

 

 勇者様たちの戦闘が終わった。どれくらいの時間が経ったのか話をしていたので良く分からない。でも、やや苦戦というところだろう。今はどうでも良いことだ。
 戦闘が終われば勇者様たちはこちらに目を向けることになる。少なくとも王子様はすぐに。

 

「……また会いましょう……そういえば念話は?」

 

「残念ながら使える。ただサキュパス族と会話できるかは分からない」

 

(……聞こえているわね?)

 

 彼女は姿を消してから念話で話し掛けてきた。

 

(……残念ながら)

 

(では、また話しましょう。姿を見せないで話せるのはこちらとしてもありがたいわ)

 

 こちらはありがたくない。ただ、彼女が何かを調べてくれるのであれば、その結果は気になるので報告してもらいたい。もしかしたら聞かないほうが良いのか。<悪魔の迷宮>に魔族は入れない。入れないように結界が張られている。ではその結果の中にいた自分の師匠は何者なのか。どうして結界の中にいたのか。どう考えても人族ではない師匠が。
 もしかすると自分はとんでもない存在の弟子、義理の息子になってしまっていたのかもしれない。もし考えていることが事実であれば、厄介なことになりそうだ。

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