
退魔兵団の団長は兵士たちによって選抜される。全員参加の投票で選ばれるということになっているのだ。王国から危険視されるような力。それを世襲で受け継ぐというのは望ましい形ではない。この理由から、あまり例を見ない投票という形がとられるようになった。
茶番だ。実体は世襲制。体裁を取り繕う為か投票は行われているようだが、前任者、兵士にとって支配者が「誰々に投票しろ」と命じれば誰も逆らえない。魔法で逆らえないようにされている。前任者、もしくは同じ権限を持った者の命令によって、必ずその血縁者が選ばれるのだ。
王国はどうしてこのような非道を許しているのか。またこれを考えることになった。まったく望んでいないのに。
「またお前か? お前はどうしてこうなのだ? 役に立たないだけでなく団に害を及ぼす」
初めて会う退魔兵団の現団長も絶対に好感を持てない人物だった。兵士出身ということになっているが、悪魔と戦ったことなど一度もないのだろう。戦う力を得ることもしていない。資格もないのに父親のおかげで団長になったのだ。
「まずは詫びろ」
「……申し訳ございません」
謝罪を口にしているが、心から反省している様子はない。魔法で隷属されていても本人の意思は残っているようだ。
「それが心からの詫びか? 違うだろ? 床に這いつくばって詫びるのだ」
「…………」
命じられた通り、その場に跪き、頭を床につける男。このような理不尽な命令にも従わざるを得ない。そうであれば自分の意思などないほうがマシかもしれない。屈辱感で苦しみが増すだけだ。
「申し訳ございません」
「声が小さい!」
「申し訳ございません!」
私は何を見せられているのか。こんな男が人の上に立って良いのか。良いはずがない。
「時間が勿体ない。本題に入りたいのだが?」
「もう少しお待ちください。素直に白状させるには躾け直す必要がありますので」
外道な行いを終わらせようと思ったが、相手はそれを拒否してきた。この男は何を考えているのか。自分の行いがどれほど人を不快にさせるか分かっていないのだろうか。
「兵団長。私は時間を無駄にしたくないと言っているのだ」
「……騎士団長がそこまでおっしゃるなら」
少し凄んでみせたら言うことを聞いた。もしかして、この男は私との力関係を測っていたのか。騎士団長と兵団長という立場で比べれば私のほうが上。だが兵団長は貴族でもある。自分のほうが上だという思いがあるのか。
いずれにしろ、くだらないことだ。この男がクズであることに変わりはない。
「では正直に話せ。お前はどうして悪魔に協力する者がいると知った」
「……討伐した悪魔から聞いた」
「ふむ。その悪魔は何と言っていた?」
「協力者がいると」
ここまでの話はすでに知っている内容だ。だがコルレオーネ子爵家はこれ以上のことを、この男が知っていることを示唆している。はたして何を隠しているのか。
「それから?」
「……それだけ」
「はっ?」
「詳しいことを聞き出す前にその悪魔は死んだ。そこまで追い詰めたから協力者の存在を認めたのだと思う」
新しい事実はない。本当にそうなのか。だが嘘をつけるはずがない。その為に、わざわざ兵団長を王都に呼んだのだ。
「……何故その悪魔は協力者がいることを白状した?」
死ぬまで追い詰められたとはいえ、そうであるなら尚更、協力者の存在を明かす理由がない。この点を尋ねる兵団長は、まったくの馬鹿ではないのかもしれない。だからといって私の評価が変わるわけではない。
「その悪魔とは二度戦っている、一度目は逃がした。途中まで追跡して王都を出たことは確認している。そうであるのにすぐにまた王都に現れた」
「……だから、何だ?」
「悪魔の侵入に対してはそれなりに対策されているはず。どうしてそれを突破出来るのか疑問に思って、白状させようとした。ただ協力者を認めたとこで力尽きた。そこまでで責め過ぎたせいだ」
「そういうことか……」
話の内容は納得がいくものだ。嘘をつけないのであるから納得いく内容であるのは当たり前だ。
「その悪魔が王都で何をしようとしていたのかは分かっているのか?」
兵団長は真実を暴けなかったことで、明らかにやる気を失っている。正しくは真実はすでに明らかになっていたので、か。それでも知っていることはすべて話してもらうべき。質問者の立場を代わることにした。
「ウイリアム殿下を狙ったものと考えています。野外授業で襲ってきた者たちと同じ種族でしたので」
「単独で襲撃するつもりだったと?」
「いえ、実行段階ではなく、前準備の為に来たのだと思います。ただこれは聞いたわけではなく、私の推測です」
「何故そう思った?」
意外と新しい事実が出てきた。最初の聞き取りが不十分だったということか。騎士団員が担当したのであれば、あとで注意しておかなければならないな。
「私よりも前にその悪魔を見つけた人たちがいます。アントン様とエミリー様、イーサン様の三人です。御三方も狙われる対象のはずですが、悪魔は戦うことなく逃げていました」
「そのようなことが……その事実は報告されているのか?」
恐らく私は初耳だ。悪魔が現れたことは報告にあったと思うが、その三人の名が記されていた記憶がない。
「御三方についてはしておりません。私が報告することではありませんので」
「勝手に判断をするな!」
「兵団長は黙っていろ!」
大事な話をしているのだ。自ら手に入れたわけでもない権力をやたらと振るおうとするこの愚か者が割り込んで良い状況ではない。
「……失礼」
不満そうな顔をしているが、黙らせることは出来た。許されることなら、このまま帰らせたい。
「戦う準備はしていなかったということか……」
襲撃前の下調べ。彼の考えは正しいように思える。
「……お許しを頂けるのでしたら、私からも質問があるのですが?」
「聞こう」
何か言おうとした兵団長は睨みつけて黙らせた。今は彼から少しでも多くのことを聞き出すことが必要。その邪魔をさせるつもりはない。
「協力者がいる可能性はウイリアム殿下に話し、調査をお願いしました。殿下も調査に同意して頂けたはずなのですが」
「どうして調査が進んでいなかったか。実は私にも分からない。調査は騎士団には命じられなかった」
「……それは調査対象が貴族の方々だからでしょうか?」
「良く分かったな。正しくは貴族も含まれるから、だが。君はどうして貴族を疑っている?」
この男、予想以上に色々と考えている。考える頭がある。愚かな兵団長と交代すれば良いのではないだろうか。
「侵入手段として考えられるものが、ひとつ見つかりましたので」
「なんだと?」
「悪魔の侵入を検知する結界術式をすり抜ける方法があります。その結界術式さえ防ぐ、高度な対魔法防御術式を使うこと」
「……その可能性は理解できる。だが……いや、もしかして、馬車のことを言っているのか?」
「はい」
高度な対魔法防御術式。そのひとつの例が貴族が乗る馬車、馬車に限ったものではなく住居にも施されている魔法だ。王家の方々が使う場所にも当然それは施されている。護衛任務を担うことがある王国騎士団の騎士であれば、誰でも知っていることだ。
それを使えば侵入検知が無効になる。これは既知のことなのか。私は知らなかった。
「それは悪魔が白状したのか?」
既知のことだとしても退魔兵団の兵士が知っていることではないはず。退魔兵団の兵士でも知る情報であれば、私も知っていたはずなのだ。
「いえ。馬車にそういう術式が施されていること知って、もしかすると思い、試してみました」
「試した?」
「さすがに悪魔を連れてきてというわけにはいきませんので、魔力の気配が遮断されるかを試しました。幸い、馬車を持っている人と気配を感じ取るのに優れた仲間がいましたので協力してもらって」
アッシュビー公爵家の馬車とコルレオーネ子爵の息子か。悪魔とは違っていても、検証としては有効だろう。実際にどうかは魔術師団に後で確かめてみれば良い。しかし、彼の考えが正しいとすれば。
「君は分かっているのか? そういう馬車は……」
貴族であれば誰でも使っているというものではない。そのような馬車は驚くほど高価だ。身の危険を強く感じていない貴族が浪費するには高額過ぎるのだ。
「貴族であれば誰でも持っているわけではない。知っています。ただ魔法ですから術式を知っている者がいれば作ることは出来ます」
「だがその場合、魔法とは違う普通の検問で怪しまれる可能性が高い」
彼はわざと上位貴族に疑いが絞られることを避けようとしたのだろう。自分の発言でそういうことになれば、上位貴族に睨まれることになる。それを恐れたのだ。
「ああ、そういうこともあるのですか」
これもまたわざと。無知な面を見せようとしているように思えてしまう。根拠はない。ただの勘だ。彼の態度はどこかおかしい。ただ聞かれたことに正直に答えるという、当初考えた状況になっていない。これもただの勘だ。
「……他に聞きたいことはあるか?」
「いえ、ありません」
聞きたいことではなく、伝えたいことはもうない。こう言っているように聞こえる。彼は私に伝えたいことは伝え、それ以外は隠そうとしている。こんな風に感じてしまう。そんなはずはない。今この場では隠し事など出来ないはずなのに。
「兵団長」
「はい。何でしょうか?」
「私と同じ質問を彼にしてくれるか?」
私相手だから隠し事が出来るのかもしれない。面倒であり、不愉快だが、兵団長にも同じ問いをさせてみることにした。
「他に騎士団長に聞きたいことはないのか?」
「……ああ、もうひとつありました」
やはり隠していたことがあった。兵団長を通さないと全てを白状させることは無理なようだ。
「騎士団長は、ご本人は別にして、七星将の方々が本当に一対一で魔王国の幹部に勝てるとお思いですか?」
「……カ、カイト! 無礼なことを申すな!」
これは普通の反応と言えなくもない。七星将よりも魔王国の幹部のほうが強い。先日、魔王国の幹部、八芒星王の一人を倒したのは、何かの間違いだと言っているようなものなのだ。
「……良い。私は無礼とは思わない。思わないが……」
彼はどうしてこのようなことを聞いてきた。この問いにはどのような意味があるのか。
「隠し事が出来ませんので、お怒りにならないでください」
「いや、怒ってはいない」
「そうではなく、これから話すことです。鍛錬の様子を見ただけですので、本気の実力は分かりません。ですから私の考えは大きな誤りだと思います。でも……」
「でも、何だ?」
一度口をつぐんだのは私に命じさせる為。自らの意思で話したのではないという言い訳作りか。
「幹部どころか悪魔でも、もっと強そうな奴がいるような気がします」
「……君はそう思うのか」
鍛錬を見ただけでは本当の実力は分からない。彼も言った通りだ。だがそれでも感じ取れるものはある。これもまた勘のようなものだが、磨かれた感覚は真実を見極められる。それが危険を回避する役に立つこともある。戦いで生き延びる為には必要な能力だ。
彼はどうなのか。そこまでの感覚を持っているのか。実戦経験は豊富だろう。七星将の誰よりも、もしかすると私以上に。幼い頃から悪魔と戦い続け、生き残っているのだ。
これも彼が伝えたかったこと。王国の実力を過信するなということか。だがこれが事実だと証明することは出来ない。八芒星王の一人を倒したのは間違いだと信じてもらえる証拠は何もない。
どうすれば良いのだ。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉があるが、もし彼の考えが正しければ、我々は「敵を知らず、己を過大評価している」ことになる。それでは勝てない。我々は戦いに負ける。
私はどうすれば良いのか。