
ウイリアムの護衛についていた七星将のマントルが魔王国の将を倒した。この報告を受けた時は喜び、安堵もした。我が国にはカンバリア魔王国と戦う力がある。これが証明されたのだ。
倒したのは八芒星将の一人。相手は八芒星”王”を名乗ったようだが、将であろうと王であろうと魔王国の実力者が一人減ったという点に変わりはない。八芒星は七人になり、王国は七星将のまま。七星将で魔王国の上位実力者を倒せるとなれば、残るは魔王のみ。その魔王を倒すのは勇者であるウイリアムの役目だ。
ウイリアムたちが魔王との戦いだけに集中出来るということになれば、負担はかなり減るはず。魔王との戦いに臨む前に疲弊してしまうという問題は解消される。これは大きい。
こう考えたのだが、以後の展開は想定外の方向に進んでいる。ウイリアムたちの負担が減るだろうことに変わりはない。問題は直接的な戦闘とは異なるところで起きた。
「その後の状況はどうなっている?」
「魔王国はあれ以降、何も言ってきません。我が国に無視されることは分かっているのでしょう」
「無視出来る状況なのかを聞いている」
魔王国からの抗議。これは想定外のことだった。しかも理屈は通っていなくもない。他国の重臣を殺せば、相手国が強く抗議してくるのは当然のことだ。我が国もそうする。
もちろん、非は魔王国側にある。ウイリアムたちに当時の状況を聞いて確かめた。だが、そうであることを第三国に示す証拠はない。相手の殺意を客観的に証明することが出来ないのだ。
「魔王国の者を殺したからといって、何の問題もありません。相手は魔族なのです」
「それは我が国の理屈だ。私は他国がどう考えるかを知りたいのだ」
宰相の悪い面が出ている。魔王国のことになると、それ以外にもあるが、宰相は客観的な判断が出来なくなる。無駄に強気な意見ばかりを言ってくる。これを改めてもらわねば、この先、大きな過ちを犯すかもしれない。近頃はこんな不安が消えない。
今回の魔王国の出方はこれまでの我が国の常識から外れたもの。そうであるのに、こちらがこれまでの常識に囚われていては足元を掬われてしまうかもしれないのだ。
「先に手を出したのは魔王国です」
「それを魔王国は否定している。我が国で悪事を働いているのは魔王国とは関りのない魔族、だから悪魔と呼ばれるのだという主張ではないか」
悪魔は魔王国とは関りはない。この主張は以前からのものだ。嘘であることは分かっている。だが、否定する証拠はあるかとなると、それはない。証拠集めをしてこなかった、それが必要とも思っていなかったことは大失敗だ。
言い訳はある。悪魔と呼ばれている者たちが魔王国の魔族であることは誰もが分かっていること。証明するまでもないことなのだ。
「詭弁であることは他国も理解しているはずです」
「だから他国も詭弁だと考え、まったく相手にしていないという情報を私は求めているのだ。確かめられたのか?」
実際に詭弁だ。だが他国がこれまでと同様に考えているかは確かめられていない。それが疑問なのだ。どうして他国の考えを確認するのに、これほど時間がかかっているのか。他国は魔王国の詭弁に耳を貸すのか。これを知りたいのだ。
「いえ、まだです」
「どうして確認が出来ないのだ?」
「それは……事実関係の確認が必要だと……もちろん、我が国からきちんと説明しております」
我が国が説明してもそれで他国は納得しない。どうしてそうなるのか。これが分からない。分からなければならない重要な点なのだが、確かめられていない。もしかすると他国は不穏なことを考えているのかもしれない。この不安が、日が経つにつれて、膨らんでくるのだ。
「宰相……分かっていると思うが、今回の件が、魔王国が我が国を攻める大義名分として利用されるような事態は許されないのだぞ?」
非は魔王国の重臣を殺した我が国にある。他国に認められてしまうような戦争の口実を魔王国に与えるわけにはいかない。あり得ないことではあるが、もしその結果として他国が支援を放棄することになれば、我が国は単独で魔王国と戦うことになってしまう。これまでの戦略が崩れてしまう。
「もちろん、分かっております。ただ最悪の事態を想定して、備えておくことも必要かと」
「どういうことだ?」
「戦力の増強を進めるべきです」
当たり前の進言とは思わない。すでに我が国は戦力の増強を進めている。改めて言われることではない。
「すでに行っている」
「もっと加速させるべきだと考えております。たとえば、貴重な戦力を貴族家に分散させていることは愚策。王国騎士団に集中させるべきだと考えます」
「……出来ると思っているのか?」
宰相は貴族家から戦力を取り上げろと言っている。それが出来るのであれば、これまでの苦労は何だったのかということになる。これまでずっと、王立騎士養成学校で育てた優秀な人材は有力貴族家に奪われてきたのだ。
「非常事態となれば貴族たちも納得してくれるでしょう」
「……まさかと思うが、わざと今の状況を作り出したのではないだろうな?」
貴族から戦力を奪う為。奪う口実として利用する為に宰相は今の状況を作り出したのか。そうだとすればリスクが高すぎる策だ。失敗すれば王国は他国だけでなく、国内での信用も失うことになるかもしれない。
「さすがにそれはありません。魔王国との戦いに勝つには何をしなければならないかを考えた結果です」
「そうだとしても……」
力を持ち過ぎている貴族家から軍事力を奪う。その結果、相対的に王国の、王家の力は強まる。実現出来れば良い策だ。本当に実現出来るのであれば。貴族の反発を招くだけで終われば、これこそ愚策となる。
「陛下、魔王国との戦いは勝利を約束されております。戦いの後のことをお考え下さい」
「そのように楽観できる状況とは思っていない」
「これは楽観的な考えではなく、客観的に情勢を分析した結果であります。我が国には魔王国を滅ぼし、世界に平和をもたらす力があるのです」
宰相はすでに魔王国を滅ぼした後のことを考えている。「世界に平和をもたらす」なんて言い方をしているが、ミネルヴァ王国が覇者になる為の戦いを起こすつもりだ。
愚かな考えとは思わない。我が国がその道に進まなくても他国が行う。それを防ぐということは我が国が覇権を握るということだ。魔族という共通の脅威が消え去った後のことは、当たり前に考えてきた。
「……そうだとしても先走り過ぎだ」
今、この段階で考えることではない。考えることはしても具体的な行動に移すべきではない。貴族たちが反発すれば魔王国との戦いはままならなくなる。他国の支援がなければ、我が国だけが戦争で疲弊することになる。野心は現実のものとはならなくなる。
「決して焦っているわけではございません。今回の件で明らかになったのは、魔王国は開戦の大義名分を求めているということ。戦争準備が出来ているということです」
「……なるほど。そうかもしれないな」
魔王国はすでに、いつでも戦争を起こせる状態にある。いつかはこの日が来ることは分かっていたが、いざ、その「いつか」が来たと思うと気持ちが重くなる。我が国は戦争に突入する。負ければ滅亡という戦いが始まるのだ。
「王国騎士団と貴族家の騎士団の垣根をなくした軍の再編。再編後に訓練。やるべきことはまだまだあります。足踏みしている余裕はございません」
「……まずは案として話を進めてみろ。貴族たちがどう反応するかを確かめたい」
宰相の言っていることは正しいかもしれない。だが、やはり急ぎ過ぎているように思える。王国には一方的に命令して、貴族を従わせられる力はない。宰相の言う通り、非常事態、戦争が始まるとなれば、少々の無理は押し通せるかもしれないが、それでも反発は出来るだけ少なくするべきだ。その努力を惜しむべきではない。
「……承知しました。まずはウォーリック侯に相談してみます。候が受け入れてくれれば、他の者たちも倣うことでしょう」
「そうだな。そうしろ」
「御意」
戦争の実感。今更、これを感じるとは思っていなかった。これまでの私は、本当の意味で、危機感を覚えていなかったのか。戦争は遠い先のことだと思っていたのか。そんなはずはない。そうであるのに今、こうして戦争を恐れている。
カンバリア魔王国を、魔族を滅ぼして歴史に名を残すのか、それともミネルヴァ王国を滅亡させた愚王と誹られるのか。その結果を私は生きて、確かめられるのだろうか。