
王立騎士養成学校内の雰囲気が変わった。校内には常に張りつめた空気が漂っている。良い雰囲気とはとても言えない。そうなった理由はすぐに耳に入った。コルテス君に頼るまでもなかった。校内のあちこちで同じ話がされているのだ。嫌でも耳に入る。
戦争が始まる。皆こう思っている。具体的にいつという話にはなっていない。実際、これは王子様に聞いた話だけど、開戦がすぐ目の前に迫っているという状況ではないそうだ。王子様が知らないだけとは、この件については思わない。勇者である王子様は戦いの前線に立つ身、なのかは分からないけど、開戦時期を知らされない立場ではないはずだ。
それでも、まだ王国騎士団に入団したわけでもない騎士候補生たちは戦争を実感している。王子様たち、勇者パーティーが魔王国の幹部と戦ったという事実が、そうさせているようだ。
「カイト。貴方は……その……」
問いを言葉にするのを躊躇うクリスティーナ。それでも、何を聞きたいのかは分かる。開戦の話を聞いて、自分もこれを考えた。
「まだ何の連絡もありません」
退魔兵団からはまだ何の連絡もない。魔王国相手の戦争が始まるとなれば、国境にある本拠地に戦力を集中させるはず。自分も呼び戻されるはずだ。だが、その命令は届いていない。忘れられているのかもしれないけど。
「そう……」
安堵の表情、には見えない。秘密を知る自分には、さっさと王都から消えて欲しいのか。そうだとしたら、少し寂しいかもしれない。クリスティーナがそんな悪女であったのなら、あの時、あのまま、躊躇うことなく一気に最後まで……なんてことが出来たはずがない。大声を出されて俺は捕まることになった。ああ、その前にアレクに殺されていたか。
「噂が事実であれば、そのうち命令が届くのではないですか?」
それがいつかは見当もつかない。でも、それがなくても自分の任務期間の残りは半分をきった。心配しなくても王都からはいなくなる。
「…………」
やはり、クリスティーナは悪女だ。この流れで、無言で上目遣いで自分を見つめている。しかも目を潤ませて。最後の最後まで自分の心を弄ぶつもりなのだ。正直、弄ばれたい。今この場がクリスティーナと二人きりであれば、自分は迷うことなくケダモノになれる。今度こそ。
どうにもあの日からクリスティーナを欲望の対象として見てしまうようになった。言葉が悪いか。女性として見てしまうようになっただ。
「……えっと……邪魔だな。すまない」
「えっ? いや、ちょっと、マイルズ?」
邪魔ではない。欲情に流されそうになっている自分を救って欲しい。なんでも良いから、この雰囲気を壊して欲しい。
「あ、あれだ。少し聞きたいことがあっただけだ。後でも良いから」
「いや、今聞け。何だ?」
マイルズまで何に気を使っているのか。気を使わせてしまうような雰囲気を自分は出してしまっているのか。そうだとすれば気を付けなければならない。王子様がいつ鍛錬をしにやってくるか分からないのだ。
「……石を使った鍛錬の件だ」
その辺りに落ちているただの石に魔力を流し込む。自分が教えた鍛錬方法だ。質問してくるということは続けていたということ。かなり地味で、しかも簡単には達成感を与えてもらえない鍛錬だから、続けていない可能性も考えていた。
「あれの何?」
「まったく上手く行かない」
「まったく?」
「そうだ。魔力を注げている感覚がまったく得られない」
鍛錬は上手く行っていなかったようだ。しかも「まったく」とい言葉を使うくらい。確かに最初は難しい。でもすでに魔法剣を使えているマイルズが、まったく出来ないなんてことはないはずだけど。
「ちょっと、やってみて」
実際に見てみても原因が分かるとは限らない。自分は師匠ほど博識じゃない。それでも分かることがあるかもしれない。「出来ない」と相談されて、「知らない」では返せない。
「分かった……」
マイルズの言う「まったく」はその通りみたいだ。ただ、ここまで出来ないはずがない。
「剣でやってみて」
「剣……分かった」
今度は剣を使って。これは間違いなく出来る。実際に出来た。石の時と何が違うのか。
「……出来ると思っていないだろ?」
考えられるのはこの可能性。出来ないと思っていれば出来るはずがない。特に魔法は出来ると信じることが大切だ。
「いや、そんなことは……」
「じゃあ、石じゃなくて、ハサミでやってみるか?」
「ハサミ? ハサミと石で何が違う?」
「ハサミは剣と同じで鉄で出来ている。剣と同じで切れる。出来そうだろ?」
出来ると信じさせる為に、まずは剣に近い物で試してもらう。これが出来たら次はスプーンにしようか。いや、刺せるという点でフォークのほうが良いか。
「……そうかもしれない」
「俺が教わったのは子供の頃で、疑うことなくやっていた。出来るようになるのが当たり前だと思っていた」
子供だからというのは嘘。ここは異世界で魔法が存在する世界。そうであれば教わったことは出来るはずだと信じていた。少し苦労しても、鍛錬を続けることで、凄い力を得られるのだと信じていた。あの頃はまだ。
「当たり前か……」
「魔法剣をすでに使えているのだから石に替えても出来る。俺が出来るのだからマイルズでも出来る。当たり前だ」
こう思うことが出来れば、出来るはず。マイルズは真面目だから無駄に考えすぎてしまったのだろう。石に替えても出来る。ただ剣に比べると上手くいかないだけだ。それを上手く操れるようになるまで続けることが鍛錬だ。
「出来る、出来る、出来る」
本当に真面目だ。ここまで思い込む必要はないと思うけど、マイルズには必要なことなのだろう。
「……ああ……出来たかもしれない」
「しれない、じゃなくて出来た。まだ微量だけど鍛錬を続けていけば魔力量は増える。ある程度出来たら、次は自分が思う量だけを流し込むようになること」
多ければ良いというものじゃない。必要なだけの魔力を、自由自在に扱えるようにならなければ、すぐに魔力切れになってしまう。実戦では使えない。
「分かった」
マイルズは言われた通り、この鍛錬を続けるのだろう。彼自身が満足出来るくらいに魔力を扱える時まで自分は側にいられるのか。永遠に満足しない可能性もあるか。
「良し、次は私だ」
「良し。俺も鍛錬を再開しよう」
「おい?」
「……何ですか?」
パトリオットまで質問があるらしい。自分だって今よりも少しでも強くなりたい。鍛錬の邪魔をされたくないのに。
「炎息をどう使えば良いのか分からなくて」
「ああ……竜殺しで得たスキルですね? とどめ”だけ”を刺して得たスキル」
「そ、そうだけど……」
手柄を横取りしたことへの後ろめたさはまだ残っているみたいだ。じゃあ、嫌味はこれで止めておこう。
「使い方って……私に分かるはずないですよね? 教わらないと使えないものでもないはずです」
他者が得たスキルの使い方なんて分かるはずがない。分かるのは得た本人。これは前から不思議に思っていたけど、何をどうするとかなく、使えるようになるのだ。スキルとはそういうものだと師匠には教わった。
「使うことは出来る。でも、なんというか……普通?」
「ほう……普通のスキルでは満足できないと?」
「ち、違う! そういうことじゃなくて、火属性魔法との違い!? それが分からなくて!」
「ああ……その程度の威力ですか。今はまだ、そうだというだけでは?」
竜の攻撃スキルである炎息。一般的な火属性魔法とそう変わらないということはないと思う。得たばかりでまだスキルのレベルが低いだけ。こういうことじゃないのか。
「そうかもしれないけど……」
パトリオットは不満そうだ。スキルの有用性を理解していないのかもしれない。
「魔法と違って詠唱いらないでしょ?」
「それはそう」
「それだけで大違いだと思いますけど?」
無詠唱で火属性魔法と同様の攻撃を放てる。これは大きな違いだ。
「まあ、それは分かっている」
「……ああ、じゃあ、こういうのはどうですか? 魔法と一緒に使ってみる」
「二重詠唱のスキルなんて持っていない」
「だから詠唱はいらないです」
スキルと魔法は同じじゃない。魔法はスキルの中のひとつ。同時に使っても二重詠唱にはならない。自分が獣速のスキルを使いながら黒炎魔法を使うのと同じ。炎息と風属性魔法は同じ攻撃スキルだけど、それでも同時に使えるはずだ。
「……確かに。そうか、それが出来るのか」
ようやくパトリオットも納得してくれた。攻撃スキルを同時に二つ使える。これは凄いことだと思えるみたいだ。
早速、詠唱を始めるパトリオット。詠唱が終わる寸前にパトリオットの口から炎が吐きだされた。
「……え……ええっ!?」
炎息の炎はパトリオットの風属性魔法に煽られて、その勢いを増した。勢いを増した、なんてものじゃない。巨大な炎の竜巻が現れた。
「兄上! 早く消して!」
クリスティーナの叫び声。焦って大声で叫ばなければならないほど炎の勢いは凄まじいのだ。
「えっ、えっ、ええっ!? 消えない!」
一度放った魔法は何かに命中するか、一定時間経過するまで消えない。パトリオットの放った魔法、炎息の両方も同じみたいだ。せめて止めることだけでも出来れば。その場にとどめておくことが出来れば、いずれ魔法は消える。
でも、それさえもパトリオットは出来ないみたいだ。炎の竜巻はまっすぐに正面の建物に向かっている。
「……さて、私はそろそろ休憩に」
「ああ、私もそうする。カイト、一緒に行こう」
「お、おい? 待って! 私を置いて行くな!」
真面目なマイルズまでこの場から逃げ出そうとしている。先ほどまで側にいたはずのコルテス君なんて、すでに姿を消していた。当然の反応だ。パトリオットの魔法は騎士養成学校の建物を燃やしている。魔法効果とは違う理由で炎はその勢いを増している。
放火の罪はどの程度の罰を与えられるのか。軽くないことは間違いない。そうであれば、巻き込まれるわけにはいかない。