月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

奪うだけの世界など壊れてしまえば良い 第83話 憂鬱な旅が始まった

異世界ファンタジー 奪うだけの世界など壊れてしまえば良い

 近頃、嫌なことが続く。もしかして厄年だろうか。厄年って何歳なのだろう。この世界に厄年があるのかも知らないけど。
 久しぶりに会ったクズ団長は相変わらず最低な奴だった。殴り殺してやろうかと思ったけど、さすがに王国騎士団長の目の前でそれを行ってはただでは済まない。グッと堪えてやった。自分も大人になったものだ……これは嘘。我慢することには元々慣れている。土下座させられるくらいのことはたいしたことじゃない。何も感じない。人というのはもっと残酷になれる。何をさせれば人が嫌がるか、死にたくなるかを知っている。そいつらにやられたことに比べれば、クズ団長の虐めなんて単純なもの。世界が単純だと虐めも単純になるのかもしれない。
 こんな風に考えられるようになったのは、やはり大人になったから、ではないだろう。クズ団長なんていつでも殺せる。これが分かって、心に余裕が生まれたのだ。
 拷問のような、本当に辛い戦いだったけど、大きな救いが得られた。ルナとの出会いに感謝だ。あとは術式の解析が出来れば、ルナが成長して、別れることになっても大丈夫。その解析は、意外と時間がかからなそうだ。クズ程度でも扱える術式は、クズの頭の中と同じで単純なのだろう。

 

「ねえ、カイト」

 

 そう。こいつはクズ団長よりも遥かに自分が嫌がることを知っている。元の世界にいた時以上だ。こうして話し掛けられただけで「この場から消えてしまいたい」という思いが湧いてくるのだから。こいつが消えてくれれば、もっと良い。

 

「カイト、聞こえている?」

 

「ああ、すみません、今は忙しいので後にしてもらえますか?」

 

「忙しいって……料理を作っているだけでしょ?」

 

 この女にとって料理とは何なのだろうか。料理をしている最中に邪魔をされれば、火を入れ過ぎてしますかもしれない。味付けに失敗してしまうかもしれない。邪魔に思うのは当たり前のはずだ。

 

「その言葉は私だけでなく、あそこで慣れない料理に苦労している騎士の方たちにも伝えたらどうですか?」

 

 しかも今、料理をしているのは自分だけではない。護衛についている騎士たちも料理中だ。野営での料理なんて手慣れたものだと思っていたけど、数日、様子を見てきた感じではどうやらそうでもないらしい。まさかと思うけど、騎士団は料理人を同行させて戦いに赴くのだろうか。

 

「その彼らの為にも聞きたいの。そのお肉、どこで調達したのかしら?」

 

 自分は今、肉を焼いている。この女はそれが気になるようだ。こちらの嫌味も軽くスルーされた。

 

「……そこの背負い袋に入れて持ってきました」

 

「えっ、背負い袋って……大丈夫なの?」

 

 この女にとっては予想外の答えだったようだ。それはそうだろう。自分は、騎士たちが材料として使っている干し肉ではなく、生肉を焼いている。生肉を背負い袋に入れたままにしてれば、確実に傷む。何でも凍ってしまうような厳冬の中を移動しているわけではないのだ。

 

「私は大丈夫です。皆さんとは違って貧乏に慣れているので、少々傷んでいても腹を壊すようなことにはなりません」

 

 これは嘘ではない。嘘なのは生肉を背負い袋に入れて、ここまで運んできたということ。実際は<収納>だ。使えることがこいつらに知られると色々と押し付けられそうなので、何かを取り出すときは背負い袋に手を入れて魔法であることを隠しているのだ。
 生の食べ物を<収納>に入れて運ぶ試みは今回が初めて。ルナが<収納>の中で卵から孵った事実から思いついたことだ。生き物で大丈夫なら生ものも大丈夫なのではないかと考えたのだ。

 

「カイトも貴族でしょ?」

 

「……辺境の弱小貴族家なんてそんなものです」

 

 ちょっと失敗。自分は貴族だと騙っていることを忘れていた。クリスティーナには本当の素性はとっくに知られているので、最近演じることをしていなかったせいだ。

 

「さて、そろそろかな?」

 

 邪魔されながらも、肉は良い感じで焼きあがったように思える。火が使えるのに、あえてレアに仕上げることは、この世界ではしないので、失敗することはまずないのだけど。

 

「……私も少しだけ食べてみようかしら?」

 

「やめたほうが良いです。聖女様が腹を下したなんてことを人に知られるわけにはいきませんから」

 

 予想していた展開。すぐに、考えていた渡さない理由を返した。

 

「カイト、少し良いか?」

 

 また邪魔が現れた、とは思わない。邪魔を追い払ってくれる人が現れたのだ。王子様だ。

 

「何でしょうか?」

 

「……食べながら話そうか?」

 

「分かりました」

 

 王子様は意味ありげな笑みを浮かべている。エミリーへの当てつけだろう。意外と人の悪いところもあるみたいだ。そのエミリーは何かを言いかけたが、言葉にしないまま、去って行った。王子様との関係性は悪化したままということだ。

 

「……それで……本当に食べます?」

 

「食べられないのか?」

 

「生ものはこれが初めてなので。それも試すためなので、あえて数日おいてみています」

 

 自分は大丈夫。この確信はある。これもスキルに現れない経験のおかげだ。<悪魔の迷宮>では色々なものを食べた。ヤバいのはなんとなく分かるようになった。

 

「そうか……」

 

「私では参考にならないですけど、先に食べてみます」

 

 当たり前だけど、一口目は自分で試す。焼きあがったばかりの肉。味付けも済んでいる。口に含んで噛みしめてみても、おかしな感じはない。おかしいどころか、かなり旨い。ただ焼くだけの調理も、数をこなすうちに上達するみたいだ。
 将来はステーキ屋。これも選択肢に入れておこう。

 

「私は美味しいです」

 

「そうか。では私も試してみよう」

 

 躊躇うことなく肉を口に運ぶ王子様。こういうところはさすがだと思う。今回のこれはもてなしとは違うけど、そういう場では好き嫌いを隠して、美味しそうに食べることが義務付けられているのだろう、と勝手に考えた。

 

「……美味しいな」

 

「それは良かったです。でも実際は生肉を持ち運ぶことは、あまりないと思います」

 

「そうなのか? 美味しい食事が出来るだけで旅の苦労は和らぐ。私はこれを学んだつもりだ」

 

 日持ちする携行食でも食事が続くと、確かに気持ちが沈む。食事というのは気持ちの上でも大切なものだと自分も思う。

 

「狩りをすれば新鮮な肉は得られますから。迷宮でも……これは人に寄ります」

 

 狩りをすればもっと新鮮な肉が手に入る。迷宮でも入手可能だ。ただ魔獣の肉になるので、抵抗を感じる人は多いだろう。
 狩りで獲れ過ぎた場合は<収納>するのは有りかもしれない。でも、取れ過ぎて困るくらい狩りに夢中になっている時間はないはずだ。目的は別にある旅なのだから。

 

「迷宮も平気だろう。クリスティーナが大丈夫だったのから」

 

「あれは選択の余地がなかったからですけど……まあ、平気ですか」

 

 クリスティーナには魔獣を食べる以外の選択がなかった。食べなければ空腹で動けなくなる。さらに無理をすれば飢え死にだ。ただクリスティーナに我慢出来たことが王子様に出来ないとは思えない。

 

「しかし、相変わらず彼らに厳しいな」

 

「いえ、以前よりも冷たくしているつもりです」

 

 彼らが誰かは効かなくても分かる。エミリーたちだ。王子様が話題にするくらい冷たくしている自覚もある。冷たくするのはどうして自分が、一応王子様は除いて、こんな奴等の護衛をしなければならないのか、という気持ちから、ではない。

 

「それは……何かあったのか?」

 

「彼らが特別ということではありません。疑いが晴れていない大勢の中の三人ということです」

 

 悪魔の協力者。この候補にはエミリー、アントン、イーサンも含まれている。彼らへの悪感情がそう思わせているのではない。疑っていない相手はわずか。クリスティーナとパトリオットの二人くらいだ。コルテスくんもマイルズも、彼らの実家が上位貴族でなくても、無実の証拠が出てこない限りは容疑者なのだ。二人に向ける態度は奴等とはまったく違うけど。

 

「難題を騎士団長に与えたな?」

 

「難題であろうと解決しなければならないことです。厳しいことを言わせてもらえば、どうして焦らないでいられるのか不思議なくらいです」

 

 敵国の内通者を放置したまま、戦争に突入しようという考えが理解出来ない。負けてから後悔しても襲いのだ。

 

「……七星将についても話したそうだな?」

 

 どうやら王子様が話したかったのは、王国騎士団長に伝えた内容についてのようだ。クソ団長も同席していた場。正直思い出したくないけど仕方がない。

 

「殿下も疑っていたはずです」

 

「私ではなく彼らだ。ただ今は同じ考えだな」

 

「そうですか」

 

 敵を軽視しないことは悪いことではない。でも、この評価が正しいとなると状況は今とは真逆の厳しいものになる。これは言葉にはしないけど、七星将は魔族の幹部を倒すどころか、相手がわざと負けたことに気付けない程度の実力ということなるのだ。

 

「正直に教えて欲しい。私は、私たちは退魔兵団の彼らと戦って勝てるだろうか?」

 

 魔族ではなく退魔兵団、それも自分ではなく彼ら。断空と暴威あたりと比べて欲しいのだろう。同じ退魔兵団でも自分では答えは決まっているから。自分が主人公たちに勝てるはずがない。というか主人公に勝つ存在がいて良いのか。主人公の成長を促す踏み台的な立ち位置だと有りか。

 

「……勝てると思います。退魔兵団では魔王を倒せませんから」

 

 退魔兵団が魔王を倒してしまったら、勇者が存在する意味がなくなる。倒せるはずがない。

 

「勇者であれば、か? それは気休めにもならない」

 

「ああ……でも、他に答えようがありますか? 勝つしかないのですから」

 

「……そうだな」

 

 本当に勇者は、王子様の思いでは勇者であるというだけで、魔王に勝てるのか。これを考えることに意味はない。戦いの結果は勝つか滅ぼされるかのどちらかなのだ。勝つしかない。勝てるかどうかではなく、どうすれば勝てるかを考えるべきだ。
 少なくとも、今のままでは勝てない。これは間違いない。王子様もこれが分かっているから、こんな無意味な質問をしてしまうのだろう。

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