
これも開戦の兆しのひとつ、ということなのだろうか。カンバリア魔王国の動きが大きくなっているのは間違いない。事もあろうに王国騎士団の騎士の中に悪魔がいた。しかも騎士団長の側近として。あってはならない事態だ。
どのようにして王城周辺の施設に張られている結界を検知されることなく突破出来たのか。この問いの答えもまた、更なる大問題を明らかにすることになった。悪魔の、カンバリア魔王国の協力者がいる。しかも、それなりの地位にある者の中に。協力者というより裏切り者だ。カンバリア魔王国との戦いに敗れればミネルヴァ王国は滅びる。これが分かっていて魔王国に協力しているのだから。
「潜入者の洗い出しは進んでいるのか?」
「退魔兵団から増員を得て、急ぎ進めております。ただ未だに発見出来ておりません」
「一人だけだったと考えているのか?」
「いえ、すでに逃げ出している可能性を考えております。行方不明となった者を何人か確認しておりますので」
王国騎士団長の考える通りだとすれば、素早い動きだ。潜入を許していたのだ。我が国が気付いたこと。調査を行うことも先に知られたのだろう。この時点で気付けて良かったと考えるべきかもしれない。すべての悪魔が逃げ出したのであればだが。
「退魔兵団の兵士はどうして見つけられるのだ?」
「分かっておりません。ですが魔術師団は結界と同じで魔族の魔力を感じているのだろうと申しております」
「魔力……どうして退魔兵団の兵士しか出来ないのだ?」
退魔兵団の兵士は特別な能力を持っている。今回、そのひとつが明らかになった。ただ今回のこれは退魔兵団でなければ出来ないこととは思えない。魔力を感じ取るくらいのことであれば、我が国の騎士、魔術師でも出来そうなものだ。
「これも推測ですが、彼らの魔力は魔族のそれに近いので感じやすいのだろうと」
「騎士や魔術師でも出来ることは出来るが、退魔兵団は感度が違うということか」
「そういうことかと」
魔族との戦いには欠かせない戦力。そういう存在であって欲しくない。退魔兵団は信用ならない。
「王都だけの問題ではない可能性もある。これについては?」
「調査は難航しております。なんといっても証拠となるものがございません」
裏切り者についての調査は宰相に命じてある。貴族である可能性も高い。そうなると王国騎士団に任せるのは酷だ。下位貴族はまだしも、上位貴族となると王国騎士団長の命令にも従わないだろう。この国ではそれが許されてきた。
「裏切りの現場を押さえるしかないということか?」
「はい。そうなります」
「無理だろう? 疑われていることが分かっていて、動く者などいない」
潜入していた悪魔どもが逃げ出したのと同じように、裏切り者も動きを止めるはずだ。現場を押さえることなど出来るとは思えない。だがそうなると逃げ出した悪魔とは異なり、内に裏切り者を抱えたままになってしまう。そのまま開戦となって、決定的な場面で裏切られるようなことになれば、我が国はどうなってしまうのか。
「コルレオーネ家はなんと?」
宰相が頼りにするのはコルレオーネ子爵家。ミネルヴァ王国の裏の諜報組織。諜報組織などすべて裏、闇の中での活動ばかりだが、王国の公式な組織ではなく、一貴族家の独自活動となっていることが裏とされる理由だ。実際は私の命令で動いていても、そうであることは認められていない。国王が暗殺を命じるなんてことはあってはならないのだ。
「退魔兵団が手掛かりを掴んでいるのではないかと」
「結局、退魔兵団か。それで? それは事実なのか?」
また退魔兵団に話が戻ることになる。少し忌々しささえ感じてしまう。
「協力者がいる事実を知っているだけだと言っております。討伐した悪魔から聞いた話で、全てを聞き出す前に死んでしまったとのことです」
「それでは手掛かりはないということではないか?」
「はい。つまり、コルレオーネ家か退魔兵団の兵士のどちらかが嘘をついているということになります」
嘘をついているのは退魔兵団の兵士だと宰相は言っている。コルレオーネ子爵家とどちらを信じるかとなれば、コルレオーネ子爵家に決まっている。これが分かっていて、このような言い方をしているのだ。
「口を割らせろ」
「退魔兵団の団長を王都に呼ぶ必要がございます」
「……仕方がない。命令を伝えろ」
退魔兵団の団長には正直会いたくない。団長という肩書を持っていても退魔兵団は退魔兵団。信用出来る人物ではない。だが兵士の口を割らせるには、団長に命令させるのが一番。兵士は命令に逆らえない。本人の意思がどうであろうと。拷問にかけるよりも確実なのだ。
「命令する権限を取り上げるべきだと思うのですが?」
「魔法で隷属させていることを公にしろと? しかも国王自らそれを行うことにしろと?」
魔術で人の自由を奪うなど許されることではない。禁呪とされている魔術。それを用いていることが公になれば、他国から強く批判されることになる。統治者としての資格なしとまで言ってくる国があるかもしれない。建前であっても。
「申し訳ございません。軽率な発言でした」
秘密裡にそれを行う方策を宰相は思いついていない。この言葉はそれを示している。王国騎士団長が同席している場で、これ以上の話は出来ないと考えたのかもしれないが。
「……他に何かあったか?」
「ウイリアム殿下の同行者を増やすかどうかの件ですが、見直す必要があると考えております」
「アッシュビー公爵家はやはり駄目か?」
アッシュビー公爵家の次男。元々出来が悪いと聞いていたが、この評価は変わらなかったようだ。
「いえ、真竜を倒したのは事実のようです。本人の了承を得て≪鑑定≫を行った結果、称号を確認出来ました」
「……それで何故?」
評価は変わっていた。真竜を倒す実力があり、それによって得たスキルも中々のもの。そうであれば何故、宰相は「見直しが必要」などと考えるのか。
「悪魔が正々堂々と戦いを挑んでくるわけではないことが分かりましたので」
「今回の件か……だが、何の関係がある?」
悪魔、ではなく魔族は意外と潔い。戦いは正面から堂々と挑んでくる。策謀の類を行うのは、実は人族のほうだ。施政者は皆、この事実を知っている。民衆は
、言葉は悪いが、国に騙されているのだ。
騙すといっても魔族が恐怖の対象であることは事実。滅ぼすか滅ぼされるか。そういう相手なのだ。
「人族に化けた悪魔の接近を防がなければなりません。その為に同行させるべきは」
「退魔兵団の兵士か……」
まただ。また退魔兵団に頼る話になってしまう。
「次の遠征には退魔兵団の兵士を同行させる必要があります。そのご許可を頂けますでしょうか?」
「……良い。許す」
仕方がないことだ。退魔兵団は悪魔との戦いの為に存在が許されている組織。頼る、ではなく使い潰すくらいの気持ちで、その力を積極的に利用することだ。カンバリア魔王国を滅ぼしたあと、魔族を殲滅させたあとに切り捨てれば良い。それも、その時まで組織が残っていればの話。戦いが始まれば、それほど経たないうちに全滅することになる。そういう位置に退魔兵団はいるのだ。